5.5.水売り
初めて聞く言葉だったが、その生業はすぐに理解できた。
水売り……つまり水を売っている者たち。
この世ならではの生業だな、と刃天は納得しながら息をつく。
さて、この水売りをどうして懸念しているのか。
これはアオがここに来てしまったことが大きな要因だろう。
この村は水売りと何かしらの物品で取引をしていたの違いない。
だがアオは水を操り、産み出すことができる力を持っているのだ。
つまり今後一切水売りに頼らずとも水の供給が可能となる。
村としてはいいだろう。
だが水売りとしては大損害だ。
利益を得られる村の喪失は商売としてやってくる商人にとって不利益しかない。
「んで? その水売りは手を出してきそうな気配があるのか」
「あ、あります……! ダネイル王国の人なので……」
「なんですって!?」
声を荒げたのはチャリーだった。
彼女は二人の女に近づき、詳しい説明を求める。
「テレンペス領内の人間が敵国のダネイルと取引……!? 貴方たちこれが露見したらどうなるか……!」
「だって仕方なかったんですよ! 見て分かるでしょう……? この村の貧しさが……」
「わかってるわよそれくらい……! 問題は貴方たちが何と交換で水を得ていたかなのよ!」
なるほど、と刃天は顎を撫でた。
幾つか気になることは生じたが、今は話を遮らない方が良さそうだ。
ことのなり行きを見つめる。
女二人は痛いところを突かれたようで口ごもる。
これだけで水を何と交換しているか大体理解できた。
周囲を見れば分かることだ。
この村が商人相手に交換できるような物品を取り揃えているとは思えない。
人身売買であるならば若い女はいないはず。
徴兵を要求するならば若い男はいないはず。
しかしこの村はそのどちらも存在しているため、人手より遥かに重宝する物を提供していたはず。
それはなにか。
女二人は恐る恐る、小さな声でチャリーの問いに答えた。
「……じょ、情報です……。検問近くの……街の情報です……」
「……はぁ~……!」
チャリーは片手で顔を覆いながら盛大な溜め息をついた。
ここで怒鳴っても解決はしないのでどうするべきか、と頭を回す。
(ふむ、いくら貧しいとはいえ片道数日の土地の偵察くらいできるか。商人と言えば検問とやらも通るのは容易いだろう。兵であればともかく、百姓などの越境を制限する必要はないからな)
どこまで厳しく取り締まっているかはおいおい聞くとして、まずは目の前の問題に着手しなければならない。
さて……この村が行っている行為はある種の裏切りではあるが、これが露見するとどうなるのだろうか。
刃天はこっそりアオに忍び寄り、仔細を聞く。
「お咎めなし、とはいかないよ」
「例えば?」
「僕もそういった話はほとんど聞いたことなくて……。でも歴史書にはいくつかあったかな。全員処刑されちゃったり、一人が責任を取ったり……いろいろある。でもその逆を突いて相手の情報を引き出した功績があったりすると、大目に見てもらえたり……。うん、いろいろある」
「なんにせよこのままではまずいわけだ」
「そうだね」
やはり裏切りにはそれ相応の処罰が下される。
ここは小さな村だし開拓もほとんどされていない土地なので、領主も放置しているよのだろう。
まぁその話はあとでいい。
解決策は在るのか否か……。
まずはそこだ。
「チャリー。なんとかなるか?」
「相手によりますねぇ……。その水売りがダネイルのどこの領地からやって来たかで話は大きく変わります」
「皆のめせば良からぁか?」
「のめす……? まぁ貴方にことですから実力行使を考えているのでしょうが……それも一つの手ではあります。ですが次が必ず訪れます。まぁそもそも……」
チャリーは村民を見る。
これからどうなってしまうのだろう、という不安を抱えている者。
助けが来たが迷惑をかけてしまっている、と反省している者。
軽率な取引で今後の存続が危ぶまれ後悔している者など、様々な感情が読み取れた。
「彼ら次第ですが」
この問題は彼らが引き起こした。
刃天たち一行はこの場を拠点にしたいと考えていたが、こうなると考え直したくなる。
アオがいるならばこの村を安定させ豊かにすることは可能だろう。
しかし……彼らがこの村を守りたいと思わないのであれば、彼らを手助けしてやる意味はない。
チャリーはそう考えての発言をした。
これは村民の一定もは理解しているようで、互いに顔を見合わせている。
この土地を守りたいのか、それともただ生きるだけでいいのか。
彼女……チャリーはそう問うているのだ。
とはいえ、さすがに発破をかけなければならなさそうだ。
「おい貴様らぁ!!」
刃天の叫びに村民が肩を跳ね上げる。
さっさと結論を出させてどうするべきか決めるため、全員に問う。
「己らは悠長に事を構えるつもりはねぇ。貴様らが起こした不祥事に時間を掛けたくないんだ。だが己らは貴様らに助太刀の手を伸ばす用意がある。さて、貴様らはどうする?」
どうする、と言われても。
実際に村民の口から発せられてはいないが、そんな言葉が彼ら彼女らの顔に張り付いているように思えた。
少し難しい問だったかもしれない。
刃天であればこの一つの問いで複数の意味を見出すが、彼らにそれは不可能だろう。
では、もう少し簡単にしてやるのみだ。
分かりやすく端的に。
どうするかを問う。
「ではもっと簡潔に問うぞ? スゥー…………戦うのか!? 戦わねぇのか!? どっちだおい!!!!」
雷が落ちるかのような轟く声が全員を震わせた。
村民たちはチャリーの問いでこの村が起こしてしまった不祥事を理解しているはずだ。
それをどうにかしてこの村を発展させるためには、彼ら自身が立ち上がるしかない。
手助けをする用意はある。
だがその手を取るのは彼ら自身だ。
暫くの沈黙。
刃天の声に委縮してしまう者も多かったが、やはりというべきか最初に声を上げたのは若い青年だった。
「……俺たちに力があればこんなリスク負わねぇよ……!」
「ほう?」
いい発破材が飛び込んできた。
刃天はわざと睨みつけながら、ゆらりと近づく。
「では何か。力があれば何かを成したか」
「当たり前だろ! 力がないから苦労したんだ!」
「ではその苦労を述べてみよ」
「何処にも受け入れられずずっと放浪してきて……! 環境は良いとは言えねぇけどようやくここを拠点にできた……! 俺の生まれはこんな国の端っこじゃねぇんだよ。戦火で村が焼けて、皆で逃げて、追い返されて新しい仲間と出会って途中で死んで……。それもこれも……!!」
「貴様に力がなかったから、と」
「そうだ! 力がないから諦めて取引の応じるしかなかったんだよ!」
刃天は懐かしい感情に見舞われた。
まるで過去の己を見ているような気分だ。
「胸糞悪い」
「……え?」
過去の己もこのように惨めだったのだろうか。
他者から、もっといえば力ある者から見ればこの有様に同情をするやもしれない。
だが刃天はそれがどうしたことか出来なかった。
とにかく腹立たしい。
青年の目の前で一気に屈みこみ、下段から鳩尾に向けて飛び蹴りを繰り出す。
「ガッ!?」
「ええええええ!? 刃天んん!!?」
「シュイィッ!?」
軽々と吹きとばされた青年は地面を転がる。
攻撃が直撃する瞬間体を少し反らしたようで、鳩尾からは少し外れてしまった。
良い反応だ、と胸の内で呟きつつ、アオの制止を無視して青年へと近づく。
だがそこで二人の若い男が道を塞いだ。
さすがに仲間を傷つけられて黙ってはいられなかったのだろう。
その辺にあった太めの木の枝を持って攻撃してきたが、所詮は素人。
更にいえば筋力も常人より劣っているので武を使って簡単に往なして転がした。
手首に手刀を繰り出し、グッと引っ張って肘で押し倒す。
二人目の攻撃は軽く躱して腹部に膝を入れた。
倒した一人目の腹部に蹴りを入れて悶絶させてから青年へと再び近づく。
「力がねぇから何もしねぇだと……? まぁ間違っちゃいねぇ。あの世もこの世も力が全て。だが小僧、貴様はちげぇ。絶対に間違っていると俺は断言できる」
「ゲホッ……! なんでだ……!」
「見て分かんねぇのか。貴様、幾何日こいつらと共にしてきた」
寝転がったまま顔だけ向けた青年の前でしゃがみ込む。
本気で分からないといった様子なのでさっさと答えを教えてやる。
「
「……?」
「俺の時は一人だった。幼く、力もなく、誰にも頼ることができず、ただその日を生きながらえる事しか頭になかった。だが貴様は違うだろう。周りを見ろよ。こんなにも多くの仲間がいて! 力がねぇだと!? 片腹痛いわ!! 今しがた俺を止めに来た小僧二人は!! 貴様のお荷物とでも言いてえのか!?」
青年はようやく目を見開いた。
同時に彼を守ろうとした二人も、こちらに視線を向けている。
「水売りは何人だ!?」
「……俺が見た時は、六人だった……」
「貴様らの仲間は何人だ!!!!」
「……二十三人……!」
「この人数差で勝てねぇはずがねぇだろうが馬鹿か貴様らは!! 力がねぇから諦めて取引のに応じただぁ? 露見すれば極刑が下される裏切り行為が取引になるものか!! いつまで寝ている立て小僧!!」
首根っこをひっつかみ、勢いそのままに持ち上げる。
何と立ち上がった青年はよろめきながらバランスを整えた。
「さぁどうする小僧!! 戦うのか!? このままでいいのか!? どっちだ!!」
「……いつバレるかびくびくして生活するなんてしたくねぇ……! もっとましな生活がしてぇ!!」
「だったらどうする!!」
「戦う!!」
「よく言った!!!!」
ようやくまともな台詞を聞くことができた。
どれだけ不遇な扱いを受けようと、力がないと諦めていても、まだ立ち上がれる意志は残っている。
これが分かっただけで大きな成果だ。
するとまず真っ先に先ほど刃天が軽くいなした二人が駆け寄ってきた。
すぐに自分の意見を口にする。
「僕も……戦う!」
「俺も! 俺はお前の荷物じゃねぇぞ! 戦士だからな!」
「そんなつもりはなかったんだけど……」
これをきっかけに、他の村民たちも集まって来た。
刃天はその場から数歩下がり、彼らの声を聴く。
「ラグム、今までお前一人で任せていてすまなかった……!」
「私たちも諦めてたところはあったけど、もうそんなことはしないわ」
「その通りだ。俺たちは戦える……! あんな取引を蹴られる力はあったんだ……!」
「分かったから押すな……! 押すなって……!」
青年がもみくちゃにされている様を見ながら、刃天は二人を手招きで呼ぶ。
とりあえず士気を上げることには成功した。
良い按配で他の村民たちの心にも火をつけることができたらしい。
さて、問題はここからだ。
「アオ、チャリー。まず幾つか確認したいことがある」
「はいはい、なんですかね」
「この世の情勢だ」
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