第4話 わたしの悩みを、友達に打ち明ける。
(side 静)
大学内のベンチで、わたしは悩んでいた。
彼とわたしとの距離感について。
彼というのは、わたしの弟の健一郎くんのことだ。
健くんは高校の入学式の日に起こった出来事のせいで、両親を亡くしてしまった。
そして紆余曲折あって、昔から付き合いがあったわたしの家に、養子として迎えられることになった。
彼はわたしの家に来てから、今まで一度たりともわたしのことを、姉さんとかお姉ちゃんどころか、名前で呼んだことすらない。
そもそも、彼がわたしに呼び掛けてくること自体が、ほとんどない。
健くんは、わたしのことをどう思っているのだろうか。
健くんに、わたしはどう映っているのだろうか。
もしかして、健くんはわたしのことを、ただの赤の他人だと思っているのだろうか。
だとすると、どうしたら健くんは、わたしの存在を認めてくれるのだろうか。
そんなことを考えていると、わたしが座っている席の隣に、一人の女性が座ってきた。
「し~ずか!」
わたしの隣に座ってきたのは、友達の湊ちゃんだった。
「あれ、湊ちゃん。どうしたの?」
「いや、履修登録する帰り道に偶然見かけてさ。静は履修登録終わった?」
わたしは湊ちゃんにそう聞かれたので、終わったよと言う。
湊ちゃんは、わたしの顔を見て問いかける。
「さすがだね。で、どしたん?そんな悩んだ顔をして」
「うん、実はね……弟のことで悩んでるんだ」
わたしは、健くんのことで悩んでると、湊ちゃんに打ち明ける。
「弟?静に弟なんていたっけ?」
そういえば湊ちゃんには、弟ができたことをまだ言ってなかったっけ。
わたしは、弟ができたことを湊ちゃんに説明する。
「3か月くらい前にね。4歳下の義理の弟ができたんだ」
「4コ下!?え、もしかして親同士が再婚したとか?」
「違うよ。彼が身寄りをなくしたから、うちで引き取ったんだ」
わたしに弟ができた理由を説明すると、なるほどと湊ちゃんは納得した表情をする。
「なるほど。で、ちなみに弟くんはイケメンだったりする?」
湊ちゃんが、健くんの顔について訊いてくる。
彼女は、結構な面食いなのだ。
「残念。私の弟は、湊ちゃんの好みの顔じゃないよ」
そういって家族と撮った、唯一彼が写った写真を見せる。
「ん~?確かにあたしの好みとはちょっと違うけど、でも見た目はそこそこいい男じゃん」
湊ちゃんは、健くんの顔をそう評価する。
「で、その弟がどうしたって?」
「うん、弟がね、いまだにわたしと距離をとってるの」
「ああ。それはそうでしょ」
湊ちゃんが、それは当たり前だという。
「どうして?」
「だってさ静、自分がそういう立場になったらどうするかって考えてみ?」
湊ちゃんに言われて、わたしは考えてみる。
自分が何らかのいたたまれぬ事情で、どこかの家に突然養子に入ることとなったら。
その家に年下の男の子がいて、その子が弟になると言われたら。
そこでわたしははっとする。
「湊ちゃんの言うとおりだ。わたしも弟と同じような態度をとる」
「でしょ?」
湊ちゃんはわたしの答えを聞いて、ドヤァという感じの顔をする。
「だからさ、彼の心の整理がつくまで待ったほうがいいと思うよ、あたしは」
湊ちゃんはそう言う。
でもわたしは、わたしは!
「でも、私は彼に、今すぐにでも認められたい。彼にわたしとは、本当の姉弟以上の距離感で接してほしい」
「いやいや、なかなか難しいことを言うね、静は」
湊ちゃん、これに関しては何とでも言えばいいよ。
だって、わたしにとっての健くんは、弟じゃなくて、初恋の人だから。
「ところでさ、弟くんって何歳?」
「16だけど?」
湊ちゃんに健くんの年齢を突然聞かれて、答える。
「ってことは、今年高校1年なのね」
「それがどうかしたの?」
「いやさ、静の悩みを解決する妙案を思いついてさ」
湊ちゃんが、わたしの悩みを解決するアイデアがあるという。
一体それが何なのか興味がわいたので、湊ちゃんに聞いてみる。
「そのアイデアって?」
「簡単なことさ。弟と無理やり添い寝とかすればいいのさ」
そのアイデアについて聞いてみると、湊ちゃんが突然おかしなことを言う。
「な、何言ってるの?湊ちゃん」
「弟と無理やり物理的に距離を縮めればいい、そう言ったんだよ。
でさ、そこでわたしのことをちゃんと見てほしい、距離をとらないでほしいって訴えればいいんだよ」
湊ちゃんが、訳が分からないことを言い出した。
け、健くんとそんなことをするだなんて。
今ですら近づくのがかなり難しいのに、ほぼ確実にできないよ。
「み、湊ちゃん!いいい、一体なにを言ってるの!?」
「だってさ、弟くんはそもそも、静に近づいてこないわけでしょ?
なら、こちらから無理やりにでも、物理的に近づいていくしかないじゃん」
た、確かにそうだけど。
仮にできたとして、いきなりそんなことしたら、健くんに嫌われちゃうかもしれない。
「それにさ、静の弟ってさ、思春期の高校生なわけじゃん?
健全な男子高校生なら、年上のきれいなお姉さんとそんなことしたいって願望も、少なからずあると思うんだよ」
「彼にそんな願望は」
「ないと言い切れる?」
湊ちゃんに聞かれ、わたしは言いよどむ。
確かに、健くんは思春期の男の子。
だけど、健くんに限っては、そんなことはまずないんじゃないかと思ってる。
「静みたいな美人にお願いされたら、どんなに意志の固い男子高校生でも、お願いを聞いちゃうと思うよ」
「な、なに言ってるの?わたし別に美人じゃ」
「うんにゃ、静は美人だよ。うちの学科でも、静と付き合いたいって言ってる男は、結構いるし」
わたしは、湊ちゃんの言葉に驚きを隠せなかった。
なぜなら、これまでわたしに告白してくる男性は、全くいなかったから。
「え、そうなの?知らなかった」
「そうだよ。といっても、その男子たちは、静は美人過ぎて近寄りがたいとも言ってたからなー。
男どもにとっての静は、高嶺の花で遠目で見るのがせいぜいのようだけど」
そ、そうなんだ。知らなかった。
「ふぅん」
「どした?」
「でもわたしって、身長が平均よりもすごく高いでしょ?
今までのこともあったから、そんな風に思われてるなんて、わたし全く思ってなかった」
「男子たちは、身長は全く気にしてないみたいだったけどな~」
湊ちゃんは、考えるそぶりをして言う。
少しそんな顔をした後、湊ちゃんが真面目な顔をする。
「ま、でもさっき言ったのは、言ってしまえば最後の手段だからね。
やって嫌われる可能性もゼロじゃあない。
やっぱり今は、彼のほうから歩み寄ってくるまで待ったほうがいい。
その代わり、彼から歩み寄ってきたらすぐにでも受け入れるんだよ」
「ちょっと何言ってるの?というかよく考えたら、そもそもわたしと彼は義理とはいえ、姉弟だよ?もし何かあったらどうするの」
わたしは、そう取り繕う。
すると湊ちゃんは、自分のスマホの画面を見せてくる。
わたしがスマホの画面に書いてあることを読んだ後、湊ちゃんがきりっとした顔で言う。
「義理の姉弟なら結婚できる、法律にそう書かれてる。
だから何かあっても問題ない。最悪何か起こったときは、静が責任取ればいい。
違うかい?」
わたしだって、法律上義理のきょうだいは結婚できるのは知ってる。
湊ちゃんが言うことは、確かに間違ってはない。
でもそういう問題じゃないし、よく考えたら別の法律で問題になって、わたしが捕まるような。
とか思っていると、湊ちゃんが立ち上がる。
「おっとすまん、時間だ。あたしはもう帰らなきゃいけないから、帰るね。じゃ」
湊ちゃんが突然そんなことを言って、帰っていく。
湊ちゃんを引き留めようとするが、その前に猛スピードで姿を消してしまった。
もう、と内心湊ちゃんに怒りながら、わたしも用事が済んだため、立ち上がって家路についた。
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