第十五話 シリリウム

「シリリウムですか? 確か、魔法道具に使う魔力伝達金属ですよね?」


「はい。現在大変不足しておりまして……ダストンさんとプラムさんが普段ゴーレム狩りをしているリンデル山脈の最北端に鉱山があると確認されています」


「つまり、それを獲ってきてほしいと?」


「はい」


「また不足なんですね。暗黒竜関連で?」


「そういうことです。軍隊ってのは、兵士を着飾っただけでは成立しませんからね。食事を作る魔法コンロ、夏場の熱射病、冬場の凍傷、凍え死にを防ぐ冷暖房器具。生水で当たらないよう、水を浄化する魔法道具も必要です。魔法道具は、保って二~三十年がいいところなので……」


「常に国軍及び諸侯軍全員分を確保しておくのは、予算的にも困難ですからね。今頃、北方諸侯たちの間で取り合いになっているのでしょう」


「民間の需要もひっ迫しておりまして……職人たちは稼ぎ時なので喜んでいたら、シリリウム不足というわけです」




 ランドーさんから、シリリウムという金属を獲ってきてほしいと依頼された。

 採ってきて、じゃなくて獲ってきてなのは、シリリウムもゴーレムから得るのが一番の近道だからだ。

 普段俺とプラムがゴーレムを狩っているリンデル山脈に、大規模な鉱床があるそうだ。

 そこもゴーレムの巣なので、そこのゴーレムを倒せばシリリウムの鉱石が手に入るという仕組みである。

 俺は本で見て知っただけだが、シリリウムは魔法道具の魔力伝達金属である。

 魔法道具にはかなり多く使われる。

 魔法道具には軍製品も多い。

 件の暗黒竜に備えて、軍勢がまともに機能するのに必要な魔法道具を貴族たちが集めているので、シリリウムが不足しているわけだ。


「壊れたり、耐用年数が切れた魔法道具からシリリウムを回収しないのですか?」


「していますけど、元々魔法道具は民間でも需要が増えていまして……。暗黒竜の件を聞いて貴族たちが集めようと思ったら、在庫がほとんどありませんでした、という事情です」


 さらに、魔法道具は職人が作れるが、さすがにシリリウムがないと作りようがないという事情もあった。


「最近、ダストンさんとプラムさんが鉱石を大量に持ち込んでくれたので、魔法道具の生産も順調だったんですよ」


 それで、ますます特殊な金属であるシリリウムが不足しているわけか。


「今なら、普段の買い取り金額の倍出しますから」


 それでも、実際に精錬してみないと買い取り額はわからないけどね。

 その辺の胡乱さも、自由業であるハンターたちからゴーレムが避けられている理由かも。

 冒険者は成果の売却で、その日支払いに慣れているからなぁ……。

 その前に、リンデル山脈に辿り着けるハンター自体が少ないんだけどね。


「シリリウムの鉱石は、燃えるような真っ赤な色をしています。真っ赤なゴーレムだけ倒してください……可能なら、赤くないゴーレムも倒して問題ありませんけど。ダストンさんは『アイテムボックス』持ちですからね」


 正確には、『無限ランドセル』だけど。


「わかりました。じゃあ行こうか、プラム」


「はい、師匠」


 ランドーさんからの依頼を引き受けた俺とプラムは、全速力でリンデル山脈へと飛んで行くのであった。






「魔法コンロ、魔法浄水器、魔法ヒーター。全部値上がりしているのか?」


「はい。暗黒竜の件があるまでは比較的量産効果も出ており、富裕な平民たちも魔法道具を購入するようになっておりまして、価格自体は下がっていたのです。ですが……」


「暗黒竜のせいか!」


「簡単に申せば……魔法道具には寿命がありまして、王国北部方面軍、北方に領地を持つ諸侯軍の間で、必要なものなので取り合いとなっております」


「ぬぬぬっ……」


 またしても暗黒竜か!

 奴の襲来に備え、我ら貴族たちは諸侯軍の装備を揃えなければならない。

 普段からやっていればいい?

 言うは易しだが、そんな意見はあとからなら誰でも言える綺麗事でしかない。

 亀鉄の装備も、魔法道具も耐用年数があり、それに合わせて諸侯軍の装備を更新するなど、よほどの大貴族でなければ……。

 王国軍ですら定数を満たしておらず、数百年に一度の暗黒竜の目覚めがくるかもしれないと聞いて、慌てて必要なものを買い集めている状態なのだから。

 他の貴族たちも同様で、奪い合いになるから魔法道具のみならず、多くの品の相場が上がり続けていた。

 いくら割高でも、必要なものを揃えないわけにいかない。

 もし暗黒竜が出現して出陣した場合、諸侯軍に必要なものが揃っていなければ戦力にならないからだ。

 亀鉄の装備がなければ、竜のブレスに対しまったくの無力となってしまう。

 どうせ直撃を受ければ消し炭だが、鋼製の装備よりは圧倒的に保つ。

 魔法コンロで煮炊きした食事を出さなければ、冬なら兵士たちが凍えてしまって戦力にならない。

 火魔法の使い手?

 戦う前に魔力を消耗したら、戦闘にならないではないか。

 そうでなくても出陣の際には魔法使いが不足するので、有力なハンターなどを高額で雇わないといけないのに。

 魔法ヒーターも同じだ。

 冬の死の荒野、死の凍土では、人は容易に凍え死んでしまう。

 魔法浄水器がなければ、死の荒野、死の凍土の水など飲めたものではない。

 暗黒竜と戦う前に、病人続出で戦えなくなってしまうのだ。

 綺麗な水を運ぶ?

 『アイテムボックス』持ちは希少だし、その中でも収納できる量に天地ほどの差があるのだ。

 使える『アイテムボックス』持ちなど、貴族たちで奪い合いになるに決まっている。

 間違いなく、いくら価格が高騰しても魔法浄水器を必要量購入した方がマシであろう。

 魔法浄水器は、そのあと二~三十年は使えるのだから。


「さらに悪いことに、魔法道具の製造に必要なシリリウムが不足しておりまして……北のリンデル山脈に鉱脈があるのですが、あそこはゴーレムの巣です。そう簡単にシリリウムを獲りに行けないのです」


 シリリウムか……。

 魔法道具の需要が増え、そのせいで余計に足らなくなったわけだな。

 それにしても、我がバルサーク伯爵家は厄病神を追い出したはずなのに、どうしてこうも不幸なことに……。


「税収で返す」


「ツケ払いですか……今回まではいいとして、さすがにこれ以上は……いくらうちがバルサーク伯爵家の御用商人と言えど……」


「わかっている」


 なんとか魔法道具確保の目途がついたが、今後も我がバルサーク伯爵家の財政は厳しい状態が続く。

 節約をせねば。

 平民たちは貴族を羨ましいと思っているようだが、収入はあっても出ていく金が多い。

 借金がある貴族など珍しくもなく、今バルサーク伯爵家もそうなった。


「それでは、私はこれで」


「期限どおりの納品を頼むぞ」


 我が家の御用商人と話を終えた私は、早速妻のルーザの下に向かった。

 我が家の財政状態について話をするためだ。


「というわけだ。とにかく今は節約を頼むぞ」


「わかりました」


 微々たる額かもしれないが、やらないよりはマシであろう。

 とにかく、早く暗黒竜関連の騒ぎが終わってほしいものだ。





「暗殺が失敗? それは本当なのですか?」


「はい……残念ですが事実です……」


「毒薬使いほどの凄腕がですか? いったい、なにをしていたのです!」


「それが……」


「母上、今度は誰にあのクズの暗殺を頼みましょうか?」


「フリッツ、次はもう少し待ってね」


 フリッツのため、大金をかけて凄腕の暗殺者にダストンの暗殺を依頼したというのに失敗ですって!

 しかも、前払いした着手金は戻ってこない。

 とんだ大損じゃないの!

 所詮暗殺者なんて、金に汚い人間のクズ揃いというわけね。

 それにしても、どうして魔法も使えないダストンの暗殺にしくじるのかしら?


「まったく……で、ダストンはどうなったの?」


「それが、婚約していました」


「はっ? 婚約?」


 どういう意味なのかしら?

 暗殺されかけて婚約とか、意味がわからないのだけど。


「それがですね……」


 一緒にハンターをしていた女性に毒針が刺さってしまい、それをダストンがキスをして助けた?

 ああ、毒消し薬を口移しで飲ませたわけね。


「その女性は、ラーベ王国の元王女とか。ダストン様と同じような立場でして……」


 役にも立たないスキルを成人の儀で引き当てて、実家を追い出されたのね。

 確か、ラーベ王国は風魔法の名手が多かったはず。

 我がバルサーク伯爵家の火魔法と同じく、風魔法スキルを出せなかったクズは捨てられて当然よ。


「ゴミ同士、お似合いよね」


 ゴミはゴミ同士。

 せいぜい今のうちに仲良くしておけばいいわ。


「次の暗殺者を探しなさい!」


 今度こそ、ダストンを亡き者にするのよ。


「ですが奥様。現在のバルサーク伯爵家は、暗黒竜への備えでお金が必要な状態です。ダストン様もここに戻る意思などなく、ならば無理に大金をかけて暗殺をする意味があるのでしょうか?」


「……ええいっ! この役立たずの痴れ者が! この私に! バルサーク伯爵夫人であるルーザに逆らうのですか!」


 たかが家臣風情が!

 伯爵夫人に逆らうなんて!


「母上、やっちゃえ」


「私は女性ですし、高貴な生まれなのでこれ以上は。フリッツ、代わりにお願いね」


「任せて。ちょうど剣術の稽古が終わって木刀を持っていたよ。これで叩きのめしてやる! えい! えい!」


「ルーザ様、フリッツ様、ご勘弁を」


「母上、いい声で鳴くね。この豚は」


「本当、フリッツの言うとおりだわ」


 フリッツは私に似て可愛いわね。

 剣術の稽古でストレスが溜まっているはずだから、この不埒者で発散すればいいのよ。


「ダストンは必ず殺してやるつもりなんだ。邪魔するな、ボケが!」


「しかし、バルサーク伯爵家の財政が……第一、この前の暗殺に用いたお金について、お館様にどう弁解するのですか? あのような無駄遣い!」


「まだ言うのか! この豚が! 死ね!」


「ううっ……」


 確かにそう言われると……。

 さっき旦那様から無駄遣いを慎むように言われたばかりなので、戻ってこない着手金一千万リーグの件をどう釈明するか……。

 そうだ!

 こいつが横領したことにしてしまいましょう。

 それがいいわ。


「ムーア。今回の横領の件は、お前のバルサーク伯爵家からの追放と、さらなる折檻で許してやるわ。フリッツ、もっと痛めつけてやりなさい」


「任せて、母上。あーーーはっはっ! 抵抗しない者を叩きのめすのは楽しいなぁ。血が一杯で出てるよ」


 あとは、ムーアによる横領の件を旦那様に報告するだけ。

 どうせあの人は帳簿なんて最後の合計金額くらいしか見ないのだから、ようは帳尻が合っていればいいのよ。

 そうだ。

 次の暗殺者への依頼料も、ムーアが横領したことにしてしまいましょう。


「フリッツ、横領の額が増えたわよ。死んだらそれで問題ないわ」


「任せて、母上」


「お前ら親子は、人間じゃない! 魔獣かそれ以下の存在だ!」


「こいつは! フリッツ!」


「ボロボロにして、領外に捨ててやるよ。もっといい声で鳴けよ! オラオラ!」


「ぐふっ……」


 フリッツは頼もしいわね。

 やっぱり、バルサーク伯爵家の跡取りはダストンよりもフリッツよね。

 フリッツが当主になれば、私に贅沢をさせてくれるはずだから。

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