9.22.作戦実行
宿に泊まっていた刃天は慣れないベッドの上で目を覚ました。
疲労も特になかったのでいつも通りの周囲警戒ができたのだが、なんだか体が気持ち悪い。
パきポキと体を鳴らしながら立ち上がり、いつもの服に袖を通した。
「さて、今日か」
慣れている服というのはやはり動きやすい。
今日の刃天はこの世界の服ではなく和服を着ていた。
この理由はチャリーが考えた作戦にあるのだが……全く碌でもない作戦である。
とはいえそれに乗ってしまった己も己だ。
刀を腰に差し、パンをかじって二人を待つ。
今この部屋には刃天一人だけであり、二人は作戦を成功させるために情報を集めている最中だ。
チャリーは発見した駐屯拠点の確認。
ここに兵士が集まったとなれば対策が必要だし、作戦を実行する時が早まる可能性があった。
往復でもそんなに時間はかからないので、毎日戻って来て進捗を説明してくれている。
その間待機しかできないので、刃天はとにかく暇だった。
レノムはディバノが連れてくるはずの戦力がやって来るタイミングを確認してもらっている。
彼女はこのテレッド街から警戒されてしまっているので、兵士が来る時間が完全に分かった時に合流する手はずだ。
まだ帰ってくる気配もないので、到着はもう少し先なのかもしれない。
この暇な時間を刃天はそこそこ有効活用していた。
気配を辿るのが得意なので、怪しい気配を辿っては移動先を確認し続けていたのだ。
範囲に限りはあるものの、この辺りの地形は完全に頭に入れることができたし、怪しい拠点もいくらか発見している。
事を起こす前にそこに赴き、少しでも数を減らせばよいかもしれない。
こういった策略を己でも考えながら、とにかく刃天は慣れない土地を把握することに勤め続けた。
森と違って村や町、都市は同じような場所が一切ない。
森であれば水源があり動物が集まる場所がわかるが、村や町は人々が決めた場所に集まったり需要のある場所に集まったりと人の往来や流れが大きく違う。
これを把握するのは勝つために非常に重要なことだった。
慣れない服を着て街に繰り出したことも何度もあったし、勝手に屋根に上って見下ろしたりなどもしていた。
そうしてようやく町の全体を把握することができ始めたのだ。
あとは時が来るのを待つだけである。
「よっと……」
「戻ったか」
「ダネイルの兵、来ました」
「ハッ。意外と早かったじゃねぇか」
一瞬で現れたチャリーに驚く素振りすらせず、刃天は小さく笑った。
以前レノムが凍結させた駐屯基地が増援としてやってきたダネイルの兵士に発見されたらしい。
今現在は氷を解かす作業を行っているらしく、拠点が露見したことにより焦りが見えているとのことだ。
ここまでは予定通り。
だがディバノがこちらに来ていないということが現在の問題だ。
レノムが早く帰って来てくれると助かるのだが、そんな幸運は簡単に訪れないだろう。
「さて、どうするか。もう行くか?」
「ううーん……。刃天さんが三日くらい持久戦をしてくれれば……て感じですが」
「そこまで無尽蔵な体力はねぇよ」
簡単に無茶を言う。
やろうと思えばできないこともないだろうが、軽々しくやっていいような動きではない。
幸い氷を解かすのに時間を要するはずなのでまで猶予はある。
「後どれ程で到着するか。それが分かればよいのだが」
「まぁ難しいでしょうねぇ……。確認してきましょうか?」
「レノムに任せているのだ。そうでしゃばるな」
「でもなぁー……」
急く気持ちも分かるが、ここは簡単に動いていい時ではない。
刃天がそう思ってベッドに腰かけようとしたその時、一つの気配がこちらに近づいてきているということが分かった。
感知できる範囲内ギリギリの場所。
そこで知った気配が近づいてきている。
「チャリー。行けるぞ」
「へ? ……もしかして!」
「レノムじゃねぇがな。俺のことをよく知っている」
「ん?」
「まぁ暇だったら見てこい。作戦を実行する」
刃天はそれだけ言うと、部屋を歩いて出ていってしまった。
チャリーは首を傾げながらその後を追いかけて外に出る。
さて、今二人は姿を晒した。
ここで重要なのは“刃天が和服姿で姿を晒す”というところにある。
もしあの話が周辺諸国にまで轟いているのであれば、必ず食いつく人間がいるはずなのだ。
そのまま少し歩いていくと、刃天はこちらに視線を送ってくる気配を感じ取る。
それは兵士二人であり……剣を抜く動きすら見せた。
「来たか」
「狙い通りでしたね。いやぁー刃天さんが有名人で助かりました」
「悪名の間違いだがな」
不敵な笑みを浮かべて振り返る。
そこには一人の兵士だけが剣を抜刀しながらこちらに近づいてきていた。
どうやらもう一人の兵士は増援を呼びに走って行ってしまったらしい。
これは僥倖。
栂松御神の鯉口を切り、すぐに抜刀できる状態を維持したまま向かい合う。
兵士が若干警戒しながら構えを取ると、確認を取って来た。
「お前……。ダネイル王国でギルドマスターを殺した男だな」
「だったらどうした」
「蒼玉眼の子供はどこだ」
「知らんと言ったら?」
「力ずくで口を割らせるまで!」
バッと飛び掛かって来た瞬間、男は首元に短剣を突きさされて簡単に絶命する。
チャリーが『実体移動』を使って瞬間移動したのだ。
押しのけて倒すと、血を拭いながら彼女は刃天に振り返った。
「本当に有名人ですねぇ~」
「ハッ。あの時喧嘩を売ったのがここで役に立つとはな」
「これで話が広まれば見張りの兵士までこちらに来るでしょうね。そうすれば増援の到着に気付くのが遅れる……」
「失敗しても動揺は誘える」
「さぁ~て、刃天さんの懸賞金はどれくらいなんですかねぇ~!」
「知らねぇ」
そんな会話をしていると、続々と兵士が集まって来た。
さすが訓練されたダネイルの兵士というだけあって動きが早い。
こういった有事の際の手はずもしっかりと整えていたのだろう。
この盤面でそれを引きずりだせたのは幸運だ。
あとは……。
「時間を稼ぐ、と」
「まぁそういうことですね」
両手に持った短剣をクルリと回して逆手に持ち直したチャリー。
それを見て刃天もようやく栂松御神を抜刀して首を鳴らす。
「次は俺の獲物を取るなよ?」
「早い者勝ちですよ」
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