第六十三話 愚弟
「今日もすまないな、ダストン」
「商売だから気にするなって」
「そうか。ラーベ王国が通常の値段で塩を卸してくれるようになったら、他国も岩塩の値段を下げてくれてな。助かったよ」
カバ型機械魔獣を倒してから一週間後。
俺とプラムは、再び王城にあるグリワスの私室に案内されていた。
今日も、無限ランドセルで運んだ塩を大量に持ってきたのだ。
アトランティスベース(基地)が製造した塩だが、真っ白でサラサラしているので他国の岩塩よりも好評だと聞く。
地球だと岩塩の方が高級そうに見えるけど、この世界だとイオン透過膜で海水から採り出した塩の用が高級だと思われていた。
ミネラル分が多い塩は味に深みがあるが、それを雑味だと感じる人もいる。
現代日本だと評価の低い、塩化ナトリウム100パーセント塩の方を好む人も少なくなかった。
「南方の攻略は二次目標を達成した」
これにてリーフレッド王国は、南方の未開地の大半を確保できたそうだ。
これ以上の南下は、他の国の国境と接してしまうのでしないらしい。
これまで所有国が不確定だった領域が、無事リーフレッド王国のものとなったわけだ。
「これからは魔獣狩りに、未開地の開発に忙しいがな」
それでも、戦争をするよりも領地開発の方がいい。
なにかを破壊したり殺すよりも、新しいなにかを生み出す方が建設的だし、俺は好きだった。
絶対無敵ロボ アポロンカイザーに乗っていても、俺には破壊衝動なんて微塵もないからだ。
「人手は足りているのか?」
「多少不足気味だが奴らを投入する。もし使える奴がいたら、領地を与えるさ」
奴らとは、王都で燻っている貴族たちのことだ。
年金を貰って遊んでおり、その中には恥ずかしながらフリッツの存在もあった。
「ダストンの弟もいたな」
「贔屓しない方がいいよ」
これまでのことを反省して、開発に打ち込むようなタイプに見えないんだよなぁ……。
むしろ働かせない方がいいかも。
「ダストンの予想はよく当たるな。騎士爵になったフリッツだが、なんの役にも立たないどころか、もう未開地で腐っているさ。ダストンの名前を出したな」
グリワスによると、『自分はあのラーベ王の弟なので、公爵に任じられるべきだ!』とか、『このような仕事は他の連中に任せればいい。自分を開発の最高責任者に任じろ!』などと、好き勝手なことを言って他の燻っている貴族たちにもハブにされているそうだ。
「これまで、ダストン様のことを散々バカにしておいてですか?」
「バカって、そんなものだよ」
都合の悪いことはすぐに忘れられるのだ。
バルサーク家の火魔法スキルが出なかった俺を散々バカにしておいて、俺がラーベ王になったら身内を気取る。
我が弟ながらクズ過ぎて、乾いた笑いしか出なった。
「ダストンがそう言うだろうと思って未開地の端に追いやっている。真面目に働けば、少しは領地が貰えるんだがな」
「無理ですよ、多分」
バルサーク伯爵だった時でも、母と二人で贅沢することしか能がなかった男だ.
挙句のはてに、最後はその母すら見捨てたのだから。
「ダストンには迷惑がかからないようにする。実際のところ、彼に近づくような奴は一人もいないがな」
実兄がラーベ国王なので、その弟であるフリッツに取り入れば……と考える連中すらおらず、孤立しているようだ。
彼の悪行が知れ渡り過ぎているからだろう。
「今は両国で力を蓄えるべきであろう。今日はすまなかったな」
グリワスと別れてラーベ王国に戻った俺とプラムであったが、王城の上空から正門付近で何者かが大騒ぎしているのを目撃してしまった。
よく見ると、それは俺の見知った……さっき噂したフリッツその人であった。
「仕方がない」
極力関わりたくないのだが、門の警備兵たちが困っているので俺とプラムで助けに向かった。
「あっ、ダストンじゃないか! てめえ、実の弟である俺様をどうして城内に入れないんだよ!」
「「……」」
「貴様! 陛下に向かってなんて口を!」
「無礼にもほどがあるぞ!」
俺とプラムは、とにかく空気を読まないフリッツに唖然として声すら出なかった。
せめて『兄上』とか言って媚びるくらいの知恵があればマシだったんだが、フリッツはこの状況でも俺を見下していたのだから。
「俺様は、バルサーク家の正統な跡取りなんだ。火魔法のスキル持ちだからな。一方ダストンは火魔法のスキルを持っていない。つまり俺様の方が立場が上なんだ。ダストンが王様なら、俺様はもっと偉い地位に就いて当然なのさ」
理解不能な謎理論を展開するフリッツ。
元々俺は転生者なので、彼が実の弟という実感が薄いのだけど、余計にその感情がなくなっていく感じだ。
「とにかく、すぐに俺様を城に入れて酒とご馳走でもてなせよ。使えない兄だな」
「……呆れてものが言えませんね」
あの母の実の子という感じだな。
俺も血統的にはそうなんだけど。
「陛下、斬り捨てましょうか?」
「待ってくれ」
こんなんでも一応、リーフレッド王国の貴族だからな。
うちで勝手に処分はできなかった。
最悪、戦争になってしまう。
そのくらい貴族の身分というものは重たいわけで、だから以前もフリッツを殺せなかったのだから。
「捕らえて牢屋に入れておけ。あと、火魔法を使うから一般の牢屋に入れるなよ」
「畏まりました! 拘束しろ!」
フリッツは、すぐに兵士たちによって拘束されてしまった。
同時に、魔法使い犯罪者用の手錠を嵌められてしまう。
これもシゲールの作であり、これを着けられ魔法使いは魔法を使えなくなってしまうというものだ。
その仕組みだが、手錠を嵌められた人が魔法を使おうとした瞬間、手錠についている特殊な魔石で魔力を吸い上げてしまう、というものであった。
「魔法を使わなければ魔力は吸収されない。念のため、牢屋も対魔法仕様だ。大人しくしてるんだな」
間違いなく、南方の未開地からここに逃げてきたのであろうが、曲がりなりにも王様から命令された仕事を放置して逃げてくるなんて……。
「(グリワスも大変なんだな)」
ラーベ王国の場合、そういう連中の多くは前国王に焼き払われてしまった。
その点俺は幸運なのかもしれない。
数日後、まるで駆け込むようにリーフレッド王国からの使者がやって来た。
いくら実の兄相手とはいえ、自国の騎士でしかない貴族が同盟国の王様を愚弄し、自分の方が立場が上だなどと暴言を吐いたのだ。
グリワスが、慌てて使者を送り込んできても当然だろう。
「バルサーク卿! 陛下より与えられた南方開拓の任を放置して、このような無礼を! 厳重な処分を覚悟しておくのだな!」
「俺様はラーベ王の弟だぞ! 俺様を処分できる奴なんていないね」
「貴様は!」
この期に及んでまだそのようなことを言っているので、使者は顔を真っ赤にして激高していた。
あきらかに使者の方が爵位も高いだろからな。
「(ダストン様、どうして彼はバカみたいなことを……)」
プラムは若いから不思議かもしれないが、実はそれだけフリッツが切羽詰まっているとも言えた。
困ってどうにもならない人間は、常にその悩みで脳に負荷をかけるので、通常時よりIQが落ちてしまうそうだ。
同時に心が救いを求めるので、普通に考えたらそんなことはあり得ない解決策に縋る。
多重債務者が最後の賭けでギャンブルをしたり、おかしな詐欺に引っかかるのと同じだな。
くわえてフリッツは元々頭が悪く、母が甘やかしに甘やかした。
こうして、今のフリッツが形作られているわけだ。
「まともに相手をする時間が惜しい。使者殿、こいつの処分は任せます」
「もう二度とここに来れないようにするとの、陛下からの伝言です」
「相分かったと、リーフレッド13世陛下にお伝えください」
「畏まりました。では」
使者は連れてきた屈強な兵士たちに、喚くフリッツの拘束と輸送を任せ、王城を去って行った。
「ダストン! 火魔法も使えないくせに! 俺様をこのように扱って。覚えておけよ!」
「静かにしろ! やれ」
「はっ!」
使者は相当頭にきたのか。
兵士たちにフリッツの鳩尾を殴らせて静かにさせた。
今からこの扱いでは、間違いなくフリッツは爵位をはく奪され、牢屋に閉じ込められるであろう。
「悲しい奴だ」
自分は火魔法のスキルを持っている。
だから、バルサーク家の正統な跡取りで俺よりも偉い。
そんなことに縋ったところで、彼の持つ問題が解決するわけではないのに……。
今の彼には、それしか自分が俺よりも勝る部分を見つけられないのであろう。
「グリワスが、ずっと牢屋に閉じ込めておいてくれるはずだ。これ以上気にしても仕方がない」
「そうですね。あの……ダストン様」
「俺は大丈夫」
プラムが心配してくれたが、幸い……幸いなんんだろうな。
俺には、フリッツが実の弟だという自覚があまりない。
冷たいと思われるかもしれないが、それが真実なのだから。
「今日は、早めにアトランティスベース(基地)に戻るか」
「そうしましょう、ダストン様」
肉体的にもそうだが、精神的にも疲れた。
二人でお風呂に入って、今日は刺身の船盛りでも食べようかな。
人工食材だけど味は変わらないから、きっとテンションが上がるはずなのだから。
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