1.11.これからそれから


 ぱちぱちと焚火がくべられた木々を燃やして弾けさせる。

 丁寧に捌いた魚が、ナイフで作られた串に刺さっており、火の近くで炙られていた。

 適度に振られた塩が白くなり、魚の脂が滴り落ちてジュワッと音を立てた。


 更に熱された石の上には一口サイズに整えられた鹿の肉がの押せられていた。

 それを焚火に突っ込ませる勢いで近くに寄せて焼いていく。


 二人はそれを美味そうに食べていた。

 鹿の肉はジビエということもあって独特な味がするが、それでもアオが取り出してくれた塩のお陰でよい味わいへと変わっていた。

 魚もしっかり塩気が効いており、身も中まで火が通っているので柔らかくなっている。


 元の世とはすべてが違う場所ではあるが、こうして食べられるものはさほど変わらない。

 そこに若干安心しつつ火の通った魚と肉を喰らっていく。


「鹿肉かって~! もうちーと柔らかくならねぇかな!」

「叩くとか……?」

「お前魔法と知識はあるが、やはり経験は少なそうだな。叩くより少し切れ目を入れる方がいい。……って鷹匠のおっさんは言ってた」

「へぇー。んぐぐぐぐ……!」


 アオが鹿の肉を歯で噛み、両手で引っ張る。

 丁度筋の入った肉に当たってしまった様だ。

 だがしっかりと噛み千切って租借し、飲み込んでいる。

 子供ながらに力はそこそこあるし、嚙む力が強いのならばよく育つことだろう。


 それにしても、やはり鹿の肉というのはあまり脂がない。

 猪の方がいいなぁ、と思いながらまた一つ石の上で肉を焼く。


「そんでよぉー。アオよー」

「……ふぁに?」

「物食ってから喋れー」

「んぐ。話しかけてきたのは刃天じゃん……」


 そりゃそうだ、と己で口にする。

 軽く平謝りをしてから本題を口にした。


「これからどうしたいよ」

「え」

「いやなに、俺は沙汰の途中だから別にどうなろうが知ったこっちゃないんだが……。森で生活するってのもなかなか不便ではあるからなぁ。ぶっちゃけこのまま森で生活してたら地伝に叱られる気がする……。さらに重い沙汰を下されるわけにはいかんしな」

「んー……?」


 アオには少しわからない話かもしれない。

 刃天は今現在、閻魔から下された沙汰の最中だ。

 とはいえ二度死んだ程度なのでそこまでキツイような沙汰ではないし、なんなら森での生活を謳歌できそうな勢いである。


 地伝は刃天専属の監視鬼。

 この世について少しばかり知っていたし、話の流れから刃天を何処からか見ているということは分かっていた。


 さて、ここから察するに……このままではよくないということにうっすらと気付いていたのだ。

 地伝は命について学べと言った。

 酷く難しい注文ではあるが、このまま森の中にいてもそれは学べない。

 人間との関りが必要となる気がするのだ。


 今まで、三つの道が出現した。

 一つはゴブリンに襲われていた商人とその護衛。

 一つはアオと老人。

 一つはアオを狙いに来た女二人。


 その内、刃天はアオのみを手にした。

 正直この選択が良かったかどうかは分からないが、明らかな面倒ごとを抱えているということは理解している。

 アオは特別な存在。

 国を維持するため、興すためには必要な存在であり、命を狙われてこんな所まで来ている。

 人間との関りを深めるということは、もしかするとアオを危険な目に合わせる可能性があった。

 これを己の判断だけでしていいものかどうか。


 たった一人の子供のために奮闘するつもりはさらさらなかったのだが、あの老人の死に際の言葉が離れない。

 任された、とは口にしてはいないが……アオは優秀だ。

 そして便利である。

 魔法の利便性を知ってしまった今、アオを手放すのは酷く惜しい。


 ということもあって、己では次に起こす行動を決めることができないのでアオに決めてもらおうと話を振ったのである。


「アオはこれからどうしたい」

「僕が……決めていいの?」


 刃天はコクリと頷いた。

 己が決められないから人に決めてもらおうなど虫が良いのかもしれないが、元より己はこういう人間だ。

 利口に生きるつもりはない。

 ましてやまっとうな道を歩むことなど、死人となり沙汰を下される以前よりできる人間ではないのだ。


 悩む時間を待つ間、手に持っている魚を平らげた。

 串を咥えてフンフンと上下に振った。


「……皆に会いたい……」

「……難しい注文だな」

「なんで?」

「少しばかり、知らせが走ってやってきたのさ。女二人組だったが」

「え」


 反応からするに、アオはあの二人について知っているようだった。

 共に生活をしていた時もあったのだろう。

 しかしあの二人は敵だった。

 アオもそれをよく理解しているからか、消息については聞かないでいる。

 賢い子だ、と改めて刃天はアオを評価した。


 それから刃天は昨晩のことを簡単に説明する。

 二人と戦うことになり、捉えて尋問をした結果、アオとの関係性を知ることができた。

 大半は理解していないが、水魔法の重要性だけはよく分かった。

 地位争いを掛けた内戦……。

 内戦というより簡単な裏切りだろう。

 領地内で起きた大きな内戦ではなく、地位を持っている者同士の小さな争いだ。


 アオはそこに巻き込まれた被害者。

 この子がいた陣営は特に悪いことはしていないのだろう。

 敵方が一方的に罪をでっち上げた。

 それが大義名分となり支持者を得て、断罪という形で作戦を実行したといった具合だろう。


「……詳しいね……」

「ハッ。政やら権力争いの難しいことは俺には分からん。だが戦となればそれなりに分かる。結果があればその過程くらい予測できるさ」

「僕と反対」

「ん? 何がだ」

「実戦経験はあるけど、勉強してないね」

「う~る~せ~」


 綺麗に一本取られてしまった。

 頭の後ろで腕を組んで寝転がり、誤魔化すように口に咥えている串を振り回す。

 あの鷹匠であればもっと細かく推測することができたのだろうが、刃天はこれくらいが限界だ。

 情報が足りない、ということもその要因の一つだが。


「ほんで? どうする? このまま森で過ごすもよし。難しいがお前の要望を通すのも良し。まぁ具体的に誰に会いたいか、くらいは知りたいが」

「……いいの?」

「おうよ」


 ぱちんっとくべた枝が弾けた。

 アオはその美しい水色の瞳を刃天に向ける。


「家族に会いたい」

「決まりだな」


 目標が決まった。

 であればこんなところで火を囲んでいる時間はない。

 刃天は一瞬ですべての道具を持ち上げた。


 とはいえ魔法袋があるのでそんなに大荷物にはならない。

 女二人から奪った魔法袋もあるが、中身を確認するのを忘れていた。

 だがこれは旅をしながらでも問題はないだろう。


 すると、アオが不安そうに声をかける。


「で、でもどうやって……」

「お前の故郷のことは知らねぇが、東に行けば着くということは知っている。まずは敵を探らねばなるまい」

「あ、あの……。あの二人は……どうしたの?」

「あ? ああー、話を聞いてみたら敵だったからな。ゴブリンに殺してもらった」

「ええ!!?」


 アオからそんなに大きな声が出るとは思っていなかった刃天は、びくりと肩を跳ね上げた。


「な、なんだよ……」

「だ、だったら生きてるかも!」

「……はぁ? あいつら馬車とか……お前とか……襲ってたけど? え、なんで?」

「ゴブリンは男を殺すけど、女は殺さない……。繁殖するために巣に持ち帰る……」

「……ああ~~~~……」


 ようやくあの女がゴブリンを怖がっていた理由が分かった。

 知らなかったとはいえ残酷な選択をしてしまった様だ。

 後悔は一切していないが。


「ふむ、となればまだ話を聞けるかもしれないな」

「僕が話をするよ。刃天は……うん」

「頭が悪いからって? 合ってるよ。否定しねぇよ」

「そうだよね」

「おう、言うじゃねぇか」


 軽くアオを小突いて笑い合う。

 ようやく子供らしい表情になって来たところで悪いが、どうやらまたこの刀を抜かなければならないらしい。


「そいじゃ、ゴブリンの巣を探すとしますか」


 あの時は刃天が質問をしたから碌な情報が得られなかった。

 だがこの世に詳しいアオであれば、更に多くの情報を得られる筈である。

 大切な情報源を救い出すためにまずはゴブリンの巣を特定しなければならない。


 やることが明確化されると俄然やる気が出てくるというもの。

 だがその前に、アオには己のことを少しだけ放しておかなければならなかった。


「ああ、そうだ。アオ」

「なに?」

「俺は人を殺せない。それだけ知っておいてくれ」

「ど、どうして……? この先……どうなるか分からないよ?」

「どうして、か。難しい問いだな」


 アオは老人と共に逃亡生活を送る中で、人を殺さなければならない状況に何度も出会ってきたのかもしれない。

 だからこれから起こることを懸念している。

 やはり聡い子だ。


 だが正確には人を殺せないわけではなく、人を殺したくない、である。

 人を殺せば幸が減る。

 どれ程減るのかもわからないし、どれ程の道が消えるのかもわからない。

 善行を成しているかも怪しい今、やはり人を手に掛けることは可能な限りやりたくなかった。


 だが簡単に説明はしておかなければならないだろう。

 刃天は顎に手をやりながら言葉を口にする。


「呪術……としておくか」

「じゅじゅつ?」

「俺は人を殺すと悪いことが起きる呪術に掛けられていてな。まぁこれが沙汰なわけだが……。てことで、人は斬らぬよう努める所存」

「そっか。分かった」


 その返事を聞いて目を瞠る。

 もっと何か言われると思っていた刃天は肩透かしを食らった気分になった。

 余りにも引きが良すぎである。


 だがとやかく全てを聞かれるよりましか、と思い空を見た。

 森がざわついている。

 それを辿って行けば、その正体を発見することができるはずだ。


「んじゃ、とりあえず動くか」

「うん」

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