第八十話 難民

「あのぉ……私はイーサック王国の者なのですが、戦争で村が焼かれてしまいまして……。家族もいて……」


「ええと、あなたのご職業は?」


「農民です。故郷では畑を耕していまして……」


「そうですか。では、希望する職は農業ということでよろしいですか?」


「でも、農地なんて買うお金が……」


「新ラーベ王国には定住制度がありまして、この地図の中の一区画を貰えますし、移住すると三年間は無税です。その間に生活の再建をしてください」


「土地を無料で貰えるんですか?」


「家屋もついていますが、これはプレハブ工法の家なので、あとで建て直した方がいいですね。さすがに建て直しの費用は自己負担ですけど」


「家も貰えるのですか?」


「農地に簡易住宅が付属していますから。現地に到着したら役所に申請してください。お見舞金に、一年分の種子や肥料、基本的な農具を渡します。それと、一年間は食料を配給しますので」


「そこまでしていただけるのですか?」


「あくまでも定住の意思がある方のみですね。祖国への帰還を望まれるのであれば、ベースキャンプで避難生活となりますが、食料など最低限生活に必要なものの配給だけとなります」


「定住します!」




 戦争。

 それも、隣国で勝手に始まった戦争は瞬く間に難民の数を増やしていた。

 この数は尋常ではないと思うのだが、両国が国境挟んで小競り合いをしているだけでこんなに難民が出るものなのかね?

 魔獣狩りが終わり、国境付近の『難民受け入れ所』の受付で見ていると、次から次へと難民がやって来て申請をするのだ。

 しかも、ほぼ全員が新ラーベ王国への移住を承認し、開拓村や工場や工房が立ち並ぶ地域へと向かって行った。

 用意したベースキャンプでは、わずかに数十名が暮らすのみだ。


「戦争で、村や町が荒れて逃げて来た者は少ないのです。彼らは祖国を捨てた理由は戦争のせいで増税したからですよ」


「ボンドさん、お疲れ様です」


「神出鬼没が売りなんですけど、陛下と王妃様には通じませんね」


 魔獣狩りでさらにレベルが上がった証拠であろう。

 俺とプラムは、ボンドの隠密を破れるようになっていた。

 そのため、他の人たちなら驚く突然の登場にも動じなくなっていたのだ。

 ボンドはちょっと残念そうであるが。


「大量難民発生の原因は、増税のせいなのか」


「ええ。戦争が長引いて戦費がかかるので、臨時で増税する。よくある話ですが、さすがに税率九割ではやっていけないですからね」


「九割!」


 それは、みんな逃げだすだろう。


「そんな税率で、どうやって暮らすんだ?」


「暮らせないのから、多くの人たちがが逃げだしているのです。この戦況を打破しようと、両国は徴兵を強化しました。一家の働き手を兵隊に取られ、税金も上がった。それは逃げ出しますよ」


 イーサック王国は知らないが、マケドニア王国は……バルゼー将軍は、よく機械大人になってまで、新ラーベ王国に攻め込んだな。仕えるに値しない王様じゃないか……先に攻めたのはイーサック王国だから、こちらの王様も同類なのか?


「もう一つ。先日、多くの国が集まって新ラーベ王国への対応を協議した件に繋がります」


「うち以外は、難民を追い返しているんだろう?」


「そういうことです」


 理由は簡単だ。

 普通の国では、難民は大きな負担となる。

 そうでなくても新ラーベ王国という脅威が存在しているので、余計な負担を背負いたくないのだ。

 次に、マケドニア王国はその会議に参加している。

 難民を受け入れるとマケドニア王国から文句を言われてしまうから、追い返して恩を売っているというのもあった。


「そして、新ラーベ王国に負担を与えるためですね」


 新ラーベ王国が大量の難民を受け入れれば、暫くは国内が混乱するであろう。

 経済的な負担も大きく、外征の応力が落ちる。

 結果的に、難民たちの行き先は新ラーベ王国のみになったということだ。


「もう一つ。イーサック王国とマケドニア王国からすれば、民を奪った新ラーベ王国へと攻め込む口実ができた」


 この世界ではどの国でも、人の移住が大きく制限されている。

 その理由は、税が取れなくなるからだ。

 とはいえ、戦争や、内乱、悪政で流民、難民化する人たちは跡を絶たないのだけど。

 しかし建前としてもそういうルールがある以上、無遠慮にすべての難民を受け入れるどころか、定住支援までしている我が国は、戦争を吹っ掛けられても仕方がないわけだ。


「しかし、彼らを放置もできません」


「それはそうだ」


 基本的には、全難民をベースキャンプに収容して生活を支援し、戦争なり内戦が終わったら元の国に戻すのがルールだが、そんなお人好し国家はまず存在しない。

 戦争や内乱でボロボロになった国が、難民の面倒を見た費用を支払うわけもなく、そもそも元の国に戻りたいと思う人も少なく、条件のいい国に定住を試みる者が大半なのが現実だ。


「戻りたくないと言っている人たちを、税が取れないから返せと言う。面倒を見た我が国に経費も支払わないだろう。それなのに、向こうは我が国を民を収奪した悪辣な国家だと批判するはずだ」


 そしてそれに、他国も同調するかもしれない。

 なぜなら、明日は我が身かもしれないからだ。

 それとイーサック王国はともかく、マケドニア王国は対新ラーベ王国を話し合った味方同士という認識だからだ。


「新ラーベ王国よりも、女帝アルミナスの方が脅威なんだけどなぁ……」


 この世界の人たちに、女帝アルミナスの存在を理解してもらうのは難しいか……。

 仕方がない。

 今は新ラーベ王国を強化して、女帝アルミナスに対抗しなければ。

 そして今は、難民たちが絶望して機械大人や機械魔獣になるのを防がなければいけない。


「王様の仕事ではあるが、絶対無敵ロボ アポロンカイザーの操縦者の仕事ではないよなぁ」


 新しい絶対無敵ロボ アポロンカイザーは、王様になったダストンが主人公の物語なのだと思って仕事をするしかないか。

 せっかく、絶対無敵ロボ アポロンカイザーに乗れるようになったのだから。

 そんな話を国境付近でアントン、ムーア、プラムとしているのだけど……。


「それにしても、難民が多くないかな?」


「それが、直接戦禍に巻き込まれていない地域からもやって来る者たちが多く……戦争が理由というよりも悪政が原因なので……」


 両国とも、戦争なんてやめればいいのに。


「アトランティスベース(基地)を最大限稼働させるしかないよなぁ……」


 そうでなければ、こんなに沢山の難民を抱え込んだら普通の国は崩壊してしまうのだから。


「非常時ですからねぇ……」


 新ラーベ王国は、建国以来ずっと非常時のような気もするが……。

 幸いにして食料や物資があるので、新ラーベ王国は難民を受け入れ続けた。

 次から次へとイーサック王国とマケドニア王国からやって来る難民を受け入れ、移住希望者は開発中の開拓地や新しい町、工場付近にある住居に収容していく。

 最初は、食料の配給、免税、就職あっせん、職業訓練もあるので、普通の人ならすぐに生活を再建できるはずだ。


「プラム! どうだ? カイザースコップは役に立つだろう?」


「そうですね……」


 新しい土地の開墾、整地などで俺とプラムも貢献することがあったが、カイザースコップは本当に役に立つな。

 予備のカイザースコップを使ってプラムも小さな山を崩しているが、実に作業が早い。

 実はこの世界にスコップは存在せず、今ではカイザースコップを真似たスコップが、現在大開発中の新ラーベ王国では大人気だったからだ。


「ダストン様は、スコップが好きなのですか?」


「好きというか、役に立つじゃないか」


 カイザースコップは、武器としても非常に役に立つ。

 俺は、もっと評価されてもいいと思うんだ。

 アニメでも度々使われていて、きっとアニメスタッフが好きだったんだろうなと思う。


「この地を整地できれば、広大な農地が作れますね」


 新ラーベ王国は、魔法道具を用いた大規模農業に移行していた。

 そのため、農業希望の難民たちを受け入れるには広大な農地が必要なのだ。

 とにかく大量に食料を作らせる。

 余ったら、酒、缶詰、レトルト食品にして他国に輸出すればいいから問題ない。

 結局多くの難民を受け入れたから、まだ食料は不足気味なのだけど。


「ふう、こんなものかな」


「アトランティスベース(基地)に帰ってお食事にしましょう」


 二人で操縦訓練も兼ねた開墾作業を終えてアトランティスベース(基地)に戻ると、神妙な面持ちのムーアとアントン。

 そして、ボンドが待ち構えていた。

 なにかあったようだな。


「どうしたんだ?」


「イーサック王国とマケドニア王国ですが、ついに停戦しました」


「共に、財政負担に耐えられなかったようで……」


 それはそうだろう。

 多額の戦費を使ってただお互いの国土を荒廃させ、多数の難民を生み出しただけで、なんら成果を得られなかったのだから。


「むしろ、よく停戦したな」


 こうなったらもう意地でも戦争をやめられないと、自暴自棄になる可能性も考慮していたのだから。


「それをする資金すらないのでしょう。そして……」


 ムーアがボンドに視線を送ると、彼が続けて話をした。


「そのイーサック王国とマケドニア王国ですが、難民を返せと言ってきました」


「五人でいいのかな?」


「さすがにそれは……」


 ボンドが返答に苦慮していたが、俺は難民を受け入れる際に、ちゃんと彼らにこれからどうするか聞いている。

 故郷に戻りたい人たちには、国境付近に建設したベースキャンプで生活をしてもらっているのだから。

 そこに五人しかいない以上、帰還する難民は五名のみというわけだ。


「大半の人たちは、新ラーベ王国で新しい生活を営むことを選択しました。無理やり戻すわけにはいきません」


「プラムの言うとおりだ」


 せっかく、新ラーベ王国で農場や牧場を経営し、工房や工場に勤めたり、独立を果たそうとする職人や親方もいた。

 職業訓練や、新しく作った学校で学び、将来に備える者たちもいる。


「故郷に戻れなんて言ったら暴動になるぞ」


「そんなわけでして……イーサン伯爵も、そのように返答するしかないと」


 イーサン伯爵とは、旧トワイト王国の貴族で専門は外交であった。

 優秀な人物なので、雇って新ラーベ王国の外交を任せていた。

 レベリングで、ちゃんと外務大臣も出た逸材なのだ。

 元々優秀な外務官僚だが、やはりスキルを持っていたという。


「難民を返せはいいけど、費用は払えるのか?」


 戦争になり、隣国が難民を受け入れる。

 というケースはたまに存在するが、国際上のルールでは、難民を受け入れて面倒を見た国に対し、難民を出してしまった国が経費を払うという決まりがあった。

 とはいえ、大半は隣国同士が戦争の当事者同士であるパターンが大半で、ルールが適用されることも少ない。

 難民を受け入れない決断をすることも多い。

 今回もそうで、だから難民たちは新ラーベ王国に殺到したわけだ。

 そして今回のように、故郷に戻りたくない難民というのも発生する。

 ところが税を納める人口を失ってしまう国としては、難民の他国定住など認められるはずもない。

 ただ、難民を出してしまった過失は存在するわけ、さらに戦争で疲弊した国が難民を預かってもらった経費を出せるわけもなく……。

 現実にそぐわないので、無視されることが多かった。


「ようするにそのままなんだろう?」


「五名の帰国なら、さすがにイーサック王国とマケドニア王国も経費を払うのではないですか」


 結局、イーサック王国とマケドニア王国の停戦後、故郷に戻った難民はわずか三人であった。

 五名のうち二名も、最後の最後で新ラーベ王国への移住を望んだ……本当に、イーサック王国とマケドニア王国って国民に人気がないんだな……。

 なにも得ることができなかった戦争でボロボロの祖国に戻っても重税地獄が待っているのに、戻る奴が珍しいわけで、その三人は他の難民たちに奇特な人扱いされていた。

 なお、イーサック王国とマケドニア王国に三人の難民を預かった際の経費を請求したのだが、『新ラーベ王国は、故郷に戻りたいと願う国民たちを拉致している! そんな国に支払う金などない!』と言い放って支払わなかった。

 三名分の大罪費用すら支払わない。

 外務大臣あるイーサン伯爵は珍しく激高していたが、つまり両国はそこまで追い込まれていたわけだ。

 新ラーベ王国軍は、両国との国境の警備を強化した。

 破れかぶれになった両国が、状況を打破しようと戦争を吹っ掛けてくる懸念があったからだ。

 ただ、その心配は杞憂に終わっている。


「もうイーサック王国では暮らせねぇです。亡命を希望します」


「マケドニア王国も税が重たすぎて……仕事もないし、新ラーベ王国なら暮らせるって聞きました」


 停戦後、両国を見限った人たちが新ラーベ王国に大量に逃げ込み、それを抑えるはずの兵士たちすら逃げ出し、両国はそのまま最貧国へと転落した。


「これは、新ラーベ王国の陰謀なのだ!」


「そうだ! 世界の国々よ! 新ラーベ王国を共に滅ぼそうではないか!」


 状況を打破しようと、両国は新ラーベ王国打倒を世界に訴えたが、どこの国もそんなものに参加を表明するわけもなく。

 結果的にイーサック王国とマケドニア王国は、新ラーベ王国とその他の国々との緩衝国のような形に落ち着いたのであった。

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