第九十四話 老将の独白

「どんな感じだ?」


「やはり、遠距離からの攻撃が一番効果があるようです。一方的に撃たれる展開のため、すでに軍勢が瓦解して敗走している敵軍も多いようで……」


「指揮官を、司令部ごと吹き飛ばしてしまったようだな」


「我々が砲撃を食らう立場でなくてよかったです」


「好き好んで爆死したい奴はいないだろう。砲弾は残ってるのか?」


「後方から、次々とトラックで運ばれております」


「陛下は惜しむなと言われた。一人も領内に入れないよう、見える敵は全員吹き飛ばせ」



 陛下より新しい装備にした全軍の指揮を預かったが、これなら誰が指揮しても同じ結果だったかも。

 軍首脳部の中で、俺が一番多くの軍勢を指揮したことがある理由から総大将に任命されたんだが、これなら後方で軍務大臣の仕事をしていた方がよかったかもしれない。

 俺は古い軍人なので、こうも一方的な戦況を見てしまうと物悲しくなってしまうののだ。

 とはいえ戦争で負けたくはないので、陛下のご命令通りひたすら砲撃を続けさせているが。

 五万人対二十万人。

 敵連合軍の四分の一しか兵力を持たない味方に不安を覚える将兵は多かったが、今はみんな安堵しているだろう。


「油断するなと、あらためて各部隊に伝令を送っておけ」


「はっ!」


 戦争において油断は大敵だからな。

 最後の締めで気を抜いて負ける奴は多い。

 クドイと思われるかもしれないが、一旦気を引き締め直すことにしよう。


「例のゴミ捨て場に、巨大ゴーレムたちが湧いたという報告があったな。陛下と王妃様が向かわれたとか」


「はい。このまま南下させると被害も大きく、最悪はこの軍勢が敵連合軍と挟み撃ちにされてしまう危険がありますから」


「陛下と王妃様、無事に勝利できたであろうか?」


 陛下と王妃様とは、二人がただのハンターであった頃からの縁だ。

 俺は国を失ってしまったが、二人は俺を新ラーベ王国の重臣にしてくれた。

 恩義はあるし、俺ももうそろそろ引退を考えたい年齢だ。

 今回の連合軍との戦争は、最後の実戦の機会であろう。

 あとは後方で、軍部大臣として全体を見る仕事をあと何年か、といったところだろうな。

 息子も軍内で順調に出世しているようだし、きっとこれで良かったんだよな。

 失った国を取り戻すこともできず、ノースタウンという島流し先で、恨みに思っている相手から食料と酒を受け取り、毎日昔の思い出話に花を咲かせながら、陛下や新ラーベ王国への不平不満を述べていた連中よりは。

 そして極めつけが、化け物になって破壊されてしまう。

 俺も気をつけなければいけないな……。


「敵連合軍が、全面的に敗走を始めました!」


「追撃だ!」


 多少の犠牲は出るだろうが、ここで大きな損害を与えておけば、少なくともしばらくは攻め込んでこないはずだ。


「全軍、横の部隊と連携を取りつつ追撃を開始!」


 その後は、予想よりも大分少ない犠牲で連合軍の大半を討ち、降伏させることに成功した。

 わずか五万人で、四倍の敵軍を壊滅させた。

 ただしこれは俺の功績ではない。

 陛下が、新しい装備や戦術、短期間で兵の練度を上げる方法などを情報提供してくれたからだ。

 これに奢ることなく、今回は練度不足で国内の治安維持を任せていた留守部隊と共に盛況の軍を鍛え上げなければ。


「俺が引退するまでに、やらなければならないことが理解できたよ」


 敵の連合軍を見ればわかるとおり、ただ兵数を揃えればいいという時代は終わった。

 兵士たち厳しく鍛え上げ、待遇を向上させて士気を高め、運悪く戦死した兵士の遺族にはちゃんと年金を出し、残された家族に職を紹介する。

 これを実行したところ、四倍の敵を見ても逃げ出す兵士は一人もいなかった。

 以前なら、間違いなく二割以上の兵はすぐに逃げていたはずだ。

 戦争や、驚異的な強さを誇る魔獣の討伐などで軍勢を集めると、いかに兵士たちの逃走を防ぐかが一番厄介な仕事だったりしたのだから。


「新ラーベ王国は豊かになりつつある。それを守ろうという気概が出てきたのかもしれないな。うん?」


 北方から『キーーーン』と甲高い音が聞こえてきた。

 急ぎ振り返ると、陛下と王妃様が飛来したようだ。


「これは、敗走中の敵連合軍にはトドメになるな」


 俺の予想は当たり、上空に巨大なゴーレム二体を確認した敵連合軍の兵士たちはその場で動けなくなり、ほぼ全員が降伏してしまった。

 無事に故郷まで逃げ遂せた者は、ほんのわずかだろう。


「連合軍の盟主を名乗っていたゾーリン王は見つかったか? 生きていても死体でもどちらでもいいが」


「それが逃げられてしまったようで……」


「悪運が強いのか、逃げ足が速いのか……まあどちらもでもいいか」


 ゾーリン王は一番多くの軍勢を出しており、犠牲も一番大きかった。

 軍主力が壊滅してしまった以上、暫くは新ラーベ王国に攻め込む余裕はないはずだ。

 どうせ我が国とゾーリン王国は国境を接していない。

 国境接している国々も軍の犠牲が大きく、もう戦争に巻き込まれたくないだろうから、軍勢の領内通過を絶対に認めないであろう。


「敵連合軍において抵抗する者なしです」


「降服した者たちの武装解除と、怪我人の治療、食事も出してやれ」


 戦争は大勝で終わったが、実は後始末の方が大変なのだ。


「うちには若い者たちが多いから、その辺もちゃんと教えてやらなければな」


 陛下と王妃様がいらっしゃったということは、後方の巨大ゴーレムたちも倒されたのであろう。

 どうやら今回は国を失わずに済んだようだ。

 さて、ちゃんと戦争の後始末を若い者たちに教えてやらなければな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る