第四章 減らぬ謎、範疇の外
4.1.ながーい旅路
強い風が音を鳴らしながら通りすぎていく。
小麦と思われる苗が必死になって地面に根を張り、吹き飛ばされないように耐えていた。
だがここぞとばかりに種を飛ばす植物もいくらかいるようで、少しばかり鼻がむず痒い。
屋根でも吹き飛んでしまいそうな強風。
運良くたどり着いた村で空き家を貸してもらった刃天たちは、この風が収まるまではここに滞在しようという話に落ち着いていた。
子供が一人、怪我人を一人抱えて移動できる距離はたかが知れている。
エディバンとの戦いから一日が過ぎた。
まだダネイルの領土からは抜け出せていないが、着実に隣国……テレンペス王国には近づいている。
とはいえまだまだ長い道のりになりそうだ。
「ふむ、嵐というわけではなしか。こういう風はこの辺りでは良くあることなのか?」
「たまたまだね」
「なんだ」
六本足の兎、ロクを抱えて暖を取っているアオが外の様子を見ながら簡単に答えた。
アオの足の上でくつろいでいる姿は本当にただの兎にしか見えない。
頭部から生えている一本の角が気になるくらいだ。
そして……その隣で静かな寝息を立てて寝ているチャリー。
やはり足の怪我はアオの魔法があってもなかなか治らないらしい。
彼女の自然治癒能力に期待するしかないだろうが、できる事なら早く歩けるようになって欲しいものだ。
移動する度に彼女を背負うのは刃天なのだから。
「あ、そういえば」
ふと思いだし、刃天は懐に入れっぱなしだった木箱を取り出す。
この中に手紙が入っている。
内容を読むことができず二人に読ませようとしていたが、ここまで移動するのに集中して忘れていた。
木箱のまま、刃天はアオに放り投げる。
驚いたようだったがなんとか掴み取り、ほっと胸を撫で下ろした。
改めて木箱を見てみるアオだったが、どうやらこれに見覚えはないようで首をかしげている。
「これは……?」
「エディバンが持っていた。中に文が入っている。読んでみろ」
「ふみ……? ……手紙のことか!」
紐で厳重に縛られている木箱の中を見て、アオは納得したように笑う。
しかしすぐに真剣な様子になった。
エディバンが所持していた重要な書類である。
彼の裏切りに関することが書いてあるかもしれないし、もしかしたら役に立つ情報が書いてあるかもしれない。
少しばかり緊張しながら封を開け、中身を取り出す。
意を決して内容を読み始める。
「……」
「…………何が書いてある」
「……エディバンの……こと」
アオは静かにそう呟いた。
今にも泣きそうな顔をしていたが、ぐっと堪えて目を擦る。
一つ息をついてから内容を刃天に教えてくれた。
「……エディバンは……一時的に拘束されたけど、家族を人質に取られて……逃げ出した使用人を殺す仕事をやらされてた。でも、僕を殺したくはなかったから、最終的には……死ぬつもりだったみたい」
「はっ。なかなかいい家臣じゃねぇか。最後に死ぬにしちゃ、往生際が悪かったがな。ありゃ俺を試していたか?」
「ど、どうだろう……」
彼の真意はともかく、戦わざるを得ない状況だったということが分かっただけでも収穫だ。
恐らく敵の陣営には、まだそういった奴らがいる可能性がある。
今後出会うことになるであろう他の使用人たちにも注意を払うべきだ。
だがこの手紙……書いたのは随分最近なのだろうということがアオにはわかった。
その理由は後半に記されている手紙の内容にある。
「……刃天」
「どしたい」
「エディバンみたいに人質を取られてる使用人のリストが書いてある」
「りすと?」
「名簿みたいな……」
「ふむ。つまり忠義はあるがやむを得ず殺しにかかってくる者共のことだな?」
「ま、まぁそうだね。エディバンと同じ境遇の人たちがここに書かれてる」
アオはその手紙と睨みあう。
名前と顔は一致するので把握するのは容易だった。
だがこれを書いたのはつい先日だろうと予測できる。
こんなものを持って出歩くわけにはいかないのだから。
恐らくだがダネイル王国でチャリーと共に宿で宿泊した時にでも書いたのだろう。
時間に余裕がある時と言えば、その時くらいしかない。
アオ曰く、このリストに記されている者たちは戦闘員ばかりの様だ。
しかしエディバンほどの実力者はほとんどいない。
だが……一人だけ彼と同等の力を持つ人物の名前が記されていた。
「……ドリー……!」
「その名前、覚えがあるな。なんだったか」
「土魔法を得意としてるおじいさん……」
以前アオが説明してくれた人物に、ドリーという名前があったということを刃天は覚えていた。
確か植物や生物についてよく知っている人物だったはずだ。
旅をしていた経験があるということなので、もしかしたら最も厄介な人物かもしれない。
旅に慣れている、経験が豊富ということであれば追いつかれる可能性があるからだ。
しかし彼は耳を悪くしている。
音には鈍いかもしれないが……刃天は気配を辿って敵の位置などを把握することに長けている。
もしかするとドリーも聴覚を補うために何かしらの感覚が鋭い可能性があった。
盲目の人物は聴覚が鋭くなるように、聴覚が悪ければ他の感覚が鋭くなるというもの。
そして使用するのは土魔法。
「……その土魔法ってのは具体的に何ができるんだ」
「土を盛り上げて壁を作ったり、土人形を作って戦わせたりできるよ」
「戦力を増やすことができるのか……。攻守共に厄介な魔法だな」
「だけど水魔法が弱点。泥を操るのは難しいみたい」
「ほう? ならばアオが活躍できるな」
期待する様に視線を送れば、アオは胸を張って鼻を鳴らした。
少し前からそうだったが、ようやく年相応の反応をする様になったと思う。
良い兆候だ、と刃天は鼻で笑った。
やはり仲間は……こう、明るくなくては。
いつまでも辛気臭いところで細々と生きるなど刃天は御免だ。
欲を言えば、もう少し仲間が欲しいところだが。
「む」
ふと気づけば、家を叩きつけるような強風が少しばかり弱まった気がする。
外を見てみれば遠くの方で太陽の光が雲の隙間から零れていた。
もうしばらくすればこの風も収まるだろう。
とはいえ今日はもう暗くなる。
移動は明日になるだろうな、と思い外を見るのを止めて目を瞑った。
だがふと思い立ったことがあり、片目を開ける。
「……ロク」
「シュイ?」
名前を呼ぶと頭を上げてこちらを見た。
小首を傾げて言葉を待つ。
「俺は一度寝る。確かめたいことがあってな。何かあったら起こせ」
「シュイッ!」
「任せた」
あとのことをロクに任せ、刃天は刀を抱くようにして目を閉じた。
暫く風の音がうるさくて寝付けなかったが、いつの間にか周囲の音が消えていることに気付く。
静かに目を開けてみれば、やはり何も見えなかった。
『来たか、亡者刃天』
「別に来たい訳じゃないんだがなぁ」
その返事に、地伝はくつくつと笑った。
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