第五話 休日

「ダストンさんは、今日はお休みかい?」


「生活に必要なものを買いに行きます」


「それがいいわよ。あなた、なにも持っていないんだから」



 翌日。

 今日はお休みであり、俺は宿屋の小母さんが出してくれた朝食をとりながら、これからの予定について話をしていた。

 この宿は夫を早くに亡くした小母さんが娘夫婦と共に経営している、初心者ハンター専用の宿であった。

 朝食、お弁当、洗濯つきで一泊六千リーグは格安だと思う。

 料理も美味しく、部屋もシーツもいつも綺麗であった。

 買い取り所の職員さん曰く、『いい宿なので、初心者ハンターでも素性の悪い人には紹介しない』そうだ。

 ボロボロの旅人にしか見えない俺によく紹介してもらえたものだ。

 人柄がいい?

 自覚はないなぁ……。


「あっ、でもあなた。ランドーさんから聞いたけど、来月になったら最低でもCランクになるそうじゃない」


「らしいですね」


 ちなみにランドーさんとは、あの買い取り所の職員さんの名前であった。


「ここは初心者専用だから、今月いっぱいまでしか使えないわよ。かなり稼いでいると聞いたから、あなたが長々居座っては駄目よ」


 この宿は、人柄に優れた初心者ハンターしか利用できない。

 俺はもう初心者扱いではなく、来月のランク昇格発表と共にここを出なければならないのか。


「次に住むところを、ランドーさんに紹介してもらおうかな?」


「それがいいよ」


「となると、あまり荷物を増やさない方がいいのかな?」


「それにしても、最低限の生活用品くらいは揃えなさいな。あなた、結構いいところの出だったと聞くけど、案外ワイルドというか、生活に拘りがないというか……」


 なるほど。

 ランドーさんが俺にここを紹介してくれたのは、俺の正体に気がついていたからか。

 元でも貴族の子弟なら、あきらかに性格に問題がなければハンターとして将来有望だものな。

 俺みたいに、家柄に合わないスキルだからといって追い出される元貴族は無視できないくらい存在するのであろう。


「じゃあ、買い物に行ってきます」


「ちゃんと下着くらいは買うんだよ」


 今の俺の体は十三歳なので、宿屋の小母さんにとってはまだ子供みたいなものなんだろうな。

 彼女に言われたとおり、下着くらいは買うか……。


「下着は、一週間分くらいあればいいかな?」


「そうですね。そのくらいあればいいと思いますよ」


 最初に入った洋品店の店主も、俺の意見に賛同した。

 下着や普段着など、生活に必要なものを購入していく。

 あとは、これから野営をするかもしれない。

 お店を変え、テント、寝袋、野営に必要な品。

 そして、魔法道具のライターも購入した。

 魔石を燃料にして、火を起こせる魔法道具だ。

 一番安い魔法道具らしいけど、それでも十万リーグ。

 しかし俺は火魔法が使えないので、これは必要な出費というわけだ。

 カイザーアイビームで着火は可能かもしれないけど、威力がありすぎて大火災を引き起こしかねない。


「ありがとうございました」


 色々購入したのでご機嫌な店主に見送られ、次は武器屋へと向かった。


「鋼の剣、ハードレザーアーマー、皮のブーツ。こんなものかな?」


「こっちの鋼のフルプレートか、亀鉄のフルプレートがお勧めだけどな」


「動きが阻害されるからいいです」


「あんた、格闘系のスキル持ちか」


「ええ、そんなところです」


 どうせ装備しても、俺の防御力が上がるわけでもないしね。

 ようは、ハンターらしく見えて着るのが楽ならばいいんだ。

 さすがにローブだと、俺は魔法使いじゃないからなぁ……。

 ハードレザーアーマーで十分だろう。

 鋼の剣にしても、これはもう見た目重視でしかない。

 購入金額は、合計で百二十万リーグ。

 武具って高価だなと思いつつ、俺は店主に武器と防具の代金を支払った。


「亀鉄の武器と防具って、とても高いんですね」


「最近、価格が上がったのさ」


「それはハンター協会の買い取り所の職員さんから聞いたけど、なにか値上がりした原因はあるんですか?」


「間違いなく、『暗黒竜』の復活の噂が原因だろうな」


「暗黒竜なんて本当にいるんだ……」


 本で読んだけど、伝承の類だと思っていた。


「なんでも、数百年に一度極北の活火山『ビランデ山』のマグマ溜まりから飛び出してくるそうだ。冬眠の合間に餌を……他の魔獣や人間を食うんだとよ」


 武器屋の店主によると、数万年前に冬眠に入った暗黒竜だが、数百年に一度起き出して食事をとるそうだ。

 人間の住む町や村も襲われる危険があるため、王国北方に領地を持つ貴族たちは、家臣や兵士たちに亀鉄の武具を揃えようとし、奪い合いになっているらしい。


「亀鉄ってのは、鋼よりも少し高いくらいなのに性能に優れているのさ。だが一つ弱点があってな」


「弱点?」


「ああ。亀鉄製の装備は、せいぜい数十年しか保たないのさ」


 亀鉄は金属に分類され、鉄よりも高品質だけど生物系の素材だ。

 アイアンタートルの甲羅が原料だからな。

 生物ゆえに、消費期限が存在するわけか。


「だから、数十年おきに新しいものに交換しないといけないのさ」


「便利なんだか、不便なんだか、ですね」


「ハンターにはいい装備だぜ」


 数十年保つのなら、そのハンターの現役時代が終わるまで使えるからだ。


「亀鉄の上はミスリルやオリハルコンだが、そんな素材、滅多に手に入らないよ。他にも、魔獣由来の素材があるけど、これも長期間保つものと保たないものがある。保つものほど、入手が困難なケースが多いな」


 というわけで、Aランクハンターの大半も装備は亀鉄製らしい。


「軍や貴族の家は代々続くわけで、それでも費用面で亀鉄の装備を揃えるな」


 暗黒竜相手でなければ鋼でもいいらしいけど、なにしろ相手は竜なのだ。

 兵士たちに亀鉄製の装備を揃えたいもの。

 だからこうやって、定期的に需要が増えすぎて奪い合いになるわけか。


「普通、入手時期をズラして、少しずつ調達するものなのでは?」


「そうしている国の軍や貴族様もいるがな。普段は鋼製の武具で十分だからさ」


 面倒だったり、予算を他のことに使いたくて、亀鉄製の装備が倉庫の中で朽ちてしまっても、放置したままの貴族が多いそうだ。

 暗黒竜の襲来が数百年に一度だからかもしれない。

 人間って、なかなか計画的に備えるってことができないからなぁ……。


「お前さんのスキルがなんだか知らんが、亀鉄で頼むって、ランドーさんと鍛冶屋が言ってたぜ」


「わかりました」


 亀鉄不足ねぇ……。

 じゃあ、しばらくはアイアンタートルを狩ればいいのかな?

 レベル上げは……数をこなす方向で行こう。

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