第六十五話 スラムの王(後編)

「ランドーさん、また来ますよ」


「本日はありがとうございました」


 ランドーさんの屋敷を出た俺たちは、なんとなしに王都を歩いていた。

 今は都市の再整備が進んでおり、クレーンやブルドーザーに似た魔法道具が大活躍していた。

 郊外にも、魔法道具関連の大小様々な工房が集まった町や、そこで働く人たちが住む住宅地の整備が急ピッチで進んでいた。

 シゲールとその仲間たちのおかげだが、これでもし女帝アルミナスが復活してもなんとか対抗できそうでよかった。


「町の人たちの顔色が明るいです。ダストン様に新王になってもらってよかったです。みんなもとてもありがたがっていますよ」


「俺の都合と被るからで、感謝されるほどのことではないけど」


 元々は、スキル絶対無敵ロボ アポロンカイザーを極めたら、本物の絶対無敵ロボ アポロンカイザーを呼び出して乗れるようになるかもしれない、という中身の年齢にあるまじき、しょうもない理由で魔獣を狩り続けたに過ぎない。

 その夢は実現し、アニメどおりアトランティスベース(基地)も呼び出せたけど、同時に機械大人や機械魔獣も出現するようになってしまった。

 俺はその黒幕が全銀河全滅団の女帝アルミナスだと予想し、奴が本格的にこの世界の征服を目論んだ時に備えて、今懸命にラーベ王国を開発しているのだから。

 人々が豊かになったのは、その副産物でしかない。

 いまだラーベ王国にだって、このチャンスを行かせず貧しいままの人は多い。

 結局は自分がどうするかで、新しい仕事を得たり豊かになったのは、自分が動いた結果なんだと思う。


「俺に感謝なんて必要ないんだけどな」


 俺は俺で、ただやりたいことをしているのだから。


「ダストン様がそう思っても、今やラーベ王国において新王の支持率はとても高いです。それに……」


「なんだい? プラム」


「私は初めてお会いした時からずっと、ダストン様をお慕いしておりますから」


「俺もプラムのことが大好きだよ」


 そうだ、もう一つ俺には野望があった。

 プラムとの夫婦生活を守るためなら、アニメの最終話のように必ず女帝アルミナスを倒す。

 言ってみれば、そのために今頑張っているようなものなのだから。

 あいつがいなくなれば、俺とプラムであとは楽しく絶対無敵ロボ アポロンカイザーとセクシーレディーロボ ビューティフォーを動かせるというものだ。


「デカイ魔獣が出たぞ!」


「町中でか?」


「取り壊していたスラムの真ん中に、一匹で居座っている。どうやって紛れ込んでのかはわからないが」


 王都の元スラムに魔獣が……確実に機械魔獣であろう……突如出現して町の人たちが大騒ぎをしていた。

 普通に考えたら、人が住んでいる場所に魔獣など出現しないからだ。


「行こう! プラム!」


「はいっ!」


 俺とプラムは、絶対無敵ロボ アポロンカイザーとセクシーレディーロボ ビューティフォーを召喚し、搭乗してから現場へと向かう。

 機械魔獣が出現した場所は、元はスラムだった。

 最近では、ラーベ王国の領土拡大と開発が進んだおかげで、住民がほとんどいなくなっていたのだ。

 新しい職に就く者。

 収入が上がって引っ越した者。

 ラーベ王国が行っている職業訓練に参加している者。

 住民は次々と消えていき、今は新しい住宅地を作る工事の最中だったはずだ。


「ネズミの機械魔獣かぁ……」


「誰が心の闇に捕らわれてしまったのでしょうか?」


 この世界の女帝アルミナスは、光る玉を召喚し、それを心に闇を抱えた人間に植え付けて機械大人と機械魔獣にするというややこしい手法で世界を混乱させている。

 アニメのように大規模な要塞があればすぐに居場所が判明するのだが、それはないから居場所探しに苦労していた。


「テロみたいなものだな」


 突然、人が機械大人や機械魔獣になってしまうから、アニメよりも怖い状況だ。

 だからこそ俺は、魔獣狩りで得た魔石と素材を国庫に入れてまで、ラーベ王国の人たちが心に闇を抱えないよう、経済対策をしているのだから。

 この方法も万能ではないが、経済的に問題を抱えている人は心を病みやすい。

 世の中が豊かにになっていけば、心を病む人たちも減る。

 まあ、これしか方法がないとも言えたけど。


「動くな、ネズミ!」


「お覚悟を!」


 俺とプラムは、武器を構えて元スラムの中心部にいるネズミと対峙した。

 ネズミ型機械魔獣は、スラムの中心部に陣取っていた。

 梃子でもそこから動かないという感じに見える。


「俺はスラムの王。赤い玉に誘われてこの体と力を得たとはいえ、ネズミの姿とは……俺ららしいな」


「スラムの王?」


「噂に聞く、我が国の巨大ゴーレムに乗る王様と王妃様かい。俺の名は、ザンヴル。姓などない。親も知らない。この薄汚いスラムで生まれ、まるでネズミのように残飯を漁り、同類を力で従わせ、時には力で押さえつけ、見せしめで殺したこともあった。もっとも、このスラムで何人死のうが、スラムの外の連中は気にもしない。官憲が来たこともないな。それを今さら! 俺はここでしか生きれないのさ!」


 ネズミ型の機械魔獣になってしまったスラムの主は、彼なりに苦労してこのスラムで成り上がった。

 ラーベ王国の官憲はスラムを外側から監視はしていたが、内部でなにが起こっても無視していた。

 スラムの主は、両親すら知らない環境から苦労して生き延びて力を蓄え、スラムの王と呼ばれるまでになっていた。

 たとえスラムでも、彼は王なのだ。

 いきなり外部的な要因で、スラムの王としての権力と利権を失ってしまった。

 しかもスラムは取り壊されてしまう。

 元々スラムの土地は国有地の不法占拠状態だったので、ラーベ王国がスラムの土地を自由に使ってもなんら問題ない。

 それでも、これまで苦労して得たものをすべて失うとすれば、心の闇に襲われても仕方がないのかもしれない。


「その能力があれば、外の世界でもやれそうだがな」


「俺は、スラムがいいんだ!」


「しかし、スラムなんてない方がいいだろう」


 実際、多くのスラムの住民たちは、新しい生活に希望を抱きながら出て行った。

 残っているのは、新しい生活に移行することに反対している者たち。

 働けない病人や老人たちは、教会のお手伝いをしながら生活困窮者向けのアパートに引っ越しており、スラムの王たち残留組には犯罪者も混じっていて、聞く耳持たない連中の集まりなのだ。


「もう一度言う。今なら職業訓練も無料で受けられ、住居も用意してある。化け物になったスラムの王の命令に従うのはやめてここを出るんだ」


 スラムの王の周辺には、たとえ彼が機械魔獣になっても、いや機械魔獣化したからこそ彼に従っている連中も残っていた。

 ヤクザやチンピラのような連中もいて、こういう人たちは真面目に働くなんて真っ平ごめんなので、スラムの王に従っているという側面もあった。


「善意が全員に伝わるとは思わなかったが……」


「善意? 俺は、お前ら王族に施しは受けない! このスラムの王として人生をまっとうするか、お前らに討たれるか! それだけだ! なあ、みんな?」


「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」


 スラムの王の賛同者たちも、梃子でもここを離れないと宣言した直後、彼らはすぐさまその姿を金属製の巨大なネズミへと変えた。

 俺とプラムは、巨大なネズミの群れに囲まれてしまった。


「いくらお前たちが強くても、これだけの数に囲まれたら手の足も出ないだろう。一斉にかかれ!」


「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」


 ネズミ型機械魔獣たちは勝利を確信し、一斉に俺たちに襲いかかってきた。

 だが……。


「プラム!」


「はいっ!」


 俺は無限ランドセルから取り出したスペースヌンチャクを両手で振り回し、プラムはスペース青龍刀でネズミ型機械魔獣たちを横ナギで一閃した。


「一斉に襲いかかるなんて、現実的な策ではないな」


「纏めて倒してくれと言っているようなものです」


 俺がスペースヌンチャクで、あっという間にスラムの王以外のネズミ型機械魔獣を叩きのめし、動きが止まったところでプラムがスペース青龍刀で真っ二つに斬り裂いてしまう。

 そしてその直後、ネズミ型機械魔獣たちは大爆発を起こした。


「さほど強くないな」


「先ほどのスラムの王が一番強いはずです」


 統率する以上、一番偉い奴が強くて当然か。

 しかしながら、そのスラムの王は当初の考えを改めたようで、その場から逃げだそうとしていた。

 いくらネズミ型でもスラムから出て王都を走り回れば、その巨体ゆえに大損害が出てしまう。

 俺は為朝の弓を取りだすと、急ぎスラムの王に狙いをつけて矢を放った。

 矢は無事スラムの王に命中し、彼は地面に縫い付けられた状態になってしまう。


「覚悟しろ!」


 俺は、スペース青龍刀を持ってスラムの王に接近した。


「待て! 考えを改めた! 俺は新しい人生を生きるぞ! ちゃんとまっとうに働くから!」


 ここで命乞いとは……。

 だが、スラムの王が心に闇を抱えて赤い玉を受け入れてしまった以上、もう人間には戻れない。


「可哀想だが、お前は人間に戻れない。ならばもう討つしかないのだ」


「ご慈悲を! 俺はラーベ王国の被害者なんだ! こんなスラムで暮らす羽目になった!」


「その点に関しては同情する」


 だが、命乞いは受け入れられない。

 機械魔獣となってしまったお前は、人間に社会で暮らせないからだ。

 それに、先に機械魔獣化したスラムの王の手下たちも全員倒した。


「お前だけ生き残るは不公平だろう」


「そっそんな! お前に慈悲はないのか?」


「あるが、お前に向けるものではない」


「そっ、そんな無慈悲なぁーーー」


 俺はそのままスペース青龍刀を地面に矢で縫い付けられ動けないスラムの王に振り下ろし、その体を真っ二つに斬り裂いた。

 その直後に大爆発を起こし、ネズミ型機械魔獣になったスラムの王は完全破壊されてしまう。


「せめて人間ではないことだけは救いかな。いや、彼は人間なのか?」


 人間そのままの姿であるものを殺すよりは精神的に楽だ。


「ダストン様、機械大人や機械魔獣化してしまった人は元に戻せないのでしょうか?」


「わからない」


 その方法が必ずないとは言いきれないが、絶対にあるとは断言もできないからだ。


「今のところは、人間を心の闇に追い込まないことが一番の方策だな」


 せめてラーベ王国だけでも、いい統治をして人々が心に闇を抱えないように努力しないと。

 だが、今倒したスラムの王などは、俺の政策が気に入らなかったからああなった。

 彼は、スラムで王を気取っていられた過去を捨てられなかったのだ。

 たとえラーベ王国全体が徐々によくなっても、自分が損をするとわかれば抵抗する。

 人間の負の面を、女帝アルミナスはそれを上手く利用していると思う。


「一度機械大人や機械魔獣になってしまったら、今のところは倒すしかないさ。大のために小を殺す。両方を生かせるような奴は、きっと神様なんだろうな」


 これでスラムの王は消えた。

 再開発が終わり、新しい人たちが住むようになれば、いつかここにスラムがあったことなど忘れられてしまうであろう。

 それでいいのだろうけど、またどこかにスラムが生まれるかもしれない。

 俺は、なんとかそれを阻止しなければと、心の中で誓うのであった。

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