第3話 新たな動画

それはどこ情報かというと。

「いやー、本当ごめんねトモミちゃん。今まで嫌がらせしちゃって」

「ホントホント。マジで反省してるし!」


……金フン経由である。

この厚かましい女どもは、よりによって私を挟むように座っている。私は溜め息をつきながらも、2人に苦言を呈する。

「謝るくらいなら、最初からいじめなんてしないで欲しかったよ」

 私がそう言うと、謎の気まずい空気が流れた。なぜここで黙る?


「確かにそうだけどさ、本格的ないじめじゃなかったのが不幸中の再来じゃない?」

「は?」

「そうそう。別にあたしたちトイレで上から水かけたり、暴言とか暴力とかハードなやつはしてないんだしさ!」


 まったく反省をしていない。神経を逆撫でするようなことを言っているのに、やたらと瞳は純粋そのものだし。不幸中の「再来」じゃなくて「幸い」だし。

 こんなバカたちと同じ空間にいることが耐えられないが、正直なところ私は、人のことを言えるような立場でもない。なぜかといえば……


「3人とも揃ってるわね。それじゃあ、さっそく補習を始めます」


 もはや見慣れた顔。担任が入ってきたことで、私が金フンたちと同じ穴の狢だという、揺るぎなき事実を突きつけられた。……計算なんてものは、四則演算とプラスアルファを覚えてしまえば、それで充分だというのに。

 数学という小難しいものに不満を募らせていると、金フンが質問を投げかけた。


「先生ー。マヤのことなんですけど、もしかして退学になったりしますか?」

 ずいぶんとストレートに聞かれたせいか、担任は一瞬たじろいだ。

「えっと……マヤさんの今後については、ちゃんと先生たちで考えていくからね。今のところはまだ何とも言えないかな」

教師という立場にある以上、そういう無難な返答しかできないだろうとは思った。

 すると、もう片方の金フンが衝撃的なことを口にしたのである。


「いや絶対退学じゃん。だってマヤ、あんだけ炎上したのに動画もチャンネルも消してないし。なんならさっきも連絡あったよ」

「えっ、連絡あったの……?」


 金フンと担任のやり取りには耳を傾けるに徹していたが、ここで気になった私はつい口を開いた。

「最初は、『私こんな動画、投稿してない』とか送ってきたのね? そんなわけないじゃんって思ったんだけど、電話してみたらなんかガチっぽくて」

「ガチっぽいってどんな風に?」

「グイグイくんね! まぁいいけどさ。んでね、『あんな動画撮ってないのに、なんで私が映ってるの』とか『そもそも人が死ぬとか分かるわけない』とか、声めっちゃ振るわせて喋ってた」


しばしの沈黙が訪れた。担任は手を叩くと、仕切り直しに補習を始めた。ただでさえ分からない問題が、モヤモヤした気持ちのせいでさらに分からなくなった。

 やがて補習は終わり、私はそそくさと帰ろうとしていた。カバンを肩にかけ、担任に続いて教室の外に出ようとしたときだった。


「あれっ、なんか新しい動画あがってる!」

「え、マヤのチャンネル?」


 金フンたちの声が聞こえてきた。

私は引き返して、こっそりと2人の間から顔を覗かせた。そしてすぐにバレた。

「ああ、トモミちゃん。見てこれ!」

 そう言うと、彼女はスマホを近づけてきた。

例の、総理の死を暗示する動画が「1週間前」となっている。前に観たときより再生数は伸びていて、すでに800万回を超えていた。あの事件からもう1週間が経ったが、未だにニュースで取り上げられる。

 そして、その動画のすぐ上に「2時間後に配信」と表示された動画があった。

金フンたちは言う。

「12時くらいに公開されるんかな?」

「じゃない? にしても、これだけ見てもなんの動画か分かんないね」


 私たちが見ているサムネイルは、黒い画面の真ん中に大きく書かれた、白い「?」のみ。タイトルも【告知】の2文字だけ。

実にシンプルだ。

興味を引くだけ引いておいて、いざ再生してみたらくだらなかった。……というパターンの動画は山ほどあるが、このチャンネルだけは次元が違う。

「トモミちゃん。なんの動画だと思う? 謝罪動画かな?」

「今どき、炎上して謝罪なんかしたら余計に炎上すると思うし、第一、タイトルが『告知』って時点で変だね。もしかしたら……」


 もしもの可能性は考えたが、なんとなく言いよどんだ。急に話すのをやめた私を見て、2人とも不思議そうな顔をしている。

私は保険をかけながら、少しだけ大胆な感想を述べた。

「……もしもの話だけどね。もしかしたら、また新しい予言をするのかもって、思ったりして……」


嫌な予感というよりも、私の場合は「期待」と言ってしまったほうが適切だった。

【シニガミちゃんねる】の中身がマヤにしろ、マヤによく似た誰かにしろ、総理の死を的中させたことに変わりはない。そんな人物が新しく動画をあげるとなれば、どうしても無視できない。

 2人は顔を見合わせると、息ぴったりにうなずいた。

「とりあえずチャンネル登録しとこ」

「それな」


こうして私たちは3つの数字として、60万の数字の中に吸収された。

そして「情報共有をするため」とのことで連絡先を交換する流れになり、私は仕方なく2人分の「友だち」を追加した。

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