9.2.すべて
口は動いていないが、確かにこちらを見て話している。
ロクはふるふると頭を振ったあと、ピョコピョコと歩いてきて地伝の横に座った。
「なぜイナバ殿が……」
『私は世渡り兎。この子に許可を取って体を貸してもらっただけのことですよ』
「お、おい……なんだ。どういうことだ?」
「獣が口を利くだと……」
何も知らない刃天と衣笠は普通に混乱している。
今まで共に過ごしてきたロクがこのように喋るとは思ってなかったし、いくら獣人という存在に出会っていたとはいえ、明らかな獣が喋るとは思っておらず驚愕を露にした。
「地伝。説明しろ」
「……この方は因幡の白兎殿だ。簡潔に説明するならば神様である」
「いなばのしろうさぎぃ?」
「なんと……!」
刃天はピンと来なかったが、衣笠は神話を知っていたようで更に驚いた。
本当に実在していたと知って、まじまじとロクを見る。
『あ、この姿は借りているものなので、本来の姿ではありません』
「いや、そうだとしても……。憑依か……」
『まぁそういうことになりますね。貴方たちの事は知っているので挨拶は不要ですよ』
「ほぉ……。流石というべきか……」
そこで地伝が咳払いをする。
「イナバ殿は何故こちらに」
『全てを教えようと思いまして。丁度地伝さんが帳を下ろしているのですしね』
「気付いておられたか……」
『聞かれることもないですが、この子に負担をかけたくないのでもうお話ししてしまいますね』
イナバがそう言って一拍置いた。
それから話したかったことを伝える。
『邪な者はゼングラ領から湧きました。今のゼングラ領領主の配下ですね。方々に兵を送って大きな戦をするためにの根回しをしております。商い人もそのうちの一つ』
地伝と刃天は目を見張る。
イナバがこの話を知っているとは思わなかったからだ。
確かに先程説明するとは言っていたが、そこまでの事情を把握していると思わなかった。
「別口ではないのか……!」
『全て同じですよ』
「だがイナバ殿。戦を望む神々が刃天を商い人に接触させた理由がわかりませぬ。関わることで阻止してしまうやもしれぬのに」
『一つを阻止したとしても大きくは変わりません。ただ、刃天さんを手駒にでき、神々は管轄することができます』
「そういうことか」
神々の息がかかっている人間たちの近くにいれば確かに管理しやすいだろう。
何かあれば対処できる。
そのように仕向けたということだ。
結果的に刃天はその道へは進まなかったが。
イナバは話を続ける。
『アオさんの宿敵は今も勢力を伸ばしております。水売り、騎士団もその配下です。正直に言いますと、村を育てている時間はありません』
「頭を叩けってことか」
『そういうことです』
つまり、今この段階からゼングラ領に攻め入ってマドローラの首を取れということ。
そうしなければ大規模な戦争が開始されてしまう。
その戦禍に最も早く巻き込まれるのはこの村だ。
テレッド街はダネイルの手にもう渡っていると考えていいだろう。
だが地伝はこの話を通してふと疑問を抱いた。
説明の内容はとくに問題はない。
ドリーの言葉の真意も分かったし、商い人が邪な連中の一部だと分かった今彼らを構う必要性は皆無だ。
しかし……日ノ本で神格化したイナバが、戦に関して助言をするのは違和感だった。
「イナバ殿。何故私どもに助言を……?」
『それは貴方のためです、地伝さん』
「私のため……?」
なんの迷いもない答えだった。
「お、お待ちを……。これが私に……私になんの意味が……」
『貴方は知らないだけなのです。世と世の均衡を。これで分かりますよ』
クスクスと笑ったイナバはタンッと足で床を叩いた。
するとロクの気配が大きく変わる。
パチクリと目を瞬き、いつもの鳴き声で刃天をみた。
「シュイシュイ」
「……戻ったのか……」
暖かい空間に気づき、その場でポテリと寝転んだ。
大きく息を吸ってため息を吐くと、そのまま眠ってしまったらしい。
小さな寝息がよく聞こえた。
「鷹匠。間違っても喰うなよ?」
「神の依り代だぞ? 誰が食らうか」
それから、暫くの沈黙が流れた。
今はそれぞれが手に入れた情報を頭の中で整理している最中だ。
しかしそれもすぐに終わった。
やらなければならないことは明白になったし、本当の黒幕が分かったのならばそれを叩くに越したことはない。
「これを成せばこの村の罪も消えるな?」
「十二分だ」
「また私のわからぬ話を……。ええい、よう聞かせい! なにがなんだ!」
「今から教えてやるよ鷹匠。まずはそうだな……」
それから衣笠に多くのことを説明した。
その間、地伝は窓に近寄って外を見る。
(神というのは分からぬものだな)
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