第十三話 毒殺の危機

「ダストンの奴! 生意気な!」


「フリッツ、どうかしたの?」


「聞いてください母上! あのダストンが冒険者として成功しているそうです」



 我がバルザーク伯爵領の隣、王国直轄地である商都アーベルに逃げ込んだ、クズの元兄ダストン。

 落ちぶれてホームレスでもしているのかと思えば、ハンターになって大成功しているだと!

 この俺様が、毎日父上や家庭教師たちに絞られて苦労しているというのに……。

 しかも、どいつもこいつも、『ダストン様は覚えが早くて』とか『ダストン様はもう大分先まで習得しています』などと抜かしやがる!

 金で雇われた家庭教師風情が!

 成人の儀で火魔法が出たら、焼き払ってくれる!

 とにかくも、まずは生意気なダストンへの対策だ。

 あんなわけのわからない、意味不明、使用目的不明なスキルを持つダストンが、たとえ冒険者としてでも成功するなどあってはならない。

 しかも前回、母上が送り出した刺客を返り討ちにしやがって!

 母上は、オリハルコンの剣の持ち主だから確実に成功すると言っていたのに……。

 どうせ生活苦から、オリハルコンの剣を売り飛ばして偽物でも所有していたのであろう。

 表向きの武力ではなく、もっと狡猾な刺客にダストン暗殺を依頼するとしよう。


「母上」


「安心して、フリッツ。今度は『毒使い』にやらせるから。遠くから毒の吹き矢で狙って、ダストンなんてイチコロなんだから」


「それなら安心だね、母上」


「ええ、そうよ。だからフリッツは安心して勉強してね」


 生意気なダストンの命もあと少しだな。

 今のうちにハンターとして楽しんでおけばいいさ。






「うん?」


「どうかしましたか? 師匠」


「狙われているな……」


 今日も魔獣討伐とレベルアップを順調にこなしてからプラムと夕食を共にした帰り、俺たちは宿への帰路を歩いていた。

 実はプラムも、俺と同じ宿に泊まっていたのだ。

 プラムは真面目にハンターをしていたから、ランドーさんが紹介したのであろう。

 それはいいのだけど、突然首筋がチクッとしたので手で探ると、なんと小さな針が刺さっていたのだ。


「師匠、それって毒針じゃないですか!」


「(しぃーーー!)」


 俺が毒針で狙われたので、慌てたプラムが大きな声を上げようとしたが、俺は急ぎ彼女の口を塞いだ。


「(ああ、大丈夫だから)」


「(でも、毒ですよ?)」


「(俺に毒は効かないから)」


 なぜ俺に毒が効かないのか?

 それは、絶対無敵ロボ アポロンカイザーを毒殺できない理由と同じである。

 毒殺されるロボットって、いたらある意味衝撃だろうからな。

 むしろ、OSにコンピューターウイルスでも流された方が危ないかも。

 もっとも、アニメでそういう攻撃はされていなかったな。

 あの時代にコンピューターウィルスなんて、そうメジャーな存在ではなかったから当然か。

 アニメのシナリオ担当者も、そこまで想定して脚本や設定を書いていなかったのだから。


「(そんなわけで、俺には毒が効かないのさ)」


「(凄いです! さすがは師匠!)」


「あのぅ……プラムもそうだよ」


 ただし、そこで常に自分がセクシーレディーロボ ビューティフォーでいられるかという課題が出てくるわけだ。


「(課題をクリアーできれば、プラムにも毒は効かなくなる)」


「(頑張ります、師匠! ところで毒殺される心当たりはあるのでしょうか?)」


「(元実家じゃないかな?)」


 勘当して追い出した子供にわざわざ大金をかけた刺客を送り込む。

 この世界の父バルサーク伯爵は、俺が思っていた以上にバカなのかもしれないな。


「(意味あるんですか? それ)」


「(だから放置すればいいんだよ)」


 暗黒竜への備えでいくらお金があっても足りない状態のはずなのに、わざわざそんなことをするなんて、バカなんじゃないかなと思う。

 あんな家、勘当されてかえってよかったな。





「なぜだ……大型の魔獣も数秒で即死させる、超がつくほど希少な毒なんだぞ! どうしてあいつは平気なんだ?」


 ちょろい仕事の割に大金になるから、喜んで引き受けた仕事のはずなのに……。

 どうしてあのダストンというガキは平気なんだ?

 毒針が命中していないわけがない。

 あいつが自分で、首筋に刺さった毒針を抜いていたのだから。

 あまり深く刺さらず、ちょっと首筋にくっついた風の態で毒針を抜いていたが、あの毒の強さを考えれば、あの程度でも数秒で死に至るはず。

 それがどうして?


「もう一発だ」


 希少な毒なので、これでトントンになってしまうが、俺はプロなのだ。

 毒殺失敗という評価は、俺の毒使いの評価を地の底に落としてしまう。

 赤字にならないだけマシだ。

 次こそは、必ず成功させなければ……。





「プラム、油断するな。もう一度くるかもしれない」


「はいっ!」


 俺はプラムに注意を促した。

 毒使いは俺の暗殺に失敗してしまったので、また次がくる可能性が高い。


「常に自分が、セクシーレディーロボ ビューティフォーだという自覚を持つんだ」


 さすれば、どんな毒を受けても効果などない。

 それが、絶対無敵ロボ アポロンカイザーのスキルと同類であるセクシーレディーロボ ビューティフォーなのだから。


「あっ!」


「プラム?」


「首筋に……この針が……」


 ちくしょう。

 二流暗殺者が!

 俺を狙ってプラムに当ててしまうなんて、とんでもない間抜けではないか。


「あれ? 体が……」


「まだ完璧ではないからか? プラム、常に自分がセクシーレディーロボ ビューティフォーだという自覚を持つんだ」


 やはり、俺みたいに短期間で完全にセクシーレディーロボ ビューティフォーになりきるのは難しいのか。

 何度も見たアニメが参考になるなんて、普通はあり得ないから仕方がないのだけど。


「師匠……」


「プラム! 気をしっかり持つんだ!」


 もしかして、かなり強力な毒なのか?

 もしセクシーレディーロボ ビューティフォーのスキルを習得しようとする前の彼女なら、即死していたかもしれないな。

 だが、今のままでもこのまま放置すれば死んでしまう。


「さすれば! この高価な毒消し薬を!」


 お金が有り余っていたので、念のために購入しておいてよかった。

 俺は治癒魔法を使えないので、各種治癒薬、毒消し薬、置き薬的な魔法薬各種を購入して無限ランドセルに入れてあるのだ。


「一番高い毒消し薬だから効果はあるはずだ。これを飲ませれば……って!」


 しまった!

 もうプラムの意識がない。

 口元に手を当てると呼吸はしているので、毒のせいで意識を失ってしまったのであろう。


「どうやって飲ませる?」


 塗る薬ならよかったのに、意識がないプラムにどうやって毒消しを……。


「師匠……」


「ええいっ! こうなれば!」


 死んでしまうよりはいい!

 俺は必要量の毒消し薬を口に含むと、そのままプラムの口をこじ開け、口移しで毒消し薬を流し込んだ。


「(プラムの口、柔らかい……じゃない! 効果は出たのか?)」


 一見すると、俺とプラムがキスをしているように見えるが、ちゃんと医療行為なのです。

 周囲の通行人のみなさん。

 そこは勘違いしないでください。


「ううん……師匠?」


 えっ?

 もう目を覚ました?

 これも、セクシーレディーロボ ビューティフォーのスキルのせいか?

 スキルの習得は完ぺきではなかったが、毒の効き目が薄かったようだ。

 つまり、俺とプラムはキスをしたまま……だから、医療行為だっての!

 って、誰に言っているんだよ!

 プラムが目を覚ましたので、俺はすぐに彼女の口を離した。


「師匠……私を治療してくださったのですか?」


「まあな」


 ここは自然に。

 俺とプラムは、キスをしたのではない。

 ただ治療に必要だったので口を合わせただけであって、これは不可抗力だったんだという態度を強調する。

 ここで変に慌てると、逆にプラムが不審がるからな。

 ここは自然に冷静にだ。


「師匠……すみません。私が未熟なばかりに」


「まだ修行を始めて短いんだ。それに、毒針は俺を狙ったものだった。巻き込んで済まない」


 俺と一緒にいなければ、毒殺されそうになどならなかったのだから。

 つまり俺が悪いのであって、プラムはなにも悪くないんだ。


「どうも俺は狙われているらしい。だからプラムは……」


 また俺の元家族のバカ騒ぎに巻き込まれて、今度は死んでしまうかもしれない。

 もう十分に魔獣を狩れるので、ここはパーティを解消した方がいいのかもしれない。

 その方がプラムの身も安全なのだから。

 俺は、冷静に彼女にそう提案した。


「そんなのは私は嫌です! 私を捨てないでください!」


「見た? あの子」


「まだ若いのに、町の往来でキスした子を速攻で捨てようとしているわ」


「若いのに、外道な男の子ね」


「……」


 しまった!

 こんな町の往来で話すことではなかった。

 これではまるで、俺がキスしたばかりのプラムを捨てようとしているように見えてしまうではないか!


「私はもう覚悟を決めているんです! 必ずスキルを完全に習得しますから、どうか捨てないで!」


「鬼畜なの? あの子」


「見た目は可愛らしいのにね」


「顔立ちが整っているから、他に女の子がいるんじゃないの?」


「そういえば、あの男の子。最近ハンターとして稼いでいるとか……」


「女の子なんて、何人でもより取り見取りなんでしょうね」


 あの……。

 勝手に俺をチャラ男扱いしないでください。

 せめて正確な事情を知ってからですね……。


「それに、私と師匠は将来結婚する約束ですよ!」


「なに? 婚約詐欺?」


「モテそうだからって、可哀想なことをするわね。あの男の子」


「稼ぐハンターって、そういう人が多いらしいじゃないの」


 プラム!

 さすがにそれは飛躍しすぎというか、確かに俺はスキルを教える過程で、参考になるからと神話扱いで絶対無敵ロボ アポロンカイザーのアニメのあらすじを説明しましたよ。

 最終話で、主人公の岩城正平とヒロインのアンナ・東城が結婚式を挙げるのも事実。

 だけどそれは、あくまでもアニメの内容であり、ダストン・バルサークとプラム・ラーベが結婚するなんてことは……将来はわからないけど……世の中に絶対なんてことはないのだから。

 とにかく今のところは、俺とプラムが結婚する予定なんてない!

 これは断言できる。


「でも、私と師匠のスキルって、将来結ばれるのに相応しい、まるでペアのようなスキルですよ。他に同じスキルの人はいないでしょうし」


 確かに、この世界に何人も絶対無敵ロボ アポロンカイザーとセクシーレディーロボ ビューティフォーのスキル持ちがいたら怖いよな。

 それはプラムの言うとおりだ。


「つまり、私と師匠は将来結ばれるべくして出会ったんです!」


 目を輝かせながら、どんどん飛躍した内容を話すプラム。

 まだ毒が頭を回っているのか、もしかしたら思っていた以上にロマンティックな性格をしているのかもしれない。

 年齢的に恋に恋する年齢だから、白馬の王子様待ち的な思考の持ち主とか?


「落ち着くんだ、プラム」


「師匠?」


「そうだな。今すぐパーティを解散するのは現実的ではないよな」


「むしろ、永遠に解散しない方がいいです」


 それって、つまりずっと夫婦というパーティも組むって意味ですか?

 前世、アラフィフ社畜であった俺は、結局結婚の意義を見出せずに死んでしまったので、いまいち結婚というものが理解できないのだけど、現実はこんなものなのか?

 神よ。

 これは、俺に対する試練なのですか?


「結婚か……考えなくはないかな?」


「本当ですか?」


「ああ、本当だ」


 相手がプラムになるか知らない……でも、俺の好みのドストライクなんだよな。

 プラムは、俺の初恋の女性アンナ・東城にそっくりだから。

 今でも美少女でスタイル抜群だけど、あと四年したらもっとアンナ・東城に近づきそうだ。


「おほん。俺の修行はまだ途中だ。プラムはもっと多くの試練を突破しなければならない。それはわかるかな?」


「はい」


「あと数年して、俺とプラムがスキルを完璧に習得した時こそ、俺とプラムが結婚する時ではないかと。俺たちはまだ若い。今後時間をかけてお互いをよく知り、それから結婚しても遅くないではないか」


「師匠の仰るとおりです。私、頑張ってスキルを完璧に習得します。そうすれば、今日のような暗殺者の襲撃も余裕で回避できますしね」


「そうだ」


「これからは、私と師匠は婚約者同士ですね。改めてよろしくお願いします」


 ふう……。

 俺は現代日本人的な思考を持つので、十三歳で結婚せずに済んでよかった。

 いくらなんでも早すぎるだろう。

 どうにか時間的な余裕を稼げてよかった。

 それに、プラムも数年すれば考えが変わる可能性もあるのだから。


「おめでとう! お二人さん!」


「初々しくてとてもお似合いだぜ!」


「もう他の女の子に浮気しちゃ駄目よ」


「二人で仲良くな」


「……」


 さっきまで俺をチャラ男扱いして非難していたくせに、今度はいきなりお祝いの言葉を投げかけてくる町の住民たち。

 それよりも、俺は暗殺されかけたのだけど……。

 さすがにこんなに大騒ぎになったら暗殺者は姿を消したようで、今回も実家から暗殺を回避することができてよかった。

 プラムへの責任もあるから、これからもっと強くなって元家族に殺されないようにしないと。






「失敗だと……二度も俺がしくじった?」


 裏の世界では『毒使い』と呼ばれる、有名な暗殺者であるこの俺が、二度も狙いを外しただと。

 一撃目は、標的への毒針の刺さりが浅かった。

 二撃目は、あろうことか標的の隣にいる無関係の少女に当ててしまった。

 一撃目失敗の動揺が、予想以上に大きかったようだ。

 これまで、練習以外で一撃目を外したことがないからかもしれない。

 この世界で、標的以外の人間を殺すことはタブーとされている。

 暗殺はあくまでも仕事であり、標的以外の人間を殺すなど、快楽殺人者でもあるまいし、一流の暗殺者ほどそれを恥とする。

 裏社会で名の知れた『毒使い』が、狙いを外して標的ではない人間に毒針を刺し、危うく死なせてしまうところであった。

 しかも、それを救ってくれたのが標的だなんて……。

 これ以上の恥はない。

 駄目だ!

 もうこの仕事はできない。

 俺はもう暗殺者を引退しよう。

 そして、ハンターにでもなるかな。

 駆け出しの頃は、ハンターとして魔獣を毒殺して経験を稼いだものだが、それに戻るわけだ。


「(俺にも羞恥心はある。もう二度と殺しの依頼は受けない。引退だ。今回の標的よ。お前は一生気がつかないだろうが、『毒使い』を引退させたハンターとして裏社会で名が残るだろうな。では、サラバだ)」


 さすがに、この国でハンターはできない。

 バルザーク伯爵家からの着手金があるので、これを路銀にして他国に向かうかな。

 着手金は任務に失敗しても返還する必要がないお金だ。

 俺の第二の人生のために使わせてもらうとしよう。

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