9.16.予想外
「断る」
「……予想外だったわ」
一言だけそう言った地伝は、鉄床に置いた鉄に鎚を振るった。
鋭い一撃は鉄を震わせ、その音は体の芯にまで響き渡るようだ。
地伝はわざわざ地獄からこの世界に降り立ち、刃天に会うためにはるばる数か月間旅をしてここまでやってきたのだ。
そのため刃天の誘いには乗って来るだろうと思っていたのだが……。
こうして断られてしまい、若干驚いている最中である。
共に説得に来ていたチャリーは、何故だか少しばかり安堵した様子を見せた。
怖いのだろうか、と思いながら刃天は口を開く。
「ふむ、訳を聞いてもいいか?」
この台詞を聞いて動きを止める。
振るい上げた鎚を丁寧に金床に置き、こちらに体を向けた。
「貴様は私をどう使おうとしている?」
「んん? そりゃまぁ、なんかあった時の為に……」
「浅はかな……。よいか刃天。私は地獄の獄卒だ。沙汰を定められ死人間に躊躇することなど一切ないが、罪なき者共に手をかけるとなれば話は変わる」
「だがダネイルの兵だぞ? いわば敵だ」
地伝は首を横に振る。
「敵と味方がいるのであれば、私はそのどちらにも加担は出来ぬ。それでも来いというならば、私は人間を殺めたこの村の者ですら手にかけねばならん」
「なんでそうなる」
「私は鬼で、地獄の獄卒。生を全うした人間を裁く者であり、生者を特別扱いはせぬ。……道中賊を始末したが、あの時は誰の味方であるというわけでもなかったしな。それに賊は地獄に落ちると決まっている。……なんにせよ、その手の助太刀は出来ぬ」
「わーったわーった……」
刃天は諦める様にして手を上げた。
話の内容はあまり理解できなかったが、彼には獄卒なりの考えがあるようだ。
これ以上説得を続けても無駄だろう。
彼の仕事は地獄に落とされて沙汰を下された咎人への拷問だ。
生きている者の多くは更生する可能性がある。
今現在の罪だけを精査し、生者を殺してしまうわけにはいかない……ということなのだろうと刃天は勝手に解釈した。
例外はあるようだが、それは刃天が首を突っ込むことでもないだろう。
チャリーに手で合図を送り、その場を離れる。
彼女は不思議そうに地伝を見ながら馬がいる方へと歩いていく。
「刃天さん。つまり、どういうことなんです?」
「あいつは人を殺したくないってよ」
「そうなるとは限らないのに……」
「まぁな。とはいえ、別にあいつの考えを否定する必要もねぇさ。本人が嫌だっつってんだからそれ以上の理由など要らんわ」
「それもそうですね」
もし彼の言動と行動に矛盾があったとしても、矛盾を振りかざして要求を押し付けるようなことをする必要はない。
こちらとしてもそこまで困っているわけではないのだ。
今思えば、同行するとなると姿を隠し続けなければならない。
それはそれで面倒だな、と今更ながら思い至った。
「馬はあるな?」
「勿論」
「よし、では先に向かうとするか」
馬の準備をする最中、衣笠をちらりと見てみたが……。
彼は今大工仕事を心底楽しそうに行い、そして人に教えているので来いと言っても来ないだろう。
そんな様子を見て鼻で笑った刃天は、馬に跨ってテレッド街へと出発したのだった。
◆
テレッド街に到着した刃天とチャリーは、早速門番に話しかけて街に入った。
背の高い建造物が多く建ち並んでおり、見上げては足元がおろそかになるをいくらか繰り返す。
しかし慣れない服装で歩き回るのは不慣れだった。
刃天は今一度着ている服装を見下ろす。
「……動きにくい……」
「我慢してくださいよ。目立たないためにはこの辺の服装に合わせるのが一番なんですから」
ゆったりとした和服はどこへやら。
今現在、刃天はこの世の服を着てこの街にやって来ていた。
日本刀はベルトで固定しており、若干位置がずれているが抜刀に問題はない。
シュッとした袖は違和感があるようで、何度も触っている。
目付きは悪いが元はいい。
なのでこの世の服装も大変よく似合っていた。
チャリーは刃天の羽織っている外套から伸びる日本刀を少しだけ羨ましく思う。
「その武器、かっこいいですよねぇ……」
「あ? ああ、神社から奪った物だったか」
「じんじゃ……」
「そういえばこの世に神社はなかったのだったな。まぁ気にするな。それより、このようなところで油を売っている暇はないのだろう?」
「そうですね」
少し日を開けてしまったが、まずはレノムたちがどこにいるかを確認しなければならない。
宿に戻れば手掛かりがあるだろうか。
そう思い立ったチャリーは、刃天を連れて先日泊まっていた宿へと足を運んだ。
宿の店主に話を通してみると、まだ宿は貸しているとの事だった。
早速部屋に向かって中に入ろうとしたが、レノムはしっかり戸締りをして出ていったらしい。
一応ノックをしてみるが返事がない。
そのため『実体移動』を使用してささっと部屋の中へ侵入してしまう。
鍵を開けて刃天も中に入れる。
そこでようやく部屋の中を確認するのだが、机に一枚のメモ書きが残されていた。
「読め」
「はいはい。えーっと……。レノムさんは検問に向かったようです。未だに帰って来ていないということは、まだ調査をしている最中なのかもしれません」
「馬で行くか」
「それがいいですね。とにかく合流を第一に考えます。レノムさんがテナさんをどこかで匿っていればいいのですが……」
「急ぐか」
その言葉に頷いたチャリーは、すぐに動き出す。
早速馬小屋から馬を引っ張り出して来なければ。
刃天もその後に続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます