第三十四話 機械大人 万力夫人 

「どうしてこの私が、このような質素な食事を食べなければいけないのです! 私を誰だと思っているのですか?」


「しかしながら、ルーザ様への対応はすべてお館様の命令どおりなのです。ただのメイドである私にはどうにもなりません」


「なんたることなのかしら!」




 実家であるブロート子爵家に戻った私に対し、父と兄が冷たい。

 屋敷の一室に軟禁され、ろくな食事も出さず、新しいお洋服、高価なアクセサリー、高級なワインや食材が一切ない生活になってしまった。

 メイドに文句を言っても、父の命令だからとなにもしてくれず……。

 と思っていたら、ようやく父が顔を出した。


「お父様、私はこのような質素な生活、私はとても耐えられませんわ。ブルーネットのワインが飲みたいですし、お洋服もオーダーメイドで頼みたいですし。そうだ! 注文していたペンダントをバルサーク伯爵領に取りに行ってくださいな」


「いい加減にしろ! このブロート子爵家の恥さらしが!」


「この私が恥さらし? ブロート子爵家のですか?」


「他に誰がおる! 嫡男であったはずのダストン殿は亡くなられた先代バルサーク伯爵の血を継いでいない。すでに噂は王都中に広がっていて、『ブロート子爵の娘は淫売だ』という噂が流れておるわ! 挙句の果てにフリッツは大バカ者で、悪政により領地を失って騎士爵に降格し、荒れた領地を懸命に立て直しているのはダストン殿というあり様だ! お前はどの面下げてバルサーク伯爵領内にあるお店にネックレスだと? 恥を知れ! アマラも、腹を痛めて産んだ娘の悪行に泣いておるわ!」


「私がダストンの母である事実は変わらないわ」


 だから、注文したネックレスの代金はダストンに払わせる予定よ。

 だって私は、ダストンの母なのだから。

 これは、母親としての当然の権利よ。


「……なにを言っても無駄か……もしお前がバルサーク伯爵領に一歩でも入ったら、私の面子が丸潰れなのだ! お前を死ぬまで預かるという約束で、我がブロート子爵家はお金を借りられたのだから」


「そんなお金があったら、新しい指輪が欲しいわ」


「見下げ果てた娘だな! 我がブロート子爵家も暗黒竜討伐で大きな犠牲を出し苦しい状況なのだ! ダストン殿から聞いたぞ! お前はダストン殿に刺客まで送り込んだそうだな。本当ならダストン殿は、このブロート子爵家に金など貸してはくれぬ! その恩情をお前は……」


「ダストンがお父様にお金を貸してくれたのは、母親である私におかげね。ワインで乾杯しましょう」


「お前になにを言っても無駄だな。まあいいさ。どうせ明日には、お前は教会に向かうのだから」


「教会?」


 まだ安息日まで日にちはあるけど、他にどんな用事があるのかしら?


「お前は教会に入り、死ぬまで修行を懺悔の日々を送るのだ。拒否は許されない」


「教会なんて嫌よ!」


 だってワインも飲めないし、綺麗なドレスも着れないし、アクセサリーも付けられないのだから。

 食事だって、もっと貧相になってしまうじゃないの。


「嫌よ! 教会なんて!」


 あんな堅苦しいところ。


「私は貴族なのよ! それに相応しい暮らしを送る権利があるのよ!」


 夫が死んだ今、私が死ぬまでなに不自由なく暮らせるよう、父でもダストンでもいいからお金を出す義務があるのだから。


「お前がなにを言おうと、もう決まったことなのだ。諦めて明日に備えて寝るのだな。荷づくりは必要ない。教会に持ち込んでいいようなものをお前は持っておらぬし、生活用品は教会に用意してもらっている」


「そんな……」


 教会にいる、いもしない神を信じているような貧乏臭い連中と同じ服装、生活を送れというわけ?

 このブロート子爵家の出で、前バルサーク伯爵夫人であるこの私が?


「私は絶対に、教会になんて行かないわよ!」


「お前がどう言おうと、これは決定事項だ。死ぬまで懺悔をして過ごすのだな」


 そう言い放つと、父は部屋を出て行ってしまった。

 メイドもそれに続き、私は一人部屋に残された。


「教会ですって! 早朝から神に祈り、食事は質素でお酒も甘い物も食べられず、掃除も洗濯も自分でやらなければいけない。貴族であるこの私がよ! 奉仕活動? 下民たちなんて私たち貴族の情けで生かしてやっているだけの存在で、私が贅沢に暮らせるように取り計らう虫ケラのような存在なのに! 絶対に教会なんて嫌!」


 どうにかして、明日の教会行きを阻止しなければ……。

 とはいえ、父は強引に私を教会に送り出すはず。

 一度あそこに閉じ込められたらもう終わり。

 私はどうすれば……。


「っ? これは……」


 思案に耽っていたら、突然目の前に青い玉が出現した。

 とても綺麗で、まるで宝石みたいね。

 青い玉は、私の前でフワフワと浮いていた。


「これを売ればお金になるかしら? 駄目ね……明日教会に持って行けば没収されてしまう……」


 これを売ったお金で逃げ出すのは無理ね……。

 などと考えていたら、突然頭の中で声が響いた。


「チカラガホシイカ?」


「力? それよりも、今は私が教会に行かずに済んで、毎日贅沢に暮らしたいの。美味しい料理、綺麗なお菓子、高いお酒に、豪華な宝石をあしらったアウセサリーの数々に、お洋服は全部オーダーメイドで。高貴な生まれである私に相応しい生活を死ぬまで送りたいわ」


「ソノネガイヲカナエルタメノチカラダ。オマエガコノリョウチノアルジトナリ、シュウヘンノキゾクノリョウチヲチカラデヘイゴウシ、ノゾムセイカツニヒツヨウナシキンヲダスカトウセイブツヲフヤセバイイ」


「そのための力……」


 そうね!

 私に力があれば、私がブロート子爵家の当主になって領民たちに税を払わせることができる。

 周辺の領地も併合してしまえば……もっと贅沢ができるわ!

 バルサーク伯爵領でもそうだったけど、領民たちは貴族に税を払うのが義務だし、死んでもすぐに増えるから問題ない。

 無能で数ばかりいる愚民たちが、高貴な貴族たちを支える。

 それこそが、この世の正しい道なのよ。


「そうね。私が力を得て、父と兄には引退してもらえば……」


「デハ、チカラヲカソウ!」


「えっ?」


 いきなり青い玉が私の胸の中に……

 熱い!

 体が燃えるように熱いわ!


「なんなのよ! 熱いじゃないの!」


「スグニオワル。ドウキカンリョウ」


 熱さが治まった。

 でも、なにか変わった風には感じられないけど……。


「ソンナコトハナイ。オマエハ、機械大人『万力夫人(まんりきふじん)』ニウマレカワッタ。スグニヘンカガアルサ。ワタシハモウキエルガ、アトハスキニヤレバイイ。サラバダ」


 謎の声が消えれると同時に、私の体が巨大化し始めた。

 とてつもない力が体中から湧き出てくると同時に、体が大きくなっていって父と兄によって私が軟禁されていた離れが完全に破壊されてしまう。


「もの凄い力ね! 離れは……どうせ私には使えないからどうでもいいわ」


 力を得て巨大化した私に相応しい巨大で豪華なお屋敷を、領民たちに作らせましょう。

 その前に、父と兄を……私に支配権を譲渡させて……面倒ね!

 握り潰してしまいましょう!

 考えてみたら、私をあんな目に遭わせた父も兄も……母もいらないわ。

 屋敷も……もう私は住めないから壊してしまいましょう。

 そして、新しい領民たちに豪華で巨大な屋敷を作らせるのよ。


「突然離れが……地震か? 化け物……ルーザか?」


「父上? なんだこの巨大なゴーレムは?」


 私はルーザなのに、兄はこの私をゴーレムのような不格好なものと一緒にして。

 失礼にもほどが……握り潰してしまいましょう。

 私は、屋敷から飛び出してきた兄を手で掴み、そのまま力を入れて握り潰した。

 兄は潰れたトマトみたいになってしまったけど……ざまあないわね!

 私に贅沢をさせないからこうなるのよ!


「あら、汚いわね。あとで手を洗って、絹のハンカチで拭かないと」


「ラッセル! ルーザ! お前は実の兄を殺したのだぞ! 化け物になどなりおって!」


「化け物? この私が?」


「ルーザ! お前はブロート子爵家の恥さらしだ!」


 言ってくれたわね!

 生かしておいてやろうと思ったけど……考えてみたら、生かすとコストがかかるわね。

 家臣たちも給金を払わないといけないから、これも全部殺してしまいましょう。

 他の貴族たちも同様で。

 だって、私が全部征服してしまえば、軍備なんて必要ないのだから。

 その分、私は贅沢できるわ。


「まずは、邪魔な奴らを殺して、ブロート子爵領を支配しましょう。続けて、他の貴族たちも皆殺しよ」


 そして、豪華な宮殿を建てさせるの。

 毎日ご馳走を食べて、美味しいワインを飲んで、毎日着飾って。

 気に食わない奴は殺して……そうよ!

 あの兄を握りつぶした時の感触ったらないわ。

 どうせ反抗する愚かな下民たちは尽きないと思うから、毎日が楽しくなるわよ。


 さあ、夢のブロート子爵領を作り上げましょう。

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