第六十話 塩

「……どうだ、シゲール。ちゃんと船を持ち帰ったぞ」


「陛下、これは辛うじて浮いているだけで、これを修理するくらいなら一から新造した方が早いですぜ」


「それもそうか」


「目標の機械魔獣は倒せたんだから、いいんじゃないですか?」



 サメ型機械魔獣を倒してランカーに戻った。

 辛うじて沈まなかった囮の大型船を持ち帰ったのだが、甲板より上がほぼなく、浮いているだけだったので再利用はできないとシゲールに言われてしまった。

 元より沈むのが前提の船だったので、俺とプラムで陸地に上げ、木材や燃料として利用されることとなった。


「これでこのランカーにも他国から貿易船が来るはずです。ここを経由してリーフレッド王国とも貿易が可能になるでしょう」


 リーフレッド王国には海がない。

 以前はあったが、北部の一年の半分が流氷で埋まる極海だったし、魔獣の住処なので港も作れなかったのだ。

 それは、俺の新王就任祝いで貰えたわけだ。

 俺とプラムからすると、ほぼ無限に魔獣が湧いて素材と魔石をふんだんに恵んでくれ、レベル上げにも使えるいいところなのだけど、魔獣の住処は南方にも沢山あるからな。

 ランカーで降ろした荷を、陸路でリーフレッド王国に運ぶ。

 そのために、ランカーの港湾都市化と交易ルートの整備でアントンが大忙しであり、同時に工事用と運送用の魔法道具作りでシゲールも忙しかった。

 シゲールは新型船の建造も指揮しており、それでも定期的に王都郊外に新設された実験場で爆発を起こしているので、『いつ寝ているんだろう?』と心配になってしまうのだ。

 本人に聞くと、ちゃんと寝ているそうだ。

 確かに、目の下に隈などは見えなかった。

 レベルアップの影響なのかな?


「シゲール殿の船が完成したら、こちらも貿易船を送れます」


「それはいいとして、ラーベ王国の特産品ってなに?」


「……」


 アントン、そこは黙るなよ。

 なにかあるだろう。


「シゲール殿が新しく産業として立ち上げている魔法道具でしょうか?」


「アントンさん。今では陛下が概要を設計して俺と仲間たちが試作、量産用のラインを立ち上げた魔法道具が完成はしているが、国内需要ですら満たせていないんだ。他国に売る余裕はないぜ」


「将来は……」


「将来はな」


 この世界には元々未開地が多いし、ラーベ王国は色々あって復興中の土地ばかりだ。

 開発と復興に使う魔法道具を他国に売る余裕はなかった。

 食料も、今強引に魔法道具を使った少人数による大規模農業に転換中であり、生産量が落ち着くまでは輸出できない。


「一部の素材くらいかな?」


 そういえば、現在ラーベ王国内のハンター協会を纏めているのはランドーさんであった。

 本当はもっと年寄りのトップと幹部たちが仕切っていたのだが、まずは北部における暗黒竜騒動での不手際があり、アーベン支部が寂れてしまった。

 次に、世界規模の組織であるはずのハンター協会の人間が、ラーベ王国の前王妃や大貴族たちと繋がっていた。

 その結果、前ラーベ王にほぼ全員焼き払われてしまったのだ。

 その後、ハンター協会は大きく混乱したようでなかなか後任を送って来ず、俺はランドーさんに事態の収拾を依頼。

 彼がラーベ王国の総責任者代理となり、現在ではラーベ王国内のハンター協会も落ち着いていた。

 それを見たハンター協会は、ランドーさんの役職から代理を外した。

 最年少の国家支部担当者の誕生というわけだ。

 実は水面下で、ハンター協会が年功序列で使えなさそうな老人を送り込もうとしたので、俺が却下したのだけど。

 現在、北部から産出する素材と魔石のうち、何割を俺とプラムが獲得しているのかを考えれば、その地位と合わせてハンター協会も配慮せざるを得なかったわけだ。


「ランドーさんが南部に逃げ出したハンターたちを少しずつ呼び戻し、ラーベ国内でもハンターの育成や支援を始めてくれたので、一部素材を輸出できるようにはなっている」


 ただし、今シゲールが建造している新型船すべてに載せるほどの量はないけど。


「なにか売れる品があればいいのですが……」


 アントンの目が俺に向いた。

 あきからにアレを期待しているな。

 アトランティスベース(基地)で製造される人工食品、特に酒などを。


「アレは長い目で見るとよくないだろう」


 それに頼りきりだと、国が衰退してしまう。

 だからこそ、アトランティスベース(基地)のデータベースを参考に、ラーベ王国では様々な産業の立ち上げをしているのだから。


「あと二~三年で食料などは輸出できる算段なのです。少量でいいので……」


 緊急事態ゆえに仕方がないか。

 俺とプラムが魔石と素材を確保しているが、現金も……この世界では金貨、銀貨だけど……必要なのだと思うことにしよう。


「酒がいいのかな?」


「あとは、リーフレッド王国向けに塩ですか」


「塩?」


 内陸国であるリーフレッド王国が塩を輸入に頼るのはわかるが、それは東部の反乱を抑えられなあったラーベ王国も同じはずだ。

 共に岩塩に頼るか、他国から塩を輸入していたはず。


「ラーベ王国には有力な岩塩鉱山がありますが、リーフレッド王国にはありません。戦略物資である塩を輸入に頼る。地理条件で仕方がないのですが、ならば輸入先を分散しなければならないわけでして」


 リーフレッド王国は、ラーベ王国から少量の岩塩を輸入していたそうだが、前ラーベ王の騒動で輸入が止まってしまったそうだ。


「それの再開と、ラーベ王国は海がある東部を手に入れました。岩塩よりも、海水から採る塩の用が人気なのですよ」


 現在、東部では製塩業の育成も始まっていた。

 俺に製塩の知識はないが、アトランティスベース(基地)にはそれがあり、そのデータを基に揚浜式、入浜式、流下式など、その地に合った方法で製塩業を始めさせている。

 ただ、他国に輸出できるまでには時間がかかりそうであった。

 そしてアトランティスベース(基地)では、イオン交換膜を用いた方法で製塩を行っていた。

 建造した移動式製塩工場を海底に降ろし、できた塩をアトランティスベース(基地)の倉庫に定期的に輸送させていたのだ。

 これを売ればいいのか。


「いやあ、助かりました」


「それがいいが、永遠には続けられないぞ」


「わかっております。そのために、大金と時間をかけて産業を育成しているのですから」


 アントンもそれは理解しているようだ。

 それにアニメの設定だが、古代アトランティス文明が滅んだ理由の一つに、なんでも機械や人工知能がやってくれるので、人間が自堕落になってという笑えない理由があった。

 AIじゃなくて人工知能というところが、昔のアニメの設定って感じだ。

 さらに、人間は満たされ過ぎると子供を作らず、ただ『ぼーーーっ』と過ごしてしまうようになるらしい。

 そしてアトランティス人は滅び、アトランティスベース(基地)だけが残されたわけだ。

 アニメの設定だけど。


「少し安く売れば、リーフレッド王国に恩を売れます。あの国は今、周辺の国々から塩の値段を上げられていますから」


「そうなんだ」


「ええ、南方攻略の成功で大分領地が広がりましたからね。南方領域のあちこちにいた独立領主たちも、リーフレッド王国に従うか、戦に負けて降伏してしまいましたから。開発に時間がかかるとはいえ、だからこそ周辺国としても足を引っ張りたいのでしょう」


 そのための、塩など輸入に頼らなければいけない品の価格高騰か。

 国同士ってのは難しいな。

 俺がラーベ国王になったのは運命の偶然であり、国を富ませているのは女帝アルミナスに備えるためなんて言ったら、みんな驚くか、怒るか。

 それでも、女帝アルミナスにこの世界を征服させないように動いているのは確かなので、そこは我慢してほしいと思う。


「人が生きるためには塩が必須です。リーフレッド王国は南方戦線も抱えておりますので、できるだけ早く塩を売った方が恩を売れますよ。少なくとも、ラーベ王国には攻めてこなくなる」


 リーフレッド13世に限ってそんなことはしないと思いたいが、国王ともなれば時に非情の覚悟も必要というわけか。

 綺麗事は言っていられないと。

 ならば両国の関係のよさを維持すべく、ラーベ王国はリーフレッド王国に塩を売るべきか。


「わかった。俺とプラムで急ぎ行ってこよう」


「陛下は『アイテムボックス』持ちですからね」


 別空間に物を仕舞える『アイテムボックス』というスキルを持つ者が極少数存在し、とても重宝されていたが、俺の無限ランドセルもスキル名が違うだけで効果は同じだからな。


「リーフレッド13世への贈り物と一緒に、ちゃちゃっと渡してくるよ」


「お願いします。交易路の整備も、シゲール殿の開発した運搬車両(トラック)の数がまだそろわず、運転の訓練も途上なので……」


 トラックの数はもうすぐ揃うが、実は運転手の養成が間に合っていなかった。

 これまで車両なんて運転した経験がないので、みんな意外と苦戦しているのだ。

 実際、普通乗用車免許しか持っていない俺が慣れない大型トラックをどうにか動かしただけで凄いと思われたからなぁ……。

 さすがに今は、俺より運転が上手な者は増えていたが。

 運転手はみんな身分が軍人で、補給、工兵部隊の所属であり、全員が特務章を持ち、将校扱いなので大変に人気があった。

 地球だと、戦闘機のパイロットのような扱いだからだ。

 だがまだ錬成途上で、実務に就くには時間がかかる。

 俺が行くしかないのだ。


「私もお供します」


 プラムは飛べるから……ラーベ王家の人たちに出るという風魔法スキルのおかげではないのが皮肉だけど。

 俺とプラムなら、そんなに時間もかからずに届けられるのだから。


「陛下、王妃様。行ってらっしゃいませ」


「「行ってきます」」


 俺とプラムがアントンの見送りを受け、リーフレッド王国の王城へと飛んで行くのであった。

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