9.3.ゼングラ領を落とす
大方の説明をし終わった刃天だったが、衣笠は話を理解するので精いっぱいだったようだ。
なにせ横文字が多い。
初めて聞く単語に首を傾げまくりながら、一応話を進めてもらった。
だが刃天と地伝が数か月かけて集めた情報を、一度ですべて詰め込もうとしたのだ。
分からなくて当然だし期待もしていなかったのだが……。
この衣笠、やはり刃天の恩師であるというだけの事はある。
「んーつまるところ……。この一件はこの世の神の思惑であり……ゼングラ? が発端だとするならば、まずその場に留まる黒幕と神は言葉を交わした、と」
「……ああ、そうか!! ああそうだそうだ! そうじゃなきゃおかしい!」
「なるほど。ドリーの言葉の真の意味はそれだったやも知れぬな」
「何故気付かんのだ……?」
ドリーの言葉『全てはゼングラ領から』。
この言葉をもう少し細かくするならば『全ての“始まり”はゼングラ領から』とするのが適切だろう。
ゼングラ領の現領主、ヴェラルド・マドローラ。
彼が黒幕なのは間違いない。
もしそうならば……水質問題を発生させる時よりも前に神は彼と接触していたはずである。
随分前から手の込んだことをしていたようだ。
そして領土を奪うという事件を起こす。
これがのろしのような物で、他の工作員が勢力を増やすために動き始めた。
商い人もそのうちの一つだろう。
そして水売りが戦争の火種となる存在だったはずだ。
「して、そのアオという童が重要な存在となる、か。……ふむ、刃天。手前はアオの奮起を手助けしただけなのやもしれぬな」
「ああ~。神は俺をそうやって利用したって訳ね。管理できぬ代わりにこちらに寄越したと。どう転んでもいいって事か……」
「だが、神のそれを阻止する術はある」
「ゼングラ領を落とす……か」
これには流石に刃天も腕を組む。
地伝も顎に手をやって今一度策を練り直しているようだった。
頭を潰せば策略は一気に振出しに戻る。
これさえ成せればよいのだが、問題は大きな犠牲を払ってはならないということだ。
最低限の犠牲でゼングラ領を落とす。
「んぁー……元々アオがいた場所だ……。根回ししてこちらに付けってことはできねぇか」
「もっともらしい策で大変結構。されどそのような時間はない」
「やるなら一発勝負ということだな。刃天。アオに人望はあるのか?」
「チャリーの様子からするに、あるにはあると思うがな。最も信頼に厚かったのはアオの親父だろうが」
「それに、
「ハッ。その内どれだけの者がこちらに付くか見ものだな」
衣笠と地伝が高じている策は『運』に任せているようなものだ。
これでは確実性がない。
数多の戦場を駆けまわった刃天ではあるが、確かに運も味方の内という言葉は利いた事がある。
とはいえ、それ頼みで生き残れるほど甘い戦場は一度としてなかった。
策を考えるのはもちろんだが、移動する時間も考慮しておかなければならない。
叩き潰すのはもちろんだが、その後のことも考えておかなければならない。
戦うのは簡単だ。
だが、最も大変なのはその後の事なのだから。
「では刃天。手前はどうする」
衣笠が首を傾げながら聞いて来た。
こういう時の彼に適当なことを口にしようものなら小太刀が飛んでくる。
刃天は一拍おいてから真面目に答える。
「留守を狙う」
「ほーん……。単純。されど的確」
「留守を待つような時間などない。そうしている間にも刻一刻と魔の手は伸びる」
「であれば奇襲だな。雑魚は無視して頭を獲りに行く」
「単純すぎぬか?」
「こっちにゃ数が居ねぇんだ。それに頭が居なくなれば士気は落ちる」
自信満々にそう言い切った刃天。
衣笠もこれには同感できるところがあったようで、小太刀を投げ飛ばすことはしなかった。
ゆっくりと噛みしめるように頷く。
だが、地伝が待ったをかけた。
「……いや、そうとも限らぬぞ」
「「なに?」」
「貴様らは日ノ本での常識から物を言っておるな。ここは異なる世。芽を摘んだとしても根は生きておるやもしれぬ」
「……ふむ、一理ある」
地伝の言葉に衣笠も頷く。
確かにその通りだ、と刃天も納得せざるを得なかった。
この異なる世は刃天たちがいた元の世とは大きく異なっている。
大将がやられたからと言って他の部下が全てを投げ出して逃げ惑う、などという前提は捨てた方がいい。
「ではこの世の人間に話を聞くべきだろう」
「アオーーーー!! ちょっとこっちこーーーーい!」
そう叫びながら勢いよく飛び出していった刃天。
扉を開けっぱなしにして出ていったので冷たい風が中に入り込んでくる。
小さくため息をついた衣笠が丁寧に扉を閉めた。
こういうところは昔から変わっていないな、と彼は小さく笑う。
そんな様子を見た地伝は少し驚いた。
「貴様、そのように笑うのだな」
「フン。我が子みたいなものだ。どの様な姿でも可愛らしいと思うだろう」
「とても親殺しが吐く台詞ではないな」
「もっともだ」
衣笠がくつくつと笑うと同時に、囲炉裏の中の薪が爆ぜた。
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