9.7.製材


 あれから地伝は衣笠のための道具制作を続けた。

 馴染みのある鉄を打つ音が村の中に響く。

 その結果数時間でいくつかの道具が完成したようで、それを確かめさせている様だった。


 急ごしらえで作ったという割にはしっかりしている。

 ノミ、ノコギリ、玄翁にカンナ。

 他にもハツや槍鉋など特殊な道具も揃えてくれたようだ。

 それらを手渡して使わせてみたが、どうにも微妙な反応だった。


「……おい地伝。これは鋼が入っておらぬな?」

「鉄の塊を溶かして形にしただけだからな。不純物は相当取り除けているとは思うが」

「やはり砂鉄が必要か」

「鋼が欲しければな。はぁ……」


 どうやら地伝としても満足の行く物ではないらしい。

 これ以上の物を作れない、とため息を吐いた。


 だが地伝の腕は相当なもので、鋼が入っていないにしろ切れないことはない出来栄えだ。

 切れ味は悪くない。

 衣笠からしてみると悪い、というだけである。

 地伝はそれが気に食わないようではあるが。


 なんにせよこれ以上鋭い刃を付けるのは現地点では不可能。

 ない物ねだりをしても仕方がないので、衣笠はこれを使って早速木材に向かった。


「おお、よく乾いている木だな」

「それはアオ殿が魔法で水分を抜いたものだ」

「ほう? なんと便利な」


 少し離れたところで声をかけたのはクティだった。

 業火を操る地伝の見張りを出来る者は多くない。

 刃天は人を見張るというような人間ではないし、村民や獣人にはまだ任せられないので、ディバノが彼女に見張りを任せたのだ。

 間違って森を燃やされてしまっては大問題であるため、見張りは必須だった。


 クティの言葉に軽く返事をした後、衣笠は木の目を見てから鉈を手に取る。

 丸太の皮剥きは、普通ちょうなを使うのだが衣笠は鉈の方が好きだった。


 土台に置かれた丸太の皮をバリバリと剥いていく。

 その速さに地伝は感嘆した。


「おお……。早いな」

「水を含んでないから剥きにくい。しかし良い木だな。こいつは柱にするとしよう」


 どうやらこの男、木の皮を剥ぎながら木取りを行っていたようだ。

 あっという間に皮を剝き終わった後、切り口を見て正方形の傷をつける。

 これを丸々一本角材にするつもりのようだ。


「待て衣笠。その柱の大きさ……一体どれほどの屋敷を作るつもりだ」

「お? 大きくない方がいいか?」

「民家だ。まずは民家を作れ」

「あ~そうか。相分かった。では、これは板材にするか」


 正方形の中に数本の線を入れた。

 これを割って大きな板材にするつもりのようだ。

 ともなれば大鋸が必要となるな、と気付いて地伝は早速作業に取り掛かる。


 カーン、カーン、トンテントンテン、カッカッカッ。

 リズムよく鳴り響く音を聞きながら、クティは見張りを続けていた。

 次々に新しい道具を作り出す地伝もそうだが、何の迷いもなくバリバリと丸太を製材していく衣笠も卓越した動きを見せている。


 そんな様子に惹かれた人間が一人……。

 この村唯一の大工である。

 おずおずと言った様子でクティに声をかけた。


「お、教えを乞うことってできるでしょうか」

「私は知らない。直接聞いてくるといい」

「自信がないのですが……」

「では、それ以上は見込めんというだけだな」


 クティの言葉に大工は若干の衝撃を受けた。

 確かにそうだ。

 そう口にして意を決し二人に声をかけに行く。


「あ、あのー……!」

「おーん?」

「その……! 教えていただけますでしょうか……?」

「おお! 人手が増えるのは歓迎だ! さぁ来い! 地伝! できたか!?」

「今渡す」


 薄く伸ばした幅の広い鉄に、鋸刃を付けていく。

 これがなかなか時間のかかる作業だったがようやく完成したので、大工にさっと手渡した。

 思った以上に大きな鋸に目をぱちくりとさせていると、衣笠がさっと指示を出す。


「ここを切れ。輪切りだ」

「あ、はい!」

「なに、心配するでない。ここはどう切っても材木に影響することはない。存分に試し、気付け。さぁ掛かれ」

「了解です!」


 指定された場所に鋸を当て、ぐっと動かして切っていく。

 この世にある押して切る鋸ではなく、引いて切る鋸だと気付いた大工は挽き方を変えて力を入れた。

 大体三メートル間隔で丸太を切っていくと、それだけで多くの板材が作れるということに気付く。


 大工が作業をしている間、衣笠は早速次の工程に入っていた。

 大きな鋸を使って丸太を正方形の角材に整えていた。

 切り落とした木材も細い板材として使う予定があるらしく、そのまま捨てることはせずに準備していた置き場に丁寧に積んだ。


「よぉし。できたかー?」

「な、なんとか……!」

「上出来。ではこいつをここへ運んでくれ。向こうを持て」

「……この大きさの角材を二人で……!?」


 衣笠の指示通りに動くが、やはりこの三メートルの角材の重量は馬鹿にならない。

 だが彼はスッとそれを持ち上げる。


「親指を下に持っていけ」

「……ええ? 随分……手を捻るのですね……。……おお?」


 親指を起点にして角材を持ち上げてみれば、意外とすんなり持ち上がった。

 だが重い事には変わりがない。

 二人はゆっくり動きながら指定した場所に角材を下ろした。


 これは慣れていないと手を怪我してしまいそうだ。

 今も重量に負けて指が悲鳴を上げている。

 だが衣笠はなんてことないようで、そのまま大鋸を使って縦割りを始めた。

 三メートルの角材のうち二メートル程切り進んでいき、途中で切るのをやめ、横引きに切り替えて切り落としてしまう。

 これで約二メートルの板材ができあがった。

 これを線を入れた分だけ行えば、三メートルの角材一つから八~十枚ほどの板材が作れる。

 もちろん角材の大きさによって前後するので注意が必要だ。


「ああ、手前はその端くれから板材を作ってみせろ」

「え。えーと、これだと丸太の曲線を残すことになりますが……」

「そこは落とせ。縦引きに難儀するなら半分に切ってからやってみせろ」

「や、やってみます……!」


 一つ一つの作業は単純だが、そのすべてに技術が必要だった。

 大工はそれを痛感しながら、衣笠が何の躊躇いもなく鋸刃を木材に入れている姿を見て改めて驚く。

 今日一日、二人は板材の制作を続けたらしく、日が暮れる頃には丸太が四本無くなっていた。

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