5.4.邪険、歓迎、そして懸念
ダネイルの土地を出立してから十七日。
刃天たちはようやく未来の拠点にあるかもしれない場所へと足を運んだ。
昨日の昼過ぎから移動しはじめたのでまだ明るい時間帯に到着することができた。
しかし道中を進んでみて分かったのだが……。
「なんもねぇし……」
周囲にあるのは森ばかり。
とてもではないが畑を作る事が出来そうもない土地だった。
しかし自然は豊かであり、様々な果実や動物の息遣いを感じることができる。
この村民は果実や狩猟を主として生活基盤を整えているのだろう。
ともなれば、今頃は冬に向けて着々と準備を進めている頃だろうか。
アオが来たからには冬をこせるだけの十分な物資を提供できるようにし、信頼獲得を目指していきたいところだ。
あと気になることといえば村民の数だが……。
「質素だな」
「想像以上に……うん……」
刃天たち一行が一番最初に見た村の外観は、おんぼろになった小屋だった。
昔はここに木こりが住んでいたのだろう。
近辺には放置され過ぎてキノコの生えた大木が幾つか転がっており、湿気が多いのか苔がむしていた。
小川などはないはずだが、何故か湿っぽい不思議な森である。
ボロ小屋を通りすぎて少しすれば、ようやく居住区らしき場所が見えてきた。
比較的綺麗にはされているようだが、それでも最低限の生活をしていることがそれだけでわかる。
とにかく生活はとても質素なもので、服装もずいぶんみすぼらしい。
「……おいチャリー。なんでこいつらはここを去らぬのだ」
「行くところがないからです。水を重宝するこの領地にとって、新たな住民を受け入れるのは容易ではないんですよ」
「少し考えれば分かることだったな。手間を掛けさせた」
「いえいえ」
チャリーの説明から察するに、ここにいるのは難民の寄せ集めといったところだろうか。
越境地付近の街は発展しすぎて彼らが安定した生活を送るには金銭を要求される。
無論そんなものを持っているようには思えない。
他の村も己らで手一杯なのだから、受け入れなどできるはずもない。
そうして追いやられ、ここにたどり着いた……といった具合だろう。
それつまり己らも邪険にされる可能性があるということ。
これを払拭するには、今すぐにこちらの価値を村民に受け付けてやらねばならない。
「正念場だな」
「アオ様、頼りにしていますね!」
「頑張る……!」
だがその前に確認しておきたいことがあった。
刃天は再びチャリーを見る。
「チャリー。何故この村はここまで貧しいのに地図に載っている」
「この土地の特徴です。ほら、湿っぽいでしょう?」
「ああ、それは気付いている」
「これは水の元素が多く土地に含まれているから起きている現象です。こうした場所はとても珍しいのですが……住まうに適さないことは言わずとも分かりますよね」
「まぁな」
湿気の多い街。
刃天が知っている場所でいえば漁村が最も近いだろうか。
磯の匂い、魚の匂い、潮の匂い。
彼らがいてこそ得られる恵みもあるが、この世では国を管理できる者がそれなりの地位を築いている。
彼ら上流階級の者たちが漁村などに住まうだろうか?
まずもってそれは否だろう。
水を御せる力を持っていたとしても、わざわざこのような所に来て根を下ろそうとは思うまい。
その代わりと言っては何だが、方々を彷徨って来た者たちが身を寄せあるに適した場所になっている。
更に水魔法の効率が上がるとの事。
一部から見れば悪い土地だが、一部から見れば希望の土地だ。
それを今から開拓しようというのだから生半可な心持であってはならない。
刃天はローブを目深に被っているアオの背中を軽く叩いた。
「んじゃ行くか」
「うん」
三人と一匹がようやく動き出したが、大きな馬車を持って来た一行の姿は良く目立つ。
村民は既に刃天たちを認識しており様々な目線を送り付けていた。
怪訝な目線だったり、興味津々な目線だったり、更には若干の敵意を向けている視線すら感じられる。
それらすべてを無視して、刃天は大きく前に踏み出して声を張った。
「長はおるか!」
想像以上に響いた声に村民はびくりと肩を跳ね上げたが、一人だけ物怖じせずに前に出てきた者がいた。
片手には木剣を手にしており、その気配は警戒心に満ちている。
赤と茶色が混じった奇妙な髪色。
若いが未だに灯の消えていない強い瞳がこちらを睨みつけた。
「よそ者が何の用だ」
「良い威勢だな。嫌いじゃない」
くつくつと笑うと、彼は機嫌を損ねたようで眉を顰めて舌打ちをした。
その様子に他の村民は肝を冷やしているようだ。
すると、アオがため息交じりに刃天の袖を引っ張った。
「刃天。遊びに来たわけでもなければ喧嘩しに来たわけでもないんだよ?」
「クク、すまんすまん。いやはや、
「僕が話すから引っ込んどいて……」
「はいはい」
アオは刃天を押しのけ、若い長に向きなおる。
己よりはるかに幼い子供を前にして訝しんでいるようだが、警戒は解いていない。
何かあればすぐに飛び込めるようにしておこう、と刃天は鯉口を切っている。
同様にチャリーも腰に付けている短剣に手を置いていた。
「えーっと、コホン。初めまして。僕はアオです」
「……うちによそ者を受け入れる余裕はねぇぞ」
「それは見れば分かります。ですが僕はこの村を変えに来ました」
そう言い、腕を上げる。
手に平の上には球体の水が生成されており、それと同時に周囲の湿気が薄まったように感じられた。
これはエディバンと戦った時にアオがやっていた周囲の水分を吸収する手法と同じものだと刃天はすぐに看破した。
突然現れた子供が水魔法を使えるということにひどく驚いた青年は目を見張る。
「え……!?」
「ここは水の元素が多く含まれてる土地ですね。少し調整してあげないといけないくらい」
「……お、お前……」
「はい。碧玉眼を見れば、分かりますよね」
久しく人前で外していないフードを取っ払い、瞳を見せる。
青い宝石のような瞳。
村民たちはその価値を十分に理解しているようで、目を瞠ると同時に息を飲んだ。
この力があれば湿気を調整することも可能だし、いつも通り水を生み出すことも可能である。
特別な水魔法があればできないことは少ない。
アオと同じ程度の力を持っている者もいるはずだが、こんな辺境の地に赴いて開拓をしようなどという酔狂な貴族はいないだろう。
ここは自由に使える土地になる。
尚且つ水の元素が多いのでアオにとってはとても効率がいい。
この村を掌握しない手はないのだ。
刃天は村民の反応を見る。
その誰もが大きな期待を抱いているようだということが見て取れた。
(反応は良好、か。……む?)
期待を抱く半面、何かに気付き神妙な面持ちになる者が二名いた。
そのどちらもが女であり、とても若い。
年齢的には十六か十八程だろうか。
大きな餌がぶら下げられた時、それを素直に受け取る者とそうでない者がいる。
こうした者は何かしら懸念を抱いていると相場が決まっている。
アオがこの村に来たことで何か不都合があるのか。
「おい、そこの女」
「「っ!」」
びくりと肩を跳ね上げた二人に構うことなく接近する。
目の前に立って見下ろす形となったが、容赦はしない。
「何を知っている」
二人は顔を見合わせてから周囲を見た。
するとようやく他の村民たちも『しまった』という顔をしはじめる。
アオという大きな存在に気を取られて、何かを失念していたらしい。
さて、この二人の反応を見て村民たちが顔色を変えたということは、この二人が何かしらの役割を得ている可能性がある。
それか問題点にいち早く気付いただけかもしれないが、なんにせよ頭の回転はこの子らの方が速そうだ。
「言え。これは必要なことだ。お前らは何を懸念している」
村が抱えている問題は他にも多くありそうだが、まずはこちらを最優先しなければならなさそうだ。
刃天が少し圧を込めて言葉をぶつけると二人は更に委縮したが、小さな声で懸念点を口にした。
「み、水売りです……」
「……水売り?」
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