第八十六話 逃走
「きゃぁーーー!」
「化け物だ!」
「逃げろ!」
「ダストン様?」
「ライヒの町中で機械大人だと! プラム!」
「はいっ!」
突然爆音が、裕福な者たちが住む地区からあがった。
それを聞いた多くの人たちが騒ぎ立て始め、音がした方を見ると、そこには巨大な機械大人がいて、建物を無差別に破壊し始めていた。
「ダストン様!」
「ああ」
ここは他国なので手を貸すと面倒なことになるが、そのまま放置しておくわけにもいくまい。
俺とプラムは機械大人の近くへと駆け寄るが、そこで思わぬ妨害が入った。
「お待ちください。新ラーベ国王と王妃様」
「何者だ?」
「私は、ザクセン王国の宰相兼財務卿であるヘーゾー・バンブー公爵です」
「なんだバレていたのか」
もう他国でも隠密で遊ぶのは難しいのか……。
「ご自分がなされた功績を正しく理解されることですな。他国は非常に迷惑しておりますが……」
「混乱を世界中に輸出してもよかったのか?」
短期間で発生した北方の内乱、戦争の類を俺とプラムが無視していたら、隣接国と周辺国は大きな混乱に見舞われていたはずだ。
「そこは素直に感謝してほしいが……」
「してはおりますが、我々は大国化し、国力を急速に増している新ラーベ王国に苦慮しているのも事実です」
「ならば、ここで俺を始末するか?」
「まさか。我が国は、復讐の鬼と化した新ラーベ王国のイケニエではないのですから」
ヘーゾー・バンブー公爵
決して好印象は持てないが、バカではないということか。
「それでどうして俺を呼び止めた?」
「あの化け物ですが、ザクセン王国軍に任せていただきたく。そもそも、これはザクセン王国の問題なのです。新ラーベ王国の王と王妃が口出ししていいもんではありません」
「正論だな」
正論だが、現時点のザクセン王国軍にあの機械大人は手に負える相手ではなかった。
とはいえ、バンブー公爵の気持ちも理解できてしまったのだ。
「(たとえ俺とプラムで機械大人を倒せるとしても、ザクセン王国一の商業、工業都市の防衛に他国の王様が手を貸せば、それはザクセン王国崩壊の危機になってしまうからだ」
「あなた方しかあのデカブツを倒せない。なんて噂が平民たちに広がれば、ザクセン王国は内乱状態に陥ってしまいますよ。優秀なハンターたちも雇いますから、なんら問題はありません。軍事機密です、お二人には自国にお帰りいただきましょう」
「わかった」
「ダストン様!」
「国を治めるというのは難しいことだな」
プラムはライヒの町を助けたかったのだろうけど、俺が新ラーベ王ではそれも難しい。
たとえ大きな力を手に入れても、それを使えなければこんなものなのだ。
「お二方は御ご避難を」
「わかった」
そこまで言われてしまうと、もう俺たちに打つ手はなかった。
ここは素直に、新ラーベ王国に帰るとしよう。
「お土産も買ったからな」
「陛下、またのお越しを」
そこまで言われてしまえば仕方がない。
俺とプラムは、すぐに飛び立って新ラーベ王国へと戻ることにした。
「ダストン様、本当によろしかったのですか?」
「プラムの気持ちは理解できるか、下手に俺たちが手を出せば、それが原因でまた別の戦争になってしまうかもしれないんだ。ザクセン王国になにかあれば、次は新ラーベ王国だろう。備えないと」
せっかく開発が始まっているのに、機械大人に国土を蹂躙されてはたまらない。
この町とザクセン王国は救えないが、新ラーベ王国の人たちは守らなければ。
俺とプラムは、無差別に町を破壊し始めた機械大人を一瞥しながら、急ぎに城に向かって飛んでいくのであった。
「せっかくの助っ人を返してしまったのですか?」
「当たり前だ。ザクセン王国精鋭たる軍勢が他国の王の力を借りるなどあり得ない! 普段多くの予算を費やしているのだから、あの程度の敵倒して当然であろう」
「しかしながら、現時点であの金属製の巨大ゴーレムを倒せるのは、新ラーベ国王と王妃様のみという諜報部からの情報がございます」
「そのような世迷い言を……やらねば予算を削るぞ!」
バンブー公爵の奴!
金勘定と予算削減ばかり熱心にやり、削った予算を自分のポケットに入れることしか興味がないクソ野郎のくせに、これまで散々予算を削ってきたザクセン王国軍を壊滅させるつもりか。
突如発生した金属製の巨大ゴーレムたちにより大きな被害を受けたり滅ぼされた国や領地は複数あり、新ラーベ王国の勃興は金属製の巨大ゴーレムたちを倒すことができたからとも言えた。
さすがに今ではどこの国もそれに気がついているが、この状況でも軍の予算を削り、その他の予算を削り、確保した予算を陛下の遊興費としてプールし、一部を自分をポケットに入れているバンブー公爵のために命を賭けろというのか?
お前が宰相兼財務卿になってから、この国の経済は成長したか?
なにか新しい産業や技術を生み出せたか?
陛下とお前とその一族や取り巻きたちに、大規模工房の主、大商会の当主ばかり儲かるようにして、平民たちの平均所得を減らし、重税を繰り返し、新ラーベ王国に生産力や技術力で負けるようになってしまった。
この国を衰退させた張本人のくせに、いざ強大な侵略者が出現したら、軍に押し付けて自分は後ろで高みの見学か。
いい気なものだ。
「とにかくやるんだ! 私は王都の陛下に報告に向かう」
報告ねぇ……。
ライヒの豪勢な屋敷に愛人を連れて来たところを金属製の巨大ゴーレムに襲われ、今はどうすれば自分だけが逃げ出せるか懸命に考えたのであろう。
しかしここで我々が全滅すれば、次は確実に王都を狙われるはずだ。
どうせお前も殺されるというのに、無様に逃げて恥を晒すか。
「任せたからな!」
反撃してこない俺たちには、随分と強気じゃないか。
バンブー公爵は脱兎の如く逃げ出してしまった。
まあいい。
いかに予算不足のザクセン王国軍とはいえ、この町の人たちを見捨てて逃げるわけにいかない。
嫌なら軍をやめればよかったわけで、たとえ戦死してしまうにしても、最後までつき合わなければな。
我々は彼らの避難の手助けを最優先とし、巨大ゴーレムに対する盾となるしかあるまい。
「それにしても……」
どういうわけか巨大ゴーレムは、大規模な工房や商会、金持ちの屋敷を優先して破壊しているな。
特に念入りに、バンブー公爵自慢の大邸宅が破壊されていた。
王都の本屋敷と同じぐらい力を入れて作ったそうだが、あの金属製の巨大ゴーレムは、そんなことはお構いなしに彼の屋敷を派手に壊している。
我々は生命の危機に直面しているというのに、ウキウキで愛人を連れてきたバンブー公爵の屋敷が破壊されている光景を見ると、思わず笑ってしまうのだ。
「みんな、あの巨大ゴーレムを見ろ。破壊の限りを尽くしているが、たった一つだけいいことをしているぞ。このライヒの町に住む気に食わない連中の屋敷、店舗、工房を優先して破壊していることだ」
あいつらの大半は、バンブー公爵にワイロを送って自分たちだけ荒稼ぎしていたからな。
きっとバチが当たったんだろう。
「住民たちの避難は?」
「順調です。犠牲者もほとんどいないようで……」
「主な犠牲者は、豪華なお屋敷にいた連中ばかりですよ」
あの巨大ゴーレム。
バンブー公爵たちに親でも殺されたのかな?
「……まさかな」
「えっ? なにか?」
「とにかく、住民たちの避難を最優先だ」
「貴族たちに文句を言われませんかね?」
「言ってきたらこう言ってやれ。『彼らが生き残ってちゃんと納税しないと、あなたたちは困るでしょう?』と」
「わかりました。あれ?」
「どうした?」
「あの金属製の巨大ゴーレムですが……このままだと街を出てしまいます」
金持ちのお屋敷と、 工房と店舗のみを破壊したというわけか。
そしてそれが終わると、住民たちを避難させているザクセン王国軍を無視して、そのまま ……。
「王都の方向じゃないか? あの化け物が向かっているのは……」
「確かに王都の方角ですね。あの……それって……」
「バンブー公爵は駄目だな……」
「金属でできた巨大なゴーレムにまで恨まれてるんですね、あの人」
「なんか納得できてしまうけどな」
どうせバンブー公爵のことだ。
お屋敷から持ち出す財産が多くて出発が遅れたはずだから、確実に王都に向かう途中であの金属製の巨大ゴーレムに捕らわれてしまうであろう。
もし捕まってしまえば……バンブー公爵は原型が残れば幸運かな。
「どうしますか?」
「バンブー公爵自身が、我々にライヒの防衛を命じたのだ。軍人は命令に従わないとな。もし『助けてくれ』という命令が届いたら可能な限り駆け付けてやるが、果たしてそれができるかな。もしできなかったら、それこそ普段彼がよく言っている『自己責任』ってやつさ。いかんせんここにいては、バンブー公爵の声は届かないが」
「それもそうですね」
「死傷者がまったく出なかったわけではないので、彼らの救援も急がねばな。王宮に救援は……一応出すしかないな」
あの化け物が王都を目指しているとなると、伝令を送るだけ無駄かもしれないが。
「伝令には、身の危険を感じたら無理に軍本部や王城に近寄らないように言っておこう」
「それがいいですね」
我々は軍人なので、そう命令しておかなければ、伝令が無茶をして死んでしまうかもしれないからだ。
「負傷者の救護、死体の回収、瓦礫の撤去。やることはいっぱいあるな」
本当なら我々軍人はあの化け物と戦わなければいけないのだが、ライヒ防衛を命令したのは宰相であるバンブー公爵だ。
この町を離れるわけにいかないし、まさか軍人としては無能に近いバンブー公爵のおかげで命拾いをするとはな。
「ザクセン王国は大丈夫なのでしょうか?」
「難しいのではないか」
ただもしそうなったとしても、私はあまり悲観しなかった。
なぜなら、隣に新ラーベ王国があるからだ。
重税をかけて贅沢するしか能がないこの国の王様と、彼に気に入られたのをいいことに、私財を蓄えるしか能がない宰相。
それなら、新ラーベ王国に占領された方がマシといえた。
「さあ、負傷者の救援と瓦礫の撤去を進めるぞ」
それにしても、金属でできた巨大ゴーレムにまで恨まれているなんて、バンブー公爵のクソぶりは本物だな。
もしこのあと、死んでも、生き残っても、歴史に名を残しそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます