第六十四話 スラムの王(前編) 

「いやあ、このアトランティスベース(基地)に蓄えられた情報や知識は大したものですな。勉強になります」


「すぐに魔法道具に応用できるシゲールも凄いけどな」


「科学ですか。その事象自体はこの世界でもちゃんと再現できるものですし、科学を基にした機械も、魔力をエネルギー源とする魔法道具も、根幹ではそう違いはありませんて。たとえば、科学で動く機械についている『電池』。ようは魔力を蓄える魔石でしょう? 素材や製造方法に違いはあっても原理は同じです」


「上手く応用できればか」


「はい」




 今日はお休みなので、アトランティスベース(基地)内に設置されたプライベートビーチで休んでいた。

 水着姿の俺とプラムは、チェアーに寝ころびながらトロピカルジュースを飲み、唯一このアトランティスベース(基地)に入れるシゲールは、椅子に座って小型端末で必要な情報を引き出していた。

 小型端末はアトランティスベース(基地)の外に出せず、メモも禁止なのですべて頭に入れているのだ。

 シゲールだからこそできる芸当とも言える。

 レベルアップしたら、かなり記憶力が上がったそうだ。


「シゲールさん、お仕事は順調ですか?」


「ええ、王妃様。元の仲間たちや、新しく加えた見込みのある若者たちに大分任せているので、俺はこうして休めているんですよ」


「難しいデータを集めているのにお休みなのですか?」


「王妃様、俺にとっては仕事が趣味なのです。新しい趣味に挑戦するための知識集めは、俺にとってはお休みみたいなものですな」


 シゲールは、仕事と趣味の境界線がかなり曖昧な男だ。

 だから今も、新しい知識の吸収を楽しんでおり……。


「たまには家族にサービスでもしたら?」


「サービスですか?」


「ほら、食事に連れて行ったり、子供と遊んであげたり」


「はははっ、亭主元気で留守がいいってやつですよ」


 そんな言葉が、この世界にもあるのか。


「夕方には、家族で食事に行きますけどね。王都も大分賑やかになりました」


 ラーベ王国の王都『ラーベタウン』は、大規模な拡張工事と再開発が進んでいた。

 我が国の首都なので人口も増え、新しい住居やお店もできており、貴族になったシゲールとその家族で食べに行けるようなお店も次々とオープンしていた。


「攫われないようにな」


「王国軍が護衛を出していますよ」


 シゲールは我が国の技術の要なので、悪いが家族ごと護衛はつけさせてもらっている。

 もし他国に奪われると、洒落にならない損害が出てしまうからだ。


「移転魔法陣による交通システム。リーフレッド王国も興味あるみたいだからなぁ……」


 グリワスは、南方に飛べる臨時の移転魔法陣を設置していたが、維持に手間がかかるのであくまでも臨時扱いだった。

 ところが我が国では、シゲールが移転魔法陣の維持管理が簡単になる魔法道具と整備マニュアルを開発し、今やラーベ王国中に移転魔法陣のネットワークが広がっている。

 他にも、舗装された道路の整備、車両型魔法道具の開発、国営の流通倉庫の建設など。

 短期間でそう人口が増えるのもではないで、機械化、省力化による生産性向上を行ってラーベ王国の国力を上げているわけだ。

 シゲールが攫われるとこの仕組みが動かなくなるので、彼とその家族には過剰なほどの護衛をつけていた。


「俺としては、ここは自由にやらせてくれるからいいんですけどね」


 予算が潤沢なので、シゲールとのその仲間たちは、王都郊外の試験場でよく試作した魔法道具を爆発させていた。

 なぜ失敗すると必ず爆発するのかそこが疑問だけど、そういうスキルなのだと思うことしよう。

 爆発前提なので、ちゃんと安全策は取っているそうだから。


「俺の夢は、魔法道具の技術で作る絶対無敵ロボ アポロンカイザーですよ。いつか、アレを超える巨大ゴーレムを作りたいんです。難しいですけどね」


 そもそも、絶対無敵ロボ アポロンカイザーは科学の産物と名乗っているが、地球の科学技術力では再現不可能なので、俺もその仕組みをよくわかっていなかったりする。

 古代アトランティス文明が本当にあったのかも不明で、その前にアニメの設定であるという事実を忘れてはいけないだろう。


「作れるといいな」


「ええ、頑張りますとも」


 それから数時間後。

 シゲールは勉強を続けていたが、俺とプラムはランドーさんのところに遊びに行くことにした。

 彼はラーベ王国内のハンター協会を統括する身となり、大出世を果たしていた。

 これまでは忙しかったので、そのお祝いも兼ねてだ。


「ダストンさん、プラムさん! 失礼、今は陛下と王妃様ですか」


 ランドーも今日はお休みのようで、官舎代わりに俺が貸した屋敷にいた。

 前はハンター協会のお偉いさんとその家族が住んでいたそうだが、彼らは前ラーベ王に焼き払われてしまったそうだ。


「お互い、慣れない身分で大変ですよ」


「それはそうですね。私も、あり得ない若さで一国の支部を統括する身まで出世したので。あっ、そうだ。ご結婚おめでとうございます」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 ランドーさんからすれば、ハンターとして戦っていた俺とプラムが結婚したので感動も一入といった感じなのかな?


「ランドーさんはご結婚は?」


「今はちょっと忙しいので。お見合い写真はいっぱい来ますけどね」


 ランドーさんの視線の先には、渦高く積まれたお見合い写真の山があった。


「ハンター協会は世界規模の組織ですけど、その地の責任者ともなると、現地の有力者との繋がりも必要ですからね」


 ただそのせいで、最近では色々と不都合も起こっているそうだ。

 暗黒竜騒動の時も、ハンター協会がやらかしたせいでアーベンの支部は廃れてしまった。

 今はどうにか立ち直りつつあるが、全盛期の時のようにはいかないのが現実だ。


「実は故郷に婚約者がいまして、あと少しでここに来る予定なんですよ」


「それはおめでとうございます」


「そういう人がいたんですね」


 ランドーさん、モテそうだからなぁ……。

 仕事ができて優しいし。

 俺とプラムは、ハンター時代によく助けられていた。


「しかしながら、お見合い写真を送った方々は不満を感じるでしょうが」


「気にしない方がいいですよ」


 少しお見合い写真につけてあった自己紹介を見ると、彼らの大半は前ラーベ王が焼き払った貴族たちの遠戚である。

 俺が新王となり、まったく新しい統治体制になってしまったので、持っていた利権を失ってしまったのだ。

 逆らおうにも、相手は俺が操る絶対無敵ロボ アポロンカイザーと、前ラーベ王の娘でセクシーレディーロボ ビューティフォーである。

 クーデターなど考えられず、ならばと考えたのがランドーさんと繋がっておこうという考えであった。

 いかにも貴族的な思考ではあるな。


「私は平民ですからねぇ。実家も小さな商店ですよ。兄貴が継いでいますけどね」


 ランドーさんの実家は、リーフレッド王国の田舎で経営している小さな商店だそうだ。

 そこの次男から、ハンター協会の地方責任者になれたのだ。

 優秀なのは当然か。


「今日はラーベ王国方面責任者になったお祝いを持ってきたのですけど、後日結婚のお祝いも送らせていただきます」


 お祝いは主に、アトランティスベース(基地)で作られた酒や人工食品だけど。

 特にラーベ王国軍で採用された、マグカップで作れるマグヌードルが大人気で、そのうち一般にも販売する計画を立てていた。

 シゲールが、製造用の魔法道具を設置した工場を建設中であった。


「わざわざ申し訳ないです」


「気にしないでください」


「私もダストン様も、ランドーさんにはお世話になりたから」


 現在、北部にハンターたちが戻りつつあるのと、俺とプラムが魔獣狩りで得た素材や魔石を効率よく使用、流通できているのはランドーさんの手腕のおかげなのだ。

 このくらいのお祝い、安いものである。


「それにしてにも、ダストンさんが新王となった途端、ラーベ王国はとてもよくなりました。さすがは特殊なスキル持ちです。プラムさんもそうですけどね」


 スキル絶対無敵ロボ アポロンカイザーは完全なる戦闘用スキルなので、最初はただ魔獣を倒して素材と魔石を稼いでいただけだけど。

 大きく変わったのは、絶対無敵ロボ アポロンカイザーを召喚できるようになってからか?

 もしくは、実際に絶対無敵ロボ アポロンカイザーとアトランティスベース(基地)召喚ができるようになってからか。

 結局のところ、戦闘能力よりも技術力、生産力の方が世界に与える影響が大きいということなんだろうな。


「以前のラーベ王国は衰退はしていないが、停滞はしていました。自主性と権限がない前王と、ただ既得権益を貪る王妃とその派閥のみという国でしたから」


 皮肉なことに、その王妃たちは前王がほぼ焼き払ってしまったけど。


「新王が即位したので、この国はこれから伸びますよ」


 頑張ろうとは思うが、その理由がこの世界に復活した女帝アルミナスに備えるためってのが不純だよなぁ……。

 結果よければすべてよしなのが世間様なのだけど。


「ランドーさんにお聞きしたいのですが……」


 いい機会なので、俺はハンター協会という世界規模の組織に所属しているランドーさんから、女帝アルミナスのことを聞いてみることにした。

 機械大人、機械魔獣の脅威は実際にあったので、これと類した事件が世界でなかったのかと。

 そこに、女帝アルミナスの居場所のヒントがあるかもしれないからだ。


「いえ、あのような驚異的な化け物は出ていません。ハンター協会は世界規模の組織なので、先日平定された東部と南方に暗黒竜を上回るであろう強さを持つ金属製の巨大な魔獣が出現し、ダストンさんとプラムさんによって倒された事実を知っています」


 俺の中では失態続きであるハンター協会も、ちゃんと仕事はしていたというわけか。

 特に、俺たちとグリワスしか知らないはずの、南方に出現した機械魔獣の顛末についても知っていたのだから。


「巨大な金属ゴーレムと合わせ、北部にしか出現していないのです。正直なところ、他の地域に出現していたらどの国もハンターもお手上げだと思いますよ。アレは、ダストンさんとプラムさんじゃないと倒せません」


 今のところは、この世界の北部、リーフレッド王国領とラーベ王国領内にしか出現していないのか。

 となると、女帝アルミナスの居場所は北部ということになるのか?

 もしくは他の地域で、女帝アルミナスも今は力を蓄えたいからこちらを邪魔している?


「ランドーさん、もし他の地域で金属の魔獣や巨大ゴーレムが出現したら教えてください」


「それは構いませんが、なぜですか?」


「金属製の巨大なゴーレムと魔獣。俺は黒幕がいると予想しているからです」


 俺は、この世界に女帝アルミナスが復活したことを確信していた。

 本当なら今から世界中を回って探したいところだが、あの女帝アルミナスことだ。

 力を蓄え終わるまで隠れてしまえば、広い世界でそう簡単に見つかるものでもない。

 なによりこの世界には多くの国家が存在し、時には戦争までして勢力争いをしている。

 いちハンターだと入れない場所も多数あり、無理に女帝アルミナスを探そうとして押し入れば、軋轢が増してしまう。

 無理に押し入って見つかるかといえば、その確率も低いわけで……。

 今は、女帝アルミナスに対抗するため戦闘力以外の力をつけている状態なんだが、その副産物がラーベ王国の発展だなんて言えなかったけど、結果が出ていれば問題ないはずだ。


「黒幕……アレを生み出している存在ですか。もしダストンさんたちが手を出しにくい他国や遠方に出現した場合、災害級の被害、場合によっては亡国の危機を迎えてしまいますね。わかりました。ハンター協会の情報網から得た情報はお伝えしましょう」


「ありがとうございます」


 ランドーさんが、ハンター協会お偉いさんになってくれて助かった。

 これがもし前の責任者だったら、短絡的に独占している情報はいくら国にでも渡せない。

 などと言われてしまう危険もあったからだ。


「そういえば、倒した巨大ゴーレムと巨大魔獣の残骸はどうなりました?」


「回収しています」


 アトランティスベース(基地)に運び込んでシゲールに分析させたのだけど、最初はよくわからないけど凄く硬い金属という評価だった。

 アトランティスベース(基地)のスーパーコンピューター調べたら、銀河アパタイトという結果が出て、アニメどおりの設定だったわけだ。

 絶対無敵ロボ アポロンカイザーと、セクシーレディーロボ ビューティフォーに使われている超々銀河超合金アルファよりは強度が低いが、オリハルコンよりは強く、なにより加工しやすい……この世界の技術力では難しいらしいけど。

 なにしろ地球には実在しなかった金属なので、評価がとても難しいのだ。


「あのぅ……できればサンプルをいただきたいのです」


「いいですよ」


 俺は、ハンター協会に銀河アパタイトのサンプルを渡す約束をした。

 技術流出の危険性は……ないだろうな。

 俺とプラムは機械大人と機械魔獣を倒した際、なるべくその残骸はすべて回収しているけど、爆発してしまうので完璧とは言い難い。

 その気になれば、小さな破片なら簡単に拾えるだろうからだ。


「(アトランティスベース(基地)だと製造できるけど、この世界の魔法技術だと難しいだろうな)」


 銀河アパタイトの主な材料はチタンなので手に入りやすいが、精製は無重力状態で行わないと駄目だそうだ。

 アトランティスベース(基地)だと環境を再現できるのだけど、この世界だと宇宙空間に出ないと駄目だろう。

 宇宙に上がって、さらに金属の精錬工場を作って動かす……まず無理だな。


「ダストンさん、どうかしましたか?」


「もしかしたら、黒幕は月に住んでいたりしてなんて」


「月ですか? いまだ誰も辿り着いていない場所ですからねぇ……」


 実は絶対無敵ロボ アポロンカイザーの性能試験で行ったことがあるけど、地球の月とよく似ていた。

 重力が地上の六分の一で、大きさも組成もよく似ているのだ。

 当然空気もないが、俺とプラムなら遊びに行くのになんの支障もなかった。

 そこで今、アトランティスベース(基地)に命令を出して月面基地を建設中であった。

 もし女帝アルミナスが月に隠れていた時の監視所と、複数の拠点を設置して女帝アルミナスとの戦いに備えていたのだ。

 アニメの設定と同じだが、これは勝率を上げるためなので当然であった。


「ダストンさんとプラムさんの懸念は理解できました。私も微力ながら協力させていただきます」


 この地のハンター協会のトップがランドーさんで助かった。

 変な融通の利かない年寄りだったら、話が通じないところだったのだから。

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