第三十五話 北部動乱 

「この辺もだいぶ開墾が進んだな」


「はい。シゲール殿が作る『トラクター』、『ブルドーザー』、『ショベル』、『トラック』、『車』、『エアバイク』などは便利ですね」


 多くの領民たちが逃げ出した、旧バルサーク伯爵領の再開発は順調に進んでいた。

 人がいないので、先日スカウトしたシゲールに作らせた農業用魔法道具を使って、バルサーク伯爵家直営の農業法人の従業員たち(家臣扱い)に作業させているのだが、予定よりも早く広大な農地が完成した。

 農業の基本である土はできていないが、これも魔獣のフンを発酵させた肥料を混ぜて早めている。

 魔獣の骨を用いた土壌改良剤などもあり、これらを作る工房もシゲールに任せたら短期間で立ち上げてくれた。

 農業用魔法道具の量産も同じで、本当に彼を雇ってよかったと思う。

 彼の仲間、弟子たち、取引先も全員雇入れたので、量産用の工房が早く立ち上がったのだ。

 シゲールは、お金周りさえ整えてあげれば非常に優秀だった。

 とはいえ、初期投資は五百億リーグほどかかったけど。

 普通の貴族では出せないな。

 バルサーク伯爵家は、スキルが絶対無敵ロボ アポロンカイザーである俺と、セクシーレディーロボ ビューティフォーであるプラムが毎日魔獣を虐殺レベルで狩っているから出せるのだけど。

 領内にハンター協会の買い取り所ができたのもよかった。

 ここで解体された素材がそのままシゲールの工房に向かい、時間も材料費も節約できる。

 失敗枠を与えたら、シゲールは嬉々として定期的に新しい魔法道具の試験をして、よく爆発させている。

 失敗は成功の母なので、年間二百億リーグくらいの失敗は十分に許容範囲内であった。

 俺が図面を描いた『トラクター』、『ブルドーザー』、『ショベル』、『トラック』、『車』、『エアバイク』なんて、簡単に再現して、すぐに量産技術まで確立してしまうのだから。

 なお、エアバイクとは宙を浮くスクーターみたいなものだと思っていい。

 領地が広がったのと、暗黒竜との戦いで北部が馬不足に陥ったので、家臣や兵たちに貸与している。


「旧バルサーク伯爵領が上手く行きそうなので、他の地域の未開地にも同じ手法を取り入れたく思います」


「それがいいな」


 内政担当になったムーアは、領内のあちこちを飛び回って忙しそうだ。

 とても充実しているようだがなかなか休まないので、俺が強引に休みを与えている。

 それに、若い家臣たちも育てていけないといけない。

 領地を捨てた貴族や重臣の子弟はほとんどおらず、下級家臣や農民の子弟からも優秀な人材を拾い上げたので、これを上手く育てなければ。

 こんな強引なことができるのは、一度統治機構が崩壊したせいというのは皮肉な話だ。


「そういえば、王都の貴族たちから打診があったとか?」


「受け入れるわけがないじゃないか」


 暗黒竜のせいとはいえ、もう統治できないと領民たちを見捨て、領地を放棄したくせに、俺が立て直した途端、戻りたいと言ってきたバカたちがいたのだ。

 最初は王都での年金暮らしに満足していたのに、領地に戻った方が羽振りがよくなりそうだから戻りたいと平気で抜かす。

 母といい、フリッツといい、貴族ってなんなんだろうなと思ってしまった。

 ただ、すでに元領地だし、王国政府は『そんなことできるわけがないだろうが!』と、その貴族たちを怒鳴りつけたと、ドルスメル伯爵が教えてくれたけど。


「すでに正式に領地を放棄しているし、公平な競売でバルサーク伯爵家が落札した領地なんだ。リーフレッド王国が認めるわけがない」


「彼らが戻った結果、再び領地が荒れたら意味がないですからね」


 それもそうだが、俺が怒って他の国に所属を変える危険もある。

 そもそも彼らは、本来改易されてもおなしくない失態を犯した。

 王都で年金暮らしができるだけ恩情なのに、バカを甘やかすと際限がないというか……。


「彼らとフリッツが連動しているそうだが」


「あいつもですか。本当に救いようがありませんな」


 公式な場ではともかく、ムーアも、今は書類の山と格闘しているアントンも、フリッツに対し欠片も敬意を持ち合わせていなかった。

 同時に、母に対してもであったが。


「とはいえ、なにを目論むかわかりませんな。警戒を強めます」


「そうだな」


 バカは、なにをしでかすかわからないからバカなのだ。

 自分の思い通りに行かないと暴走する危険が高いので監視を……いい人材がいるかな?

 あとでアントンと相談してみよう。


「そういえば、ブロート子爵家にお金を貸したそうで」


「面倒を押しつけるんだ。仕方あるまい」


 母を実家に送り返した時、ブロート子爵に頼まれてしまったのだ。

 俺の祖父だし、ブロート子爵家も暗黒竜退治で出兵をして大きな犠牲を出した。

 当主と跡継ぎである伯父は生き残ったが、叔父二人は討ち死にしたそうだ。

 失った兵……領民も多く、領地の立て直しにお金が必要だというので、俺はポケットマネーで貸していた。


「私が言うのもどうかと思いますが、領地を追い出されたダストン様になにもしなかったくせにですか?」


「勿論、腹立たしくはある」


 ただ、なにも援助しなかったがばかりに母の管理が適当になると困るので、仕方なしにお金を貸した形だ。

 その際、ブロート子爵は俺に涙を流して俺に感謝し、母を教会に入れて一生世間に出さないことを約束してくれた。

 悪い人ではないのだと思う。


「手間賃だと思うことにする」


 あとは、いくら俺が個人的に借用書もなしに金を貸したとしても、貴族がこれを返さないと評判に傷がついてしまう。

 フリッツなら間違いなく踏み倒すだろうが、ブロート子爵家は在地貴族である。

 時間がかかっても、ちゃんと返すはずだ。


「しかしながら、ブロート子爵領もその周辺の貴族領も。とにかく北部の貴族たちは暗黒竜による損失が多き過ぎます。前途は多難ですな」


 とはいえ、うちも他に手を貸している余裕などない。

 自分たちでなんとかしてもらわなければ。

 シゲール作成の魔法道具は便利だが、他に回す余裕などない。

 じきに販売できるかもしれないが、前に値段を聞いたら……なので、金がない貴族は買えないだろうな。

 かといって、暗黒竜のせいで人手は集めにくく、それは商都アーベンも衰退してしまうわけだ。


「とにかく今は、やれることからやるしかないさ」


「ダストン様ぁーーー! ドルスメル伯爵様がいらっしゃっていますよぉーーー!」


 アーベンの話をしたからであろうか?

 責任者であるドルスメル伯爵が俺を訪ねてきたと、プラムが大声で知らせてくれた。

 かなり距離はあるのだが、プラムはセクシーレディーロボ ビューティフォーのスキルを持っている。

 アニメのように、外部の人たちに声が聞こえやすくなっていたのだ。


「ドルスメル伯爵が? アーベンでなにかあったのかな?」


 急ぎ彼がいる屋敷に戻ると、珍しくそこには緊迫した面持ちのドルスメル伯爵がいた。


「バルサーク伯爵。実は、ブロート子爵家がいきなり周辺の領地に攻め入り、強引に併合をくり返しているようなのだ」


「勝手に戦争を仕掛けているのですか?」


 金、兵士、食料のすべてがギリギリのブロート子爵家が?

 うちから金を借りるほど困っているのに、他の貴族に戦争を吹っかけたなんて信じられないな。


「間違いではないのですか?」


 そもそも、今の時点で他の貴族の領地へど併合したところで、北部貴族は誰もが暗黒竜に受けた損害を回復させていないというのに……。


「ブロート子爵家にそんな戦力ないでしょうに」


「そうなんだが、それは他の貴族も似たようなものだしな。そこを突いてかと思ったが、現時点で他の貴族を併合してもデメリットしかないから不思議なんだよ」


 不良債権を抱え込むだけで、利益なんて出ないからな。

 正直なところ、リーフレッド王国の貴族管理は……というか、他の国もかなりいい加減だ。

 だからフリッツのアホは、うちに攻め込んできた。

 地方の貴族の実質支配者に変更があっても、辻褄が合えば気にしないのが王宮なのだ。

 そのくせ、戦で捕らえたフリッツを勝手に処刑でできないなど、リーフレッド王国の貴族管理は矛盾している。


「で、どこの貴族領に攻め込んだのです?」


「それが、すでに十数の貴族領が落ちている。貴族とその家族、家臣、兵士たちの多くが殺され、逃げ出した領民たちが難民となってアーベルに押し寄せている」


「それは、王国に対する反乱なのでは?」


 地方貴族同士の争いの範疇を超える、この北部を支配してリーフレッド王国に反抗するためとしか思えなかった。


「ドルスメル伯爵様、今のブロート子爵家にそんな戦力があるとは思えませんし、攻められた方は抵抗しなかったのでしょうか?」


 いくら暗黒竜退治で損害を受けているとはいえ、それはブロート子爵家も同じだ。

 十数もの領地に攻め入り、そこを支配する貴族やその家族を皆殺しになんてできるわけがないのだ。

 俺が貸した金を使っても、まず物理的に不可能であった。


「逃げ出してきた兵士たちの証言なんだが、金属製のあり得ない大きさのゴーレムが一体のみで攻めてきて、貴族とその家族を踏み潰し、握り潰し、皆殺しにしたそうだ。人間が魔獣であるゴーレムを操る技術なんて聞いたことがない」


 金属製の巨大なゴーレムというところで、俺は嫌な予感しかしなかった。

 そのような悪行を行う金属の巨人……もしかしてそれは、『機械大人』ではないだろうか?

 全銀河全滅団がその科学力を用いて製造し、毎週絶対無敵ロボ アポロンカイザーと死闘を繰り広げた敵メカ。

 なんとそれが、この世界に出現した。


「(しかし、どうして機械大人が……俺のスキルが絶対無敵ロボ アポロンカイザーだから、あり得ないとは言えないのか……)」


 どうやってブロート子爵家が機械大人を手に入れたのかは知らないが、それなら兵力なんてなくても短期間で十数の貴族領を併合できるであろう。


「いくらなんでもやり過ぎだ。リーフレッド王国は、ブロート子爵家の討伐を俺に命じた。アーベルから軍勢を出す」


 ドルスメル伯爵が、アーベルに駐屯する戦力を率いてブロート子爵を討つわけか。

 だが、いまだ暗黒竜から受けた損害を回復していないアーベル駐屯軍に、機械大人を所有するブロート子爵家が倒せるものなのか?


「勝てますか? 援軍は?」


「勝てるわけがない! 王宮の連中に冷静な戦力分析なんて期待しない方がいいぜ。あいつらはバカだ。しかも、今王国軍の主力は南部に出兵しているんだよ」


「じゃあ、援軍は?」


「ない」


 ないって……。

 北部で大変なことになっているのに、現場を見ていない王宮は少し頑張っている反乱貴族の討伐くらいに思って、援軍なんて必要ないと思っているわけか……。


「救われない話ですね……」


「だから、バルサーク伯爵に援軍を頼みに来た。無為に兵士たちを殺せないからな。それと、これは言いにくいんだが……」


「俺が、ブロート子爵家に資金援助したと疑っている貴族たちがいるのですね」


「お前さんが治めている領地の旧領主たちと、お前さんの弟が王宮で言い回っているそうだ」


 これだから貴族は……。

 本当に、どうしようもない連中だな。


「わかりました。俺たちも兵を出します」


「すまない。本当に助かる」


 困っていたブロート子爵家に金を貸したらこの様とは……。

 当然戻ってくるわけがないし、二度と貴族には金を貸さないと誓う俺なのであった。

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