第三十話 天才科学者? 天才技術者? 

「やはり人手が足りませんね。バルサーク伯爵領が誇る広大な農地。これを耕す人手がいないのです」


「そうか……」




 ムーアから吸収合併したバルサーク伯爵領の状況説明を受けるが、他の領地よりも事態は深刻だ。

 暗黒竜との戦いで多くの働き手を失い、これに加えてフリッツと母による悪政の犠牲者も多い。

 農地を捨てて逃亡できた者たちはまだ幸運であり、もし捕まれば奴隷に落とされてしまい、ろくに食事も与えられずに死んでしまった者たちも多かった。

 彼らの遺体は一箇所に纏めて埋められており、あまりに悲惨なので、教会にお金を出して共同墓地の建設と慰霊碑の建立、永代供養を頼んだほどだ。

 ここまでしたフリッツと母が処刑されなかったので、同じバルサークの姓を持つ俺が領主になるなど嫌だと言って、領地から出て行ってしまった者もいた。

 だが俺としては、止める術がなかったのだ。

 そんなわけで、旧バルサーク伯爵領には耕す人がいない畑が大量に残された。

 先に旧バルサーク伯爵領からうちに逃げてきた農民たちは、すでに新天地で農家として働いており、戻るつもりはないというか、まさか遠く離れた農地を二カ所も経営できない。

 旧バルサーク伯爵領にいい思い出がないので、戻るつもりもないという元領民たちも多かった。

 さて、この耕し手不在の広大な農地をどうするか……。


「北部以外の地域から人を募りますか?」


「そんなに集まるものか?」


「あまり期待できないかと……」


 それはそうであろう。

 南には温暖で豊かな土地が多いと聞く。

 自身の住む場所が貧しければ、同じ南部の未開地を目指すので、わざわざ寒冷で痩せた土地が多い北部に移民しようとする人が少ないのだ。

 勿論ゼロとは言わないけど。


「むしろ逆転の発想で、少人数でも農業ができるようにしようと思う」


 トラクターやコンバインのような魔法道具を作らせ、少人数で広大な畑を耕かせる。

 広大な農地をバルサーク伯爵家が所有して農業法人のような形態にしてしまい、農地を整理、集約して農業法人のようにしてしまうのがいいのかも。

 この世界の農地は、ちゃんと四角形に区切られていないものが大半であった。

 だから納税の基本データとなる畑の面積と推定収穫量の計算が面倒であり、なら農地を整理しようとすると農民たちが利害関係で揉めてしまうケースが多い。

 たとえわずかな土地でも、区画整理した結果、少しでも面積が減れば農民たちにとって死活問題だから当然だ。

 そこでバルサーク伯爵家では、暗黒竜騒動や悪政で農民が減ったことを利用し、半ば強引に農民たちに広い土地を分け与えてしまった。

 さらに、放棄地は二年、新規開墾地は三年、ちゃんと収穫ができる農地でも一年間の免税をしたのだ。

 普通の貴族なら財政的に耐えられないが、俺とプラムなら魔獣を虐殺レベルで狩れるので問題なかった。

 おかげで、併合したばかりの旧バルサーク伯爵領以外は順調に発展している。

 元から耕す農地が沢山あり、農業に必要な水も俺とプラムが川から用水路を掘って引いた。

 カイザーアイビームを上手く調整すれば、用水路などひと晩で掘れる。

用水路が水流で崩れて埋まらないよう、外側を木材で補強したり、支路を掘るのは領民たちによる工事や、水を使いたい農民たちに任せたが。

 旧バルサーク伯爵領ではさらに進化させ、広大な放棄地と開墾地を、バルサーク伯爵家の所有する大農場にし、魔法道具を用いて少人数で農作業をさせる。

 そして彼らには給料を支払い、成果によってボーナスに色をつける感じだな。

 残っていた農民たちには、強引に広大な農地を分けてしまおう。

 彼らも魔法道具の農業機械を使えるよう、貸し出す仕組みが必要だな。


「(命名は『農業組合』でいいか。となるとやはり優れた魔法道具の職人が必要だな)」


 トラクターやコンバインのような魔法装具を作れる職人、技術者を探さないといけない。

 早速俺とプラムは、アーベルへと飛んだ。


「優れた魔法道具職人ですか? ああ……いないこともないです」


 魔法道具のお店で優れた職人について尋ねると、店主が困惑した表情で教えてくれた。


「優秀なんだろう?」


「優秀です。間違いなく、百年に一人現れるか現れないかの天才でしょう。ですが扱いにくい……。雇うのは難しいと思いますよ。これまで何人もの貴族どころか、王国からの誘いも断っていますから」


「変人なのか?」


「彼から直接話を聞けばわかりますよ。工房の場所をお教えしましょう」


 店主に地図をもらい、俺とプラムはアーベルの郊外にある小さな工房へと向かった。

 ドアの前に立つと同時に『ドカン!』という爆発音が鳴り響いた。


「ダストン様?」


「実験でもして失敗したのかな? すみません」


 爆風に巻き込まれても傷一つつかない体になったので、俺もプラムも爆発音くらいでは動揺しなかった。


「おう! 勝手に入ってくれ」


 許可が出たので工房に入ると、そこには三十代半ばと思われる、ツナギっぽい服を着た眼鏡の男性がいた。

 この世界に眼鏡があるとは……。

 ツナギも初めて見たな。


「この服は、俺が知り合いの仕立て屋に作らせたんだ。この眼鏡は俺が目が悪いからだ。で?」


「シゲールさん、あなたを雇いたいんだが」


「お貴族様かい? だがな、俺はやめておいた方が無難だぜ」


 相手が貴族でもこの対応。

 変人扱いなのも納得できる。


「実はこういう魔法道具が大量に必要で、さらにメンテナンスの問題もある。シゲールさんにバルサーク伯爵家の魔法道具職人たちを率いてほしいのだけど」


 俺は、トラクターやコンバインなどの大まかな設計図と、農業政策に関して説明をした。

 広大な農地を数少ない人数で耕すには、こういう魔法道具が必要なのだと。


「ふーーーん。あんた、魔法道具職人でもないに、いい図面を描くじゃないか」


 現代日本では既存ものだし、これでも同人誌を出した経験があるからな。

 このくらいならなんとか描けるのさ。


「俺なら作れるが、俺を専属で雇うのはお勧めしないぜ。なにしろ俺は変人だからな」


「それはわかる」


 なぜなら先ほどの爆発は、なにか新しい魔法道具の起動試験に失敗して爆発を起こしていたからだ。

 その証拠に、シゲールさんの顔は煤で真っ黒であった。


「俺は頼まれた仕事はちゃんとこなすが、その合間に常に無謀な挑戦をしないと気が済まない男なんだ。単発で仕事を頼むにはいいが、お抱えにすると損失も大きいから、王家ですら俺を雇うのを諦めたからな」


「(ダストン様、単発で仕事を頼まれた方がいいのでは?)」


 失敗分の損失を被る覚悟はあるのか?

 プラムもそうだが、それが嫌だから王国ですらシゲールさんを雇わなかったのか。


「いいよ」


「いいのか? 俺、去年は三十億リーグ稼いで、それで色々と実験して二十五億リーグも使ってしまったんだが……おかげで、仲のいい職人たちや取引先に迷惑をかけることもあってな」


「そうなんですか」


 優秀で稼ぐけど、新たな挑戦のために際限なくお金を使ってしまうタイプなのか。

 だから稼いでいるはずなのに、工房は小さくボロかった。

 工房に隣接する家も、お世辞にも豪華とは言い難い。


「で、どうなんだ?」


「去年は二十五億の損失ですか……」


「すげえだろう?」


「そのくらい損失が出せないような職人でないと、雇う価値がないのでいいですよ」


「いいのか? 本当に?」


「(あの……ダストン様……)」


 もの凄い逸材を見つけてしまったな。

 シゲールさんを雇って技術部門のトップにして、その下に職人たちを配置。

 品質管理とコスト管理をしながら農業機械他、金になる魔法道具を量産させれば……。

 失敗なんて、予算をつけて好きにやらせればいいのだ。

 決められた予算内なら、いくら失敗しても問題ないのだから。


「あんた、すげえな」


「だって、数多の失敗の中から優れた成功が生まれるのだから」


 そう都合よく、新しい発明が生まれるものか。

 色々試して失敗した結果、そこから世紀の新発明が生まれる。

 それはどの世界でも同じことだ。


「だから、成功品の量産で利益率を上げる組織を作り、その利益の中から好きに試せる予算を出す。シゲールさんの場合、そういう銭勘定をプロに任せた方がいいと思う。一定額の給料が保証され、成果を出せば歩合でボーナスが出て、予算内ならいくら失敗してもいい。予算内ならいくら失敗しても罰はない。さらに……」


「さらに?」


「同じ予算でも、今よりも沢山実験や試験ができる」


 魔法道具の試作には、高価な魔獣の素材が使われるケースが多い。

 シゲールさんが個人で仕入れるよりも、バルサーク伯爵家で仕入れ値を管理すれば、同じ試験でもコストが安くあがるのだ。


「なるほど。若いのにしっかりしているんだな」


 しっかりというか……前世でそういう仕事をしていたからだと思う。


「知り合いの職人たちも誘えば、彼らが試験で使う素材の仕入れも一括にして安くできる。なにより、バルサーク伯爵領にはハンター協会の買い取り所がある!」


 俺とプラムが倒した魔獣の素材なら、さらに安く手に入ってしまうのだ。


「決められた成果を出してくれれば、色々と実験できますよ。今よりも財政状態もよくなるはず。家族に苦労をかけているのでは?」


 これもよくある話なのだけど、こういう天才肌の人はお金に無頓着すぎて家族に苦労をかけているケースが多い。

 決まった給金が保証されれば、家族の暮らしもよくなるというわけだ。


「いくら優秀な魔法道具職人でも、家族に苦労をかけさせたら駄目だと思う。そう思わないか? シゲール・チューバよ!」


「……否定できない……」


「あんた、今月の支払い額が足りなくて……」


 とそこに、工房の奥から奥さんらしき人が出てきた。

 これだけ有名な魔法道具職人の奥さんなのに、大分くたびれているように見える。

 しかも、背中には赤ん坊を背負っていた。


「支払い?」


「急遽実験する魔法道具の素材の代金ですよ。ツケで購入したから、明日には代金を納めないと……」


「あとで支払いを伸ばしてもらう」


 駄目だこりゃ。

 この人は魔法道具職人としては優秀でも、経営者としては無能に近いのだ。


「でも、もうツケは駄目だって」


「なんとかする」


「母ちゃん、腹減った」


「母ちゃん、お腹空いたよ」


 さらに、シゲールの子供たちも姿を見せた。

 子供たちの服装も大分みずぼらしく、稼いでもすべて研究に費やしてしまうシゲールは決していい夫、父親ではないようだ。


「お前らは下がってろ。大切な話をしているんだ」


「あんた、いいお話じゃないか。バルサーク伯爵様の家臣になれば、子供たちにもう少しまともな生活を……」


「女子供は引っ込んでろ! これは俺が決める話なんだぞ!」


「……っ!」


 前世とは違って、この世界はかなり男尊女卑の気がある。

 シゲールは、男の仕事に口を出すなと家族を叱ったのだが、次の瞬間、俺はプラムからこれまでに感じたことがない殺気を感じた。

 間違いなく、シゲールの家族への対応に怒っているのであろう。


「引っ込んでいろとはなんですか! 奥さんもお子さんたちもお腹を空かせてひもじい思いをしているのに、自己満足の研究三昧ですか?」


「うるせえ! 俺はこの世の中を少しでもよくするため、常に新しい魔法道具の研究にだな!」


「(すげえ! プラムに言い返した!)」


 スキル、セクシーレディーロボ ビューティフォーを全面に押し出しているプラムに、戦闘力がないシゲールが萎縮することなく言い返すなんて……。

 分野は違えど、一流の人間は違うな。

 だが、今のプラムに言い返すなんてあまりにも無謀だ。


「世の中のため? 身近な家族すら幸せにできない人が、どうやって世界をよくする新しい魔法道具を作れるというのですか? あなた一人が勝手に道楽して野垂れ死ぬのなら構いませんが、家族を巻き込まないでください! それならあなたはどうして結婚したのですか? 自分勝手にもほどがあります!」


「なんだと! 俺はこの仕事で二十年も食ってるんだぞ! 文句あるのか?」


「あります! あなたはとんだロクデナシです!」


「言ったな!」


 壮絶な言い争いを続けるプラムとシゲールであったが、それを止めたのは奥さんであった。


「プラム様、私たちに気遣っていただいてありがたいのですが、うちの人は、昔から魔道具作りのことになるとこんな感じなので……。でも、どうにか暮らせてはいますから」


「お前……」


「もし仕官が嫌なら、私も子供たちも反対はしないから。このままこの工房を続けてください」


「……」


 この奥さん、マジで凄いな。

 いくら稼いでも、全部新しい魔道具の研究と試験に費やしてしまい、貧しい暮らしでも文句一つ言わないどころか、そんな夫を庇ってしまうのだから。


「(駄目かな?)」


 天才肌の人って、頑固な人が多いイメージだからな。

 自分の信念を曲げないというか……。


「世話になる……研究は続けていいんだろう?」


「むしろ、この工房でやっているよりも新しいことに挑戦できると思いますよ」


 なにしろバルサーク伯爵領は新興もいいところだし、暗黒竜のせいで人口にも国力にも甚大な被害を受けている。

 今のうちに新しい産業、魔法道具関連の製造や販売で領内に金が回るようにしたいのだ。

 最初の投資が莫大なのでどの国も貴族も躊躇するケースが多いのだけど、俺とプラムはお金を稼げる。

 捨てたつもりで投資するさ。


「では、シゲールをトップに……仲間たちも来ないかな?」


「俺が声をかければ必ず来る」


「一人でも多く連れてきてください」


「いいのか?」


「金なら出す!」


「わかった! 新しい研究と試験もするが、まずは簡単に作れて金になる農業用の魔法道具から量産する」


「できるのかよ!」


「できらぁな! さあ、すぐに引っ越しだ!」


 こうして優秀な魔法道具職人シゲール・チューバと、彼と親しい職人たちがバルサークの家臣となった。

 早速彼らは、急遽建てた倉庫の中でコンバインやトラクターなどの試作と量産手順の開発を始め、短期間で量産にこぎつけることに成功した。


「これは便利だ。少人数でも、広大な畑が耕せるな」


「これが普及すれば、バルサーク伯爵領は広大な穀倉地帯となるはずだ」


 人手が少ない旧バルサーク伯爵領の農地を集約し、バルサーク伯爵家経営の大農場を作ってみたが、シゲールたちが生産した農業用魔法道具の初期量産分は、順調に畑を耕していた。

 俺の適当な設計図ですぐに新しい魔法道具を開発してしまうなんて、シゲール・チューバは本物の天才と呼ぶに相応しい人物であった。


『ドカァーーーン!』


「なんだ?」


「ダストン様、また派手に爆発しましたね」


 どうやら爆発元は、農業用の魔法道具を量産している倉庫に隣接している、試験用の倉庫からであった。

 中に入ると、なにか魔法道具っぽいものの部品や壊れたパーツが派手に飛び散っていた。


「失敗か?」


「残念。次までに改良案を練っておかなければ」


 いくら失敗してもめげず、すぐに改善してまた失敗してもめげずに続ける。

 彼が天才魔法道具職人として評価されてはいても、これまでずっと一匹オオカミだった最大の理由であろう。

 雇う方は、シゲールの失敗の多さに躊躇してしまうのだ。


「お館様、俺はめげないで続けるぜ」


「予算内ならなにも言わないけど、ただ……」


「ただ?」


「失敗の記録も残しておいてくれ。他の人がそれを見て、新しい解決策を思いつくなんてこともあるんだ。さらに同じ失敗もしなくなるからな」


「それはいいアイデアだな。記録に残しておくぜ。さてと。農業用の魔法道具の量産をしないとな。じゃあな」


 シゲールは、量産品の製造に戻ってしまった。

 ぶっちゃけ、農業用の魔道具は数ヵ月先まで予約が入っており、利益率が大きかったので、このくらいの失敗は笑って見過ごせるレベルだ。


「奥さんとお子さんたちもちゃんと暮らせるようになりましたし、よかったですよ」


「それが一番かも」


 プラムは、シゲールの家族の生活が安定したことがなによりも嬉しかったようだ。

 こうして無事に俺の家臣となったシゲール・チューバだが、彼らこれより俺たちにとって重要な役割を果たす人物になっていくのであった。

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