8.12.あれこれやれそれ


 今、この場に居る多くの者が混乱している。

 中でも混乱しているのは刃天だろう。

 頭を抱え、現状を理解しようとしているのだが、どうにも現実を受け入れがたいようでズーン……と沈んだ状態で固まっている。


 あんな姿を見たことが無い村民は、本当にどうしてしまったのだろうと本気で心配していた。

 かくいう彼らも新たに表れた人物に戸惑いを隠せていないようだ。

 なにせ……根絶されたと思われていた獣人がそこにいるのだから。


 獣人の数は十名。

 今は全員が人の姿をしており、人肌の中に獣の時の一部が混ざったりしているのですぐに獣人だと理解できた。

 彼らがこうして表に出て来る事などありえないと思っていた。

 だが現に……こうして目の前にいる。


「え、えっと……チャリー! どういうこと!?」

「わわ、私もよく分からなくて……! でも麓にいる兵士は彼らが全員始末してしまったっぽくてですね……」

「そ、そうなの?」

「……えと、信じられないかもしれないんですけど……。敵の数は五十人ほどいまして……」

「へ!?」


 チャリーが山を下りて目撃したのは、大量の血の海と転がっている約五十人分の死体だった。

 大きな獣が何体か彷徨っていて、チャリーを目撃すると襲いかかってきたが角の生えた男がそれを止めたらしい。

 よく見てみれば刃天と似たような服装をしていたので、声をかけてみれば刃天の事を知っている人物だった。


 そしてもう一人刃天を知っている男が居て、少し話している内に村へ案内をしてくれと頼まれたようだ。

 騎士団を倒してくれているし、獣人の攻撃を止めてくれたということもあってチャリーは案内をした……ということらしい。


「と、とにかく彼らは味方です! 皆さん怖がらないでくださいね!」

「それはちょっと……どうだろう……?」


 獣人の歴史を知っている者は今となっては少ない。

 だが人間とは異なっているのだから、歴史を知らなくとも恐怖心は抱くだろう。


 すると、話を聞きつけたディバノたち一行も駆け付けた。

 アオの傍で立ち止まり、現状を目視で把握する。


「……えっと……話は聞いたけど味方なんだよね……?」

「一応……そうらしい。刃天の知り合いが連れてきてくれたみたい」

「これはなんと……。私も獣人は初めて見ましたよ」

「本当に大丈夫なのだろうな……?」

「クティさんそんなに警戒しないでください……」


 警戒するのは最もだ。

 まだ彼らがどういった目的でここに訪れたのか分からないのだから。


 なんにせよ、まずは刃天の友人と話をしてみたい。

 アオはディバノを連れて三人に近づく。

 その背後を不安そうにトールが追いかけた。

 これにクティとテナも続く。

 近づけば三人の会話が聞こえてくる。


「なんでお前らがいるんだよおかしいだろ」

「何度も言わせるな。私が連れてきた」

「と、いうか! 地伝の代わりに別の鬼が俺を殺したぞ! 間髪入れずにな!」

「ああ、だろうな」

「しっかし手前が村越しとはな。山賊家業は足を洗ったか?」

「今そんなことしたら沙汰が伸びるだけだわ!」

「よく理解しているではないか」


 会話に入りにくい……。

 だが意を決してアオが声をかける。


「あ、あの……」

「んん? なんだちまいちいさいの」

「衣笠は知らなんだな。この者がこの村を支える礎だ」

「ほぉ? このような童が」


 ぼさついた髪の毛を揺らしながら、男はずいっと顔を近づける。

 急な動きに驚いたアオだったが探すことはしなかった。

 これに彼は少しばかり驚いた様子を見せる。


 急に接近した男を警戒してクティが槍を構えた。


「待て! 少し下がれ!」

「おお? 血気盛んな生娘だな。なにも取って喰おうってわけではない」

「我々は貴様らのことを何も知らないんだ! 警戒して当然だろう!」

「ふむ、それは一理ある」


 男は二歩下がった。

 髪の毛を掻き上げてしっかりと顔をさらけ出しつつ、適当に挨拶する。


衣笠義真いがさぎしん。私の名だ」

「私は地伝。日ノ本の地獄から参った。向こうにいる獣人共は衣笠の配下である」

「目的は!」

「「目的?」」


 クティの言葉に二人が首を傾げる。

 暫く思案した後、地伝が刃天を見た。


「刃天。この者らは下知を知らぬよな?」

「ああ。そいつらは関係ねぇよ」

「したらば……刃天に手を貸すために来た……と、するのが最も良いだろうな。あとは詮索するな」

「……地伝。その言い方ではまだ隠し事があるが何も聞くな、と言っているのと同じだぞ」

「隠し事があるのは事実だ」

「沙汰を下す者は違うなぁ」


 くつくつと笑った衣笠は再びアオに近づいた。

 アオも何か聞きたい事があるらしく、彼の顔を見上げる。


 怖気ぬ童。

 なかなかに肝が据わっている、と感心した様子で顎を撫でた。

 膝を折ってしゃがみ込み視線を合わせる。


「名は?」

「アオです。初めまして。再度確認しますが、貴方たちがここに来た理由はこの村を発展させるため、という解釈で間違いないですか?」

「今、刃天がそれを成そうとしているならば、私は手を貸すまでだ。その解釈で間違いはない」

「では獣人について再度説明をお願いします。彼らは本当に衣笠さんの指示に従うのですか?」

「そういう決まりとなった。だが手前らがこいつらを使いたいと言うのであれば、獣人共をこの村に受け入れてもらう必要がある。構わぬか?」

「戦力、人手は大歓迎です。ですが……」

「フハハ、住まうところなど後でどうとでもなる故、気にせずとも結構。そしてあと一つ頼みがある」

「なんですか?」

「獣人共が繁栄の一途を辿る道を作る為、手を貸して欲しい」

「喜んで」


 アオが手を差し出す。

 衣笠はこれが何か一瞬分からなかったが、すぐに理解して手を伸ばした。

 双方が握手を交わすと獣人たちが心底安堵した様子で息を吐く。


 衣笠はロウガンに振り向いた。


「これでいいな?」

「……ああ」


 これが繁栄の道の第一歩だ。

 それが今この場で確定したことを獣人の誰もが理解した。

 受け入れられないのではないか、と不安を抱いていたがそれも解消したのだ。


 獣人たちは力の強い戦闘民族であり、立ち上がろうと思えばすぐにでも戦いの中に身を投じることもできただろう。

 だがそれではすべての人間と敵対関係になるだけだ。

 彼らが長く……永久に反映していくには、人間との共存関係が必須。

 この村はこの世界で初めて、正式に獣人たちと共存を選んだ村となる。


 アオはディバノに振り向いた。


「共存もいいよね」

「もちろん」


 衣笠の頼みを聞いて、獣人たちの本当の目的を理解したアオ。

 別種族であるという恐怖感は抱いてしまうかもしれないが、これは時間が解決してくれると信じている。

 最初はぎこちないだろうが……。

 この村の発展に大きく関り、信頼関係を築くことができたのであれば、友として見ることだってできるだろう。


 話の分かる奴で助かった、と衣笠は安堵する。

 アオは頼もしい味方を連れてきてくれたことに感謝した。


「これから宜しくお願いします」

「ゆるりと歩むとしよう。よーぅし刃天! 長旅でここまで来た恩師のためだぁ! 宴でも開こうではないか!」

「恩着せがましいわ!」


 カラカラと笑う衣笠に、刃天は苛立って声を荒げる。

 無理矢理獣人の元へ連れて行ってしまった衣笠は『私の弟子だ』と高らかに口にして刃天を紹介して回った。

 刃天は迷惑そうにしながら暴れていたが、肩に回された腕から逃れることができないらしい。

 そんな様子を眺めていたアオとディバノだったが、最後の一人が近づいて来たので視線をそちらに移した。


 分厚い着物……。

 刃天と衣笠が身に纏っている物とは少しばかり違う。

 それに、人間でもなければ獣人でもない。


 これにはテナまでもが警戒した。

 持っていた槍を地面から浮かせる。


「私が恐ろしいか?」

「……結構……」

「その感覚を忘れてはならぬ。本能は時として知恵知識経験すべてを凌駕する。さて、水の子よ」

「僕……?」


 ジロリと見続けられているため嫌でも分かる。

 その威圧は衣笠の時の比ではない。

 彼はまだ良心があったが、この男にそんなものは存在していないようにすら感じられた。


 地伝は隣のディバノを見る。

 この子供は初めて見るが、アオと同じように他より聡い子であるということは分かった。

 残り三人はパパッと見て力量を測る。

 表情一つ変えることなく、再びアオを見た。


「私は人の子からは“鬼”と呼ばれている。名は地伝。好きに呼ぶといい」

「あ、はい……」

「私の目的は刃天と衣笠にある。それ以外は答えられぬ。だがここに置いてくれるならば、頼まれごとのほとんどは引き受けよう。好きに使ってくれ」

「分かりました」

「……面倒故、先に示しておくが……。これは二だ」


 地伝はそう言うと、足元にあった手のひら大の石を手に取った。

 それをゆったりとした動きでクティとテナに見せる。

 指をこれまたゆっくり折り込んでいくと、岩が掘削でもされているのではないかとも思えるほどの音が拳から轟き、地伝の拳は何も持っていない時のように握り固められていた。

 拳を緩めれば砂と粉々になった小さな石が零れていく。


 怪力の持ち主。

 誰もがそれに気付き、クティとテナは顔を真っ青にして槍を引っ込めた。


「その敵意は他の者に向けることを強く勧めよう」

「「……はい……」」

「二って何の事?」

「力の加減だ」


 アオを除く四名が地面に落ちた小粒の石を見る。

 岩を握りつぶす程の力でも、それは二割程度の力ということ。


 鬼という存在の脅威を知ったところで、地伝は背を向けて歩いていった。


「……刃天がいた場所って、すごいんだなぁ……」

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