4.2.短い会話


 暗闇で地伝の笑い声だけが聞こえる。

 控えめな笑い方だが彼らしいといえば彼らしい。


 刃天は夢の中でもう一度地伝と会えるかどうか確かめてみたかっただけなのだが、本当に出てくるとは思っていなかった。

 てっきり地伝がこちらに用がある場合、強制的に夢に中に入ってくると思っていたのだ。

 だがこちらの意思でも会話ができるということであれば、今後この世界を旅するのに役に立つだろう。


 ……と、今回は確認することが目的だったので別に会話することはない。

 どうしようか、と考えていると地伝が口を開いた。


『刃天、私たちがここで会話できるのは幾ばくかもない。四半刻もないと思え』

「おお……? 急にどうしたい」

『色々あるのだ。この密会はあまりよくなくてな。長い時間話をすると……見つかってしまう』

「……前回もあんまりなげぇ時間話してる訳じゃねぇ……。てことはもう安全に話をできる時間はねぇだろ」

『はは、まぁそうだな。早く切り上げるに越したことはない』


 刃天はすぐにこの真意を考えようとしたが、こうして思案している時間はない。

 目覚めてから考えることにしようと思い、首を横に振った。


「んじゃ、さっさと話は終わろう。今回話すことは別にねぇしな」

『私はあるのだ』

「む、そうか。んじゃささっと話せい」


 刃天が急かすと、地伝はすぐに言葉を続ける。


『ドリーだったか。奴は貴様らを待っている』

「……やけに次のことに詳しいが、あの水晶は先のことを見据えられるのか?」

『貴様らが集めた情報を確認して得られた情報だ。貴様らの情報収集能力が私の見据える力を増加させる。精々励め』

「ありがてぇ話だが、不気味でもあるな」


 そういえば、己の過ごす時間と地伝の過ごす時間には誤差があったのだったか。

 であれば考え、確かめる時間は多くあるのだろう。

 思案することは地伝に任せておけば良さそうだ。

 何かあれば聞きにくるとしよう。


「そのドリーはどこにいる」

『すまない、そこまでは伝えられん。だが警戒せよ』


 その言葉を最後に、地伝が指を鳴らした。

 すると一気に意識が覚醒して目が覚めた。

 片目を開けて周囲を確認してみれば辺りは暗くなっており、夜であるということがわかる。


 二人と一匹は静かな寝息をたてて寝ていた。

 チャリーに関してはよくそこまで眠り続けられるな、と感心してしまう。

 怪我が早く治って己の足で歩けるようになるのであればなんだっていいが……。


 さて、起きて目が冴えてしまった。

 刃天は背を伸ばして骨を鳴らし、顎に手を当てて考える。


(地伝の野郎……。何かに見張られてんな……?)


 あの会話ですぐに思い付くことと言えばこれだ。

 彼は何かしらに監視されている。

 つまり以前刃天が地伝と夢の中で交わした会話を盗聴されているということだ。


 ……なんのために?


(チッ……。人の理では測れぬか)


 以前もこの答えに至って思考を放棄した。

 だが二度目となれば考えないわけにはいかないだろう。

 可能な限り地伝の言葉を思い出して思考を巡らせ続ける。


 明らかに地伝は何かを隠している。

 そして、それを警戒するようにして己に情報を与えてくれていた。

 こうしてみると地伝は刃天に構いすぎだとも思うが、彼がそうすべきだと考えて行動しているのだ。

 それにケチをつけるつもりは毛頭ない。


 そこまではいい。

 さて、地伝は一体何に警戒をしているのか。

 もっとも考えられるのは地獄の者共だ。

 地獄の鬼である地伝が亡者とここまで会話をしていいとは思えない。

 彼は地獄の者共たちから隠れながら刃天と連絡を取り合っているはずだ。


 しかし、そこでふと思い付くのは刃天が死んだ場合。

 刃天が死ねば沙汰の間にいつの間にか出現し、地伝に巨大な杓子で殴られてこの世に戻ってくる。

 この数分の間……二人は話しをすることができるのだ。


 それが夢の中に変わるだけで、そこまで警戒しなければならないものなのだろうか?

 刃天からしてみるとその答えは否、である。

 だが地獄の基準は流石に知らない。

 もしかしたら地伝の立場的によくないことである可能性もあった。


「……分からねぇ。次は直接聞いてみるか……」


 考えてもわからないことは何とかして聞くしかない。

 それかそれらしい情報をなんとか引っ張り出すだけだ。

 こういうことは不馴れではあるが……担当が地伝以外の者に変わるのは面倒そうなので気にしておくことにする。


 思考を巡らせたことで完全に目が冴えてしまったので、音を立てないように立ち上がって外に出る。

 一応気配を確認してみるが、妙な気配は近場にいないようだ。

 今は比較的安全だろう。


 この世は月明かりが弱い。

 満月でないことも要因の一つだろうが、周囲のほとんどは暗闇が支配している。

 見えないことはないが、森の中は漆黒だ。

 入ることすら躊躇してしまう。


 強い風は既に収まっているので、朝一でここを出立できるだろう。

 住民には内緒でここを発つことにする。

 宿泊費などを請求されるのは面倒だからだ。


「……直近としてはドリーとの戦闘が待っている、か。また……幸は減るだろうな」


 そう呟き、一人静かにため息を吐いたのだった。

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