第九十話 開戦
「ダストン様、もうこんなに広大な……これは畑ですか? 水が張られていますけど……」
「よくぞ聞いてくれました。せっかく南方の温かい地域を抑えたので、本格的に稲作を育てさせようと思ったんだ」
「稲作……お米ですね。アトランティスベースでよく食べています。お米はとてもおいしいですよね」
広大な領地と多くの国民を抱える新ラーベ王国なので、ただアトランティスベースの超科学力に頼るばかりでなく、彼らに仕事と収入を与える必要があった。
放置されていた土地を大規模に開墾し、農業機械を貸与し、肥料や農薬なども最初は提供し……のちには販売する予定だ……効率的な農業のやり方を記したマニュアルを渡して生産力を上げる。
これまでは狭い土地で農業をやっていた多くの人たちが、広い農地を耕すようになった。
そして稲作が可能な土地の統治も始まっていたので、広大な水田を作り、希望者たちに渡してお米を作らせ始めたのだ。
新しい水田は水が漏れなくなるまで数年かかるので、最初は税を取らずに稲作をやらせる予定だ。
お米については、アトランティスベースが遺伝子情報を持っている新種なので、それほど苦労することなく育ってくれるはずだ。
実は寒冷地でも育つようになっており、お米の消費量が増えたらもう少し北部でも栽培させようと思っている。
お米は美味しいからな。
アトランティスベースでは人工食品が作れるのだけど、やはり栽培したお米を食べてみたいと思うのだ。
プラムもお米が大好きなんだけど、実はアニメに出てくるヒロインアンナ・東城もお米が大好きだったりした。
二人は似ているから、好きな食べ物が似ている?
関連性はないと思うが、俺とプラムの眼下では広大な面積の水田地帯が、短期間のうちに大型農業機械型魔法道具により整備されていた。
稲作に必要な大量の水も、近隣河川の大規模治水工事と用水路掘削工事により安全に確保できるようになっている。
このまま順調に行けば、新ラーベ王国の南部は有名な米どころとなるであろう。
「どこもかしこも、小麦というわけにはいかないからな。それに、どこもかしこも同じものを栽培していたら、価格が安定しない」
「収穫した農作物の大幅な価格変動を防ぐためですね」
「他にも、自分たちで食べる農作物以外を一定額で買い取り、飢饉の際の備蓄や、長期保存可能な加工品にして保存してロスを防ぐとか」
「素晴らしい考えです」
あまり商人たちに任せると、飢饉なのに餓死者が出るまで食料を高額にして出し惜しみしてしまう者が出てしまう。
俺は商人ではなく王なので、食料価格を安定させる義務があると思っていた。
それを全力で放棄して、商人たちと結託したバンブー公爵の末路を考えるに……悪事を働くといつか報いがくるのだと信じてみたくなったわけだ。
「さてと次は……」
新王都郊に移転した王立研究所と工房群に移動すると、珍しくシゲールが出迎えてくれた。
いつも彼は研究に没頭しているからな。
中にはそんなシゲールを無礼だという者もいるけど、俺は成果さえ出してくれればあまり気にしなかった。
礼儀正しい無能よりは、無礼な天才だと思う。
それに、作業に集中していない時は別に無礼でもなんでもないし。
「順調かな?」
「ええ、順調ですよ。農業用の魔法道具と、商人たちが移動や輸送に使う車両に、王国軍が装備する兵員移動用と物資輸送用、火砲搭載用の車両。ぶっちゃけ、かなり共通部品が多いですからね」
軍が使う戦車や装甲車、工兵が使う土木作業用のし車両と、民間で使う農業用の機械や、輸送用の車両。
搭載する火砲以外は、そんなに変わらない。
「生産能力を軍需に割り振るか、民需に割り振るかですが。今は軍需に割り切るしかありませんな。ボンド殿の情報が間違っているとも思いませんから」
実はボンドが、多くの国が参加した新ラーベ王国討伐連合軍の準備が進んでいると教えてくれた。
実に困った話だが、敵に攻められる以上は防戦をしなければいけない。
復活した女帝アルミナスの脅威が迫ってるのだけど、それを彼らに説明しても信じてくれなかったのは残念だ。
しかもこちらは仕方なしに、統治者不在となった多くの国々を併合したのに、今では俺が世界征服を目指す野心ある王だという噂が広がるという、ある種の悪循環に陥っていた。
これも女帝アルミナスの策だと思うのだが、まさか各国に新ラーベ王国が狙われてしまうとは……。
「こちらとしましても、王国軍に納める車両の生産でてんてこ舞いです。訓練も臨機応変にやっているそうですしね」
以前の新ラーベ王国軍なら士官以上は大体貴族だったので、礼儀だの、マナーだの。
優れた指揮官を育てるため様々な教育をするなんことをしていたが、今はそれどころではないので車両の運転のみを教えるとか。
新しい火砲の撃ち方のみを教えるとか、促成栽培の将校や兵たちが多数いた。
「本格的な教育は、まずは戦争に勝って新ラーベ王国が亡ばないようにしてからだな」
「礼儀やマナーに拘って戦争に負けたら、後世の人たちのいい物笑いの種でしょうから」
「そういうことだ。シゲールも、不良品ばかり生産すると後世の人たちから批判されるぞ」
「アトランティスベースのデータを用いて、ちゃんと『品質管理』はやってますよ。説明をされると、ああなるほどと思うのですが、今のところ実践してるのは我が国くらいですよ。ちゃんと品質管理をしておけば、現場で壊れた車両や兵器を共食いさせることも可能ですからな」
できればそれはやって欲しくないけど、そこまで追い込まれたことも想定しておかなければならなかった。
「陛下と王妃様も出陣なされるのですか?」
「いや、前線には出ない」
「私もです」
なぜなら、少し嫌な予感がするからだ。
全力で前線に出た結果、後方で機械大人と機械魔獣が出現するとか。
「機械大人ですか? しかし今回は、人間同士の戦争ではないですか」
「それなんだが、もしかしたら今回の騒動の裏に、女帝アルミナスの存在があるかもしれない」
「人間同士の同士打ちを企むわけですね」
ボンドはまだ証拠を見つけていないようだが、今回の連合軍の発起人にして盟主は若きゾーリン王であり、彼の傍には謎の女性がいると聞いた。
もしかしたらその謎の女性が、女帝アルミナスの配下かもしれないのだから。
アニメでも、巨大な機械大人ではなく、人間によく似た機械魔獣が破壊工作をしたり、人間をそそのかす話もあった。
いくら連合軍が大軍とはいえ、すべての戦力を南方国境地帯に差し向けるわけにはいかなかったのだ。
「新しい王国軍には、単独でも連合軍を破れる戦力を持たせてある。あとはもう、ドルスメル伯爵たちに任せるしかない。シゲールも、車両の生産を急いでくれ」
「了解しました」
そのあとアトランティスベースに戻り、せっかくの休みなのに結局仕事ばかりしていたなと思いつつも、夜は豪華な食事とデザートをお楽しみ、そのあとはシアターで映画などを見てから就寝したのであった。
「結局、アトランティスベースの設備が一番楽しいですね」
「そうだな。無理に出かける必要はないのか」
翌日以降も、俺とプラムは王と王妃としての仕事をしつつ、レベルアップと魔法道具を作る資源や素材を手に入れるため、魔物狩りに勤しむ毎日だった。
そして一か月後……。
「新ラーベ王国討伐連合軍が国境付近に集結しつつあります。その数は二十万人ほど」
ついにボンドから、新ラーベ王国討伐連合軍がもうすぐ侵攻してくるという報告が入ってきた。
一方ドルスメル伯爵が率いる……彼は軍務大臣の仕事があるのに…… 五万の軍勢が敵軍の迎撃に向かう。
兵数だけ見れば敵軍の圧勝だが、装備品と兵器、兵員の質、団結力と士気は負けていないと思う。
なにより、連合軍は様々な国の軍隊が集まった寄せ集めでしかない。
ゾーリン王という盟主は存在するが、はたして彼が二十万人もの軍勢を全員完全に指揮できるかどうか疑問はあった。
「最悪、俺が倒せば……」
絶対無敵ロボ アポロンカイザーなら二十万人の軍勢とて余裕だろうが……あまりやりたくはないのが正直な感想だ。
「ダストン様、機械大人と機械魔獣の脅威がある以上、役割を分担すべきです。連合軍への対処は新ラーベ王国軍に任せましょう。きっとドルスメル伯爵なるやってくれるはずです。それに……」
「それに?」
「なんでもダストン様頼りだと、将来みんななにもやらなくなって新ラーベ王国が滅んでしまうかもしれません」
「それもあるか」
俺の命は永遠ではないし、スキル『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』と『セクシーレディーロボ ビューティフォー』のスキルを俺とプラムの子供たちが継がない可能性もある。
将来アトランティスベースが使えなくなることを前提に、みんなには動いてもらっているのだ。
余裕があるうちに、自力で今の生活を保てるように技術の習得とコピー、移転、魔法道具とのすり合わせや、新しい技術も開発も行なってもらう。
新ラーベ王国を技術立国に育て上げつつ、俺は絶対無敵ロボ アポロンカイザーを極めようという寸法であった。
人はなにか楽しみがないと生きていけないからな。
「陛下!」
「どうかしたのか?」
「現在、北部に造成中の新しい町『ノースタウン』において、多数の機械大人と機械魔獣が発生しました!」
「やはり来たな!」
「ダストン様は確信しておられたのですか?」
「ああ」
証拠はなかったが状況的に考えて、というやつだ。
他国の王たちが、どうせこのままではジリ貧だと考え、無謀な新ラーベ王国との戦争を始めただけならば急に終わったであろうが。
もしその後ろに女帝アルミナスの陰謀があった場合、俺とプラムが余裕綽々で敵軍を蹴散らしていると、後背を予想外の敵に襲われ挟み撃ちにされてしまうと考えた。
「全員が幸福な社会なんてあり得ない。新ラーベ王国にも心に闇を抱えた人間は多い」
それを一人でも減らすべく努力しているが、さすがにゼロにはできない。
女帝アルミナスなら、新ラーベ王国内で心に闇を抱えた人物を機械大人と機械魔獣にしてしまい、後方を混乱させるぐらいはやるはずだ。
「もしかすると、連合軍は女帝アルミナスとグルなのでしょうか?」
「向こうは知らないんじゃないかな」
後方が混乱した状態で、数が多い連合軍と戦うことになる不利な新ラーベ王国軍。
連合軍は喜び勇んで戦いを挑むだろうが、運良く新ラーベ王国軍に勝利したとしても、間違いなく機械大人と機械魔獣の群れは、連合軍も容赦なく皆殺しにする。
「まさに『漁夫の利』だな」
「 古の神話のことわざですね」
「そうだ」
本当は日本のことわざだけどな。
アニメだと、女帝アルミナスに唆されて 世界の国々と戦争を始める軍事国家というものが存在したのだ。
世界が国連軍を編成してその国を攻めている間、女帝アルミナスが多くの機械大人と機械魔獣を世界各地に繰り出し、主人公たちはそのすべての撃破に成功はするが、犠牲も多く世界中の人たちから批判されることになってしまう。
色々と考えさせられるシナリオであったが、当時はそれがまったくウケなくて、絶対無敵ロボ アポロンカイザーはマイナーアニメの評価を受けることになってしまった。
一部評論家や専門家は、『ロボットプロレス』とは一線を画した素晴らしいシナリオだと賞賛していたのだけど。
そんな事情があり、俺は一応警戒していたのだ。
「ノースタウンか……あの連中だな」
「新しい生活に馴染めなかったのでしょうか?」
ノースタウンには、多くの元王族や元貴族たちがいた。
新ラーベ王国が併合した……大半は向こうが勝手に自爆しただけで、新ラーベ王国は統治者不在となったり政情不安となった現地の混乱収集の手段として占領したに過ぎない……多くの国々の支配者階層の中で、新ラーベ王国に仕官せず、もしくは雇うに値しないと評価され、生活が成り立たなくなったので、ノースタウンに送り込んでいたのだ。
ただ、ノースタウンの開発は上手くいっているとは言い難かった。
「人間というのは、生活のレベルをなかなか落とせない。 お金がなくなってそれが維持できなくなると、世間に対し呪詛の言葉を吐くものだ」
元は王族、貴族として何不自由ない生活をしていたのに、新ラーベ王国のせいで自分たちは没落してしまった。
その原因の大半が自分たちだとしても、そのような事実は決して認めない。
認めたら心が折れてしまうので、新ラーベ王国を恨みながら、新しい町を開発するという仕事をろくにせず、毎日配給される食料やお酒を飲み、過去の楽しかった生活や新ラーベ王国に対する愚痴を零す。
そういう人たちが集まっているのが、ノースタウンという町なのだ。
「不穏分子を一箇所に纏めているようなものですね」
「そうとも言うな」
新ラーベ王国各地に分散させているとボンドたちの仕事が増えて大変なので、『そういう人たち』を新しい町の開発を言い訳にして集めたわけだ。
「もしかしたら、心を入れ替えてノースタウンを大きな町に開発してくれないかなと……」
「かなり可能性は低いと思います」
プラムのみならず、新ラーベ王国の国民たちの大半が思っていることだ。
お酒と食料は毎日多めに配給しているから生活に困ることはないが、ろくに働きもせず、沢山飲み食いして太ってしまった者も多いと聞く。
家畜を飼育しているみたいで可哀想だという意見もあるが、下手に困窮させると一般国民たちに迷惑を及ぼすかもしれない。
隔離して医食住を保障するのが一番安上がりなのだ。
「やはり、女帝アルミナスは手を出してきたようだな。多くの普通の人たちの安寧のため、一気に討たせてもらう! プラム、行くぞ!」
「はい!」
俺とプラムはそれぞれの機体に乗り込み、ノースタウンを目指して全速力で飛んでいくのであった。
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