第一話 商都アーベンとハンター

「俺の伯爵としての将来は消えたのか……」


 この世界に飛ばされてから一年。

 そう悪くない生活だったんだが、人生とは本当になにがあるかわからないものだ。

 さてと、これからどうやって暮らしたらいいものか。

 俺が見た目どおりの子供だったら泣き喚くか絶望したはずだが、なまじ人生経験があるおかげで冷静でいられた。

 中身がオジさんなので、ある程度耐性ができていた……アラフィフオジさんの人生は、これまで色々とあったのだ。

 すぐに次の手を探すことこそが、最悪の事態を防ぐ一手だと経験していたのだから。

 先ほど教会で得た『スキル』を生かし、俺は生活の糧を得るしかない。


「それにしても、この世界はファンタジー風な世界のはずなんだけどなぁ……」


 教会も父も、俺のスキルを初めて見たと言っていたが、確かにそうであろう。

 この世界の人間からしたら、このスキルを使いこなす以前に、まず『なんなんだ? その謎のスキルは?』って話になるはずだからだ。


「現代日本の生まれでよかったと、今心からそう思うよ」


 そして、俺がヲタクであったことも。

 冴島誠一の死体から回収したスマホ、サイフ、腕時計を隠していた場所から回収……屋敷内においておくとメイドや使用人に見つけられてしまうかもしれないので、外に隠しておいてよかった。

 ただ、路銀、武器と防具などすべて弟のフリッツに奪われてしまったので、なんとか金を稼がねば……。

 しかしながら、まずは明日までにバルザーク伯爵領を出なければいけないので、まずは領外の村や町を目指すことにしよう。

 俺は急ぎ街道を歩き続け、無事翌日の朝にようやくバルザーク伯爵領から出ることに成功したのであった。


「商都アーベン。大きな町だな」


 バルザーク伯爵領の隣に、元我が家が仕えるリーフレッド王国の直轄地にして、北方の重要拠点、商都アーベンがあった。

 人口は……この世界で正確な人口統計など望むべくもない。

 とにかくとても大きな都市だ。

 このアーベンには、リーフレッド王国北方に領地を持つ貴族たちが多数特産品を持ち込み、そこから王国全土や他国にまで運ばれていく。

 貴族たちが現金収入を得るのに必要な都市であった。

 この知識は、屋敷にある本から得たものであったが。


「こんにちは、ハンターギルドです。ハンター登録でしょうか?」


「そうです」


 もう一つ。

 アーベンには大きな産業がある。

 それは、アーベン北方に広がる『死の荒野』、『死の凍土』で盛んな魔獣狩りであった。

 魔獣とは、この世界に住む凶悪な生物のことを指す。

 俺でも理解できるように言えば、魔物、モンスターである。

 魔獣のせいで人間が住めない土地はこの世界に多く、だが魔獣には利点も存在した。

 体内にある魔石と、魔獣の肉、毛皮、骨、牙、角など。

 そのすべてがこの世界に住む人々の生活の糧となり、高額で取引されているからだ。

 魔獣を狩れれば一攫千金……その種類にもよるけど。

 最弱のスライムですら一日に十匹も倒せば、とりあえずその日は暮らせるくらいの収入にはなる、と本に書かれていた。

 ただし、一般人はほぼ魔獣に勝てない。

 グループでやるか、懸命に鍛えれば、なんとかスライムくらいは倒せるようになるが、それだと普通に働いた方がいいという結論になってしまう。

 結局、魔法、身体強化、剣術などのスキルが出なければ、魔獣を倒すハンターになるのは厳しい世界というわけだ。

 スキルは遺伝する傾向があるので、実は高名なハンターは貴族の末裔でしたとか、突然有力なスキルが出て大活躍したハンターの子孫です、というケースがとても多いらしい。


「こちらに記名をお願いします」


 どういうわけかすぐに覚えられたこの世界の文字で、俺は『ダストン』と自分の名前を書いた。

 バルザークの姓は書かない。

 なぜなら、俺はもう勘当された身だからだ。

 同時に、あの連中と同じ血が流れているとは認めたくなかった。

 こうなったら、俺は自分がやりたいように生きて行く。

 元家族のことはもう忘れてしまおう。


「こちらがハンターカードになります。なくすと再発行にお金がかかるので、なくさないようにしてください。このハンターカードは身分証にもなりますので」


 魔獣が生息する場所は多く、ハンター協会も世界中にあると聞く。

 このハンターカードがあれば、他のハンター協会支部に行っても同じサービスが受けられるそうだ。

 全世界的な組織……教会と合わせて大したものだな。


「わかりました。ランクはGですか」


「一番低いランクですね。ハンターの階級は、ハンター協会本部で授与が決定されるSSSが一番上です。そこからSS、S、A、Bと下っていって、Gが一番下です」


 十段階に別れているわけだ。

 これも書物で見たな。


「当然、ランクが上になればなるほど優遇されます。Sより上の方などは下手な王族よりも身分が上ですので」


「実力によっては、金と共に権力も手に入れられると?」


「そういうことになります。もっとも、現時点でSSSは一人、SSはゼロ。Sは八人しかいませんけど」


 それはそうか。

 そんなに簡単にSランク以上になれたら、この世の中が偉い人ばかりになってしまうのだから。


「(だが、俺のスキルなら)」


「ランクが低い人は無理をしないことです。命あっての物種ですし、何事にも順序というものがありますからね」


 ランクによって手を出してはいけない魔獣がいるとか、そんなことはないようだ。

 別に、Gランクが勝手に強い魔獣に挑んでもハンター協会はなにも言わない。

 ただ、もし死んでも自己責任というわけだ。

 それは当たり前の話で、いちいちハンター全員の行動をチェックするなんて、できるわけがないのだから。


「無理はしないでくださいと、注意はできるのです……ただ……」


 ハンターとは、基本的に食い詰め者がなる仕事だ。

 あとは、俺みたいに貴族でなくなった者か、先祖が貴族で戦闘に有利なスキルを持つ者か。

 早く成果を出そうと焦って死ぬ奴が多いのであろう。

 だから事前に一言注意されるわけだ。


「というわけですので、自分のペースを忘れないようにしてください」


「わかりました」


 俺は優しい受付のお姉さんの忠告に従い、まずはアーベル北方の城壁近くへと向かうのであった。

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