5.3.幌馬車と馬


「ぬるいなぁ……」


 殺したばかりの追っ手を尻に敷きながら刃天はそう呟いた。

 結局殺したのは九人。

 どれもこちらの姿を認識すると愚直に突っ込んでくる相手だった。

 人数有利というだけで真っ直ぐに突っ込んでくる奴があるか。

 せめて二手に別れて挟撃するくらいの策を講じて欲しいところだ。


 最後の一人は半殺しにして拷問しながら話を聞いたのだが、どうやら越境地付近に潜伏している追っ手はもういないらしい。

 連絡手段等も問いただしてみたが、これは向こうから一方的にしか送られないらしく、こちらからは連絡できないようだ。


 となれば、暫く追っ手は来ないはず。

 まだ数名がこちらに向かってきているかもしれないが、それは大した問題にはならない。

 こちらは馬が手に入ったのだ。

 移動距離は以前に比べて数段階速くなる。


「よし、戻るか」

「ブルルル」


 手綱を引いて反転し、アオが待っている廃村へと急ぐ。

 途中で幌馬車も回収して驚かせてやろう。

 しかしただ移動するだけだと幌馬車は不要かもしれない。

 ここはわからないので、アオとチャリーの判断に委ねた方がいいだろう。


 とりあえず全て持って帰ることにした刃天は幌馬車を放置している所まで戻り、馬を繋げ直して手綱を操る。

 二頭同時に操るのは難儀したが、大人しく従順な調教がされているらしく、刃天でも簡単に動かせた。


 往復で二日も時間を使ってしまったな、と小さく呟く。

 もっと早く終わらせたかったがまぁ仕方がない。


「……」


 ガタゴトと揺れる幌馬車。

 石を踏んづけると一際大きな音を立てて車体が少し浮き上がる。

 正直言って乗り心地は最悪だ。

 まだ手押し車に乗っていた方がいいくらいである。


 この世の人間はよくもまぁこんな乗り物に平気な顔をして乗れるな、と素直に感心した。

 馬も平気な顔をして走っている。

 体力は随分ありそうなので、長距離の移動も可能かもしれない。


 そんなことを考えながら進んでいけば、日が落ちる前に廃村へと戻ってくることができた。

 アオとチャリーの気配はある。

 だが幌馬車が来たことで警戒しているのだろう。

 声を出して教えてやる。


「アオー、チャリー! 戻ったぞぉー!」


 叫んでみれば、まず最初にロクが突っ走ってきた。

 嬉しそうに刃天の周りをくるくると走っている。

 それからすぐに二人も姿を表した。

 背後にある幌馬車と馬を見て大層驚いているようだ。


「刃天すごい! 奪ってきたの!?」

「おうよ。操り手がいなきゃこいつらもなんもできねぇしな。もう使われなさそうだったから一応貰ってきたぜ」

「これで移動が楽になるぅー! やったぁー!」

「んで? この幌馬車ごと持ってくのか?」


 刃天が一番聞きたいのはこれである。

 喜んでいるアオには悪いが、移動速度を考えると馬だけで走った方が圧倒的に速い。

 荷物があるならまだしも、この世には魔法袋なるものがあるので手はほとんど塞がらないのだ。

 一見要らないようにも思えるが……ここはチャリーの意見を聞きたい。


 視線を向けると、彼女は小さく頷いた。


「持っていきましょう。行商や取引なんかに役立ちますし、今から向かう村にも馬車が一台ある方がいいでしょう」

「今から向かう村?」


 刃天がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。

 どうやら己がいない間、近辺の調査をしていたらしく目星をつけていたらしい。

 たった二日でよく見つけたな、と感心しているとアオが一点を指差す。


「場所は少し離れてるんだけど……国との境目に近い場所だよ」

「どうやって探った?」

「私の記憶を頼りにしただけですよ。多少たりとも旅をして来ましたから、地図なんかは大体頭に入れてるんです」

「ほぉ、たまには役に立つではないか」

「たまにはってなんですか!」


 相変わらずの態度と物言いに冗談半分で怒りを露にする。

 役に立ったなら誉めればいいところだが、チャリーには悪戯をしてやりたくなってしまう。

 カラカラ笑って適当にはぐらかし、村の詳細を求める。


 ここから馬車で一日ほど移動した先に、小さな村があるらしい。

 名前もない小さな村だが自然は豊かで村人数名が住むには丁度いい場所とのこと。

 ここら一帯はテレンペス王国の領地で、名をレスト領といい、カノベールという領主が治めている土地だ。

 この領主と友好な関係を築くことを大きな目標とし、その手始めに小さな村を開拓してやろうという魂胆のようだ。


「ふむ、敵の領地が目の前にある土地に居を構えるというのは……なかなかできることではない。この国とダネイルの国の関係は?」

「バッチバチです。双方が大国で、広大な土地を持っており……水問題も遥か昔から続いています」

「水を巡り合って対立した国か」


 触りを聞いただけでも国と国の抗争が容易に想像できた。

 今のところ大きな戦は発生していないようだが、小さな火種でも大きな山火事になりそうだ。


「んで? 村はどんなもんよ」

「私も実際に赴いたことはないのでなんとも。ですがテレンペス王国から遠く、さらに領主が住まうレスト領からも随分はなれています。支援という支援は受けていないのでは……と」

「ふうん」


 狙いやすい村だ。

 刃天はすぐにそう思った。

 地図に載っているということは盗賊、山賊もこの村を発見できる。

 小さな村だというならば、物資を奪う際相手の守り手をそこまで意識しなくてもいい。

 略奪は想像を絶するほどに容易だろう。


 だが……この村は生き残っている。

 何かあるかもしれないな、と刃天は心構えを新たにした。


「んじゃ、行ってみるか」

「うん。ロク! 馬車に乗ろ!」

「シュイ!」


 アオはロクを連れてすぐに幌馬車に乗り込んだ。

 御者はチャリーが担当してくれるそうなので任せる。

 道を知っているのは彼女だし、慣れているということもあるので完全に任せた。

 全員が乗り込んでから、馬車はゆっくりと進んでいった。

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