1.9.同じ手は食わぬ


「だああああっしょい!!!!」

「「え!?」」


 ガバッと立ち上がった刃天は目の前にいた巨大な獣に向けて刃を振るった。

 血の匂いで分からなかったのか、油断してくれたおかげで腹部を搔っ捌くことに成功する。

 悲痛な悲鳴を上げ内臓を散らかしながら転倒した。

 振り回す四肢から一歩離れ、刃天はギョロリと女二人組を鋭い目つきで睨んだ。


「次は殺す」

「「ッ……!」」


 傷の手当てをしていたようだが、そんなことはどうでもいい。

 刃天は立ち上がった二人の懐に入って感情そのままに刃を振るった。

 驚きと恐怖が混じっていた為か、身を引いて警戒していた二人にその刃は届かなかったが、その鋭さは理解させることができたようだ。


 攻撃を防ぐために再び召喚した甲殻を持つ獣が、簡単に切られてしまった。

 力任せの一撃ではあったが鋭いことに変わりはない斬撃。

 ある程度の殻であれば砕くことは容易い。


「同じ手は……食わぬぞ……!」

「ヒッ……」


 ザンッ……と一人の女の両膝を斬った。

 怒りに燃えているとはいえ理性は失っていない。

 怒りに身を任せた時の力強さは恐ろしいことこの上ないが、それを制御できるとなればさらに恐ろしいことになる。

 そういう相手を何度も見てきた。


 であれば、己にできぬはずがない。


 膝を斬られて転倒した女を峰打ちで簡単に気絶させる。

 軽く斬っただけなので放っておいても止血するだろう。


 そして残った女を視界に入れる。

 さすがに勝てないと踏んだのか、逃走を図った。

 正しい判断ではあるがそれを許すほど刃天は甘くない。


 老人から拝借した短剣を握る。

 狙いを定め、大きく振りかぶってから怒りを乗せて全力で投擲した。

 それは見事に足に突き刺さる。


「ぐっ!?」


 激痛が走りまともに走れなくなったが、それでも逃げなければならないと懸命に足を動かした。

 だがそれで逃げ切ることはできない。

 次第に近づいて来る足音に恐怖を覚えながらも逃げ続けたが、一際大きく踏み鳴らされた時の地面の振動を確かに捕らえた。

 それがこの日の最後の記憶だった。


 一仕事終えて大きく息をついた刃天は、早速女の首根っこを掴んで引きずっていく。

 ローブを引っぺがして短剣で切り裂き、紐にして二人を縛り上げたと同時に傷の手当ても簡単にしておいた。

 傷口を縛るだけの簡単な処置だがこれで充分だろう。

 子供のアオにこの場を見せるのはマズいと思うので、とりあえず二人を水辺に連れていく。


 しっかり縛り上げられているかどうかを確認し、武器やら道具を全て回収しておく。

 使えそうな物がないか確認していくがよく分からない物ばかりだ。

 これはアオに話を聞こう、と一つにまとめて置いておく。


「……む、これは」


 二人から回収した物の中に、魔法袋なる物を発見した。

 見た目のわりに中身が深くなっているという便利な袋だ。

 手を突っ込んでみると確かに肘まで入っていく。

 面白い感覚だ、と中身をまさぐってみれば食料や水袋、寝袋などが仕舞われていた。


 他にもいろいろあるようだが、そろそろ二人を起こしてみることにする。

 水袋の口を開けて頭からぶっかけた。

 すると咳き込みながら一人の女が目を覚ます。


「ゲホゲホッ!」

「お、起きたか。よしよし」

「ここは……ぐ……!」

「隠してた武器も全部回収してるぜ。簡単にゃ~逃げられねぇ」


 満足そうに腕組をしながら、刃天は笑った。

 次に一定の距離を保ってしゃがみ込む。


「んでー? お前ら何しに来たの」

「言うわけないだろ……!」

「あ、そう」


 刃天は拷問をしたいわけではない。

 なぜなら、自分よりも適任な奴らがいるからである。


 立ち上がると甲高い口笛を吹いた。

 それから耳を澄ませてみると、森の空気が変わったことに気付く。

 もう一度口笛を吹いてみると確信を持ったかのように何かが移動してきた。


「……な、何をしている」

「いやなに。この辺りに緑色の小さな異形がいてな? 結構数が多いんだわ」

「は……」

「あいつら人間襲うからさ。喰らってもらおうと思って。だからこうして……場所を教えてる」


 再び甲高い口笛を吹く。

 女はそれを聞いてみるみるうちに顔を青ざめさせていった。


「いっ! 言う! 言う! 全部話す! だからそれを止めてくれ! 頼む!」

「え? なんでぇ……。えー……つまらねぇじゃねぇの……。なんだなんだ? この世の忍びってのはこんなにも脆いものなのかぁ?」

「脆いものか! だ、だが……ゴブリンは駄目だ!」

「へぇー」


 あんな弱い生物の何を怖がっているのだろうか。

 確かに人を襲って食うのだろうということくらいは分かるが……ここまで怯えるのは予想外だった。


 しかしこれは素晴らしい脅し文句だ。

 また何か生け捕りにした時は同じ手を使おう。

 では早速問いを投げかける。


「でー? お前らの目的はなんだ?」

「……エルテナを……殺すこと……」

「エルテナ? 誰だそりゃ」

「異国の人間であれば知らないのも無理はない。逆に何故お前がこんな所にいるのか不思議だが……それは聞かない」

「聞ける立場だって思ってるのがすげぇよなぁ……」

「いやっ! す、すまない……。話を戻すが、エルテナは綺麗な水色の瞳を持った子供だ。あの水魔法は一国を支える力がある」

「ほん?」


 その特徴に合致する子供を刃天はよく知っていた。

 アオが狙われているということは、この二人は内乱時の敵勢力から放たれた刺客である可能性が高い。

 と、いうことは……アオはいい所の子供なのだろう。

 こうして命を狙われるくらいだ。

 相当な地位に属していたに違いない。


 いい拾い物をしたと思っていたが、どうやらとんだ大荷物を抱えてしまったらしい。

 これは身の振り方を考えなければならないな、と考えながら話を更に聞いてみる。


「一国を支えるってどういうことだ?」

「この国……というより周辺諸国には水源が少ないんだ。そこで重宝されているのは水魔法。水源を魔法で作り出して維持することができる」

「すげー」

「……その水源の維持なのだが……これが可能な人間が数名いるんだ。そこで……」

「ああ、分かって来たぞ。誰が維持するかで揉めて内乱が発生したと」

「有り体に言えばそんなところだ」


 水のない場所でも畑を起こしたりすることができる力。

 そんな力を持つ彼らは村や国でとても重要な立ち位置に置かれるに違いない。

 しかし、そんな人物が数名いるとなると、誰が国で一番偉い奴なのか分からなくなる。

 それを決めるための何かしらの方法があるとは思うが、国を己の物にしたい強欲な人間が戦を吹っ掛けたという筋書きだろう。


 大切な水の維持を戦の道具にする。

 手を取り合えばいいものの、それができないのが人間なのかもしれない。

 誰だって上に立ちたいのだ。


「てことはなにか。この近辺の里や都には水を扱える術者がいるということか」

「必ずしもそういうわけではないが……基本的にはそうだな。国を興すには、やはり水は必須だ」

「なるほどなるほど……。で、お前らはどこから来たんだ」

「ゼングラ領だ。ここから東に位置している」


 刃天は顎に手を置いて考える。

 もしここを離れる場合、争いがあった場所に赴くのは良くないので東に進むことはできなさそうだ。

 因みに国の名前は憶えない。

 と、いうより覚えられる気がしないのでパッと忘れて必要なことだけを頭に残す。


「んん? そういえば……なにか大義名分はあったのか?」

「勿論だ。ほとんど裏切りのような形ではあったがな」

「んじゃ最後の問いだ。お前らが属してた勢力と、敵対してた勢力。どっちが最初に事を荒立てたんだ?」


 その問いを聞いた女はぐっと口ごもった。

 刃天が眉を顰めると、すぐに焦り出して苦し紛れに言葉を口にする。


「……う、裏切ったのは……私たちが属していた勢力だ……。領主であるウィスカーネ家に……罪を着せて断罪し、私の……今の主が領主の地位に着いた……」

「ほぉ、正直者だな」


 意外にもあっさりを口を割った。

 ゴブリンとはそこまで嫌なものなのだろうか。

 ただ殺されるだけだが、まぁそれが嫌な人間もいるのだろうなと適当に納得しておく。


 とりあえず今聞きたかったことは聞いた。

 まだこの世界について知らないことが多いので、この二人が居てくれると大変助かるのだが、残念ながら敵である。

 狙っている子供はアオだし、接触させるのは得策ではない。


 忍びは任務遂行の為であれば命を簡単に捨てる。

 この女も、今の主を裏切ってこちら側に着いたとしても、アオをどこかで狙って仕留めるに違いない。

 非常に、非常に惜しい人材ではあるが……。


「一つ謝っておく」

「……な、何故だ……?」


 刃天は再び甲高い口笛を吹いた。

 その行動に女が吠える。


「お、おい!! 待て!」

「いやぁーだってお前ら敵じゃん。お前らが殺したい相手は俺が側に置いてる。となればさ……?」

「ま、ま……待って……! 待って! やめて!」

「わりぃな」


 二度、三度、と甲高い口笛を吹く。

 森が気配を運んできてくれるのだが、その数は十程だろうか。

 ゴブリンたちが姿を現すと、女は言葉が出ない程に息を吸って硬直した。


 しかし、ゴブリンはなかなかこちらに来ない。

 どうやら刃天を警戒している様だ。


「じゃあな」


 ゴブリンが来たならばここに用はない。

 奪った物資を肩に担いでその場からすたすたと立ち去るのだが、悲痛な悲鳴と命乞いをする声が聞こえてくる。

 だがあの二人は敵であり連れて帰るわけにはいかない。

 刃天は二人を放置して拠点へと戻った。


 戻ってみれば、アオはまだ眠っている。

 羽織を掛けたことで寝やすくなったのか、だらしない顔をしながら寝息を立てていた。


「お前も苦労してたんだなぁ」


 一つそう呟いて寝転がる。

 再び目を閉じると、意外にも早く寝付くことができたのだった。

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