4.5.廃村


 森の中を進み続けて四日。

 目的地までもう少しというところだったが、万全を期して休息を取っていた。

 ここまで来るのに二週間も時間を使ってしまったので、食料が心許ない。

 狩りをすることもしばしばあったが、それで時間を余計に取られてしまったので、旅の後半では保存食を優先的に消費して移動に専念したのだ。


 村で幾らか食料を分けてくれると良いのだが……。

 最悪、仕事を幾らか行えば村のものたちにも信頼されるかもしれない。

 向こうの反応次第ではあるが。


 そしてこの道中……ドリーという老人について詳しく聞かせてもらった。

 アオから聞いたことは既に頭の中に叩き込んでいたが、チャリーからの話は聞いていなかったので彼女の意見も聞いてみたのだ。

 内容はほとんど同じだったが……やはり戦闘を得意としている彼女としては、どうしても腑に落ちない点があったらしい。


「いっつも手加減してたように思うんですよねぇ……」

「ほう?」


 興味深い話が聞けそうだ、と刃天は前のめりになって続きを急かした。


「ドリーさんは土魔法が得意だって説明しましたよね。だけど彼の場合は……もっとすごいことができるんじゃないかなって思ってます」

「……民衆に周知されている土魔法の常識を逸脱するほどのつわもの、ということでいいか?」

「い、いやぁそこまではなんとも……」


 さすがに断言することはできないらしい。

 とはいえこの話を聞くことができたのは大きかった。

 もしかしたら想像以上に厄介な相手になる可能性がある。

 だがそれと同時に、刃天は面白い相手と戦えるかもしれない、と不敵に口角を上げた。


(ああ、そういえば人は殺してはならんかったか。だらば、半殺し程度に抑えるか……)


 一つ小さく息をついた後、すくっと立ち上がる。

 何にせよそのドリーとか言う人間も、人質を取られているのだから襲い掛かって来ることには変わりがない。


 さて、チャリーが警戒する相手だ。

 今現在どこにいるか分からない以上……警戒を怠ることはできない。

 とはいえ常に気配を辿り続けているので、先手を取られることはないはずだ。


「さて、行くか」

「ようやくゆっくり休めそうですねぇ……」

「久しぶりのベッド……! ……あ」


 ふと、アオはロクを見た。

 その視線に気づいたチャリーも同じように何かに思い至ったらしく、短い言葉を発する。


「なんだ、どうした」

「ろ、ロクって一応魔物だよね……? 魔物は国や街には入れないかも……」

「アオ様は使役するための魔法元素を有しておられませんからね。ペット、というのも無理があるでしょうし」


 二人は喉を鳴らしながらどうしようか思案していた。

 話を聞いていた刃天もなんとなく内容は理解できる。


 つまるところ、ロクは可愛い姿をしているが誰から見ても魔物であり、平和に暮らしている村や町などに連れていけば恐れられてしまう、といったところだろう。

 これをどうにかする方法はあるらしいが、必要な物を所持していないのでその方法自体を試すことができないのだ。

 これは困った……。


 と、刃天が思うはずもなく『何言ってんだこいつら』という白い目線を向けて呆れる。

 チャリーは別として、アオはロクと出会った時のことを覚えていなかったのだろうか。


「……おい、ロク」

「シュイ」

「お前、一匹で暫く過ごせるな?」

「シュイ!」


 ロクは腕を組んで強く肯定する。

 使役されていた時はどうか知らないが、それが無くなり暫くは森の中で過ごしていたのだ。

 こいつの危機察知能力は刃天よりも高い。

 生き延びる事だけで言えば、ロクはこの場に居る誰よりも得意なのだ。


 この事を説明し、アオにロクを地面に降ろすように伝える。

 地に足をついた瞬間、兎のようにぴょんぴょんと跳ねてすぐさま行方をくらませた。

 刃天は気配である程度の居場所を把握しているが、小さな気配なので気を抜くとすぐに見失ってしまいそうだ。


 とりあえず問題は解決した。

 あれだけ大きな耳を持っているのだから、呼べばすぐに駆けつけてくれるだろう。

 刃天は二人に合図を出して村へと向かった。



 ◆



「……なんっじゃこりゃ」


 ようやく村に辿り着いた刃天たち一行だったが、到着するや否や目の前に広がっている光景に唖然とした。

 ここは確かに村だったのだろう。

 多くな畑があり、秋になれば黄金色の小麦が一面を覆う場所だった名残がある。


 しかし、今現在そこは荒れ果てた起伏の激しい土地となっていた。

 言うなれば……何かが畑の下から地面を掘り返して顔を出したような惨状だ。

 巨大なモグラが数十匹飛び出し、畑を荒して帰って行ったと形容するのが正しいだろうか。

 所々に食い散らかされたニンジンやキャベツの残骸が見て取れる。


 そして何より目に付くのは家屋が全壊しているというところだ。

 家が傾いているとか、一部が破壊されたとかではなく全壊している。

 壁に使用されていた石材などは無残にも四方へ飛び散り、木の皮を使って作った屋根は破られた紙のように周辺に散らばっていた。

 家屋に使用されていた大きな梁や垂木は原型が残っていない程へし折られている。

 木材で作られた家具も、何かに潰されてぺちゃんこになっている様だ。


 更に散見できる血液痕。

 茶色に変色している血液は地面にこびりついており、多少の水で流されたとしても取れなさそうだ。

 子供らしき靴が幾つか散見できるのだが、これから察するにこの村を破壊した存在は村民が逃げる隙を与えることなく蹂躙したのではないだろうか。

 この推察を裏付けるかのように……多くの潰された人間の遺品が周辺に転がっている。


 靴、農具、籠、洗濯物、四肢の一部、衣服の破片、大量の血痕。

 だがこれだけの惨状だというのに死体の姿が見当たらない。

 見つかるのは食べ残しの様に転がっている四肢の一部だけだ。


 刃天はギョロリと睨みを利かせながら気配を辿る。

 アオが吐きそうになっているのを、チャリーが懸命に背中をさすって落ち着かせていた。

 ロクが近くにいることを確認したので、すぐさま呼びつけて抱え上げる。

 肩に乗せてしっかりを服を掴ませた。


「お前の敵意を感じ取れる力を今使え。どこに、何がいる」

「シュ」


 間髪入れずにロクは頭についている角を一点へと向けた。

 刃天がギロリと睨みを利かせて気配を辿ると、何かがゆっくり歩いてきていることが分かる。

 殺気は感じ取れないが、ロクはそれを明確に感じ取って刃天に教えてくれた。


「アオ、チャリー。ここで待て」

「ど、どこに行くんですか?」

「元凶を叩く」


 ロクを肩に乗せたまま、刃天は荒れた村の中をズンズン進んで気配で感知した人間の前まで歩いた。

 ぼうっ……と佇んでいる陽炎のような人間がそこにいる。

 別に本物の陽炎のように揺らめいているわけではないのだが、今にでも掻き消えてしまいそうな危うさがあった。


 妙な居住まいをしているのは、老人だ。

 身なりに似合わない綺麗なステッキを手にしており、それに体重をかけている。

 ボロボロのローブを何重にも来ている姿はやはり奇妙で、分厚い素材でできているのか随分重そうだと感じた。

 少なくとも四枚のローブを着ているらしく、着重ねるごとに大きなサイズとなっている。

 外側の色彩はすべて藍色と黒に近いが、内側は赤や黄色、黄緑や白といった明るい色になっており、目に悪い色合いをしているようだ。


 老人は重くのしかかるローブのフードを少し持ち上げる。

 しわがれた顔と、眼光鋭い目つきが刃天を捉えた。


「……大人しゅう、死んでくれんかね」

「あほか」

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