第二十九話 母との別れ
「腹を痛めて産んだ実の母親に対しこの仕打ち! あなたはそれでも人の子ですか?」
「ダストン! 覚えてやがれよ!」
「バルサーク伯爵様、もうよろしいでしょうか?」
「どうぞ。連れて行ってください」
新バルサーク伯爵である弟フリッツの自爆により、バルサーク伯爵領は俺たちの手に落ちた。
もっとも、重税と苛政のせいで領民の多数は逃亡し、領地は荒れ、なんと逆らった家臣とその家族、領民たちを奴隷に落として強制労働させ、自分たちは贅沢三昧をしていたそうだ。
俺は即座に奴隷を解放し、捕らえたフリッツと母の身柄はドルスメル伯爵経由で王国に託した。
これだけやらかしたにも関わらず、王都に召還、役なし法衣騎士に降爵だけで済んだのは、やはり貴族が特権階級だからであろう。
だがその恩恵は、フリッツと母に取り入って悪政に加担していた家臣には通用しなかった。
彼らは全員、死の凍土に追放となった。
ハンターでもない人間があそこで暮らせるはずなどなく、実質死刑のようなものだ。
その家族も、着の身着のままで領地から追放された。
可哀想だと思うのは俺が元日本人だからで、これでも処置が甘いと思っている関係者は多かった。
特に奴隷に落とされてどうにか生き残った人たちからすれば、たとえ犯人の家族でも、追放だけで済ますのは甘いと考えるわけだ。
これからの生活を考えると、決して甘くはないのだけど。
暗黒竜騒動の余波で、リーフレッド王国北部はいまだに不景気と治安悪化に見舞われている。
元の贅沢な生活から流浪生活になるのだから、もしかしたら牢屋の方がマシかもしれないな。
そしてフリッツと母であったが、ドルスメル伯爵が手配した王国軍兵士たちによって王都へと移送されることになった。
これだけやらかしても年金が貰える生活なんて、やはり貴族が恵まれているのだな。
もっともそれを理解できない本人たちは、恨み重なる俺を悪し様に罵り続けていたけど。
とにかく物理的な距離を取れるのはありがたい。
というか、こんなのを引き受けるリーフレッド王国も大変だな。
「母上、逆にお聞きしますが、親が血の繋がった実の子に何度も刺客を送るものなのですか? いくら俺が父の実の子でないにしてもです。フリッツが家督を相続できた時点で、俺など無視すればよかったのに……。それとも、不義の子である俺がいつまでも生きていると、恐怖で夜も眠れませんか? 母上」
「そっ、そんなことはない! お前は旦那様の資質をまるで受け継げない子だから!」
俺が父の血を継いでいない。
これを聞いたムーア、アントン、他元バルサーク伯爵家の家臣たちは特に驚かず、『ああ、やっぱり』という表情を浮かべていた。
それと母上。
その返答の仕方だと、俺に刺客を送っていた事実を認めるようなものなのだが……。
さらに、この話を聞いたフリッツも特に驚きを見せなかった。
彼が俺を異常なまでに見下していた大きな理由の一つが、俺は父の血を継いでいなかったことが判明した瞬間だった。
そしてフリッツは突然なにかを思い出したかのように、邪な笑みを浮かべた。
「俺様は王都に向かいますが、この淫売は実家であるブロート子爵家へ送ってください。先代を騙し他の男の子を産むようなバカ女は、バルサーク家の人間に相応しくありませんから」
「フリッツ……あなた……」
「お前に、王都の屋敷に入る資格などない!」
なるほど。
騎士爵にまで降爵するフリッツは実入りが減ったので、自分と同じく浪費をする母を切り捨てる決断をしたわけか。
母をバルサーク家から追い出す正当な理由はちゃんとあるのだから。
これまでは知っていて無視していたのに、ちょっと金回りが悪くなると実の母すら見捨てる。
我が弟ながら、なかなかのクズだな。
「ダストォーーーン! 覚えてやがれよぉーーー!」
「バルサーク卿、では参りましょうか」
「ああ」
フリッツは最後に俺に捨て台詞を吐いてから、ドルスメル伯爵が寄越してくれた兵士たちと共に王都へと旅立って行った。
そして、母は置いていかれた。
「あのね……ダストンちゃん。私はあなたをお腹を痛めて産んだ母親なのよ。まさかわずかな過ち程度で私を見捨てたりしないわよね?」
実の息子である俺……ダストンでもある……を何度も暗殺しようとしておいて、わずかな過ちか……。
母のあんまりな言いように、彼女以外の全員が唖然とし、同時に心から侮蔑の視線を向けていた。
どうせ俺に上手く取り入って、また贅沢に暮らそうと思っているのがミエミエだ。
「個人的なことは、俺ももうすぐバルサーク伯爵となるのでなにも言いませんけど」
「まあ、ついにバルサーク伯爵家を継ぐのね。あなたの力量に相応しいわ」
思ってもいないおべっかを使う母に対し、ますます鋭い侮蔑の視線が彼女に突き刺さったが、面の皮が厚い母はなにも気がついていなかった。
「なにか勘違いしていませんか?」
「ダストンちゃん?」
「俺は、ハンターとして得た金で元ステリア子爵領などを落札し、たまたまバルサークの姓だったのでバルサーク伯爵に昇爵しただけですよ。あなたの言うバルサーク伯爵家は、もう騎士爵に降爵して王都で燻るだけの存在になりました」
別に俺は、父のバルサーク伯爵家を継いでいない。
プラムの力も借りたが、己の力のみで領地を得てその開発に成功し、伯爵の爵位を得たのだから。
「そっ、そうなの……そういえば、ダストンちゃんの婚約者は、元王女様なのよね。ダストンちゃんにお似合いだわ。プラムさん、私はあなたの義母なのよ。あなたからも、ダストンちゃんを説得してちょうだい」
俺に言っても駄目だとようやく悟った母は、今度は俺の隣にいるプラムに取りなしを頼んだ。
これで本当になんとかなると思っているのなら、母は本物のバカなのであろう。
プラムを見ると、これまで見たことがないほど冷ややかな表情で母を見ていた。
「いい加減になされたらどうですか?」
「プラムさん?」
「あなたのしたことは、誰が見ても取り返しのつかないことなのです。家臣とその家族、領民たちを殺したり、奴隷にしたりしたら犯罪なのに、貴族だから今回は許された。静かにしていればいいものを、これまでの贅沢な暮らしを失いたくないからダストン様に縋る。あなたはどうしようもないクズ人間です。本当なら生きている資格もありませんが、今は殺すわけにはいきません。私は元王女だからわかります」
いくら理不尽な裁定でも、リーフレッド王国からの命令に逆らえば、チャンスとばかりに俺とプラムがこの三年間で豊かにしたバルサーク領を取り上げるかもしれない。
だから我慢してドルスメル伯爵に仲介してもらい、フリッツを王都に送り出したのだから。
あんなのを抱え込むリーフレッド王国も、大概不幸だと思うけど。
「あなたもご実家であるブロート子爵領に戻れば、生活に苦労することはないでしょう。それが過剰なまでの恩情だと理解して、静かに実家に戻ればいいのです」
「実家であるラーベ王家を追われた小娘が、生意気にもダストンちゃんの母に対し生意気な!」
あんた、今さっきプラムを褒めていたじゃないか。
中身が俺だからというのもあるが、こいつを実の母だと思えないし、このままブロート子爵家に引き取ってもらおう。
向こうで迷惑をかけても、それはこの女を産んだブロート子爵家の人たちの罪だからな。
俺は知らん。
「ブロート子爵家において健やかに余生をお送りください。頼むぞ」
「わかりました。では参りましょう」
「こらっ! 離しなさい! この私を誰だと心得るか!」
まだ無駄な足掻きを続けていたが、兵士たちはそれを無視して母を連れ出した。
これで二度と会わずに済むと思ったら、心が落ち着いてきた。
「疲れた……とにかく疲れた……。ムーア、アントン。幸い、バルサーク子爵領の方には余裕がある。占領したバルサーク伯爵領は再建と民力休養を最優先に」
仕方がない。
俺たちが魔獣を狩れば赤字決済は避けられるので、今はバルサーク伯爵領を回復させなければ。
「「……」」
「ムーア、アントン?」
「いえね。先代までのバルサーク伯爵領は、この近辺で一番豊かで広大な農地を持つ、富裕な領地だったのです」
「それが、フリッツが継いでわずか三年で……」
なにをどうすると、こんなに酷いあり様になるのか。
ムーアとアントンからすれば、ただ泣きたい気持ちなのであろう。
俺もなにか悪霊でも憑りついたかのようなフリッツと母を見て、ただため息しか出ないのだから。
「もう過去のことは考えるな! 今は未来のことだけを考えろ! 新しい『バルサーク伯爵領』を豊かにすることだけをな!」
「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」
これでいい。
正直なところ、父に追放されてからまったく未練も興味もなかった領地と爵位が、スキル絶対無敵ロボ アポロンカイザーを極めていたら戻ってきてしまったのは皮肉としか言いようがない。
それでも俺は、絶対に絶対無敵ロボ アポロンカイザーに搭乗するのだという夢を捨てず、領地のために魔獣を狩り続けようと思う。
「ダストン様」
「プラム。俺はもう過去のことは忘れた! プラムもいるからな。頑張ってレベルを上げてスキルを極めるぞ!」
「私も一緒に頑張ります!」
こうしてフリッツと母はバルサーク伯爵領から追放され、俺は実家の領地に舞い戻ってきた。
運命の皮肉というか、ただ俺とプラムはこれまでの生活を変えるつもりはないけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます