第十六話 ムーア 

「この量は凄いです! 査定額に期待してください。来週以降に……」


「ですよねぇ」


「師匠、魔石の分だけでも十分大金ですよ」


「こちらが報酬となります。口座が作れないで申し訳ないです」


「来週にならないと、俺のランクが上がらないから仕方がないね」


「すみません、私もまだランクがFなので口座が作れないんです」


「プラムさんも来週には昇格するので、そうしたら口座は作れますから」


 シリリウムを含んだゴーレムだが、別に他のゴーレムと大きな差があるわけではなかった。

 色が赤いくらいで、強さもまったく同じだったのだ。

 鉱床はリンデル山脈の北端にあるから行くのが面倒だけど、俺とプラムは飛んでいけばいいので問題はなかった。

 せいぜい低空飛行をしていると、ゴーレムが岩を投げてくるので高度に気をつけるくらいか。

 大量の成果と共に買い取り所に戻ってきた俺たちは、宿屋に戻ることにした。


「こうやって一緒に帰っていると、いかにも夫婦って感じですね」


 たまたま同じ宿だからだと思うし、ただ一緒に帰っているだけとも言えるが、プラムはいい子だし可愛いから、一緒にいて楽しいのも確かであった。

 スキル習得のため、俺が絶対無敵ロボ アポロンカイザーの話をすると楽しそうに聞いてくれる。

 この世界の娯楽の貧弱さを考えると、絶対無敵ロボ アポロンカイザーのストーリーを絵本にでもしたら、ベストセラーになるかもしれないな。

 実は、同人誌を描いていた経験を生かして漫画を描いているのだけど、これは時間がかかるだろう。

 アシスタントさん……残念ながらプラムは、とても絵が下手で難しいと思う。

 人生をかけた仕事になるかもしれない。

 別に義務じゃないから、いくら時間がかかってもいいのだけど。


「「ただいま」」


「ダストンさん! 大変だよ!」


「どうかしましたか?」


 宿に戻るなり、女将さんが血相を変えて駆け寄ってきたのだが、俺たちはちゃんと宿賃を払っている。

 もしかして、引っ越し先のことか?

 それももう決まっているし、女将さんに伝えてある。


「じゃなくて、ダストンさんを訪ねて来た人がいるんだけど、大怪我をしていて。ムーアって言う若い男性だよ」


「ムーアか!」


 彼はバルサーク伯爵家の家臣で、若手では一番の切れ者だった。

 背が高く顔も綺麗なので、母も気に入って傍に置いていたはず。

 そのムーアが、俺になんの用事なんだ?

 しかも大怪我をしているなんて、いまいち状況が読めなくて俺は少し混乱している。


「とにかく、ムーアの治療しないと話も聞けないな」


「そうですね」


 負傷したムーアは、女将さんが空き部屋のベッドに寝かせてくれたようだ。

 かなり酷い怪我で、このままにしておくと破傷風などで死んでしまうかもしれない。

 俺は、無限ランドセルから取り出した高価な治療薬を寝ているムーアに振りかけた。


「やはり私の修理は、人間相手には使えませんね」


「それは仕方がない」


 プラムの修理は、俺とプラムにしか効果がないからな。

 スキルのせいでロボット扱いだからこそ、治療ではなく修理なのだから。


「ううっ……ダストン様」


「約三週間ぶりか。ムーア」


「私は負傷していたはず」


「俺が治療薬で治した」


「すみません。無一文の私のために……」


「どうして無一文なんだ? その前に、どうして大怪我をしてここにいる?」


「それは……」


 怪我から回復したムーアが事情を説明してくれたが、その内容を聞くと、ただ呆れるしかなかった。

 母が俺の暗殺を目論み、高額の前払い金を父に無断で支払ってしまった。

 そして肝心の暗殺に失敗したのは、俺もプラムも事実を把握している。

 暗殺に失敗した暗殺者は姿を消してしまい、どうせ失敗しても前払いの着手金は戻ってこない契約だったそうで、そもそも暗殺失敗で前払い金を返せってのもなぁ……。

 暗殺を頼んだ方も公にはできないから、まず戻ってこないんじゃないかな。


「このところ、暗黒竜の件でバルサーク伯爵家の財政は非常に厳しく。お館様は無駄遣いを戒めるようにとルーザ様にも仰ったそうです」


「ふーーーん。でも掛け声倒れだろうな」


 父はよくも悪くも古い貴族なのだ。

 帳簿なんて最後の合計金額が合っていればいいのだから、母が無駄遣いをやめるとは思わない。

 父も気がつかないだろう。


「でも、その前払金の件はどうやって誤魔化したのかしら?」


「私が横領したことにされました……」


 それで、父から折檻を受けたわけか。

 領主が絶対者である貴族領内においては、軽犯罪でも領主が犯人に重罪を科すこともできるし、たとえ冤罪でも領主がゴーサインを出せば有罪になってしまう。

 ムーアは不運だったな。


「いえ……私を折檻したのは、ルーザ様とフリッツ様です……」


 あの二人か。

 俺を追い出した時の言動からすれば、そのくらいのことをしても不思議ではないな。


「昔の私もそうだったかもしれませんが、なんか歪んだ人たちで怖いですね」


「本当にな」


 特権がここまで人を腐らせるとは……早くに縁を切っておいてよかった。

 自分の罪を被せた人間に、死ぬかもしれない大怪我を負わせるなんて……。

 一年ほどのつき合いであまり実の家族感はないけど、母もフリッツもヤバイ人だったんだな。

 今後、絶対に関わらないようにしよう。


「そうか。俺とプラムは注意することにしよう。それで、ムーアはこれからどうするんだ?」


 公的には、横領で仕えていた伯爵家を追い出された人間という扱いだ。

 少なくとも、貴族家への仕官は難しいだろう。

 いくら冤罪とはいえ、それを知る者は少なく、いわゆるブラックリスト入りの人物なのだから。


「私にはもう、この身しかありません。ハンターになるしか……」


「それはやめた方がいいと思うよ」


 ムーアは、武官というよりは文官というタイプだからなぁ……。

 頭はいいんだけど、腕っ節はからっきしなのだから。

 しかも魔法も使えない。

 ハンターになったら、すぐに死んでしまうと思う。

 追い込まれて仕方なしにハンターになる人は多いが、いい結末を迎えられた人はいない。

 早く死ぬか遅く死ぬかの違いでしかないのだから。


「ですが、どうにか生きていかねば」


「じゃあ、俺の新しい家の管理でもする? 実質使用人みたいな扱いになるけど」


 別にこのまま見捨ててもいいのだけど、あの元家族の犠牲者だと思うと、つい手を差し伸べたくなってしまうのだ。

 同胞意識があるのかもしれない。


「ダストン様、こんな私を……ダストン様が領地を追い出された時、私はなにもできなかった。お館様やルーザ様になにも言えなかった私なのに……」


「それはしょうがないと思うよ」


 前世の会社でもクソみたいな上司がいて、そいつに苛められて辞めてしまう人を数名見ている。

 だけど俺は、彼らを庇えなかった。

 会社でも貴族家でも、立場が上の者に逆らうのは大変なのだ。

 そう簡単にできることではない。

 それがわかる俺は、別にムーアを恨んでなどいなかった。

 俺がムーアでも、追放されるダストンに対し見て見ぬふりをしていたであろうからだ。

 人間はそんなに強くないのだから。


「家を購入したのだけど、管理する者がいないんだ。使用人でいいのなら」


「是非やらせてください! このムーア、命に代えても仕事をまっとうします!」


「ただの家の管理だから、そこまで大した仕事でもないけど……じゃあ、頼むね」


 ハンター協会と宿屋の決まりで、俺とプラムは今週いっぱいでここを出ていかなければならない。

 お金に余裕があったから新しい家を購入したのだけど、俺とプラムが魔獣狩りに出ている時に留守になってしまうので、使用人を探していたのだ。

 ムーアがそれをやってくれるのなら、是非お願いしたいところであった。


「明日からその家で、ダストン様とプラム様を迎え入れる準備をさせていただきます」


「頼むね」


「引っ越しの前日から休んで二人でやろうと思っていたので助かりました」


 考えてみたら、俺たちが余計に一日休んで引っ越し作業をするよりも、ムーアに任せて魔獣狩りをした方が金になる。

 ムーアに支払う給金なんて、一日の稼ぎに比べたら大した額でもないのだから。

 俺たちがそういうことをやるよりも、人を雇って任せた方が効率がいい。


「ありがたい。ありがたいです」


 ムーアは涙を流して喜んでいた。


「それにしても、師匠のお母さんは酷いですね。自分の罪を家臣に押しつけたばかりか、息子と折檻して大怪我させたあとに追放するなんて」


「確かに酷いと思う」


 成人の儀までは、そこまでおかしくなかったんだけどなぁ……。

 なにがあったんだろう?


「ムーア、母上はどうしてそんなにおかしくなったんだ?」


「実は、家臣たちの間にある噂がありまして……ダストン様にも関わるお話です」


「聞いておこう。俺は二度暗殺されかけている。どんな些細な情報でも知りたい」


 多分ショックを受けるほど俺は純情でもないし……中身がおっさんだからなぁ……母がどんなに酷い人間でも、家族の実感もないしな。


「実は、ダストン様がお館様のお子ではないという噂です」


 それはつまり、日本で言うところの〇女速報とかに出てきそうなお話なのか?

 つまり、俺は托卵かなにかだと。


「で、噂の俺の真の父親は誰なんだ?」


 ムーアが、冷静なままの俺を見て驚きを隠せないでいたが、中身からすればどうでもいい話だ。

 自分のことだという実感がなければ、こんな態度を取っても当然だ。


「去年、病で亡くなられたロバート様です」


「確か、俺の大叔父だったよな?」


 分家の当主で、彼も俺の祖父の弟だからスキルは火魔法だったはず。

 もしそれが事実でも、この世界にDNA鑑定技術があるわけでもないし、真相は藪の中ってやつだな。


「父上は知っているのか? その噂を」


「知らないわけがないと思います」


 だとしたら、実は俺の元実家って内部はドロドロだったんだな。

 ますます追い出されてよかったと思う。


「だから母は、俺に火魔法のスキルが出なかったことで激高し、暗殺まで企んだわけか」


 俺に火魔法のスキルが出ていれば、大した騒ぎにもならなかったのに。

 それが、絶対無敵ロボ アポロンカイザーだったものだから……。

 とにかく不貞の証拠を消したいわけだな。

 父上も、こんな不祥事を表沙汰にしたくないのであろう。

 バルサーク伯爵家の醜聞になってしまうからだ。

 俺にスキル火魔法が出ていたら、目を瞑ったはず。

 もし俺の真の父親が亡くなった大叔父だとしても、血の繋がりがないわけでもないからだ。


「色々な不幸が重なって、俺は追い出されたわけだ」


「ダストン様、おいたわしや……」


「これでよかったと思うけどなぁ……」


 もし俺がバルサーク伯爵家に残れたとしても、あとでどんな騒動が巻き起こったことか。

 それなら、俺は追放されてかえってよかったじゃないか。


「ムーアもバルサーク伯爵家から出られてよかったじゃん」


 もしかしたら、父が母の不貞に耐えられず、密かに俺の暗殺でも目論んだら……。

 俺とフリッツが、次の当主の座を巡って血みどろの争いを始めたとしたら……。

 それぞれの派閥に家臣が分裂して、バルサーク伯爵領内で代理戦争でも始まったら……。

 結局ムーアは、バルサーク伯爵家を追い出されたかもしれない。

 もしかしたら、殺されたかもしれないのだから。


「なっ、そうだろう?」


「そうですね……。なにより、ダストン様が出たあとのバルサーク伯爵家はパッとしませんしね。借金ばかり増えてしまって……」


 暗黒竜が復活するかもしれない。

 そんな噂だけで、みんな色々と物入りで大変だからなぁ。

 身軽なハンターの方がかえって懐に余裕があるという。

 偉い人は大変だな。

 だから母は、大叔父と浮気なんてしたのかね?


「師匠、私は浮気なんてしませんから!」


「うん……」


「しませんから!」


 俺も、プラムが浮気なんてするとは思わないけど……。


「とてもいい奥様ですね」


「ですよね? ムーアさん」


「はい。お似合いのご夫婦ですよ」


 俺とプラムはまだ婚約中なので、勝手に夫婦にしないでくれ。

 間違った情報を世間に流しては、俺の元家族の二の舞になってしまうのだから。

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