第8話 双子

 数年が経ったある日、俺たちはスレイに呼び出された。鏡磨が幹部以外を呼び出すのは珍しいらしく、双子から連絡が来たときは周りの信者も驚いていた。何か悪いことをしたのか? 規則違反は大罪だぞ、と口々に言われたが、心当たりは何もない。敬語を使っていないの咎められるなら、それは本人から全員に「家族なのだから、畏まる必要はないよ」と言われているので、ありえない。

 気付かないうちに大罪を犯していないか祈りながら、俺たちは教会に向かった。

 教会に人はほとんどいなかった。それもそうだ、月に一度の集会以外に教会に立ち入る人は数少ない。信者は皆、自身の鏡を持っているからだ。大鏡に手を合わせるのは、ルミラーに助けを乞うときだけと決まっている。

 大鏡のそばに双子が立っていた。俺たちが来るのを待っていたようだ。双子は手招きをし、教会の奥の談話室へと連れて行った。椅子が数脚並べられただけの質素な談話室でスレイは本を読んでいて、俺たちが来たのを確認すると静かに本を閉じた。

「カラ、ラルカ。呼び出してすまない。いきなりだが、この『ウルドゥゲの歌』という本を読んだことはあるかな?」

 スレイは持っていた本を差し出した。表紙にはウルドゥゲと月が可愛らしく描かれ、一センチに満たない厚さの本だ。俺はあまり本を読まないので、街の子供が持っていたな、くらいの認識しかない。

「名前だけは聞いたことがある」

 するとラルカは俺の腕を掴み、

「私の好きな本だよ。短い生命のウルドゥゲと一人の男の子の話。月の呪いをかけられて一週間しか咲けないウルドゥゲのために、男の子が歌を歌うの。その子は特別な力を持っていて、綺麗な歌声で永遠の生命を与える話」

 と、少々早口で説明をしてくれた。その様子にスレイは驚いたようだった。

「よく知っているね。今度の集会で朗読を頼みたいんだ」

「私、やってもいい?」

 スレイは微笑んだ。

「意欲的で感心だ。それでは練習をしようか」

 俺たちは地下にある祭壇の間に案内された。大鏡とステージが再現された小さな祭壇があり、教会がそのまま小さくなったみたいだ。一つ違う点があるとしたら、祭壇の床には透明な宝珠が埋め込まれた模様が彫られていたことだ。

 談話室もそうだが、教会に地下があるなんて知らなかった。

「ラルカ、祭壇の上に立ってくれないか? カラは椅子に座って」

「ああ」

 俺は部屋の後方にある長椅子に腰掛けた。近くで見ていたいが、あまり近すぎてもラルカが緊張してしまう。

「練習の時点で、本番のようにするんだな」

「そのほうが本番も緊張せずに済むだろう?」

「確かにそうだな」

 ラルカが祭壇の上に立つと、双子は本を手渡した。

「この本を声に出して読むんだよ」「……」

「うん。ありがとう」

「シューゲル? 元気ないの?」

「あ、いや。な、なんでもない。少しだけ、考え事」

 双子はスレイの横には座らず、真っ直ぐ進んで俺の両隣に座った。てっきり二人はスレイの横で隣同士に座ると思っていたので、この行動には驚いた。

「二人は隣に座らないのか?」

「カラの隣に座りたいなって」「たまにはいいでしょ?」

 全員が座ったのを確認して、スレイは開始の合図をした。

「さぁ、ラルカ。始めていいよ」

 ラルカは息を吸い、読み始めた。

 

『深い深い森の中に花が咲いていました。小さくて可愛らしいウルドゥゲの花です。ウルドゥゲは三ヶ月ほど花を咲かせる長命の花ですが、森の中に咲いたウルドゥゲは呪いをかけられ、しくしくと泣いていました。

 なんて可哀想なウルドゥゲ。月の光が輝く満月の日に、夕焼け色の花を咲かせてしまったのです。それに月は怒りました。「私より目立つなんて。太陽の花は昼に咲くのが決まりでしょう?」と。月は微笑むのをやめました。その時、風がウルドゥゲを揺らし、呪いをかけていきました。一週間しか生きられない生命の呪いです。

「どうして泣いているの?」と少年が話しかけます。それでも、ウルドゥゲは泣いたままです。少年は元気を出してもらうために歌を歌いました。とても綺麗な歌でした。木々は川を作り、枯れてしまうほどに涙を流しました。

 実は、少年は死の歌声の持ち主だったのです。ですが、ウルドゥゲは枯れるどころか、元気を取り戻していきました。』

 

 真冬の月の光のように綺麗な声だ。透き通っていて、遠くまで届く。

 少年とウルドゥゲが、俺とラルカに似ている気がした。俺の声は決して綺麗ではないけれど、少年のように関わった人を枯らしてしまう。きっと少年は歌うのが好きだったのだろう。迷惑をかけてしまうから抑えていたのだ。俺も幼い頃は花に触れるのが好きだった。人に触れるのが好きだった。生まれた時から植えられていた能力の種は、年を重ねるたびに成長し、やがて何にも触れられなくなった。触れれば枯らしてしまうから。

 

『その森には誰も近づかなくなりました。そこに残ったのはウルドゥゲの花と男の子であったものです。不死になったウルドゥゲは涙を流しました。「ほんの少し生きたかっただけなのに、ただ一人生き続けるなんて地獄じゃないか」と。その姿を見た月は「私と同じように永遠に囚われるといい」と微笑みました。

 それから何千年も経ち、月が崩れました。雪のように降り注ぐ月の残骸をウルドゥゲは眺めています。「やっと終わるんだ」ウルドゥゲは最期にやっと笑ったのでした。』

 

 ラルカが静かに本を閉じた瞬間、胸を抑えて苦しみ始めた。

「あッがっ……!」

「ラルカ!!」

 駆け寄ろうとすると、両隣に座っていたエスペルとシューゲルが俺の腕を掴んだ。右腕に激痛が走り、エスペルの方を見ると針が刺されていた。振り払おうとしたが、どうにも力が入らない。毒が塗られているのか?

「スレイ様の願いが叶うんだ」「邪魔、しないで」

「ラルカに何をした!」

「長い時間声を出して疲れたんじゃないかな」「……」

 地面に膝をつき、嗚咽を繰り返しているのに、そんなわけはないだろう。

 スレイはゆっくりとラルカに近づき、顎を掴んで強引に顔を上に向けた。

「君の目を見せてくれ」

 気味の悪い高笑いが部屋に響く。スレイが笑っている。ラルカの目は、遠くからでも分かるほど虹彩が真っ赤に染まっていた。

 深くて底の見えない暗がりの目は消えた。赤なんて彼女には似合わない。

 双子は手を離したが、全くと言っても良いほど動けない。それを確認したエスペルはラルカの目を覗き込みに行くと、心配の欠片すらない狂った笑みを見せた。

「あはっ、真っ赤で綺麗な目だね」「!」

 エスペルとは正反対に、シューゲルは震えていた。

「ら、ラルカちゃんは、た、助けられないの?」

「シューゲル。こうなるのは分かっていたはずだよ。今になって迷わないで。もしかして、スレイ様を裏切るつもり?」

「エスペル、ち、違う。う、裏切るつもりなんて、ない」

「じゃあ、何?」

 エスペルはシューゲルに詰め寄った。

「……わ、分からない。ほ、本当に、これは正しいことなの?」

「スレイ様が間違ってるって言いたいの?」

「ち、違う。ラルカちゃんが傷つくのは、み、見たくないだけ」

「僕らを救ってくださったスレイ様より、ほんの少し優しくしてくれただけの人間の味方をするんだね。生まれてからずっと一緒だった僕の言葉より、心を奪われた女の子を優先するんだね」

「え、エスペル。そんな言い方、してない」

「同じだよ。お前はもう、シューゲルじゃない。僕の弟のシューゲルは引っ込み思案で、僕がいないと何も出来ない人間だ。だから僕が手伝ってあげないといけないんだ。ああ、シューゲル。僕が大切に閉じ込めておいた君はどこに消えたの? スレイ様や僕を最優先すべきだと教えていたはずなのに、どうしてラルカを心配するの? 僕の目の前にいる人間は本当にシューゲルなの?」

「……」

「そんなに怖がってどうしたの? 大丈夫。僕が守ってあげる。可哀想に、スレイ様の邪魔をする悪い人の考えに影響されちゃったんだね。安心してね、シューゲルと二度と会わないようにしてあげる」

 そう言うとエスペルは俺の方を向いて、あはっと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宝石少女と砂の狩人 相上おかき @AiueOkaki018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ