5.2.追っ手


 手早く済ませよう。

 そう考えた刃天は早速来た道を戻ることにしたのだが、情報伝達は時間がかかるのか夜になっても会敵することはなかった。

 相手が馬を使ってこちらに向かってくるのであればこの道しかない。

 すれ違うことはないと思うのだが……夜なのでこれ以上は敵も歩みを止めるだろう。

 刃天もその辺の木の根に腰を下ろして寝転ぶ。


 この世の人間が徒歩での移動はあまりしないらしく、長距離の移動はもっぱら幌を張った馬車。

 これを馬に引かせて進む……とのことらしい。


 そういえばこの世の馬を触ったことはなかった。

 ダネイルの国に入る際に見たことはあったが……どれも大人しく御者に忠実だったように思う。

 馬の扱いはそれなりにできる方だと自負しているし、暴れ馬を押さえつけることもできるにはできるが……。


「……ふむ、手懐けたとてつまらぬか」


 大人しい馬は戦場では臆病だ。

 見てきた限り、刃天が欲する馬はそうそうお目にかかれないかもしれない。

 軍馬であればその限りではないかもしれないが……今の段階ではお目にかかることすら難しいだろう。


 だがどんな性格であれ馬が手に入れば移動が楽になる。

 追っ手が使っている馬車を奪うことができれば物資も運搬できるので狙っていきたいところだ。

 もしかしたら物資も奪えるかもしれない。

 懐かしいやり方だ、と小さく鼻で笑ってから目を閉じた。


 今日も地伝との会話を試みる。

 幸喰らいはどうなったか聞いておきたいのだ。

 だがこちらからの呼びかけにはあまり応じないので、期待半分な心持ちでいたのだが……。


『来たか』

「うわ、応じるとは思わなんだぞ」

『こちらも用があるのでな』


 漆黒の空間で地伝の声が聞こえた。

 それに驚いていると、彼はすぐに話を切り出す。

 長い間この空間で会話を続けていると、この世の神々に地伝が刃天と接触していることが把握されてしまうからだ。

 刃天もそれを知っているので、すぐに聞く姿勢を取る。


『端的に話す。貴様に集めて欲しい事がある』


 嫌な予感がする、と眉を顰めた。


「俺は忍びじゃねぇぞ?」

『構わん。亡者刃天、貴様には“邪な輩”を見つけてもらいたい』

「邪な輩ってなんだ」

『そうか、説明していなかったな。よく聞け』


 地伝が粗茶で口を潤す音が聞こえた。

 湯呑を置いた音が聞こえたところで、口を開く。


『異なる世の神々は貴様に一つの道を提示した。それは“商い人の荷馬車”』


 最初は何のことだ、と首を傾げたが直ぐに思いだした。

 地伝は栂松御神を盗んだあの商い人の事を言っているのだろう。


「ああ、あの時の」

『そうだ。あ奴らは件の邪な輩と何かしら関りを有している』


 商い人の荷馬車という名のつく道なのに、そこにどうして邪な連中が出て来るのか疑問に思った。

 地伝がこの話題を口にするということはそれ相応の意味がある。

 この邪な連中を探ることでなにが分かるのか。


 神がこの邪な連中を使おうとしているのならば……。

 地伝が彼奴等に目を付けるのは容易に想像できた。


「分かったぞ。神が提示してきたこの道に何故か関りのある邪な連中を探れば思惑が分かるやもしれんということだな?」

『話が早くて助かるな。まぁもう少し詳しく話そう』

「時間は?」

『もうしばし余裕がある』


 地伝は一つ咳払いをしてから続ける。


『ドリーの力を裏切者の家臣、ヴェラルドは知っていた。だがこれは秘匿し続けたドリーの秘密。この情報源に邪な輩が関わっているのではないか、というのが一つ』

「おう」

『ドリーは最後に『全てはゼングラ領から』という言葉を残した。だが商い人はヴィンセン領からダネイルの国に移動していた』

「ふむ? 商い人と邪な輩は関りが薄いか?」

『それは否だ。何かしらの形で接触し協力関係にあることは間違いない。そうでなければこの道を神々から押し付けられはせぬよ』

「つ~ことはぁ~……。邪な輩と商い人、邪な輩とゼングラ領は別口か」

『そう考えるのが妥当だろう』


 親指を顎に押し付けながらそう呟くと、地伝はすぐに肯定した。

 なにも邪な輩が一つのルートから接触しているわけではない。

 奴らも組織だ。

 様々な方面から網目状に情報網を広げて活動しているに違いない。


「……おいおい待て待て。地伝……? お前俺に……」

『話が早くて助かるな。亡者刃天。貴様に任を与える』


 口角を引きつかせながら一歩下がったが、それで言葉から逃れることはできない。

 刃天はそのまま地伝から与えられた任務内容を聞いてしまう。


『邪な輩、商い人、ゼングラ領について調べよ』

「おいおい待て待てぇ! 多すぎるだろ! 俺はもうそっち戻る予定ねぇぞ!?」

『なんとかせよ』

「はああああ!?」


 目が覚めた。

 強制的にあの空間から弾き出されてしまったらしい。

 とんでもない無茶ぶりを投げつけられた挙句、刃天が聞きたかった幸喰らいについて一切聞くことができなかった。


「あの野郎……!!」


 とんでもなくむしゃくしゃする。

 寝ていてもこの感情は払拭されないので、すぐに立ち上がって怒りのままに街道を歩き始めた。


 まだまだ周囲は真っ暗だが今日は月明りでよく見える。

 そんな折、遠くの方で駆け足気味に馬を走らせている幌馬車を発見した。

 目を細めてよーく見てみれば、御者を担当している人物はドリーと似た様なローブを羽織っている事に気付く。

 裏地の色は流石に地味なものだが、造りは非常によく似ていた。


 そして極めつけは気配だ。

 幌馬車の中には少なくとも四人の人物がいるらしい。

 御者が中にいる者たちに声をかけたようで、なんだか騒がしくなり始めた。

 全員が顔を出してこちらを見る。


「……丁度いい……。捌け口となれ」


 すらぁ……と抜いた栂松御神が月明りを反射させる。

 白っぽい刀身を見た五人は一斉に飛び出してきた。

 各々が珍妙な武器を持っているようだが、今の刃天はそんなことを気にしない。

 すべて接近武器であることが分かればそれで十分だった。


「あれだあれだ! 丁度いい、一人でほっついてやがる!」

「妙な服装、異人の容姿……間違いねぇ!」

「夜通し走った甲斐があったわね! 後続には悔しがってもらいましょ!」


 刃天に攻撃が飛んでくる。

 五人は一斉に飛び掛かって五つの方向から武器を振り抜いた。

 だがその斬撃、および打撃は一切の手応えを感じることなく空を斬る。


「……烏合の衆で俺の勝てるとでも?」


 武器を振り抜いた五人の内三人が地面にどう、と倒れ込んだ。

 よく見てみれば、彼らの手首から先はどこかへ飛んで行ってしまっている。

 それと同時に首やら腹やらを思い切り斬られてしまったようで、真っ赤な血の池がゆっくりと地面に広がっていた。


「「……え?」」


 運良く生き残ってしまった二人が素っ頓狂な声を上げる。

 倒れて動かなくなった仲間を見下ろしてようやく現状を理解したらしく、顔から血の気が一気に引いた。

 その場からすぐに飛び退こうとしたが、何故か体が言うことを聞かない。


「……!? !!?」

「っ……!?」

「動くなぁ……。殺せねぇだろぉ……」


 ぱっと切っ先を敵の喉元に向ける。

 そしてゆっくりと差し込み、そのまま後ろに倒して地面に縫い付けた。


「ご……カッ、ぉぉ……」

「もう一人ぃ……」


 ズバッと血を引き込みながら栂松御神を抜き、未だに硬直しているもう一人の腹から切っ先を入れ、心臓に向けてゆっくりと差し込んでいく。

 体内を鉄の塊が突き進んでくる感覚と激痛を味わいながら、最後に生き残った追っ手は意識を手放した。


 再び栂松御神を死体から抜く。

 大量に付着した血液を死体の着ている服で拭い取り静かに納刀した。


「はぁ、気が済んだ。さてさて、まだ後続がいるらしいな……? 良いことを聞いた」


 次に対峙た相手は半殺しにして口を割らせることにして、刃天は追っ手が持ってきた幌馬車と馬を二頭確保した。

 これがあれば移動も楽になりそうだ。

 目論見通りの報酬が得られたことに満足し、馬車を街道の横に寄せて馬一頭を縛り付けておき、もう一頭に跨って手綱を操る。


「ずいぶん大きな馬だな。ふむ、足が細長いのか。肉付きは良いが……まぁなんとかなるか。ほれ行くぞ」


 馬の腹を蹴ると、すぐに並足で街道を進んでくれた。

 刃天は気配を辿りながら残っている追っ手を探すことにしたのだった。



 ◆



「……これでも『幸喰らい』は動かぬか」


 未だに発動しない『幸喰らい』に、地伝は心底難しい表情を浮かべるしかなかった。

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