第二十三話 バルサーク子爵誕生
「なんか、凄く寂れた領地だな」
「暗黒竜との戦いで多くの領民たちが亡くなり、人手がおりませんので……」
「まあいい。とりあえずの運転資金は渡した。あとはちゃんとやってくれよ」
ムーアとアントンに押し切られ、俺はステリア子爵領を競売で購入した。
子爵領が二億リーグって、安いんだか、高いんだかよくわからん。
だいたい競売なのに、他に誰もライバルがいない状態だったのだから。
よほど領地に魅力がないんだろうな。
だが相場よりも大分高いはずだ。
働き手が減って、領主一族や家臣たちが逃げ出した子爵領なんて、普通に運営していたら赤字だからだ。
「家臣団なんて編成できるのか?」
多くのステリア子爵家の家臣たちとその家族は、生き残った当主一族と共に王都に逃げてしまったのだから。
「下級家臣や、名主やその一族で優秀な者たちをリストアップしています。アーベンからも、商人の子弟やハンターをしている貴族の家臣の子弟などがいますので」
ムーアは俺の屋敷を預かりながら、密かにそういう連中と渡りをつけていたのか。
「俺は二人に任せたんだ。三年で赤字を脱してくれ。とりあえず、今年は税を一切取るな。いいな、ゼロだ」
「よろしいのですか?」
「アントン、お前はバルサーク伯爵領の現状を見ていないのか?」
俺がこのステリア子爵領を購入した直後、隣のバルサーク伯爵領から多くの流民が流れ込んできた。
大半が重税に耐えられなかった人たちだ。
せっかく増税しても、それが払えない領民たちに逃げられたら意味がない。
そんなこともわからないから、フリッツと母は本物のバカなんだけど。
「税率ゼロはどうかと思いまして……たとえ少額でも納税させることで、このステリア子爵領への所属意識が芽生えますから」
「そんなの、あと何年か先でいい」
どうせ今の状況では、その少額の税も払えない者が多いのだから。
「なんなら、荒れ地の開墾や放棄された農地の再生などをさせ、飯を食わせて少額でいいから小遣いを出せ。食事や小遣いは、働いた者だけに出すんだ」
今は非常時だが、際限なく甘やかすと、大半のまともな人たちがかえって困窮してしまうかもしれない。
なにより不公平さを感じると、働くと損だと思われてしまう。
農業だけではなく、どんな仕事でもいいから、なるべく一人でも多く働かせる。
働かせたら報酬を出すしかない。
ちゃんと働いて成果が出たら、利益が得られる。
言い方は悪いが、まずはそうだと躾けるしかない。
「新規の農地開墾も推奨しろ。開墾に成功したら三年間は無税。放棄地の再生は二年は無税だ。必要な生活物資を作る職人たちに補助を出して弟子を取らせろ。子供が沢山いる。神官たちに空いている時間に文字や計算を教えさせろ。休息日のミサは時間短縮。炊き出しもさせろ。なんなら食材は提供してやれ」
細かなことはムーアとアントンに任せるが、大まかな方針は必要なので伝えておく。
貴族としてはかなり横紙破りだが、こうでもしないと話が先に進まない。
どうせ失敗したら、リーフレッド王国に返してしまえばいいのだから。
第一そこまで気にしていたら、この世界で生きていけない。
それに、現時点で文無しになっても、あとで稼げば問題ないのだから。
「アーベンの商会に支店を出させろ。あとは、ハンター協会の買い取り所だな」
「えっ? ここは魔獣の住処と隣接していませんが……」
「臨時で期限を区切ってだ。理由はわかるな?」
「あっ! 利益率ですか?」
「そういうことだ」
普通、リーフレッド王国の直轄地であるアーベンの買い取り所で素材や魔石を卸した方が、貴族領の買い取り所で卸した時よりも利益率が高いように思う人も多いだろう。
だが、それは条件による。
「アーベンの支部が買い取り金額の二割、王国が二割を税として取ってしまうだろう? このステリア子爵領に臨時でも支部が作れれば、うちの土地の取り分二割はどうなるかな?」
「そういうことですか!」
ハンター協会に納める二割以外は、すべてうちのものとなる。
俺の私的な資産だろうが、元ステリア子爵領の資産だろうが、結局は同じサイフなのだから。
「さらに利点がある。ここで魔獣の解体、素材の簡単な加工、仕分けを領民たちにさせる」
そうすれば、彼らに職と賃金を与えられる。
ますます領内の財政の健全化が近くなるはずだ。
「女性や子供にでもできる解体や加工は多い。俺とプラムは魔獣狩りを担当する」
どうせ、死の荒野、死の凍土、北アーベルの沼、ビランデ山、リンデル山脈には飛んで行けるのだ。
ここに買い取り所があれば、俺たちもわざわざアーベンに寄らないで済むので楽だ。
「しかし、リーフレッド王国が許可しますかね?」
「そこは交渉だろうな」
リーフレッド王国は、暗黒竜騒ぎで衰退しつつある北部の立て直しに奮闘する俺たちを助ける気があるのか?
素材の税収と、長い目で見てどちらが得になるのかよく考えてほしいと。
「だから臨時なんだ。十年間勝ち取れるかな?」
「五年……できれば七年くらいなら、イケるかもしれません」
ムーアの見立てだと、無理な話ではないのか。
「そこは粘り強く交渉するよ。アーベンの代官は確か……」
「ドルスメル伯爵です。交代したばかりですね。その……」
前任者は、暗黒竜の件で責任を取らされたのか……。
誰が代官でも同じ結末だったろうから、前任者は不幸だな。
「アポを取って交渉に行ってくるよ」
「他の仕事はお任せください」
「必ずや、お館様の方針どおりに」
ムーアとアントンはやる気があるみたいだし、任せて俺とプラムはドルスメル伯爵に陳情にでも行こうかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます