9.14.Side-チャリー-証拠と現状


 宿に戻ってみると、レノムが同じ格好で寝続けていた。

 あれから起きていないようだ。

 ふと、違和感を覚えて周囲を見てみると、チャリーが出掛けてから部屋の様相があまり変わっていないということが分かる。

 置き手紙も二枚あり、触られた様子がない。


 つまり、この時間になってもテナが帰ってきていないということ。

 レノムはどこかで一度起きたような形跡がある。

 レノムのことは別に問題ないが、テナが帰ってきていない事は放っておけない。


「テナさん、何処に行くって言ってましたっけ……」

「あの子なら検問所に向かったよ」

「わっ……!」


 ぬるりと上体を起こしたレノムが、体をパキパキと鳴らしながらそう口にした。


「起きてたんですか……。っていうかどうしてそれを?」

「私らが来るより前に、あの子はここに戻ってたみたいだねぇ。ベッドに置き手紙が隠れてたよ。ほら」

「本当だ……」


 レノムから手渡された手紙を読む。

 内容は気になることがあるから、検問所を確認してくるとのことだ。

 そして小さな水晶がレノムの手の中にあった。


「それは?」

「数回だけ使える通信水晶。片道だからこっちからは声をかけられない。一回だけ連絡があったよ」

「なんて言ってました?」

「馬を借ります、だってさ。怪しまれないように馬車で行ったっぽいね」

「旅人を装っているってことですか」

「多分ね」


 小さな水晶を見つめながら、レノムはそう説明してくれる。

 ここまで大きく動くということは、なにか気になる証拠を掴んだのかもしれない。

 こちらからできることはなさそうだし、今はテナを信じて待つしかなさそうだ。


「それで? そっちは大丈夫なのかい?」

「勿論」


 懐から一通の手紙を取り出す。

 そこには確かにダネイル王国の印が付いている。

 それを見たレノムは満足そうに頷いた。


「流石だね。中身は見たかい?」

「いや、まだ見てないですね」

「どうせ一度開けられているんだ。見てみてはどうかね」

「それもそうですね~」


 早速手紙の中身を確認する。

 折り畳まれている手紙を丁寧に開いて内容を読み進めていくと、チャリーの顔色が変わっていった。


 異変に気づいたレノムは立ち上がり、チャリーの横にやって来て手紙を覗き込む。

 ゆっくりと読み進めていくと、難しい顔をして喉をならした。


「……」

「……既に、ダネイルの兵士がこの土地に多く潜伏しているようだね」

「……こ、ここまで進んでいるとは……思いませんでした……」


 内容を読んだ二人はこの事実に驚愕した。

 端的に説明をすると、ダネイル王国は既にテレッド街に多くの兵士を潜伏させており、いつでもテレンペス王国を攻める準備ができているというもの。

 彼らの潜伏先の提供、衣食住の支援と仕事を与えてばれないように工作するのがこの街の仕事だそうだ。


 そして、最後に記されている名前を見る。

 そこには……チャリーとレノムもよく知っている人物の名前があった。


「レガリィー……」

「ダネイル王国……国王の側近だね。こんなところであいつの名前を見るとは」

「筆跡も間違いないです」


 チャリーたち元ゼングラ領の人間は、ダネイル王国で暫く厄介になっていた。

 ウィスカーネ家に仕えていたときの話だ。

 王家との繋がりも強かったウィスカーネ家だったので、いくらか会話したことすら覚えている。


 言ってしまえば大物。

 国王の側近ということもあって、剣の実力はもちろん、策士でもある人間だ。

 あまり相手にしたくない敵……というのが正直なところである。


「とはいえ、やってやりますよ」

「誰に喧嘩売ったか目にもの見せてやらないとねぇ」


 意見が一致し、微笑を浮かべ合う。

 これからが最も大切な時だ。


 さて、証拠も手に入れたのでチャリーとしては一刻も早くこれを持ち帰りたい。

 だがテナに馬を持っていかれてしまったので、新たに購入するか借りる必要があった。

 レノムもいることなので、徒歩での移動は現実的ではない。


 そうチャリーがぼやくと、レノムが軽く笑った。

 彼女は懐からパンパンに詰まった財布を取り出す。


「わぁ……どうしたんですかそれ」

「ここのギルドはよく稼げるんじゃ」

「へぇ……。でもいいんですか?」

「気にすることはない。エルテナ……じゃなくてアオ様の為であれば銭などただの石よ。使うべき時に使わずしてどうする」

「ありがとうございます」

「さぁ、これで馬を……」


 行動しようとしたとき、水晶からノイズが走った。

 それに気づいたレノムはすぐに言葉を切る。

 チャリーに『静かにするように』と手で制し、水晶から流れる音に耳を傾けた。


『ザーーーーー……ザザッ。チャ、ザー、チャリーさ……』

「「……」」


 この水晶は片道通信。

 こちらからの言葉は届かないので、そのまま通信が安定するまで待つ。

 この間にも彼女がなにかを話しているかもしれないことに焦りを覚えつつ、途切れ途切れの通信を聞き逃さないよう耳を近づけた。


『ザーザー、すいませ、ん。しくじり、ましたザザッ。現状……だ、けお伝えします。ズザザー、ザザッ。検問ザーザー、既に、ダネイルのズザッ。ザザザザザッ。ます……!』


 聞き取りにくい。

 こちらから声を送れない事がこんなにもどかしいとは思わなかった。

 もう一度いってほしいが……その願いは叶わない。


『ズザッ…………はぁ、はぁ……』


 通信が安定した。


『テレッド街は既にダネイルの手にあります! 一旦逃げてください!』


 この音声のあと、パリンッと水晶が砕ける音がした。

 それを最後に音信は途絶える。


「……この子の特徴は?」

「レノムさん……」

「チャリー。あんたはその手紙を今すぐにでも届けなきゃならない。それに狙われてんのはあたしの方さ。目立つ方が目立つ動きをする。文句はないね?」

「探しにいってくれるんですね」

「不馴れだけどね。それに馬車で移動したといっても時間はそう経っちゃいない。間に合うさ」

「では……」


 チャリーはそれから、テナの特徴を事細かく伝えた。

 全て聞き終わったレノムは、早速立ち上がる。


「早いことテレッド街に増援を寄越しなよ。あたしだって身が持たない」

「尽力します」


 チャリーはすぐさま宿を飛び出し、馬小屋へと向かった。

 あの調子だと金銭を支払わずに借りるつもりだろう。

 今さらそこに口を出すつもりはない。

 レノムも外套を纏って宿を後にした。


「さて、間に合うといいんだが」

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