第九十一話 敗残者たち

「ひっく! くそぉ! 新ラーベ王国めが!」


「ドーラ王家とも血縁関係にある私を、このような、なにもない町に押し込めよって!」


「新ラーベ王め! 元は伯爵の息子のくせに生意気な!」


「しかも奴は、実家から勘当されたような愚か者だ!」


「少しぐらい民たちに人気があるからと言っていい気になりやがって!」


「俺が新ラーベ王だったら、もっと国を発展させられたわ!」


「いつか見ていろ! 新ラーベ王を討ち、新しい国を打ち立て世界を統一してくれるぞ!」


「……」



 このノースタウンで暮らしていると、頭がおかしくなりそうだ。

 しかしながらこうなってしまったのは、私の自業自得であろう。

 自らの失政により国が混乱し、まともに統治できなくなって周辺国にまで迷惑をかけてしまった。

 それを回復させるべく新ラーベ王国は、我らの祖国を占領、併合してしまった。

 今頃になって南方諸国は、連合軍を組んで新ラーベ王国に攻め入ろうとしているようだが、まず勝ち目はないだろう。

 少し前までの私なら、『この動きに呼応して自分たちも……』などと無謀な策を、酒を飲みながら他の貴族たちと話していたのであろうが。

 新ラーベ王は我ら旧支配者たちを処刑せず、このノースタウンに集めて衣食住の支援を始めた。

 実質隔離政策だと思うが、ノースタウンの立地自体は悪くない。

 真面目に開発をすれば、きっと大都市に変貌するはずだ。

 我々は元々、領地を治め、国家の役職につく重鎮であったから、 それをできる能力があるはず……いや、新ラーベ王はそう思っていなかったのだろうな。

 チャンスを与えたフリ……実際にチャンスを与えられているが、私も含めノースタウンに移住させられた者たちが、真面目に都市開発をするわけがないと思っていたようだ。

 最初は移住者も多かったが、我々は彼らを奴隷のようにこき使って楽に生活しようと意図した結果、ほぼ全員に逃げられてしまった。

 今では数百の小屋に、 旧支配階級の者たちが家族と共に住んでいるだけだ。

 小屋とはいっても、すぐに組み立てられて頑丈ということで新ラーベ王国では多くの庶民たちもこの小屋に住んでおり、以前の粗末な家屋よりも圧倒的に住みやすいと、多くの人たちが新ラーベ王を支持していた。

 逆にここの元貴族たちは、豪華なお屋敷に自分たちを住まわせない新ラーベ王国に対し不満を述べていたが。


「(ろくに働きもせず、ただ毎日集まって、新ラーベ王国から支給された食料と酒を飲み食いして不平不満を口にする。これほど矛盾した行動はないな)」


 せっかくチャンスを与えられたのだから、ノースタウンを巨大な街にして力を蓄え、将来の新ラーベ王国打倒を目指せばいい。

 ところが、そう思うようにことが進まないのが現実だ。

 まず始まったのが主導権争いで、それでもこの主導権争いに参加している人たちはまだマシな部類だった。

 少なくともやる気だけはあったからだ。

 ただそれぞれに立場や出身国に違いがあり、壮絶な主導権争いののち、ついには多くの死傷者を出して開発計画は頓挫した。

 以後は毎日、酒と食料を飲み食いし、それを支給してくれた新ラーベ王に愚痴を零す、どうしようもない集団が出来上がっただけだ。

 彼らの言動など、間違いなく諜報組織を通じて新ラーベ王に上がっているはずだが、この件で処罰された貴族たちは一人もいない。

 一応監視はしているが、あまり相手にされていないというのが本音であろう。

 私も彼らと同類だったが、運悪く途中で目が覚めてしまった。

 正気に戻ったのに運が悪いという言い方はおかしいと思われるかもしれないが、この集団の中では毎日好き勝手飲み食いし、それを提供してくれた人の悪口を言い合っている連中の方が圧倒的に多数で、ある意味正気なのだ。

 いまだ真面目にこの町を開発する手段はないかと考えている私の方が、少数派で頭がおかしいと周囲から思われていた。


「駄目だな……」


 このままだと、私がおかしくなってしまいそうだ。

 なにもかも捨てて、一から人生をやり直すべきか……。

 しかし、家族の反対が大きいからなぁ……。

 ここにいれば、少なくとも飢えることはない。

 以前は貴族だの王族だのと言って威張り腐っていたが、今ではご覧の有様だ。


「(新ラーベ王……恐ろしい人物だ)」


 我々を皆殺しにしたところで民たちから不満が出るわけでもないのに、我々をわざわざノースタウンに隔離して養っている。

 それに縋りつつ、生活の援助もしてくれる新ラーベ王国に文句を言いながら飲み食いするしか能がない我々を見た民たちは、ますます我々に対し愛想を尽かしてしまった。

 最初に殺されていれば、不幸な旧統治者という評価が得られたかもしれないのに……。

 私は、新ラーベ王国がどうして上手くいっているのか理解してしまった。

 彼らは優しいが、同時に残酷でもあったのだ。

 国家は綺麗事だけでは治められず、つまり新ラーベ王は我々よりも統治者に向いているということだ。


「ふう……」


 仕方なしに参加した酒宴の席において一人ため息をついていると、目の前に青く光る玉が浮いていることに気がついた。


「これはなんだ? なあ……」


 周囲の貴族たちを見ると、彼らは青い玉と赤い玉に魅入っており、その様子を見て私は底知れぬ恐怖を感じてしまった。


「私だけが正常なのか?」


 他の貴族たちは両手を差し出し、玉を受け取るように手の平の上に乗せた。

 すると玉は、手の平から彼らの体内へと潜り込んでいき、完全に体内に入り込んだ直後、彼らの体が破裂するのではないかと思われる速度で巨大化し始めた。


「ひぃーーー!」


 あまりの恐怖に、私は全速力で駆け出して小屋を飛び出し、さらにそのままノースタウンの外まで全速力で走り出してしまった。


『あいつらは怖い!』


 ただ恐怖のみが、私の体を突き動かしていたのだ。


「はあ……はあ……」


 気がつくと私は、ノースタウンの近くにある小高い丘の頂上付近に立っていた。

 そこからノースタウンを見て、さらに恐怖に打ち震えることになる。


「なんなんだ? 貴族たちが!」


 急速に膨らんだ彼らは破裂せず、金属製の巨大ゴーレムやモンスターと化し、自分たちの住んでいた場所を更地にするが如く大暴れしていた。

 元々小屋以外大したものがない町ではあったが、数十体もの巨大ゴーレムと魔獣たちにより完全に更地となっていた。

 あそこにいた者たちは、全員が踏み潰されてしまったのであろう。

 そして、ノースタウンを消滅させた巨人たちと魔獣が、今度は南下を始めた。


「待てよ……今南方では新ラーベ王国軍と、連合軍が戦っているはずで……」


 どうして本日酒宴をしていたのかと言うと、昨日その連合軍から密使が来ていたのだ。

 もし兵を挙げれば、戦後に領地なり褒美を与えようと。

 間違いなく新ラーベ王国軍を挟み撃ちにするつもりだったのだろうが、肝心の私たちはなにもできずに全滅し、あの巨大ゴーレムたちは新ラーベ王国軍を粉砕すると思うが、そのあとは間違いなく連合軍にも襲いかかるであろう。


「終わりだ……新ラーベ王国も、連合軍の国々も……」


 貴族たちが巨大なゴーレムや魔獣となり、自分たちが住む町を家族ごと破壊してしまった。

 そして南下を開始し、 道中にある村や町も同じ目に遭うであろう。

 最終的には、新ラーベ王国軍も皆殺しにしてしまうはずだ。

 一時的には連合軍も大喜びであろうが、彼らに二つの軍勢を見分けられるほどの理性が残っているとは思えない。

 結局どちらも全滅させられてしまうはずだ。

 しかし、今の私にはなにもできない。

 ノースタウンの家族すら救わずに逃げてしまったのだから。

 あの町で配給品を飲み食いする ことしかできなくなった、完全に終わってしまった家族にしても……。


「もう終わりだ………」


 すべてに絶望し、ただ巨大ゴーレムたちの姿が小さくなるのを見るしか出来なくなっていたその時、 南の空からなにか巨大なものが聞き慣れた轟音とともにこちらに向かってくるのが確認できた。

 しかも二体。


「まるで巨大ゴーレムのような……なっ!」


 ついにその全容を現した二体の鋼鉄の巨人たちが、南下を続ける巨大ゴーレムたちに攻撃を開始した。


「フィンガーミサイル!」


「ダブルブーメラン!」


 聞き慣れない掛け声と共に、一体の鋼鉄の巨人からはなにやら小さなものが複数飛び出し、それが元々貴族だった巨大ゴーレムに命中した直後、大爆発を起こした。

 爆発が晴れると巨大ゴーレムの上半身はボロボロであり、さらに続けてもう一体の鋼鉄の巨人が放つ半円形の飛び道具が、ボロボロの上半身を斜めに斬り裂いてしまう。

 巨大ゴーレムは、大爆発を起こしてバラバラに吹き飛んだ。


「凄い……」


 どうやら二体の鋼鉄の巨人は、巨大ゴーレムの仲間ではなかったようだ。

 それにしても、あれだけの巨体なのに空を飛べるなんて……。


「もしかして、新ラーベ王国の鋼鉄の巨人というのは……」


 噂には聞いていたが、当然私たちはそれをまったく信じていなかった。

 もし事実だと認めてしまうと、絶対に失った領地と地位を取り戻せないことがわかってしまうからだ。

 それがわかってしまったら、酒宴で好き勝手なことを言えなくなるから、というどうしようもない理由もあったが。


「新ラーベ王国の鋼鉄の巨人は空を飛べるしとても強そうだが、あれだけの数を相手に大丈夫なのか?」


 不安はあったが、今の私は新ラーベ王国の鋼鉄の巨人に勝って欲しいと心から願い、今は祈るように両者の戦いを見守るのであった。

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