9.15.役割分担


 夜のうちにテレッド街を発ったチャリーは、テナの事をレノムに任せて馬を走らせた。

 彼女であれば上位の冒険者が相手だったとしても負けることはないだろう。

 それに最も得てとしているのは多対戦だ。

 準備が整い、こちらがテレッド街に戻ったときには大きな戦力になるだろう。


 しかし、テレッド街に戦力を送るには時間がかかる。

 全てはディバノ次第……。


 チャリーは頭を振るって一度考えを吹き飛ばす。

 この手紙を届けたあとはすぐに少数精鋭で街に戻るべきだ。

 流石に任せっぱなしというわけにはいかない。

 援軍はディバノに任せ……数日以内にテナの安全を確保する。

 レノムが上手くやってくれていればいいが……。


「ふー……。言葉をまとめておきましょう……」


 伝えなければならないことを、予め頭の中で整理しておく。

 テナの事が気がかりで髪の毛を引かれるが、ぐっと堪えて馬を走らせた。



 ◆



 冷たい冷気が手綱を握る手を襲ってくる。

 やはりこの辺りは未だに冷えるし、風も強いので体調を崩しそうだ。

 走りにくい山道を駆け上がらせ、暫く進んでいくと声がかかる。

 彼はやはり先を見越して出迎えてくれた。


「どうだった」

「じ、刃天さん……」


 浮かない顔を見た刃天は眉を潜めた。

 帰ってきたということは、それなりの手がかりが得られた証拠ではあるだろうが、どうもそれだけではないらしい。

 チャリーの抱いている問題が、この場にテナがいないということに繋がっているのであれば尚更だ。


「……もう一人はどうした」

「その件もお話ししたいです……!」

「一筋縄ではいかなかったか。来い。アオとディバノには既に話を通している」

「流石、気が利きますね……!」

「フン」


 軽く手招きをしたあと、刃天はすぐに歩いていく。

 馬から降りたチャリーは手綱をもってその後ろに続いた。


 案内されて進んでいけば、一番最初に作り上げたログハウスに辿り着く。

 アオとディバノたちといった重鎮は、この家で多くの会議をしてきた。


 すると、なんだか木の匂いがした。

 これは木を削ったときのおが屑から発せられるものであると気付く。

 どこからだろうか、と匂いの根元を探していると、衣笠たち数名が今し方整えたばかりの製材を運搬していた。


「え、すごっ……!」

「ああ? ……ああ、鷹匠か」

「めちゃくちゃ綺麗な製材じゃないですか……!」

「地伝が鉋を作ったんだよ。そいつで板を磨くんだ」

「はぇ~……」

「砂鉄があれば、とかなんとか言ってたがな。まぁこの世の木々であれば、あれで十分だとよ。ほれ、そっちはあとだろ」

「あ、そうでした」


 見事な製材を見て気が逸れてしまった。

 刃天の言葉で気を取り直し、家の中へと入る。


 中に入ってみれば、二人が椅子に腰かけて待っていた。

 だがディバノの顔を見て申し訳なさそうにする。

 その変化に気付いたアオが声をかけた。


「浮かない様子だけど……どうしたの?」

「わ、悪い知らせと、いい知らせがあります……」


 二人が顔を見合わせる。

 ディバノが頷くと、アオが口を開いた。


「いい知らせから」

「……テレッド街がダネイル王国の援助をもらっている証拠を持ってきました」


 懐から手紙を取り出し、二人の前に置く。

 これを手に取ったのはディバノだ。

 彼が把握しなければならない物なので、すぐに中身を改める。


「……確かにダネイル王国の印。名前も聞いたことがある……。これだけでも調査するだけの情報になるね。ありがとうございます、チャリーさん」

「いえ……」

「で? 悪い知らせってのはなんだ」


 わざとらしく刃天が問う。

 二人の口から言わせたくなかったのか、と思ったが彼がそんな器用な人間ではないことくらいしっている。

 だが、確かに言いやすくなった。

 チャリーは意を決して説明する。


「……テナさんとの連絡が途絶えました……」

「え」

「チャリー、説明して」


 身内に対して珍しく真剣な表情で対峙するアオに、チャリーが若干身を引いた。

 しかしそれも一瞬だ。

 すぐに持ち直して説明する。


「私は証拠を掴むために。テナさんは物流を調査するために別行動をしました。その過程でテナさんは検問へと向かったようで、道中で問題が発生したらしく……『検問所は既にダネイルの手にあります』という台詞を最後に連絡がつきません。安否も不明です」

「見捨ててきたのか?」


 刃天の台詞にすぐ反論する。


「いえ! 断じて! 捜査中、レノムさんと偶然にも合流しまして、彼女に捜索を任せています!」

「レノム!? ……味方なの……?」

「大丈夫です。確認しました。ですが……あの双子と戦ったようです」

「……そっか」


 安堵したような、寂しいような表情を忙しなく切り替えたアオ。

 だが感傷に浸っている時間はない。

 すぐにテナの話に切り替える。


「助けにいかなきゃ。ディバノ……」

「僕は……お父様のところにいくよ。チャリーさんとテナが手に入れた情報を無駄にできないから」

「分かった。じゃあ、そっちはお願い。チャリー、刃天。すぐにテレッド街に行って捜索を開始して欲しい」

「承知しました」

「久しぶりに暇しなさそうだ」


 刃天は欠伸をしながらそう口にする。

 首をパキリと鳴らしたあと、アオを見た。


「アオ、お前はどうする」

「この村の水元素を維持しないといけないから、待機するしかない」


 道理だ。

 だがこのままアオがこの土地に滞在し続けなければならない、というのは今後の活動に支障をきたす。

 そこでディバノの力を借りる事にした。


「ディバノの所に僕みたいな人はいる?」

「居るにはいるよ。でもアオほどじゃない」

「そのお弟子さんでもいいから、連れてきて欲しい。ここは水元素が多いから、多少力がなくても維持できる」

「わかった、覚えておくよ」


 頷きあったあと、ディバノは席から立ち上がる。


「僕はすぐにでもレスト領に戻るよ。クティとトールに話をしてくる」

「分かった」


 手紙を持って部屋を出ていったディバノを見送ったあと、刃天が口を開いた。


「二人だけでなんとかなるかぁ?」

「テレッド街には既に多くの伏兵が潜伏しています。大事にならなければ出てくることはないかと」

「んじゃ地伝でも連れていくか。あいつがいりゃ大抵の事はなんとかなるだろ」


 話がまとまってきた。

 アオはこの土地に待機して村を維持し続ける。

 ディバノは今からレスト領に戻ってテレッド街の事を暴露する。

 そしてテナを救出するために少し遅くはあるが、予定としてチャリー、刃天、地伝で事に当たる。


 今はテナの救出が最優先だ。

 レノムが先行して捜索しているとはいえ、敵地のど真ん中では心もとない。


「じゃあ二人とも、お願いね」

「承知しました」

「おうよ」


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