9.5.一手を打つ
アオが早速ディバノに話を共有したところ、彼は目を瞠って驚いていた。
それは内容を聞いて驚いたのではなく……アオが刃天に小脇に抱えられながら報告したことにある。
何故そんなことになっているのか疑問だったが、アオが何か失礼なことをしたのだろうと無理やり飲み込んだ。
とはいえアオが説明してくれた内容にももちろん驚いた。
どちらかといえば歓喜したという方が正しいかもしれない。
鉄を扱うことができるのであれば、武器や道具など様々なものが生産できるし、家の建築を正しくできる知識があるならば、より良い家屋を作ることが可能だ。
村の設計図が大きく変化しはじめる。
理想の形になる様にディバノが思案していると、アオが顔を上げた。
「水路に石材を使ってほしいな」
「まだ人手が足りないよ?」
「あーそっかぁー……」
「でもまずは実力を見てみたいな。刃天さん。お二方はどんな技術を?」
「地伝はよく知らん。だが鷹匠なら分かる」
アオを小脇に抱えたまま、若干視線を上に向けた。
「あいつは屋敷くらいなら造れるはずだ」
「やしき?」
「大きな家だと思えばいい。一族が住まう程の大きな、な。釘も使わず木を削って組子で作り上げる」
「「釘を使わないの!?」」
「そも故郷の家屋のほとんどは釘を使わん。茅葺くらいではないか?」
刃天の知っている限りだとそんな程度だ。
彼が居れば釘問題は解決してしまうのである。
実際に話を聞いたことはないので分からないが、刃天の予想だと彼は元々社寺仏閣を手掛けていた宮大工なのではないだろうかと考えている。
だが刃天が知っているのは山奥でひっそりと暮らしている姿だけ。
時々新しい倉庫が欲しいとなると、気を切り出して一から製材を作り、家を簡単に建ててしまう人だったということは覚えている。
正体がどうあれ、衣笠が建築の心得を会得していることは間違いない。
「ま、そこは信頼していいだろうな」
「他にもいろいろできるって言ってなかった?」
「ああ。畑も耕すわ、果樹も育てるわ、植林もするわ、狩りもするわ……。村を起こす程度の知識は持っているだろうなぁ」
「何者なの……?」
「知らん」
実際、刃天が彼と共に生活をしていた時期はそんなに長くない。
思い出すほどのことでもなので早々に話を切り替える。
「まぁ味方であることに変わりはない。あ、それと俺より少し強いぞ」
「え!?」
「そうなの……?」
「打ち合いはトントンなのだがな。あれが何なのかはよく分からん」
意識を掻い潜って懐に潜り込んでくる。
衣笠と対峙する時、刃天はそんな感想をいつも抱いていた。
そんなことができる奴はそうそう居ないのでよい稽古相手になったし、彼のお陰で強くなれたのも事実だ。
感謝しているにはしているが……あれが何かは未だによく分かっていない。
思い返してみても謎だらけだ。
瞬きをすると既に刃が首元に押し当てられていることだってある。
あれを対処できるようになるのに何度やられたことか計り知れない。
「フン。まぁ気にしねぇことだ。敵じゃねぇし」
「それならいっか。あ、そうだディバノ」
「なに?」
「獣人たちなんだけど、今の段階で密偵として使えるよ思う?」
「難しいと思うよ」
ディバノの回答にアオは苦笑いを浮かべた。
分かり切ってはいた事なので別に気にしてはいないのだが、人間から信頼を得て仕事を任せられるようになるまでどれだけかかるだろう、と考えてしまったのだ。
本当に長い時間がかかりそうである。
それこそ何か……きっかけがあればいいのだがと思う。
「なぁーに気にしてんだ?」
「色々~。うーん、密偵はチャリーに任せるしかなさそうだね」
「テナもそっちの方面には少し明るいよ?」
「本当!?」
「まぁーチャリーさんよりは……って感じだけど」
「んん? 自然に話しているが、ディバノはアオの事をもう知っているのか?」
「うん。本人から聞いたよ」
ならば話が早い。
刃天はようやくアオを下ろして腰を伸ばす。
「では、今後の計画も聞いたな?」
「アオが僕の権力を使って大きくなろうってことくらいはね~」
「その話はしたじゃ~ん!」
「あはは。ごめんごめん。別に気にしてないし、それで恩を返せるなら僕としても不満はないよ」
一応話はすべて通してるようで安心した。
しかしその話をするとディバノは少し疲れたように息を吐く。
「んん?」
「あ、いや……。トールとそれでちょっと……」
「ああ、そういうことか。ハッ。まぁ家の名を使われるってのは、気に食わねぇものなのやもしれんがな」
「そうだね……。でも僕はアオを支えるよ」
「ありがとう」
「いえいえ」
「そんじゃ……一手を打つか」
パンッと刃天が手を打った。
すると三名が真剣な表情になる。
「アオ。戦力は」
「全人口は四十二名。主戦力は八名。他は育成中。獣人については戦闘民族だってことは分かってるけど、どの程度の物なのかは不明だよ」
「ディバノ。村の現状は」
「直近の戦闘に勝利したことで士気は非常に高いよ。でも負傷した人は少し怯えてるかな……。衣食住は大幅に改善してるけど、武器や道具は作れない。でも地伝さんのお陰で解決しそう。直近の課題としては獣人たちの交流かな?」
不安な点は獣人との交流くらいだ。
ディバノはこの村を更に良くしようとしているようではあるが、労働力が足りない事と道具の生産ができないことで二の足を踏んでいた。
獣人の介入と地伝の道具制作で大きく変わればいいのだが……今のところ不透明である。
現状を大まかに理解した後、刃天は次の大きな動きについて問う。
「アオ。テレッド街に送り込む兵はどうする」
「チャリーは絶対。ディバノから騎士を借りられるならテナさんも送りたいな」
「大丈夫だよ。二人の方が情報も集めやすいだろうしね」
「よし。では残りは引き続き村の開拓だな。それと証拠が見つかったらどうする」
「僕が家に戻って説明する」
これにはディバノが立候補した。
今すぐ大きな後ろ盾を得られる所はここしかない。
「ディバノ、これが長男坊と次男坊が成すことのできない手柄になるか?」
「なるよ。絶対。あの二人は頭が悪いんだ。悪知恵は働くんだけどね」
「ハハ! 言うじゃねぇか!」
であれば、後のことはディバノに任せていいだろう。
この村に来てからディバノも子供らしい表情をする様になった。
初めて会ったときは常に影が落ちていたように思えたが、今では見る影もなし。
自身も付けたようだし、今なら信頼できる。
「よし! んじゃ始めるか……!」
「僕はチャリーに話を通してくるね!」
「僕もテナに説明してくる! 刃天さんは馬車の準備をお願いできる? そろそろロックブレードベアの素材を売りに行かなきゃ!」
「それもそうだな。よし」
三人はそれぞれの目的を果たしに向かったのだった。
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