第五十二話 機械魔獣『エレファント』
「どうやらスタッカー伯爵は、東部すべてを支配するつもりのようです。すでに多くの東部貴族たちが倒されました」
「なんたること……。我らは共に、ラーベ王国に対抗する同志だったのに……。そして次は、このバース男爵領ではないか」
「はい、防衛の準備を整えさせています」
東部の秩序は崩壊しつつあった。
我らの祖先は当時主家であったラーベ王国に反旗を翻し、それぞれに独立領主となった。
だが、それだけではすぐに強大なラーベ王国によって鎮圧されてしまう。
そこで、東部のすべての貴族たちが『貴族連合』という同盟を作ったのだ。
どこかがラーベ王国に攻められたら、残りの貴族たち全員で助ける。
幸いというか、貴族連合の存在を知ったラーベ王国は東部に兵を出さなかった。
百年以上も平穏な時が流れていたのだが……。
「よもや、貴族同盟が内側から食い破られようとはな……」
百年も経てば、貴族たちもとっくに代替わりしている。
貴族連合を脱し、自ら東部の統一を目指して動く者がいても不思議ではないということか……。
「どうやらスタッカー伯爵家は、巨大な金属製の魔獣のようなものを前面に押し立て、多くの貴族の軍勢を撃破。貴族やその家族、主だった家臣とその家族を皆殺しにしています」
「スタッカー伯爵か……」
数年前、貴族連合の会議で見たが……平凡そうな男で、とてもそんなことをするとは思えなかった。
見た目に騙されたか、数年で人が変わったのか……。
「もう一つ、おかしな噂が。このところ、スタッカー伯爵自身の姿が確認されておりません」
「代替わりして、新当主が軍を動かしているのか?」
「わかりません……。ですが息子の姿も見えないとか」
一族か家臣の何者かがスタッカー伯爵領でクーデターでも起こして実権を握り、他の貴族を攻めている?
わからない。
なにも情報がないのだから当然か……。
「とにかく、軍を招集しなければな」
無抵抗のまま殺される趣味はないので、なんとかスタッカー伯爵軍の侵攻を阻止しなければ。
これまでの戦況を考えるのにとても難しいと思うが、どうにか生き残って家を繋がねば。
領地を捨てて逃げるという手もないな。
我がバース男爵家には、ラーベ王国から分離独立を果たして百年以上も自治を行ってきた自負というものがある。
ここで領地から逃げ出したとて、他の貴族に頼ったところでどうなるものか。
なぜなら、すでにスタッカー伯爵は東部の五分の四以上の貴族たちを殺し、その領土を奪ってきたのだから。
「お館様、ラーベ王国に逃げるという手もあります」
「受け入れてもらえるはずがなかろう」
ラーベ王国から勝手に独立した我らを、そのラーベ王国が受け入れるなどあり得ない。
ノコノコと逃げ出した結果、反逆罪で処刑でもされたら恥なんてものじゃない。
それならば、この領地で討ち死にした方が貴族としての命を守れるのだから。
「一つだけ光明があります。ラーベ王国は、元リーフレッド王国の貴族であったバルサーク辺境伯が新王となりました。前王は自らの窮屈な立場に不満を抱き、先日祝勝会に見せかけて多くの一族、重臣を皆殺しにしてしまったとか。そのあまりの錯乱ぶりに、祝勝会に参加していたバルサーク辺境伯が前王に手を下したそうで」
ラーベ王国の政変についてはわからぬことが多い。
だが、わかっていることもある。
前王や彼を傀儡にしていた古い支配者層が全滅し、バルサーク辺境伯と前王の娘が新しい国造りを進めているという事実だ。
しかも、ラーベ王国は攻略で確保した土地をリーフレッド王国に渡してまで正式に同盟を結んだ。
南方への入り口を放棄したラーベ王国の次の狙いは……。
「前門の虎後門の狼か。ラーベ王国に降れば、少なくとも家臣や家族、領民たちの命は助かるかな?」
もはや状況が悪過ぎて、それしか降伏することの利点が見つからないな。
「いかがなされますか?」
「そうだな……」
「お館様、大変です!」
さてどうしたものかと考えていたら、そこに我がバース男爵家の従士長が飛び込んできた。
「どうかしたのか?」
「ラーベ王国が大軍を東部に向け、すでにいくつかの貴族領が占領されました!」
「なんだと!」
この状況で……タイミング的には間違っていないのか……。
新王が即位したばかりなのに外征ができるということは、前王の事件はさほどラーベ王国にダメージを与えなかった。
むしろ、これまでのラーベ王国が一切手を出さなかった東部に軍勢を出している。
新ラーベ王国の統治体制は強固というわけだな。
「……殺人鬼であるスタッカー伯爵に降るよりはマシであろう。奴らがここに来る前にラーベ王国に降る」
「無念です」
まさか、私の代でバース男爵領が終わってしまうとはな……。
これも時代の流れ……実はこれほど残酷なものは存在しないのだが。
「あれが、スタッカー伯爵家の切り札か!」
「見たことがない魔獣だな」
「人間が魔獣を操れるものなのか?」
東部に侵攻したラーベ王国軍であったが、戦闘にはならなかった。
すでにスタッカー伯爵が東部の五分の四以上の領域を占領し、多数の貴族たちを殺していたため、うちに降った方がマシという判断になったからだ。
どのみち東部は独立独歩でやってきた分、発展からは取り残された。
つまりお山の大将だったわけで、はっきり言って諸侯軍の装備などもボロく、このまま独立を保っても意味がないと判断……どうせスタッカー伯爵に蹂躙されたら貴族やその家族は皆殺しなので、殺されないだけラーベ王国の方がマシという判断になったらしい。
時間がないので、ラーベ王国軍は降った貴族たちに案内役を頼むことにして、その処遇は後回しにした。
命は取らないことだけ約束して、急ぎ東進してスタッカー伯爵の軍勢と遭遇したのだが……。
「象だな」
スタッカー伯爵家の切り札は、金属製の象の魔獣であった。
母や前ラーベ王と同じく、スタッカー伯爵は心の闇……ほぼ力が欲しいだが……を利用されて機械魔獣になってしまった。
相手は機械魔獣だが、その大きさは優に全高五十メートルを超える。
機械大人クラスの機械魔獣であった。
「あのようなもの。いったいどうやって手に入れたのだ? スタッカー伯爵は」
「わからぬ……」
降伏したバース男爵たちによると、スタッカー伯爵は平凡な男性だったそうだ。
ただ、先代と先々代は貴族連合において指導的な役割を果たしていた。
爵位も伯爵で一番高く……ラーベ王国に離反している時点で爵位なんて意味ないんだが……領地の広さも経済力も一番あるそうだ。
「それが、今代になってから当主が凡庸で力をなくした。自分も父や祖父のように貴族連合内で力を取り戻したい。いや、それを超えたいと願った」
「そんなところでしょうね」
その心の闇を突かれ、機械魔獣になってしまったのか。
「(しかし、機械魔獣なのか……)」
この世界にいるであろう女帝アルミナスも、勝手が違う異世界で苦戦しているのかもしれない。
機械大人と機械魔獣の生産を行う施設までこの世界に持ち込めなかったからこそ、心に闇がある人間を機械大人にするなどという胡乱な方法を取っているのだから。
「陛下……」
「つまりだ。アレがスタッカー伯爵なんだ」
「あの金属の巨大魔獣がですか?」
俺の話を、バース男爵たちは『まさか!』といった表情で聞いていた。
いきなり信じろというのも難しいか。
「アレを倒せばわかる話だ。アレがスタッカー伯爵である以上、アレを倒したあとこの東部の大半を支配したスタッカー伯爵の姿は永遠に見つからないはずだ」
東部の騒乱を抑えるには、巨大な金属製の象になってしまったスタッカー伯爵を破壊するしかない。
残念ながら今のところ、機械魔獣になってしまった彼を元に戻す方法はないのだから。
「行くぞ、プラム!」
「はい!」
両軍が激突すれば、戦死者が出てしまう。
俺とプラムが先制して、スタッカー伯爵を破壊するしかないのだ。
「行くぞ! 尊き古代アトランティス文明の遺産よ! この星に仇なす悪を俺と倒すのだ! 召喚! 開門! 搭乗! いけ! 絶対無敵ロボ アポロンカイザー!」
「尊き古代アトランティス文明の遺産よ! この星に仇なす悪を俺と倒すのだ! 召喚! 開門! 搭乗! いけ! セクシーレディーロボ ビューティフォー!」
いつもの文言を唱えると、上空に異次元と繋がる扉が出現し、それが開くと中から二体の巨人が出てきた。
俺とプラムは、それぞれの機体に乗り込んで機械魔獣に立ち向かっていく。
「スタッカー伯爵! 覚悟してもらうぞ!」
「知っていたのか! 新しいラーベ王よ!」
俺の予想どおり、象の機械魔獣はスタッカー伯爵の成れの果てであった。
もっとも彼自身は、自分が成れの果てだなんて微塵も思っていないであろうことは、彼の高揚した声を聞けばあきらかであった。
「俺はこの体となり、無敵の存在になった! まずは東部を統一し、このままラーベ王国、リーフレッド王国と滅ぼしていき、最後はこの世界を統一する。俺はこの世界の王になるのだ!」
これまで凡庸でなにもできず、鬱屈した感情を抱いていた貴族の当主が、機械魔獣化して力を得てはっちゃけた。
こういう奴が暴走すると、攻め取った土地を持つ貴族を家族ごと処刑するなど、とんでもない無茶をしてしまうものだ。
「お前はやり過ぎた。だから倒される。それでいいだろう?」
「俺の突進を受けてバラバラになるがいい!」
さすがは象の機械魔獣。
特に凝った攻撃はせず、そのまま巨体を生かして突進してきた。
そのまま突進を許すと味方が蹂躙されてしまうので、俺は機械魔獣の進路に立ち塞がった。
「この俺の突進を防げると思うのか? 愚か者め!」
絶対無敵ロボ アポロンカイザーと象の機械魔獣との全高にはほとどん差がないが、その幅や体長、重さは圧倒的であった。
だが、絶対無敵ロボ アポロンカイザーを舐めてもらっては困る。
特に苦もなく、機械魔獣の突進を止めることに成功した。
「どうだ? スタッカー伯爵。アポロンカイザーのパワーは」
「愚か者め! どうして俺がこの世界に存在いない機械魔獣になったのか、その理由に気がつかぬとは! 『エレファント』の機械魔獣である俺は、この太く長い鼻を用いてお前を攻撃できるのだ!」
「だからなんだ?」
「わからぬのか?」
俺は象を知っているから、当然対策は立てているぞ。
その前に見ればわかるだろう。
正面に大くて長い鼻がついている以上、それで攻撃される可能性など考慮して当然だ。
「その鼻を動かして、俺を攻撃しようなんて考えない方がいいぞ」
忠告はしたからな。
それをお前が受け入れるかは……どうせ俺はお前を倒すから同じか。
「そのようなブラフに、俺が引っかかるものか! 対策がないのに、鼻を動かさない方がいいだと?」
スタッカー伯爵はその長い鼻を真上に上げ、まるで鞭のように振り下ろして俺を攻撃しようとした。
「そっちかよ!」
せめて、俺をその鼻で巻き取るとか……結局同じか……。
「忠告はしたからな。まさか鼻を上に上げてしまうなんて……。そんなことをしたら、かえってやりやすくなってしまうじゃないか」
「はあ? お前はなにを言って?」
次の瞬間、俺の体に叩きつけようと上げていた長い鼻が、無敵剣を持つセクシーレディーロボ ビューティフォーによって斬り落とされてしまった。
「痛いよぉーーー!」
「だから言ったのに」
ここは、その鼻を俺の体に巻き付けてパワーダウンを起こさせ、突進を成功させるようにすればよかったのだ。
ああ、でも結局は同じことか……。
機械魔獣の鼻は、プラムによる斬撃で呆気なく斬り落とされてしまった。
機械魔獣化したスタッカー伯爵は、鼻を斬り落とされた激痛で悲鳴をあげながら暴れようとするが、それを俺は懸命に押さえつけた。
なにしろこの巨体だ。
少し動いただけで、足元の敵味方の軍勢に大きな被害が出てしまうからだ。
「ラーベ王ぉーーー! 貴様ぁーーー!」
「お前に貴様なんて言われる筋合いはないな。これ以上は迷惑だ! プラム!」
「はいっ!」
無限ランドセルから、豪槍(ごうそう)アポロニアスを出すと、すぐにプラムは無限剣から持ち替えて俺を飛び越え、槍の穂先を機械魔獣の脳天に突き刺した。
「そんなバカな……赤い玉は、機械魔獣となった俺は無敵だと……」
「あまり人の言うことを信じ過ぎない方がいいぞ。ましてや、相手は玉だ」
「クソォーーー! 俺は世界の王にぃーーー!」
俺とプラムが機械魔獣から離れてすぐ、スタッカー伯爵であった機械魔獣は大爆発を起こした。
「これで三体目……」
どうやら女帝アルミナスの復活は確実であろうが、この世界で探すのは難しい。
ならば、やはり俺の方針は間違っていないな。
「(つまり、アニメの通りにするんだ)」
レベルを上げたら、絶対無敵ロボ アポロンカイザーを呼び出して搭乗できるようになった。
これからもレベルを上げつつ、アニメの話が進むように俺とプラムは強くなり、装備などもそろえていけばいい。
次の目標は、絶対無敵ロボ アポロンカイザーが召喚されてくる異次元にある、アトランティスベース(基地)へのアクセスだな。
アニメでは、後半になると女帝アルミナスが繰り出してくる機械魔獣の数が増える。
より補給やサポートが必要になるからだ。
「(今はできることからだ)あれ?」
そんなことを考えていたら、敵軍であるスタッカー伯爵の軍勢が全員武器を捨てて降伏してしまった。
「どういうことだ?」
急ぎ、絶対無敵ロボ アポロンカイザーから降りて敵軍の責任者に尋ねると、彼はほっとした表情をしながらこう答えた。
「実は私、スタッカー伯爵家では下っ端の従士でしかないのです」
「他の一族とか重臣たちは?」
「全員スタッカー伯爵に殺されました。『少しでも自分の意見に逆らう奴は殺す!』、『俺の独裁を邪魔する奴は殺す!』と言って……」
これは母もそうだったが、機械大人、機械魔獣化した人間の特徴だな。
殺されなければほぼ永遠の時を生きられるようになった彼らは、家族を邪魔に感じてしまうのだ。
人間の権力者は、いかにして子孫に自分の遺産を残すか苦慮するものだ。
ところが、一体で完全な生物……機械大人や機械魔獣が真の生物かどうかは怪しいけど……である彼らは、人間であった頃の家族を容易に殺してしまう。
人でなくなってしまうわけで、だから必ず討たなければならないのだ。
「侵攻先でも、貴族やその家族は容赦なく殺されました。みんな、逆らうと殺されるから、怖くてスタッカー伯爵に従っていたのです」
スタッカー伯爵が死んだ以上、これ以上従う義理はないというわけか。
「わかった。降伏を受け入れよう。だが……」
利用しているようで悪いが、東部はすべてラーベ王家の直轄地とさせてもらう。
旧バルサーク辺境伯領はいいが、ラーベ王国の貴族の中には新王である俺に面従腹背な連中も一定数存在した。
百年間ラーベ王国に逆らった貴族たちを、そのままにはできないのだ。
「構いませんと言いますか……スタッカー伯爵に占領された土地の貴族はほぼ全滅しました。生き残っていても少数なので、領地の統治なんてできませんよ。家臣団も大分殺されてしまいましたので」
「そうか……」
機械大人や機械魔儒になった連中は、占領したあとの領地経営についてなにも考えていない節があった。
人間を辞めた途端、そういうことが完全に頭から抜けてしまうのであろう。
ただ敵を殺して土地を占領することしか考えていないのだ。
「バース男爵たちもだ。悪いが王都に居を移してくれ。爵位に応じた家禄は出す」
「それで構いません。我々は、スタッカー伯爵に皆殺しにされずに済んで、ツイていたと思うことにします」
突如侵略と殺戮を開始した機械魔獣により、東部は思っていたよりも早く併合することができた。
だが、大半の土地で支配者やその下で統治の実務を担当していた者たちが殺され、土地も巨大な象が踏み荒らしてしまった。
生き残った貴族たちも、東部全土に責任なんて持てない。
結果的にそうなってしまったとも言える。
「暫くは国内の内政だな……」
東部には港があると聞くが、ラーベ王国に反乱を起こして以降、あまり外国からの船も入って来ないと聞く。
他国に対する情報取集にも限界があり、復活した女帝アルミナスの行方は不明。
まさか探しにも行けず、有事に備えて己を強くするしかない。
「というわけで、ムーアたちに頑張ってもらおう」
「私たちは、魔獣狩りですね」
「そうだ」
東部は、今年免税にするしかない。
復興と開発を促進するため、シゲールに沢山の魔法道具を作らせなければ。
よって、素材と魔石も沢山必要となる。
頑張って魔獣狩りをするとしよう。
決して統治が面倒だからとかそういう理由ではなく、これこそが適材適所だからであった。
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