8.11.露見


 アオの本名と、刃天が起こした騒動を口にした隊長。

 彼の話を聞いて驚く者もいれば、あまり理解していないような者もいる。

 だが……ダネイル王国からこの村に辿り着いた者は幾名かいたようで、その名前に聞き覚えがあったらしい。


 ウィスカーネ家は長い間ダネイル王国に仕えていた。

 大きな領地も持っていたし、名が知られていないことの方が珍しい。


「……アオさんが……ウィスカーネ家の人間……? ……でっ……! でも! でもここはテレンペス王国の領地で……! ダネイル王国とは敵対関係で……! でも、アオさんは……アオさんはこの村でダネイル王国の領地にあるベレッド領を相手にしようとしてて……。え? ええ……?」

「落ちつけ」


 混乱する頭を抱えながら口を動かす男に、刃天がぴしゃりとそう言った。

 どうやら彼は少しばかり頭の回転がいいらしい。

 アオの立場の疑問点に気付いている。

 言葉にして説明するのは得手としているわけではないようだが……。

 今の話を聞いた者も、幾らか疑問を抱いていることは確かだ。


 これはここで説明しなければならないのかもしれない。

 勝手に推察されて見当違いな解釈をされるより、順を追って説明した方がましだ。


 刃天はアオに目配せする。

 どうするかは任せるつもりだ。


「……」

「アオさん……。あなたはどうして、この村に来たんですか?」


 ラグムが問うた。

 アオの人望であれば隠し通すことは可能かもしれないが、それでは村民に不信感を与えることになってしまう。

 この子のお陰で村は存続できているし、大きく改善したところもある。

 彼らとしても恩人とも言えるアオを疑いたくはないはずだ。


 だが、聞かずにはいられないのだろう。

 この村を任せている人間が、一体どのような人物なのか。

 何があり、どういった理由で、この村に辿り着き手助けをしているのか。

 今まで誰も他の者たちの過去を聞かなかったのは、ここに居るもの全員……嫌な思い出の方が多いからだ。

 記憶は体に刻まれているが、思いだしたくはない過去なのだ。


 だから誰も聞かなかった。

 今までも、これからもそのつもりだったのだろうが……。

 疑念が生じた今、それを解消するために過去を聞く必要がある。


 アオはダネイル王国の人間でありながら、どうしてテレンペス王国に付き、ダネイル王国に敵対するのか。


「……はぁ~……。今、話したくはなかったなぁ……」

「教えてください」

「うん。いいよ」


 今いる者たちだけに、アオはすべてを説明する。

 ゼングラ領で起きた事件と、その真犯人。

 冤罪を被ったウィスカーネ家は崩壊し、領地は乗っ取られてアオには刺客まで向けられてきた。

 そして刃天と出会い、ダネイル王国に入国して刃天がギルドマスターを殺害し、チャリーと出会って過去の家臣と戦った。

 戦った家臣二人は、アオの事を守るために自らが死を選ぶ選択をした……。


「この村を見つけたのはチャリーが記憶してたから。で、僕たちの本当の目的は……。ダネイル王国の裏切者を僕が倒して、ウィスカーネ家を立て直す事。そのためにテレンペス王国に入って地位を得ようと画策してる」

「それを可能にするのがあのディバノだ。あいつぁ名のある家の出だからなぁ……」

「言っておくけど僕は友達として見てるからね?」

「ハッ。まぁそうだな」


 盤面は整いつつある。

 だがここで待ったがかかってしまったのは確かだろう。


 刃天は村民を見る。

 こちらの考えに彼らはまだ気づいていないようだが、これもいつかは知られてしまう。

 その前にハッキリと言っておいてやらなければならない。


 真剣な顔を作ってアオを見る。

 どうやらその意図をしっかり理解してくれたようで、静かに頷いた。

 これはアオが自分から言える事ではない。

 もっといえば言ってはならない事だ。

 だから代わりに、刃天が口にする。


「俺たちは、この村を起点に国を作るつもりだ。最も戦火に飲まれるかもしれない、この場にな」


 一拍おいて、もう一つ言葉を続けた。


「己ら、ついて来れるか?」

「クハハハハ! ばっ馬鹿かお前らはぁ! フフ、ふは、クハハハハ! こっこのような、むっむむ村がどどどうしたっ、ら国になる!? 交易も、ななっなければ、ち、地位もない! あるのはっ……! かっか過去の栄光に、すす縋る醜い子供だけでは、な、ないかぁ!」


 歯を打ち鳴らしながらゲタゲタと笑う隊長に、副隊長も感化されたらしく笑っている。

 確かに、既に大きな国で活動している人間にとっては、小さな村が大きな国になる様など考えられないのかもしれない。

 事実この数ヶ月で何とかなったのは家と暖だけだ。


 もしかしたら隊長の言う通りなのかもしれない。

 今見ている物が夢物語である可能性は否定しきれないのだ。

 いくら賢くとも、知恵や道具、人手が居なければできる事は極端に少なくなる。


 途方もない話だ。

 この村が大きな国になるという確証もなければ、確約もすることができない。

 本気だったのは三人だけなのかもしれないと気付いた時、アオは気分が一気に落ち込んでいくのを感じ取った。


「笑うなボケがぁ!」

「ガッフ!」

「たっ隊長!?」


 鋭い打撃音が鳴り響く。

 音に驚いて顔を上げてみれば、ラグムが鍛え上げられた肉体をもってして本気の一撃を隊長にぶち込んでいた。

 拳を振り抜いたあと、息を整えて叫ぶ。


「アオさんのこと悪く言うんじゃねぇ!! 俺たちがどんだけ信頼して任せてると思ってんだ!! この人たちがこなきゃ俺たちは立ち上がりもせずに水売りに飲み込まれて終わってた!! アオさんの最終目標が敵討ちで! そのために国が要るってんなら!」


 ラグムは再び構え、腰を落とす。

 音が鳴る程に拳を握り固めたあと、肩を使って動き出す。


「俺たちゃ恩を返すために動くだけだこのボケェ!!!!」


 バギィッと見事に入った拳は隊長の意識を刈り取るには十分すぎる一撃だった。

 それを確認した後、ラグムは後ろを振り返る。


「なぁ皆ぁ!!」

『『応!』』


 ここの村民は二年間これより劣悪な環境で生きてきた。

 水がなく水売りに媚びなければならない状況だったのだ。

 それをこの数ヶ月でここまで叩き直したのだから、これは立派な成果であり、彼ら村民の大きな成長のはず。


 それらはすべて、アオが居てこそ作り上げられたものだ。

 アオが居なければここまで村は発展していないし、刃天が居なければ戦おうという選択もしていない。

 まともな生活をする為には己の手でそれを勝ち取らなければならない。

 そう気づかせてくれたのは、他でもないアオと、刃天だ。


 彼らの大きな声に、アオは胸を打たれた。

 大きな安堵を得たためか、涙が溢れそうになってくる。

 刃天はアオの頭に手を置く。


「お前の兵士だ。信頼できる仲間で、友だ。こいつらなら……お前の悲願も成し得よう」

「……うん……!」

「ハッ! もしや、聞くまでもなかったか?」

「当たり前じゃないですか! 付いてこいってんなら喜んで死地でもどこでも付いていきますよ!」

「上等……!」


 刃天が笑うと、他の者も笑い返した。

 なんだか懐かしい光景だ。

 過去の記憶と重なる部分があって嬉しく思った。


「さぁて話の続きだ!」

「ですね!」

「麓に敵がいるんだろう?」

「チャリーさんが帰って来るのを待たないと」

「だがそれまでにできる事はやっておこう。ほら、騎士の防具使えるでしょ」

「確かに! 武器もいいもんな! 道具とかも持ってるし!」

「おっしゃ、まずは戦利品を回収しよう!」


 一気に話がまとまり、それぞれが動き出して戦利品を回収しに向かう。

 いくらか残された人員は捕虜を監視する様だ。


 先ほどまでの話……一歩間違っていればこちらが追い出されるかもしれないところだった。

 これまでの献身が実を結んだというところだろうか。

 ようやく心置きなくこの村を発展させられる。

 まぁ、それにはまだまだ時間がかかるのだが。


「いつまで泣いてんだ。シャキッとしろ」

「もう泣いてない……!」

「だったらさっさと顔を上げ──……!?」


 ぞわり……とした気配が飛び込んできた。

 まるで信じられない物を見るかのような顔を張り付け、体を硬直させる。

 ありえない。

 あり得るはずがない事が、今刃天の背後から迫って来ている。


 覚えのある気配が二つ。

 何故……お前がここに居る。

 何故……貴方がここに居る。


「……? 刃天?」

「…………麓から……十三人……登ってきている……」

「えっ!? じゃあチャリーは!?」

「……居る。……それに……あいつらは……敵じゃない」

「え?」


 刃天はその場から動こうとせず、ただ彼らが来るのを待ち続けた。

 アオは一応この事を全員に知らせたようで、数名が武装して準備をしている。

 そうしていると……ようやく一行が村を訪れた。


 安否が不明だったチャリーは、彼らを案内しているようだった。

 身振り手振りで『彼らは敵ではない』ことを示していると、その内の二人が率先して歩いて来る。

 彼らは刃天の背後からいくらか距離を取って立ち止まった。


「おう。手前ならとっくのとうに気付いているだろう。恩師を前に背を向けて出迎えるとは……。全く、躾方を間違ったか」

「貴様らの話なぞどうでも良いわ。おい、こっちを向け刃天」


 刃天は聞き覚えのある声に大きなため息をついた後、ゆっくりと振り向いた。

 分厚い着物、一本の角。

 明らかに鬼と呼べる存在がそこに居た。


 そして……最後に見た時と変わらない人間がそこにいる。

 もう二度と会うことはないだろうと思っていたのだが、一体どういう因果なのか。

 こんなところで再開するとは思わなかった。

 マタギのような服装、見覚えのある小太刀二振り、長くぼさついた髪の毛……。


「鷹匠と……地伝……!」

「よっ!」

「『よっ!』じゃねぇよなんでここにおんのじゃああああああ!!!!」

「私が連れてきた」

「ボケがぁ!!!!」

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