第六話 刺客

「本日の成果ですが……あなたって、才能に満ち溢れていますね」


「そうですか?」


「アイアンタートルを、一日で二千五百六十九匹も狩れる人はいませんから。移動とか考えると……そういうスキルなんですね」


「そんなスキルです」


「あなたが来月までGランクなのは、ハンター協会にとって大きな損失のような気がしてきました。本日は合計五億三千九百四十九万リーグになります」


「あれ? 素材の買い取り金額が上がった?」


「上がりましたよ。亀鉄が手に入ると商人たちに知れ渡ったら、リアルな価格上昇が発生しました。甲羅は先週の倍の買い取り価格です。魔石はそのままですけどね」


 この一週間ほど、俺はアイアンタートルばかり狩っていた。

 絶対無敵ロボ アポロンカイザーのスキルで広大な沼を飛び回り、北方には他にも複数アイアンタートルが住む河川、湖、沼などがあるそうで、そこで集中的にアイアンタートルを狩りまくったというわけだ。

 一週間ほど同じペースで狩ったのに、なぜかアイアンタートルの数はまったく減らないのは不思議すぎる。

 いったいどこから湧いたんだと思わなくもないが、そういう生物なのだと思うことにしよう。

 俺は大金が得られて満足なのだから。

 特に、亀鉄需要による素材の値上がりが美味しいな。

 問題は、本当に暗黒竜が一時冬眠から目覚めるかなのだが、それはその時にならないとわからないので対処のしようもない。

 どうせランクの低い俺に、暗黒竜の討伐命令なんて出ないだろう。

 そういうのは、SSSランクとかSランクのハンターたちが対応すればいいのだから。

 俺が倒す手というもあるけど、今の俺のランクで討伐依頼はこないだろう。

 信用がないからな。


「大金なので口座に入れてほしいのですが……口座はEランクからしか作れないんです」


 ランドーさんが申し訳なさそうに言った。

 口座とは、銀行ではなくハンター協会にお金を預けることだ。

 ハンター協会は世界規模の組織で力もあるので、銀行業も営んでいる。

 お金を口座に預けても利息はつかないが、世界中の支部から自由にお金を引き出せる。

 口座に預けておけば、少なくとも盗難の心配はない。

 ハンター協会は、ハンターから預かったお金で銀行業を営んで利益を出すという構図だ。

 ハンター協会からお金を借りている国や貴族も存在し、頭が上がらないという話も聞いたことがあった。


「俺は大丈夫ですよ」


 無限ランドセルに仕舞えば、盗みようがないからだ。


「最近、大金を稼いでいるのでお気をつけて。大丈夫だとは思うんですけどね……一応、念のためにです」


「ご心配ありがとうございます」


 俺は今日も夕食をとるべく、ハンター協会を出て町の中心部へと向かうのであった。






「フリッツ、わかっているのか? お前はダストンに代わり、バルザーク伯爵家の跡取りとなったのだ。もう少し勉学やマナー、剣術などを頑張ってくれ。ダストンは我が家の面汚しだが……今後に期待する」


「……」


 今日も父上に怒られた。

 理由は、俺様がダストンよりも出来が悪いからだそうだ。

 この俺様の出来が悪い?

 そんなことはない!

 わけのわからないスキルを出し、火魔法のバルザーク伯爵家の名を汚したダストンの方が、俺様よりも勉学、マナー、剣術などに勝っていただと!

 そんなものはまやかしだ!

 この俺様が、ダストンなんかに負けるわけがない。

 俺様は毎日、懸命に鍛錬や勉学に挑んでいるというのに……。


「フリッツ、大丈夫ですか?」


「母上!」


 それでも、母上だけは俺様の味方だ。

 このところ毎日父上から叱られていたが、慰めてくれるのは母上だけであった。


「フリッツ、ダストンがアーベルの町でハンターをしているそうです」


「ついにそこまで落ちぶれたか」


 落ち零れの元貴族に相応しい境遇だ。

 ハンターになる元貴族は、ほぼ全員が貴族に相応しいスキルを身に着けられなかった落ちこぼればかりなのだから。


「きっと最下層で落ちぶれているでしょう。ダストンは無能ですから」


 あんなわけのわからないスキル。

 いったいなんの役に立つんだって話だよ。

 『ゼッタイムテキロボアポロンカイザー』ってさ。

 『神託』が使える教会の神父さんだって知らなかったスキルなんて、大ハズレに決まってる。

 それよりも、ダストンのせいで俺様が叱られたじゃないか!

 ダストンのくせに生意気な!


「ダストンに罰をくれてやりたいよ! 母上」


「それはいい考えね。私に任せて頂戴」


「さすがは母上」


「費用は諸侯軍の予算から拝借するけど、少しくらいなら問題ないわ」


「ありがとう、母上」


 父上は、『諸侯軍の兵士たちが着る亀鉄製の装備の調達が必要で金がかかる』、とか言っていたけど……。

 我がバルザーク伯爵家は古くから続く名門。

 商人たちが頭を下げて、格安で亀鉄の装備を購入してくれと言ってくるさ。


「母上、どうやってダストンに仕返しをするの?」


「知り合いのツテを辿って、アーベルの町にいるC級ハンターに叩きのめしてもらうわ。なんと彼は、オリハルコンの剣を持っているのよ」


「それは凄いね!」


 でも、どうしてただのハンター風情がオリハルコンの剣を?

 バルザーク伯爵家ですら、オリハルコン製の剣なんて持っていないというのに……。

 生意気なハンターだから、あとで報酬を渡す時にオリハルコン製の剣を奪ってしまおう。


「(いいアイデアだね)」


 俺様は、無能なダストンとは違って、将来有能な伯爵になる。

 そんな俺様には、オリハルコンの剣がよく似合うというもの。

 ダストンはせいぜい死なないよう、防御に徹するしかない。

 きっとその時に、頭と足を引っ込めた亀みたいにみっともない姿を晒すんだろうなぁ。

 その光景を思い浮かべたらワクワクしてきた。

 剣術の稽古も勉学も頑張らないと。







「悪いが、お前を叩きのめしにきた」


「どういうことです?」


「仕事だ。報酬がいいのでね」


「高額の報酬で見ず知らずの他人を叩きのめす。人間としての良心はないのかな?」


「俺の良心は、得られる報酬の額に比例するのでね」


「……ふーーーん。好きにすれば?」


 狩りが終わり、夕食を食べたあとだったので油断していたのかな?

 宿に向かう近道がある路地裏で、一人の冒険者に絡まれてしまった。

 さらに彼は、他人からの依頼で俺をボコボコにすると言いつつ、もう剣を抜いていた。

 ボコボコならまだいいが、このままだと斬り殺されるか。


「(実は心配ないんだけど……)」


 なぜなら、俺のスキルは絶対無敵ロボ アポロンカイザーだからなぁ……。

 オリハルコンでは傷つけられないと思う。

 だって、絶対無敵ロボ アポロンカイザーは『超々銀河超合金アルファ』で作られているからだ。

 当然アニメの設定なのでそんな金属は実在しないが、超々銀河超合金アルファはダイヤモンドの一万倍の硬度があることになっている。

 原理?

 アニメの設定にツッコミを入れるなんて、それは野暮ってものじゃないか。

 実際、俺の防御力は防具いらずなほど優れているという事実の方が大切だと思うな。

 しかもここは、俺が飛ばされてきたファンタジー風な異世界なのだ。

 地球のような科学技術が通用するかどうかすら、わからないのだから。

 そんなわけで、剣ごときで俺の体に傷をつけられるかどうか……。


「いくぞ! 楽に死なせてやるよ」


「死にたくないのでパス……おっ」


「隙を見せたな! これでお前は致命傷を……あれ?」


 手ごたえがあったはずなのに、なぜかその体に傷一つついていない俺の体。

 俺が『おっ!』となったのは、俺を襲った暴漢が振りかざす剣の刀身にあった。

 書物によれば、確かその黒い刀身はオリハルコンの最大の特徴だったはず。

 しかしながら、どうして暴漢が……同業者だと思うが……オリハルコンを?

 考え込んで一瞬動きが止まってしまった隙に、俺の体はオリハルコンらしき剣で斬られてしまったのだ。

 だが……。


「ああっ! 俺の服! どうするんだよ!」


「えっ? 俺のオリハルコンの剣で斬られてどうして無傷?」


「この野郎! 服代を弁償しろよな!」


 俺の体は、絶対無敵ロボ アポロンカイザーと同じか、それに近い。

 やはり、オリハルコン程度ではどうにもならなかったようだ。

 アニメだと、全銀河絶滅団の機械大人に対抗すべく、地球防衛隊が古のオーパーツであるオリハルコン……古代アトランティス帝国の発明という設定だった。本当に古代アトランティス帝国がオリハルコンを実用化していたかどうかは知らないけど。実在するのかも不明なわけで……の再現に成功し、それを用いた兵器で防衛戦闘を行った。

 ところが、『超々銀河超合金アルファ』よりも強度が低いが、オリハルコンよりは圧倒的に硬い『銀河アパタイト』を用いる全銀河絶滅団の機械大人にまったく歯が立たなかったのだ。

 だから俺の体には傷一つつかなかったのだけど、服は切れてしまったので弁償しろと怒ったわけだ。

 まったく。

 野蛮で失礼な奴だ。


「服を弁償しろ!」


「嘘だろう? 俺のオリハルコンの剣が……」


 よく見たらやはり同業者らしいが、あまり強そうには見えない。

 なぜなら、着けている防具が全然大したことないからだ。

 それなのに彼は、オリハルコンの剣を持っている。

 もしかして、元貴族か、先祖が貴族だからか?

 先祖伝来の品?

 他に理由はないよな。

 こいつ程度の実力でオリハルコン製の剣が購入できるわけがないし、刃が潰れてショックなんて受けないだろうからだ。


「我がアースブルク伯爵家に代々伝わる剣をよくもぉーーー!」


「元なんじゃないの?」


 本当に伯爵家の人間なら、そんなショボイ防具でアーベルの町をうろつくわけがない。

 実家の恥になるからだ。

 大方没落貴族の子孫で、先祖代々伝わるオリハルコンの剣を使っているだけの中堅ハンターといったところか。


「うるさい! お前こそ、バルザーク伯爵家を勘当になった雑魚のくせに!」


「ふーーーん。なるほど」


 こいつは、バルザーク伯爵家の誰かに依頼されて俺を殺しにきたわけか。

 そんなに俺が憎いかね?

 仕返しは……どうせすぐに大損するし、こいつも報いを受けるだろう。

 俺に全力で攻撃すればな。


「一度だけ忠告しておく。その剣で俺に攻撃しない方がいいぞ」


「なるほど。もう一撃は耐えられないわけだな。自ら墓穴を掘るとはな。さすがはバルザーク伯爵家を勘当された無能なだけはある」


 違うって!

 本当にその剣で俺に攻撃しない方がいいんだが……こいつ、もの凄いバカだな。


「忠告はしたぞ」


「ひゃっひゃっひゃっ! 死ね!」


「えい」


 バカによるオリハルコンの剣を用いた渾身の一撃を拳で殴りつけると、俺の拳が切れて大出血……ということはなく、『ガキンッ!』と大きな音と共に刀身が真っ二つに折れてしまった。

 しかも折れた剣先は、勢いよく遠くに飛んで行ってしまう。


「俺のオリハルコンの剣がぁーーー!」


「だから言ったのに……」


 人の忠告を聞かないから。

 スキルの関係で、俺にオリハルコンの剣で攻撃しても傷一つつけられないのに。


「拾いに行かないでいいのか?」


 剣先だけでもひと財産だからな。

 誰かが拾ってしまうかもしれない。


「クソォーーー! 覚えてろよぉーーー!」


 テンプレな捨て台詞を残し、俺への刺客は飛び去ったオリハルコンの剣先を探すため走り去ってしまった。


「服、弁償してほしかったなぁ……。まあ、いいか」


 毎日魔獣退治で稼いでいるしな。

 それに……。


「レベルアップの影響かな? こんな真似ができるとはね」


 俺は無限ランドセルから、折れた勢いで飛んで行ったはずのオリハルコンの剣先を取り出した。

 実は先ほど、俺の拳で折れた瞬間に無限ランドセルに仕舞い、同時に野営で使うナイフを取り出してから投げたのだ。

 今は夜で、猛スピードで飛んでいく剣先とナイフの見分けはつけにくい。

 しかも、他人に被害が出ないように町の外まで飛ばしてしまった。

 あいつはハンターだから、なんとか探し出すだろう。

 見つけてもただのナイフだけど。


「宿に戻ろう」


 パクったオリハルコンの剣先はそのうち換金するとして、明日からもレベルアップを頑張らないとな。

 まずは、武器と武装を一つでも多く解放していこうと思う。

 俺を殺そうとしたバルザーク伯爵家への復讐だが、もう済んでいるからいいか。





「亀鉄の装備一式が四百万リーグだと! これまでの倍以上の値段ではないか!」


「バルザーク伯爵様。お嫌でしたら、他にいくらでも買ってくださるところがありますから。もし暗黒竜が冬眠から目覚めて暴れた場合、北方の諸侯に動員がかかるのは確実。そこでバルザーク伯爵家諸侯軍が亀鉄装備を手に入れられなかったというのはお辛いのでは?」


「買おう……」


「毎度ありがとうございます。これでも大分安くなったんですよ。とあるハンターが、大量の亀鉄を売却してくれたそうで。他国にも大分流れたので、なかなかお値段は下がりませんけどね」


「……(バルザーク伯爵家の金庫が空に……とんだ不運だ!)」


 数百年に一度だか知らないが、暗黒竜め!

 ダストンのことといい、我が家は呪われているのか?

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