第九章 奪われつつある街
9.1.分かりやすく
かじかんだ手を擦り合わせて摩擦熱を起こし、作業の効率が落ちないようにしてみるがすぐに冷えてしまうものだ。
ようやく積み上げた木々に火をつけ、巨大なキャンプファイアが出来上がる。
だがこれで暖まろうとする者は一人として居なかった。
それもそのはずで、この中には十数名の死体が放り込まれているのだから。
獣人たちには麓の死体を任せており、獣人のリーダーであるロウガンが皆を引き連れていった。
戦利品を回収して再利用する予定だ。
ただ、鎧ごと引き裂いたりしているらしいので、あまり期待しないで欲しいとのこと。
村民は怪我人の治療を継続しつつ、可能な限り普段の生活に戻るように勤めた。
任されていた作業の続きに取りかかる。
そんな中……刃天、地伝、衣笠だけで話をさせて欲しいという要望をアオに要求した。
別に断る理由もないので軽く了承してくれた。
と、いうことで今は三人が集まってひとつの囲炉裏囲んでいる。
衣笠は周囲を見渡しながら顎を撫でる。
「ふむ、素人ながらに良い作りだ。刃天が指南したのか?」
「俺にそんな知恵はねぇよ。知識があっただけだ」
「はは、まぁそうか。だが案ずるな。次はこの私がおるゆえな」
「はいはい、期待してるっつの」
「ったく、変わらぬな」
相変わらずの態度懐かしく思いながら、衣笠はくつくつ笑った。
囲炉裏に薪を追加した地伝は、素手のまま火の位置を整える。
パキリ、と片手で簡単に薪を折ると少しだけ周囲の温度が下がった気がする。
それに衣笠が身震いした。
「さて……。刃天。まずはご苦労だった」
「咎人に鬼が礼を言うかね」
「それもそうだな。では話を聞け。貴様ならば理解できるはずだ」
心底真剣な様子でこちらを見てくるみのだから、刃天も思わず居ずまいをただした。
話を聞く姿勢になったことを確認したあと、地伝は語り始める。
「貴様の働きによってこの世の神が何をしようとしているのか判った」
「おい、そりゃ朗報だ。んで何を企んでるんだ」
「文化の吸収」
流石にこれだけを聞いて全て理解できるとは思わない。
目を細めた刃天に地伝は続ける。
「まぁ待て。まだ目論見を口にしたまでだ。……神が提示した三つの道。これは特に問題ではない。厄介なのはこの世の神が大きな戦を望んでいることだ」
「ほん」
「その結果、世の境界が曖昧になる。それに乗じて別の世の文化を吸収する。幸喰らいはそれを拒んでおり、貴様が手にかけた者の内に神の願望を遂行する者がいるならば、その時幸は減らぬ。刃天。貴様の幸は今の今まで一度として減っていない」
「なんだと!?」
何度か人間は手にかけた記憶はある。
ダネイル王国のギルドマスター、エディバンにドリー、そして追っ手の数名。
確かにおかしいとは感じていた。
あれだけ念を押されて人を殺すなと言う掟を破ったのにも拘らず、この村には人が増えていく一方だ。
これを聞こうにも地伝は応答に一切答えることはなかった。
その理由がこの世に来ているとは思わなかったが……。
刃天は一応確認をとる。
「おい地伝。俺は本当に一度も幸が減っていないのか?」
「そうだ。ダネイルのギルドマスターに関しては貴様の正当性が認められた。なぜかは知らぬ。今思えば『幸喰らい』が刃天に贔屓したのやもしれぬがな。この事を知っていて止められるのは貴様だけだった」
薪が割れて火の粉が飛んだ。
「エディバンは」
「死人を斬ったとて幸は減らぬ」
「ドリーは」
「『幸喰らい』曰く、奴は日ノ本の世に悪影響を及ぼす。文化の吸収を阻止するために必要な犠牲だったというわけだ」
刃天は首をかしげる。
「……すまん、もう一度聞かせてくれ。『幸喰らい』はなんなんだ?」
「世の守護者とでも言うべきか、はたまた審判の呪いとでも言うべきか……。詳しくはわからん。だが、確実に言える事は……『幸喰らい』は我ら日ノ本の味方だ」
「……」
「この世の神が私に大した警告を与えず放置した理由は、文化の吸収。貴様がこの世に降りたせいで世と世の繋がりができた。その繋がりを更に太くすべく大きな戦を画策し、膨大な魂を使って境界を曖昧にしようとしている。幸喰らいはそれを阻止したいがため、戦の芽となる者を貴様が殺してもお咎めなしとしているのだ」
「……………………『すべてはゼングラ領から』」
地伝がピクリと反応する。
話の内容は分かった。
異なる世の神は文化の吸収を望み、戦争を画策している。
それに対し『幸喰らい』は日ノ本を守るため戦の芽を潰している刃天を寛大に見ている。
だがドリーの言葉は未だに解決していない。
更に言えば『馬車と商い人』について、今の段階ではなにも分かっていないのだ。
邪な輩と商い人、邪な輩とゼングラ領は別口。
だが地伝の予想では……この二つは何処かで必ず混じり合う。
「なんぞなんぞ。面白げな話だな」
「お前にゃ分かんねぇよ」
「いいや、なんとなく分かって来たぞ。以前、地伝に同じ話を聞かされたからな。まぁようわからず気にせなんだが、手前がそのように悩む姿は懐かしい。いっそ私が解いて見せようか」
「出来るもんならやってくれ。俺は頭が割れそうだ」
「ハハ、ではではそうだな……」
衣笠は面白げに笑いながら天井を仰ぐ。
腕を組み、人差し指を動かして思案し続けていると、パッと閃いたようで顔を戻した。
「人を殺さず、戦を終わらす。これを繰り返せばよいだけの事」
「あほ抜かせ。んな事できるわけがねぇだろうに」
「……いや、良いな」
「地伝……?」
妙案だ、と感心しながら地伝は頷いた。
彼が賛同したことに衣笠自身も驚いているようだったが、すぐに取り繕って胸を叩く。
「どうだ刃天。この私もまだまだ衰えてはおるまい?」
「気配で分かってんだよ。雑に放った言葉だろう」
「いやはや、半分は本気だ」
「残りはどうした」
「冗談だ」
「ケッ」
分かり切っていた事だが、改めて聞くと腹が立つ。
これをまともに受け止めた地伝も地伝だ。
本気でやるつもりか……?
そう訝しみながら見てみるが、彼の表情は変わらない。
既にどうすれば事を成せるのか思案しているようだった。
確かに手札は増えたが……それでもここはまだまだ弱い村だ。
簡単に非殺傷の戦闘を取ることはできない。
だが……地伝はやるつもりのようだ。
「……はぁ~……。ったく付き合ってられねぇぜ……」
「されどせねばならぬこと。そうだろう、刃天」
「堅牢な城ほど落とし甲斐があるってものだ。偉業となるぞ?」
「勝手にせい……。だが地伝。ゼングラ領と商い人についてははっきりさせろ」
「それもそうだな。だが──」
『それには私がお答えいたしましょう』
全員の動きが止まった。
ここに居るのは三人だけだったが、その誰でもない声。
なんなら澄んだ女性の声だったように思う。
声の主の方を見やると、そこには小さな六本足と角を生やした兎がいた。
「……ロク……?」
『あら? この子は『ロク』という名を授かったのですか? 姿に似合う良い名ですね。名付けは貴方がされたと見ました。同じ日ノ本の者同士ということもあってこの子も嬉しく思っているようですよ』
「なん……」
「イナバ殿……?」
『あら、地伝さん。もうお気づきになられましたか』
ロクの姿をしたなにかは、ニコッと笑って耳を動かした。
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