9.6.見送り


「だぁ~かぁ~らぁ~……! 無理だっつってんでしょ!!」

「そこを何とか!」

「今回は無理! 今度こそ無理!! 今からテレッド街を調べるってのにその前に目立ちたくはないので!! なので! 今回は! 無理っ!! 却下!! 絶対!!」


 言葉に合わせて足を踏み鳴らすチャリーは、腕を組んで真っ向から刃天に噛みついている。

 作業をしていた村民と、今し方帰って来て物資を選別している獣人の視線がこちらに集まった。


 以前は初めてであるということもあり、仕方がない部分もあった。

 目立つことで敵を引き寄せるという策は成功したのかどうかわからなかったが、騎士団が六十名近くこの村の近くに行軍して来ていたのだ。

 実質成功したと言っても過言ではないかもしれない。


 だが今回は状況が違う。

 二度も同じ人間がロックブレードベアの素材を売ろうものなら、今度こそ目を付けられるに決まっている。

 合わせて今回はテレッド街の調査だ。

 テレンペス王国の勢力内にあるはずのテレッド街が、ダネイル王国に与しているという証拠を見つけ出すのが仕事内容である。


 この事実を発見する必要があるのに、その前に目立ってしまっては調査どころではなくなってしまう。

 身を隠すだけで精一杯だ。

 仕事に不自由が発生することだけは避けなければならない。


「じゃあどうすんだよこの大量の素材」

「レスト領にでも売りさばけばいいでしょー!? こっちが片付いたらそっちに売れますよ!」

「しゃあねぇなぁー」


 今回は流石に刃天が折れることにした。

 彼女の言う通り調査前に目立つことだけは避けなければならない。

 大変残念だがこのロックブレードベアの素材はまた今度の機会に売却することにする。


 やりとりを見ていたテナは、鎧を脱いで軽い身なりをしていた。

 まだ冷えるので衣服だけはしっかり着込んでいるが、防具はほとんど身に付けていない。

 槍はこの村に置いて、短剣と投げナイフを多く装備している。


「貴方、本当に騎士なんですか?」

「よ、よく言われますぅ……。でも真正面切って戦えない相手は居ます……。それこそ汚職士官とか。彼らの秘密を暴くために色々してたらこんなことに……」

「努力が悪い方向に流れちゃったのね……?」


 普通に同情した。

 正義感で暗躍し、そこで得た技術が彼女本来の役目と真反対な形となってしまっているので、はたから見れば『何やってんだこいつ』となるのは仕方がない。

 だがその実力は確かな者の様だ。

 居住まいと装備から彼女の経験が見て取れる。


「でも今回に関しては期待していますよ」

「私の本職は騎士なので胸を張って言うことはできませんが……。情報収集、お任せくださいぃ……」

「と、いうことで刃天さん! 馬車は要りません!!!!」

「折角用意したってのに。おーい、積み込みやめろー?」

『『ええー!?』』


 ロックブレードベアの脂が入った樽を積み込もうとしていた数名が大きな声を上げる。

 チャリーの声を聞いていなかったのだろうか。


「はいはい持って行かなきから片付けて! いいですね!」

「そりゃないですよチャリーさーん!」

「結構重いんですけどこれ!」

「男がなぁ~にを小さいことでうだうだ言ってるんですか! はいはいお片付け開始!」

『『ええええー!』』


 パンパンと手を叩いて促すと、彼らは渋々と言った様子で片付けを開始する。

 そんな彼らの背中を見た後、チャリーは馬に乗った。

 それと同時にテナも馬に跨る。


「それでは行ってきます」

「暫く帰れないかもしれないので、村のこと宜しくお願いしますね~!」

「応。行ってこい」

「チャリーいってらっしゃーい!」

「テナも気を付けてー!」


 二人は手を大きく振ってチャリーとテナを見送った。

 他数名の村民も手を振ってくれたようだ。

 馬車を引いていない馬の足はやはり速く、あっという間に見えなくなってしまった。


 のそのそと作業に戻っていく彼らの気配を感じ取っていると、地伝が声をかけて来る。


「鉄はどこだ」

「鉄だぁ……? ああ、丁度いい。おい! そこの獣人!」


 ボロボロになった戦利品をまとめていた獣人が肩を跳ね上げる。

 一瞬警戒態勢に入ったが、地伝がいることに気付いて警戒を解いた。


「な、なんだ」

「その鉄屑寄越せ。ほれ地伝。あれでいいだろ」

「……妙な混じり物があるようだな……。ったく、仕方がない。離れていろ」


 地伝の指示に従い、刃天はその場を離れた。

 獣人も他の仲間に共有してその場を離れるように指示を出す。

 近くに誰もいなくなったことを確認したあと、日本刀の鍔に親指を掛ける。


 グッと力を入れると、バギァッいう大きな音を立てて鯉口が斬られた。

 地獄の日本刀は硬い。

 だが鬼が扱うのであればそんなことは些細なことだ。


 鯉口を切った瞬間、大量の炎が噴き出した。

 それは宙を自在に浮遊して破損した鎧を飲み込み、持ち上げる。

 空中で溶かして一つの塊にすると、地伝はアオに声をかけた。


「水の子よ! 水を出せ!」

「えっ!? あ、は、はい!」


 慌てて出した水の塊に、地伝は炎を投げ入れる。

 熱が一気に冷やされ、幾らかの水が蒸発しながら沸騰する様を見つつ、頃合いを見て引き上げた。

 ドンッと地面に落ちてきたのは金床と、若干大きい鎚の頭だ。

 水で冷やされたとはいえまだ内部の温度は高温のはずだが、地伝はそれを簡単に持ち上げた。


「礼を言う」


 アオに一言だけそう言って、地伝は歩いて行ってしまった。

 それを村民たちは唖然としながら見送った。


「……とんでもねぇな」

「……ね」

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