1.10.狩り!
一夜が明けて目を覚ます。
刃天は早速耳を澄ませて周囲を探るが、今日の森は一段と静かである。
逆に何かの前兆なのではないかと勘ぐってしまうが、一つの小さな音を聴いてその考えは吹き飛んだ。
音を立てぬよう、こっそり岩陰から覗いてみると鹿が三頭ほど歩いて移動している。
この世でも普通の動物は居るようで安心した。
刃天はすぐさま弓を手にとって、静かに構えた。
知っている弓とはやはり格好が違うので少し迷ったが、すぐに要領を掴んで狙いを定める。
ぴょう、と空気を切りながら飛んでいった矢は鹿の首に直撃した。
だがこれくらいで鹿は簡単に死んでくれない。
すぐさま飛び出て刀を抜刀する。
鹿は首に矢が刺さったまま逃走を図った。
しかし足取りは覚束ないようで、頭もふらふらと動いている。
そんな鹿を刃天は接近してから首を落とした。
ようやく仕留められた鹿はその場でどさりと倒れてしまい、切断された首から血が流れていく。
「矢がちいせぇな……」
威力が弱い。
知っている弓とはまるで違う性能を持っていた。
連射はできるが一発の威力が弱すぎだ。
これではあの鉄の鎧を貫通させることはほぼ不可能だろう。
打撃武器を所持して動く方が利口である。
「だが狩りにはこれで充分か……。次はウサギとかの方がよさそうだ」
血のついた刀を、昨晩の女から奪った荷物にあった布で拭い取る。
手入れ道具がないのが痛いが……どこかで作れるだろうか?
そんなことを考えながら納刀し、鹿の足を掴んで水辺へ持っていく。
まずは血抜きをしなければならない。
そのためには大量の水が必要だった。
小川まで鹿を引きずってくると、自分たちが使う場所とは少し下流に降りた場所で鹿をドボンと小川に浸けた。
速やかに血抜きをする事が必要だ、と鷹匠に教わったことがここでも活きている。
やはり過去の経験は無駄にならないものだ。
さて、血抜きには時間がかかる。
この辺りにはゴブリンなども生息している様だし、まだ森の生態系を把握できていない。
獲物を横取りされる可能性が十分にあったため、しばらくはここで見張りをしなければならないだろう。
しかしそれも面倒だ。
昔は雑用にやらせていた事なので、いざ己がやろうとするとなんだか退屈に感じた。
そんな折、拠点側からアオが歩いてきたことが分かった。
朝起きて顔を洗いにでも来たのだろう。
水の魔法が得意なのにどうして小川に来る必要があるのだ、と少しばかり疑問に思った刃天は手を振って声をかける。
「よー!」
「わっ!? じ、刃天……居たの……」
「お前水なんて自分で作り出せるんだろう~? なんで小川まで来る必要があるんだ~?」
「ま、魔力を消費するから……だけど?」
「まーりょーくー?」
また新しい単語である。
ちょいちょいと手招きしてアオを呼ぶ。
近くに来たところでもう一度問いを投げ掛けようと思ったが、そこで小川に浸けられている鹿に気づいてしまったらしい。
アオはビックリして口元を押さえた。
「う……」
「んあ?」
視線の先を追ってアオの反応を理解した刃天は頭を掻く。
「……あー……こういうのダメなのか?」
「ど、動物とか……魔物とかの死体は……じいと旅してたから見慣れてる……。でも……血で水が汚れるのが……」
「んー? そんなに気にすることか?」
「ぼ、僕の水魔法は……ちょっと特別なの。水が汚れてたりすると……よく分かる」
「ほえー」
特別なだけあって、水質なども理解できたりするのかもしれない。
と、いうことにしておく。
刃天はこの辺りの感覚は分からないのだ。
だがアオが嫌がっていることは確かだった。
なので鹿を掴んで引っ張りあげる。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう……」
「だが血抜きが途中だな。どっかに吊るすか」
「あ、それなら任せて」
そう言うと、アオは片手に小さな水を作り出した。
何もない空間から、尚且つ作り出した水を宙に浮かせていることに目を見張る。
すると鹿の切断された首にそれを静かに当てると、一気に色が濃くなった。
驚くことの連続で何が起きたか分からない。
アオは色の変わった水の玉を地面に捨てる。
「これで血抜きは終わりだよ」
「いやすげぇな!? お前なんでもできるじゃん!」
「わわ、ビックリした……」
「今のはなんだ!? あれで血抜きしたのか!? いやいや待て待て……それ以前に水を宙に浮かせるとはどういったカラクリだ!?」
矢継ぎ早に質問を投げ掛ける刃天の目はやはり輝いている。
この世の妖術は本当に便利だ、と心の底から感じているのだ。
それに見たことも聞いたこともない現象を目の前で目の当たりにし、興味が湧いて興奮が冷めない。
アオは苦笑いしながら丁寧に答えてくれた。
先ほど血抜きをしたのは確かに水の玉で、これを鹿の血管に送って血液を全て出したのだと言う。
これだけ繊細な方法で血抜きができるのは、特別な水魔法を持つ者だけなのだとか。
そして水は『魔力』を使用して作り出す。
これは体内を循環しているものらしく、それらを操ることで様々な魔法を産み出すことができる。
だがこれは有限らしい。
人一人が体内に宿している魔力は個人差こそあれど、使えば消費される。
休息を取ることで回復するようではあるが、魔力が枯渇すると強い倦怠感が襲ってくるらしい。
と、そこまで説明してもらったが刃天の頭の中のはさっぱり入っていなかった。
理解しようとはしてみたのだが、知らない単語がいまいち理解できず、そちらに気を取られて仕方がないのだ。
刃天は一つ頷く。
「……うむ! 分からん!」
「あはは……。異国の人だもんね……」
「子供なのに難しいこと知ってんなぁ~」
「勉強したから……」
そう言うと、アオは少し悲しそうな顔をした。
だがそれを悟られる前に気丈に振る舞う。
「ま、魔力は魔法を使うのに必要、ってことだけ知ってれば……いいと思うよ」
「んてことは、魔力を節約するために水場に来たってことか」
「うん。そう」
となると、もし魔法という物を駆使して戦う相手と出会った場合は、魔法を使われる前に仕留めるか、もしくは魔力枯渇まで耐えるかの二択を取ればいいのだろう。
使いたいときに使えないといった不便さが発生しそうだな、と刃天は思った。
いつでも万全な状態で挑めるわけではない。
それに比べると、やはり武器は良い。
自らが学んだ技術をいつでもどこでも好きな時に使うことができるのだから。
絶対に裏切ることもない相棒だ。
と、一つ学びを得たところで刃天はシカの解体に取り掛かることにした。
まずは内臓をほじくり出し、それは地面に埋めてしまう。
あとは部位ごとに切り離すだけなのだが、この辺りは適当である。
刃天もそこまで肉の解体が上手い訳ではないし、食えれば何でもいい。
「あ~……二人で喰うにはでけぇなぁ。勿体ねぇが、食える分だけ持ち帰るか」
「なんで?」
「なんでって?」
「これを使えば……いいと思うよ」
そう言ってアオが取り出したのは、魔法袋だった。
「そんなんに詰めたら腐るぞ」
「ううん。この中は……時間が止まってるから……。腐らない」
「嘘だろぉお!?」
今日一番のカルチャーショックである。
確かに見た目以上に大量の荷物が入るという、ただでさえ常軌を逸した品ではあるが、更に時間の流れを止めるという力を持っているとは思わなかった。
アオは解体した鹿の肉を大きな葉っぱに包み、ひょいひょいと魔法袋の中に詰め込んでいく。
それでも袋が一杯になる様子はなく、そのまま持ち運びができるらしい。
そこに刃天は違和感を覚えた。
「……? おいおい待て待て、相当重いはずだが?」
鹿一体を丸々袋の中に詰めたのだ。
いくら解体したと言ってもその重量は子供一人ですべて持ち運ぶには余りあるはず。
だがアオは重量を感じていなさそうだった。
すると、魔法袋を見せてくれる。
「重くないよ。重さはないから」
「……あー……。おう。もう考えるのやめるわ」
思い至った問いをすべて放棄し、鹿の残骸を木の側に置いておく。
こうしておけば森に棲んでいる小動物たちの糧になるはずだ。
本当は肉を運ぶという仕事が待っているはずだったが、アオが持っていた魔法袋にすべて奪われてしまった。
楽になるのは良い事だが、些か楽すぎるような気がする。
「まぁいいか! ほれ、次はお前の番だぞアオ」
「え?」
「魚だよ魚! この世に来てからのまともな飯だぞ! 豪勢にせずどうするというのか!」
「刃天って食いしん坊なの?」
「あん? 悪いか?」
「ううん」
クスクスと笑ったアオは、小川に手をかざした。
「起きて」
水の流れが変わった、と刃天は気付く。
変わったというより止まった、と言った方が正しいだろうか。
初めての感覚に戸惑いながらアオが手をかざしている小川を見ていると……小川を流れている水が、持ち上がった。
「……????」
小川の形をそのままに、水だけが持ち上がったのだ。
今目の前で起きていることが一切理解できなかった刃天は、声を上げることもできず口をぽかんと開けているだけだった。
すると、小さな水が持ちあがった小川から切り離される。
その中には十匹ほどの魚が入っているらしく、アオの目の前まで来るとバシャッと破裂して魚を地面に落とした。
持ち上がった小川の水は静かに戻され、流れが息を吹き返す。
「獲ったよ。……刃天?」
「ま…………魔法ってすげぇな!!?」
「これは僕しかできないけど」
「アオってすげぇな!! はっはっはっは! よーっしゃ戻るぞ! 飯だ飯! 火を起こせー!」
「楽しそう」
意気揚々と言った様子で刃天は拠点へと戻る。
アオも彼の楽し気な雰囲気に釣られて、少しだけ顔を緩めた。
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