第二十八話 対フリッツ
「ダストンじゃないか! しかもたった二人で俺様の諸侯軍に対抗しようとは片腹痛い。おおっ! 噂どおりに美しいじゃないか! プラム姫は俺様が貰ってやるぜ」
「フリッツ、しばらく会わないうちに現実と妄想の区別もつかなくなったのか?」
「あなたとなんて嫌です。あなたは気持ち悪いので」
「なんだと! 生意気なクソ女が! ダストンを殺したあと、俺がこの場で組み敷いてから犯してやる!」
しかしこの三年ほどで、フリッツは随分と太ったな。
重税を課して母と贅沢三昧だったらしいから、さぞやカロリー過多だったのであろう。
そしてますます俺を見下すようになり、色気づいてプラムに興味を持ったようだが、彼女から気持ち悪いと言われて激高していた。
プライドが肥大し過ぎたせいだと思うが、せめてもう少し痩せればいいのに……。
「迅速に軍勢を用意した俺様の勝ちだ! いくら冒険者として稼いでいるとはいえ、多勢に無勢ってやつだな」
ドヤ顔のフリッツが自慢げに言うが……これは一揆かなにかかな?
父の代には借金をしてまで武具を工面していたのに、ついに装備代までケチるようになったのか。
フリッツ自身はいい装備を着けているが、装備を作った時よりもかなり太ったようで、あちこちから肉がはみ出ていた。
こんな状態で、よく勝利を確信できるものだ。
「すげえ楽観主義だな」
「あそこまで行きつくと、ある意味生きるのがとても楽そうですね」
「俺様をバカにしやがって! こちらは二百名で、お前らはたった二人じゃないか! 可愛そうに、軍勢も整えられない貧乏貴族が」
俺を小バカにし続けるフリッツであったが、すでにうちの諸侯軍はこちらを目指しているはずだ。
数も即応部隊だけで二千人はいる。
よほどのことがなければ負けることはないのだが、こんなくだらないことで消耗させたくないのだ。
それと……。
「フリッツ。お前が先に攻め込んだんだ。責任は取ってもらうぞ」
「俺様に勝ったつもりか? しかもたった二人で」
「たった二人だが、じきに二千二人になるけどな」
「はんっ! たかが子爵の分際で、俺様よりも軍勢を用意できるだと?」
こいつは本当にバカだな。
俺が子爵なのは、ステリア子爵領を競売で購入したからだ。
そのあと何倍にも領地を広げ、人口と国力を増やし、バルサーク伯爵領のように悪政で荒廃させていないから、この程度の軍勢を整えることなどそう難しくはなかった。
爵位だけで俺を低く見る……相変わらずとしか言いようがないな。
「ダストン様、どうします?」
「決まっている」
この手のタイプは、中途半端に対応すると何度も面倒をかけてくる。
今回でケリをつけてしまおう。
「殺すのですか?」
「いや、それはない。というかできないんだ」
貴族同士が領地や利権を巡って争うことはよくあるが、王国が任じた貴族を殺すのはご法度であった。
「だが逆に、殺さなければなにをしてもいいとも言える」
その領地を誰かが統治していれば、多少表向きの統治者と実態が違っていても、リーフレッド王国は気にしない。
そんな余裕がないとも言えるし、他国に占領されなければ、別に誰が貴族でもいいと思っている節すらあった。
「暗黒竜のせいで、領地を捨てて王都に逃げ出した貴族たちは、年金生活で気楽なものらしい」
本当なら統治不備で罰せられてもおかしくないはずなのに、それは貴族の特権なのであろう。
王都で遊んで暮らしている者も多いと聞いた。
領地を捨てて王都に逃げ込む際に家臣や一族まで切ってスリム化しているので、たとえ領地に復帰できるチャンスを得ても人手不足でどうにもならず、『必ずや領地に戻る』と表向きは宣言していても、遊んでいる貴族が多いのだとか。
「王都に追い出す」
そうすれば、あとはリーフレッド王国がこのバカの面倒を見てくれる。
このあと、法衣貴族になったフリッツがなにかしでかして王国に処罰されても、俺にはなんの関係もない話だ。
「先に攻めてきたのはフリッツ、お前だ。完全な負債なんだが、これからも度々ちょっかいをかけられると面倒だ。バルサーク伯爵領はいただく」
「生意気な! 俺様が先にお前の領地を奪うと決めたんだ!」
「兄に対し生意気な弟だな。しかも無能ときたものだ」
「殺せぇーーー! 囲み込んでやるんだ!」
フリッツの命令で、諸侯軍の兵士たちはノロノロと動き始めた。
予算不足と、フリッツがろくに領主としての仕事をしていないのであろう。
まるで素人の集団だな。
父の死後、ちゃんと諸侯軍を再建できなかった証拠だ。
しかも栄養状態が悪いようで、まるで幽鬼の群れのようである。
「早く殺せ!」
「はいっ! やぁーーー!」
一人の若い兵士が斬りかかってきたが、俺はその攻撃をかわすことなくすべて受け止めた。
「やったぞ! ダストンざまあ!」
剣で斬られた俺をフリッツが嘲笑するが、笑っていられたのはわずかな時間のみであった。
俺には傷一つつかず、逆に兵士の剣が『パキンッ!』という音と共に折れてしまったからだ。
「青銅製の剣か。随分と装備をケチってるな」
「ひぃーーー! なんで傷一つつかないんだ?」
「さあな」
その理由は、俺のスキルが絶対無敵ロボ アポロンカイザーだからだ。
青銅の剣で斬られて傷つく超合金ロボットなど、まず存在しないのだから。
「まだやるか?」
「ひぃーーー! 来るな!」
俺に斬りかかった兵士は尻餅をつき、折れた剣を振り回しながら後ずさっていく。
さすがにもう一度俺に攻撃をする勇気はないようだ。
「聞け! バルサーク伯爵家諸侯軍の諸君! これより俺はバルサーク伯爵領を占領し、悪政を働くフリッツ・バルサークとその母を追放する! それまで家で大人しくしているように!」
「「「「「「「「「「わかりました!」」」」」」」」」」
俺が圧倒的な力を見せたからであろう。
元々ただの領民でしかない兵士たちは勿論、フリッツに愛想を尽かしていた家臣たちも、その場から一斉に逃げ出してしまった。
あとには、フリッツ一人のみが残された。
そして……。
「お館様ぁーーー!」
「バルサーク子爵家諸侯軍二千名。無事に到着しました!」
先に宣言していたとおり、ムーアとアントンが率いる我が領の諸侯軍二千名が到着した。
これで二千二人対一人である。
さて、フリッツはどう出るかな?
「クソッ! 逃げた奴らは、あとで俺が直接斬り殺してやる! 家族は全員奴隷だ!」
「それができればいいですね」
プラムの言うとおりだ。
まずフリッツに課せられた課題は、ここから無事自分の屋敷に逃げ帰ることなのだから。
絶対に俺は逃がすつもりはないけど。
「どうすれば……おおっ! あそこで敵軍を率いているのは、俺様の忠臣ムーアとアントンじゃないか。これにて形成逆転だ! お前ら、今すぐ裏切ってダストンを殺せよ」
「「「「……」」」」
バカって、本当に凄いなと思う。
この状況で、どうしてムーアとアントンが裏切ると思ったのか。
俺は逆に、フリッツがムーアとアントンのことを覚えていたのが驚きであった。
「裏切る?」
「そうだ! アントン。ムーアもだぞ。そうしたら、お前らをナンバー2と3にしてやるから」
ムーアとアントンが裏切らなかったら、フリッツの没落は決定的だ。
表面上は笑顔を振りまいているが、内心では必死なのであろう。
フリッツが二人に対し説得を続けていると、二人はフリッツに向かって歩き出した。
「わかってくれたか! さすがは俺様の忠臣よ!」
「実は私、とある誓いを立てておりまして」
「偶然ですね。アントンさん。私もですよ」
「そうか! 俺様に対し新たに忠誠を誓うんだな」
フリッツが勝手に解釈しているが、絶対にそうじゃないと思うぞ。
「実は前に、自分よりも弱い相手に委縮して、一方的に叩きのめされて負傷しましてね。その復讐を狙っていたのです」
「私もです。私は文官ではありますが、さすがにあの相手に対し、一方的に叩きのめされた恥は忘れていません」
「そんなことがあったのか? 好きにしていいぞ。そのあとでダストンを殺すんだ」
いや、フリッツ。
さすがにもう気がつけよ。
お前のことだって!
まあ、それに気がつかないからバカなんだろうけど……。
「幸い、その標的が目の前にいますね」
「偶然ですね。私もそうです」
「お前たち、早くダストンを殺すんだ! ふがっ!」
ノーモーションでフリッツの右頬に、アントンの拳がめり込んだ。
「お前! 主君である俺様に対し!」
「フリッツ、私をクビにしたのはお前だ。もう忘れたのか?」
「まったく鶏以下の頭ですね」
「ムーア! お前まで! あがっ!」
今度は、ムーアの拳がフリッツの左頬にめり込んだ。
その容赦のない殴打のせいで、元々太っていたこともあり、フリッツの顔がパンパンに膨れ上がった。
俺が殺すなと言っていたので、素手で徹底的に叩きのめすつもりなのであろう。
「ムーア! お前まで! 貴族である俺様に対して!」
「私の主はダストン様なので。フリッツ如きに配慮をする必要性を感じませんな」
「ムーアの意見に賛同します。ダストン様の命令で『殺すな』と言われているので殺しませんが……」
「逆に言えば、死ななければ問題ないという意味でもありますので……」
「きぇーーー!」
フリッツは剣を抜こうとしたが、その前にムーアとアントンによってボコボコにされて意識を失ってしまった。
それにしても、こうもフリッツが弱いとは……。
「進撃だ! バルサーク伯爵領を占領するぞ!」
俺たちはムーアとアントンによってボコボコにされたフリッツを縛って晒しながら進撃し、まったくの無抵抗でバルサーク伯爵領全土の占領に成功したのであった。
もっとも、フリッツと母のせいで、荒廃したバルサーク伯爵領なんて完全な負債でしかないのだけど。
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