第二十一話 暗黒竜が倒れて
「はあ……はあ……なんとか戻れた……母上! 母上!」
「フリッツ! あなた、生きていたのね? よかったわぁーーー」
「ええ、なんとか……」
暗黒竜の南下阻止で初陣を迎えた俺様だったけど、そのせいで死ぬところだった。
父上や多くの兵士たちが暗黒竜のブレスで消し炭となり、俺様は少数の家臣たちと共に敗走することとなった。
逃走中も、多くの魔獣に襲われて敗走中の貴族や兵士たちが殺されていく様を近くで何度も目撃する羽目に。
俺様の運命もこれまでかと思ったが、運よくアーベルの町に辿りつくことができた。
そのあと俺様は、わずか十五名の家臣と兵士たちと共にアーベル伯爵領へと生還する。
千名以上で出陣して、生還者はわずか十五名。
父上も討ち死にし、俺様は……運がいい?
いや、俺様が選ばれた人間だからであろう。
そうだ!
俺様は、ダストンのクズとは違う!
バルサーク伯爵になるべくして生まれた男なのだ。
だから、暗黒竜に襲われても奇跡的に生き残れた。
神は俺様を選んだのだ!
「母上、俺様は新しいバルサーク伯爵として頑張りますよ」
「フリッツ」
「見ていてください。必ずや父の代よりも、このバルサーク伯爵領を大きくしてみせましょう」
「フリッツ、頼もしいわ」
「バルサーク伯爵家の当主である父と共に、多くの兵と家臣を失いました。まずは領地の立て直しが最優先です」
「そうね、お館様が亡くなって心細さを感じたけど、フリッツがいれば安心ね」
「お任せください、母上。まずは税を上げましょう。俺様が本気を出せば、すぐにこの領地も豊かになりますよ」
俺様の手にかかれば、すぐにバルサーク伯爵領は大いに発展していくはずだ。
臨時の増税くらいなら、領民たちも我慢するだろう。
父上には領主としての才能が乏しかったから苦戦していたが、俺様は違う。
それを世間に示してやろうじゃないか。
「ダストンさん、朝早くにすみませんね」
「いえ、暗黒竜の死体の売却代金ですからね。人目は避けて当然ですよ」
「そう言っていただけるのなら。合計で百五十億リーグです」
「単体では、多い方なのかな?」
「そうですねぇ……まあまあでは? 師匠」
「あれ? 意外と驚かない……まあ、今のお二人ならひと月で稼げますしね……」
早朝、まだ無人の買い取り所でランドーさんから、暗黒竜の死体の代金を貰った。
百五十億リーグは凄い金額だけど、今の俺とプラムなら一ヵ月で稼げてしまう金額なので、そう驚かなかった。
「ランクですが、来月にBランク、再来月にAランクへの昇格が確実となりました」
「相変わらず、一ヵ月刻みなのですね。しかも、一度に一ランクしか上がらない」
「それがハンター協会のルールなんですよ。残念なことに。昔からそういう決まりなんです」
こういうのって、日本でもあったからなぁ……。
いくら理不尽でも、時代にそぐわないルールでも。
決まりは決まりだからまず変えられない。
別に不都合があるわけではないからいいけど。
「では、確かに受け取りました。今日も狩りをするかな」
「お願いします。実はこれから、なにもかも足りなくなるので……」
十万人の連合軍だが、結局三万人しか生きて戻ってこなかったそうだ。
その中には多くの優秀なハンターたちもいて、魔獣の素材と魔石の需要が逼迫しているわけだ。
暗黒竜の南下阻止に備えて大軍が使う装備品や補給品をどうにか揃えたはいいが、大半が死の凍土か死の荒野に野ざらしなのだから。
再利用は……亀鉄は不可能だ。
このまま自然に還るだけであろう。
金属は再利用できるけど……一度暗黒竜のブレスで焼かれているものが多い。
なにより、わざわざはるか北方に死体ごと打ち捨てられた黒焦げの金属片なんて回収しても、大したお金にならないのだから。
「あんな遠くまで行って金属拾いをするよりも、近場で魔獣を倒した方が金になる」
「そうですね。あっそうだ、師匠。新しい武装ですよ」
「それがあったな。まずは、ロケットパァーーーンチ(爆破)!」
「えっーーー! 師匠の拳が手首から飛びましたよ!」
何度でも言うが、『ロケットパンチ(爆破)』ではなく、『ロケットパァーーーンチ(爆破)!』なのと、俺の腕がアイアンタートルに向けて飛んで行くのを見て、プラムは目を丸くさせていた。
確かに、この世界の人間に現代日本で放送されていたロボットアニメの必殺技を理解しろというのが難しいか。
「うーーーむ……ロケットパンチは、ロボットだから絵になるんだな」
実際に俺の手首から先が飛んでいくのを見たプラムが度肝を抜かれていた。
俺の右手首より先がなくなり、見ていて精神衛生上いい光景ではなかったからだ。
手首が飛んだあとの腕を見ると、骨とか見えているし……。
「師匠、痛くないんですか?」
「それが全然」
「不思議ですね」
今の俺は、スキルで絶対無敵ロボ アポロンカイザーになっているわけで、腕がなくなっても痛いわけがないという。
まあ、そういうことなのだ。
そして、標的のアイアンタートルに命中したロケットパンチは、指のフィンガーミサイルが誘爆して大爆発を起こした。
爆発が収まると、アイアンタートルは木っ端みじんになっていた。
甲羅すら残っていない。
あと、俺の腕はもう元通りだった。
どうして俺の腕が回復したのかというと……アニメの設定だからで、科学的に考えては負けだと思う。
「駄目だ」
「魔石もどこかに飛んで行ってしまったようで見つかりません」
武装は増えるが、普段使いできないものが多いな。
このロケットパンチ(爆破)も、魔獣狩りには使えないことが判明した。
「で、私の『パイオツミサイル』って……これってもしかして……」
「そういうことです」
「もの凄く恥ずかしいんですけど……」
そうだろうな。
だって、おっぱいがミサイルとして飛んで行くのだから。
「こうする。『はぁーーー! パイオツミサイル』!」
俺は、アニメでセクシーレディーロボ ビューティフォーがパイオツミサイルを発射するシーンを忠実に再現した。
恥ずかしいとか言っていられない。
このとおりやらなければ、パイオツミサイルは発射されないのだから。
「(はぁーーー! パイオツミサイル!)」
「駄目! 声が小さい! ポージングも委縮している!」
ここで恥ずかしがっては、プラムはパイオツミサイルを発射できない。
俺は心を鬼にして、彼女に厳しく指導をした。
決してセクハラではないぞ!
そして、もう一度ポージングの見本を見せる。
「腰に手を当て! 胸を前にできる限り突き出すんだ! 声も大きく!」
「はい! はぁーーー! パイオツミサイル!」
俺の指導の成果か、無事プラムの胸はミサイルとして発射された。
それにしても……。
「やはり不気味だな」
「師匠! それはないですよぉーーー!」
プラムの年齢にしては大きめな胸が発射され、彼女の胸部には穴が開いている状態なので、とにかく不気味なのだ。
やはりプラムも痛くないらしい。
そして、彼女の胸から発射されたパイオツミサイルは、標的のアイアンタートルに命中して先ほどよりも大きな爆発を起こした。
アニメの設定どおり、ロケットパンチよりもパイオツミサイルの方が威力が大きいことが証明された瞬間だ。
「……これも駄目ですね」
「だな」
当然アイアンタートルは、甲羅ごと木っ端みじんとなった。
魔石は大丈夫だと思うけど、大爆発のせいでまたどこかに飛んで行ってしまったので、これを探すのは非常に困難だ。
「今度は無敵剣を試すぞ! 『無敵剣』!」
アニメどおりに叫ぶと、その手に一本の剣が無限ランドセルから飛び出し、俺の手に収まった。
これぞ、絶対無敵ロボ アポロンカイザーと同じく超々銀河超合金アルファでできた剣なのだ。
これがあれば、魔獣を効率よく狩れるはず。
「いくぞ! はぁーーー!」
予想どおりだった。
一匹のアイアンタートルを見つけて無敵剣を振り下ろすと、そのアイアンタートルは縦に真っ二つに斬り裂かれてしまった。
「今度は、甲羅以外の素材が残ったぞ!」
「師匠、これ回収するんですか?」
「……甲羅と魔石だけは……」
ただ、攻撃方法に工夫が必要だな。
とはいっても、アイアンタートルが首を引っ込める前にその首を刎ねるだけだ。
そうすれば、アイアンタートルのほぼすべての素材が回収できる。
「実に素晴らしい。豪槍(ごうそう)アポロニアスも同じかな?」
これも、超々銀河超合金アルファ製なのは同じであった。
あまり作中では使用されなかったけど、やはり槍よりも剣なのが当時のロボットアニメというわけだ。
「武器が二つあるのもいいな。無敵剣はプラムが使えばいいさ」
「いいんですか? 師匠」
「武器は二つあるからいいんじゃないの。余らせてもしょうがないし」
「私が剣ですか? この無敵剣の方が格好いいように見えますから師匠の方がお似合いなのでは?」
プラムも、昭和日本のロボットアニメの法則を理解してきたようだ。
だけど。元々プラムは剣を使って魔獣を倒していた。
彼女に無敵剣を渡した方が効率いいだろう。
「どうせ俺は、どっちも得意ってわけじゃないから」
一年ほど……俺がダストンの身に憑依してからだけど……バサーク伯爵家の嫡男としてそれなり武器の扱いを習ってきたが、俺はあまり才能がないと思う。
せいぜいで並?
弟のフリッツなんて俺よりももっと駄目で、訓練を重ねてきたけど、よく父から呆れられていたからなぁ……。
「現状プラムの方が剣が得意なのだから、剣を用いるべきだ」
「師匠、まさに大人の判断ですね! さすがです!」
えっ?
褒められるようなことか?
まあ、いいか。
俺は豪槍アポロニアスを装備し、試しにアイアンタートルの頭を突いた。
さすがは、超々銀河超合金アルファ。
一撃でアイアンタートルの脳を破壊してしまう。
これなら、これまで得られなかった肉や内臓と合わせて、アイアンタートルで沢山稼げるな。
レベルも、魔獣の討伐数が稼げるからちゃんと上がるはずだ。
「師匠、この剣よく斬れますね」
「だろう?」
武器はありがたいな。
武装だと威力があり過ぎて、素材が原型を留めなかったから。
順調に大量のアイアンタートルの素材を得た俺たちは、それを買い取り所へと持ち込んだ。
「素材が残ったんですね!」
「レベルアップの恩恵です」
「いやあ、よかった。実は魔獣の素材の需要が予想以上に逼迫しておりまして……」
アイアンタートルの素材をすべて持ち帰ったら、ランドーさんにとても喜ばれた。
「上位ハンターたちの犠牲が予想以上なんですか?」
「上位のハンターたちはその辺抜かりないので、ダストンさんが思っているよりは犠牲者が少ないですよ。彼らはプロなので……と言いたいところですけど、やっぱり暗黒竜は厄介でしたよ。逃げきれない上位ハンターが予想以上に多くて。もっとも、貴族たちよりはマシですけどね」
貴族の多くが、敵から逃げるなどあり得ないと言い放って暗黒竜相手に突撃してしまったそうだ。
中にはすぐに逃げ出した貴族もいたけど、ハンターほど魔獣との戦闘に慣れていないので逃げ切れない人たちが続出した。
ハンターは生き残って稼げるほど評価が高くなるので、逃げ切った数は多いらしいけど。
圧倒的強者である暗黒竜に対し、躊躇なく逃げることができたハンターこそ優秀というわけだ。
「まあ、正論ですね」
生きてこそ価値があるわけだから。
実は貴族だって、生き残らなければ家や領地のことをどうするんだって話なんだけど……。
父は、どういう最期だったんだろう?
貴族らしく、暗黒竜に向かって突撃したのかな?
「その生き残った優秀なハンターたちですが、世間の風当たりが強いのです。討ち死にした貴族が多いせいで……」
『貴族の多くは死んだのに、お前らハンターは卑怯にも逃げ延びた!』とか、貴族の関係者やアーベルの無知な民衆に叩かれているわけだ。
ハンターも貴族ほど死亡率が高くはないけど、魔獣の素材の供給が逼迫するレベルで犠牲者を出している。
だが、それを民衆に言っても理解してくれないのか。
「優秀なハンターほど他でいくらでも稼げるわけでして……。嫌気が差した多くのハンターたちが他の土地に移住してしまいました。むしろその方が痛い」
他の地域に移住してしまえば、アーベルの町の人たちに悪く言われないで済むからなぁ……。
「優秀なハンターが根こそぎ消えたので、魔獣の素材や魔石の在庫が厳しくなってきたわけですか……」
「でも、暗黒竜を倒したのもハンターですよね? どうしてそんなにハンターの評判が悪いんですか?」
実際には暗黒竜を倒したのは俺たちだけど、大人の事情で手柄を譲ったのもハンターたちだものな。
なのに、どうしてこんなにハンターの評判が落ちるのだろう?
「……もしかして、ハンターの評判が落ちるように貴族たちが仕向けているとか?」
「……そういうことです。ハンターの評判が落ちてくれないと、自分たちの権威の低下に対応できないと言いますか……。まあ、大人の事情ですよね」
勇んで暗黒竜退治に出陣したのに、大負けして逃げ帰る羽目に……それでも、逃げられた貴族は幸運だったと言えるほど酷い惨状だからなぁ……。
大金をかけた装備や物資に、領地を治める家臣、徴兵した働き手である領民たち。
なにより、当主を失った貴族たちが半数を超えるのだ。
領地と家中の混乱を防ぐためにはなんでもするわけだ。
それが、あえてハンターたちを悪し様に批判するという、後ろ向きな対策でも。
「それをした結果、有力なハンターたちが逃げ出し、今度は魔獣の素材と魔石不足で北部の人たちにダメージが跳ね返ってますけどね」
世の中、儘ならないものだ。
正義のハンターたちが暗黒竜を倒しました。
だけでは、そう簡単にめでたしめでたしとはならないわけだ。
「そんなわけで、しばらくはどんな魔獣の素材でも魔石でも割り増しで買い取りますので」
「わかりました」
同じ討伐数でも報酬が増えるのはいいな。
レベルアップして、無敵剣と豪槍アポロニアスが使えるようになってよかった。
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