狂った王妃は十万の敵兵を鍋で煮込み七つの国を蹂躙する

楠本恵士

第1話・敵の雑兵を大鍋で煮込んで自国の愚民に振る舞う

 すべてが呪われた狂気の世界で……エピローグからはじまるプロローグ


 その世界は病んで狂っていた。

 長きに渡る戦乱が人の心を狂わせ、自然の摂理や人間の倫理も狂わされた。

 加えて兵士に妻子を惨殺されてすべてを奪われ投獄された、邪悪で黒い狂気の魔導士が世界全体に狂った呪いをかけた。

 そのために、天も地も海も狂った。

「狂っている……なにもかもが狂っている」


 生理の血のような赤い月が海の底から昇り、二脚と四脚の脚が生えた魚が海から上陸して、女の長い黒髪が浜に流れ着いた夜──顔の半分が崩れた隣国の狂兵が再び、イバラの有刺国境を越えて。

 狂気王妃の国城近くまで迫ってきた。


 父親である国王の腹を内側から裂いて、実父を死亡させて生れた瞬間に、王位継承を果たした狂気王妃は側近からの大挙して押し寄せてくる狂兵の報告を聞いて指示を出す。


「敵の狂った兵を粉砕して、大鍋で煮込んで愚民に食べさせよ……敵の兵の中に美形の青年将がいたら、捕獲して胸を切り裂いて歯車やネジを詰め込んで胸を膨らませよ」


 常軌を逸脱した王妃の言葉は忠実に実行され、車輪がついた巨大な移動式の粉砕機の中に、殺された敵の兵も死んだ味方の兵も放り込まれ。

 血と肉と骨は敵味方関係なく粉砕されて、大鍋で煮込まれて赤いスープとなって。

 常軌を逸脱した王妃の慈悲に感涙を流す、国の愚民たちに振る舞われた。


 鍋から大地にこぼれた血肉のスープからは黒い植物が生えてきた。

 やがてそれは黒い麦となって、目がないカラスが収穫の遅れた苦い黒麦をついばんで食べる。


 そんな世界の狂った国に、一人の高校生が不慮の死で狂気王妃の誕生から遅れること数年後に転生してきた。

 葬儀の席で我が子を失って涙している母親に対して、心無い参列者の一言が彼を異世界転生させた。

「きっと、ラノベ好きだった息子さんは、念願の異世界転生ができて幸せだと思いますよ」

 その、言葉が彼──シネヤを現世界の記憶を持ったまま狂った世界に転生させた。

 狂気を日常的に見せられて、動物の血を乳母から飲まされて成長したシネヤは狂った世界の中にあって、唯一正気な異端者として扱われた。

 大人と子供の中間年齢になったシネヤは、街の市場で陸揚げされた海ガメの甲羅をハンマーで叩き割って。

 取り出したカメの肉の代わりに、生れたばかりの我が子の赤ん坊をカメの甲羅の中に押し込んで、カメ肉として売ろうとしていた狂った店主の行為を止めて逮捕された。


 ウサギやネズミの生皮を張り合わせて作った、リアルな動物の頭をかぶった者たちの裁判が開始され。

 無罪になったマッドなピエロの殺人鬼が裁判所で、ケダモノの血を頭から浴びて全身血染めの。

 妻の裸女と一緒に、風船を動物の頭をした傍聴者に配る中。

 サルの生皮頭を被った裁判官がシネヤに判決を言い渡した。

「狂った世界の中で、正気を保とうとした罪により……七日七晩、投獄して無罪と処す」


 無罪判決を受けたシネヤは、狂った画家が狂気の壁画を描いている石牢に同室で七日七晩投獄されてから、釈放された。


 狂気に落ちずに正気を保ち続けている愚か者、シネヤの噂は狂気な王妃の耳にも届き。

 興味を持った王妃は、シネヤを城に招いて黒の部屋で謁見することにした。

 久しぶりに正気にもどった王妃がシネヤに訊ねる。


「おまえは、自分が正気だと断言できるのか? 狂気と正気の境界線はどこだ? わたしは狂っているのか?」

「王妃さま、狂気と正気の境界線などありません。わたしが転生する前の世界でも狂気は満ち溢れていました」


 シネヤは風に乗って飛んできた綿毛の種が、肩で根を張ろうしていたのを引き抜いて捨てた。

 王妃の頭の中が、少しづつ狂気へともどっていく……。

「シネヤとやら、気に入った。わたしの身近で良かったら片腕の参謀として仕えぬか……いずれはシネヤの片腕を斬り落として、わたしの片腕を移植して本当の意味での片腕にしてやろう」

「片腕になるのは遠慮しますが、参謀役は謹んでお受けします」


  ◇◇◇◇◇◇


 砕けた太陽から飛び出た魚が天を泳ぎ、墓地から生えてきた子供の腕を枝で叩いて引っ込めさせた朝──狂気王妃の狂った軍は、友好関係の隣国に進撃を開始した。


 狂った音楽家が作曲した狂気音楽──『女の卵、男の乳房と父乳、鳥の前脚、山の根を復活させる遁走曲フーガ』が味方の進軍に合わせて奏でられる戦場。

 カラクリ仕掛けの首無し機械馬の馬車に揺られる、狂気王妃とシネヤは馬車の中で向かい合ってカードゲームを楽しんでいた。

 生首キングのカードを一枚、ゲーム台の上に放棄したシネヤが王妃に質問する。

「なぜ、友好国を攻めるのですか?」

「愚問だ、シネヤは友人や親友を攻撃したコトがないのか? あるだろう、友好とはそういうモノだ」

「王妃さま、意味がわかりません」


「今はわからなくても良い……シネヤの手持ちカードの中に、田舎娘の生首カードはあるか。それを出せば、このゲームはわたしの負けだ」

 シネヤが田舎娘の生首カードを、ゲーム台の上に置こうとすると、走っている馬車の扉が突然開いて。

 従者の一人が慌てた形相で馬車に、乗り込んできた。

 生臭い風でテーブルの上に並べてあったカードがすべて、窓から外に舞い散る。

 もう少しで、負けるところだった狂気王妃は、走っているカラクリ馬車に血相を変えて乗り込んできた従者を笑いながら睨む。

 従者が言った。

「大変です、王妃が留守中の城が、別の隣国の兵に乗っ取られてしまいました。もう、我々に帰る国はありません」


 狂気王妃が言った。

「ならば、これから攻める国の城を落城させて我が国としよう……従者のおまえは、シネヤとのカードゲームを台無しにした。もう少しで負けが確定だったものを……罪を償って、自分で自分の首を斬首せよ」

「御意」

 従者は剣を抜き払うと、自分の首を斬り落として転がった自分の首を追いかけて行った。

 常軌を逸脱した王妃がシネヤに言った。

「見たであろう、普通は首をはねられた者は、死んでしまう……あのように転がる自分の首を追ったりはしない、わたしはこの狂った呪いを解くために、予言に従って七つの隣国を蹂躙じゅうりんしているのだ。三つの国は蹂躙した、残る国は四つ」

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