(仮題)異世界で死にかけた少年と入れ替わった独身アラフィフサラリーマン、スキルが『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』だった

Y.A

プロローグ 追放

『機械大人『ドグー』よ! 地球に生息する下等種族共を一人残らず殲滅するのじゃ! 低能で汚い下等種族には過ぎた美しい惑星を、銀河系征服のための本拠地とするために!』


「地球防衛隊の全機! 住民たちの避難が終了するまで、機械大人と機械魔獣たちの侵攻を阻止するんだ!」


『ふんっ! そのような玩具では妾が生み出した機械大人には勝てぬぞ。このドグーは、妾の最高傑作なのだから。妾の邪魔をするのであれば、先にお前たちをあの世に送ってやろう。そのガラクタを棺桶としてな!』


「全機! なにがなんでも、町への侵入を防ぐんだ!」


「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」


 挑発的で甲高い声と女性の声が広範囲に響くのと同時に、土偶に似た機械の巨人が、同じ機械の獣たちを引き連れ、人間の町を破壊しようと侵攻を始めた。

 それを阻止するべく、地球防衛隊が速やかに戦闘機部隊を発進させる。

 指揮官先頭をモットーとするがごとく、進行上の建物やインフラを破壊しながら町を目指す機械の巨人は、宇宙より飛来した全銀河全滅団の首領女帝アルミナスが生み出した機械大人だ。

 それが数十の機械の獣たちを率い、人間の住む町を破壊しようと移動を始めている。


「攻撃開始!」


 隊長の命令で、各戦闘機が機械大人と機械魔獣に対し、ミサイルと機銃で攻撃を開始した。

 だが、そのどちらもほとんど損傷を与えられない。


『下等生物が持つ石器のような武器に、偉大なる妾が生み出した機械大人と機械魔獣軍団が負けるはずがないではないか。愚かしいまでの無駄な抵抗じゃ。ドグーよ! 先にうるさいハエどもを叩き落してしまうのじゃ』


 女帝アルミナスの命令に従い、機械大人ドグーは目から発射したレーザーで戦闘機をすべて落としてしまった。

 残念ながら現代の地球の科学力では、機械大人に対しまったく歯が立たなかった。


『これで邪魔者は消えた。さあ、ドグーよ! 人間を皆殺しにし、町を破壊してしまうのじゃ! すべて壊してから、妾に相応しい世界征服の拠点を築こうぞ』


 いまだ町の住民の避難は完了しておらず、頼みの戦闘機隊は一瞬で全滅してしまった。

 もはや、機械大人と機械魔獣軍団による町の破壊と、多くの犠牲者が出ることは避けられないと、全員が諦めかけたその時……。


「女帝アルミナス! そして、機械大人! 町を破壊することは、この俺が許さない!」


 突如上空より、若い男性の声と共に機械の巨人が飛来し、町と機械大人の間に割って入った。


『貴様は岩城正平! またもアポロンカイザーで邪魔をしおってぇーーー!』


「私もいます!」


『くっ! アンナ・東城とビューティフォーまで!』


 そしてもう一体。

 グラマーな女性をモチーフにした機械の巨人も飛来し、二体で町への侵攻を阻止する形となった。


『いつもいつも、一番いいところで妾の邪魔をしおって! ドグーよ! 先にこの二体のガラクタを破壊してしまうのじゃ!』


「やれるものならな! アンナ!」


「任せて、ショウヘイ!」


 絶対無敵ロボ アポロンカイザーとセクシーレディーロボ ビューティフォーを操る二人は、そのまま機械大人と機械魔獣軍団との戦闘に入った。


「いくぞ! カイザーアイビィーーーム!」


「ヘッドレーザーーー!」


 まず二人は、機械魔獣の数を減らそうとした。

 古代アトランティスの超科学の遺産である二体の巨大ロボより発射されるビームとレーザーを食らった機械魔獣が、次々と破壊されていく。


「カイザーガン!」


「ダブルブゥーーーメラン!」


 さらに、絶対無敵ロボ アポロンカイザーが背中のランドセルから取り出した銃を連射し、セクシーレディーロボ ビューティフォーが、装備しているブーメランで機械魔獣たちを斬り裂いていく。

 わずか数分で、機械大人が率いていた機械魔物軍団は全滅してしまった。


「残るは、その機械大人のみだ!」


『くっ! ドグーは、これまでお前たちが倒してきた機械大人とは性能がまるで違うぞ! 今日が、お前たちの命日となるのじゃ!』


「女帝アルミナス、俺たちは負けない! いくぞ、アンナ!」


「任せてください、ショウヘイ!」


 女帝アルミナスが新たに生み出した機械大人ドグーと、絶対無敵ロボ アポロンカイザーとセクシーレディーロボ ビューティフォーとの死闘が始まる。

 はたして二人は、女帝アルミナスが率いる全銀河全滅団を殲滅することができるのであろうか?






「ふわぁーーーーあ。もうこんな時間かぁ……。続きを見たいが、明日も早いからなぁ。寝るか」


 夜の自室で、これでもう何周目だろうか?

 大好きなアニメ『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』のブルーレイを見ていた俺は、明日に備えて寝ることにした。

 せっかくいいところだったんだが、続きは明日の夜のお楽しみってことで。


「いやあ、何度見ても絶対無敵ロボ アポロンカイザーはいいよなぁ これこそがロボットアニメの最高傑作だと思うんだよねぇ」


 子供の頃からもう何度も見ているが、いつ見ても素晴らしいアニメだ。

 そう思いながら布団に入り朝七時の起床に備える……すぐに寝入ってしまい、それから夢も見ず、スマホから流れるけたたましいベルで目を覚ました。

 周囲を見渡すと部屋が大分散らかっており、だが俺は独身で、掃除をしてくれるパートナーも存在せず、貴重な休日を使って掃除をしなければならない。

 その前に今日はまだ水曜日で、休日まで大分日が残っているのだけど。


「今日も仕事かぁ……朝食は……コンビニでなにか買うか」


 急ぎ身支度をして自宅マンションを出た俺、冴島誠一(さえじま せいいち)であったが、まさか自宅を出た直後にあんなことになってしまうなんて……。

 きっと神様ですら、こんな未来は想像できなかったと思うのだ。

 こんなことなら、徹夜してでもアニメの続きを見ておけばよかった。

 それだけが唯一の心残りだ。






「うわぁーーーーーー! どうして急に俺は空中に? あっ!」


 通勤の途中、近道をしようと思って裏道に入ったら突然足元に穴が発生し、俺はその穴を回避することができず、そのまま穴に落ちてしまった。

 こんなところに落とし穴を掘るなんて、イタズラにしては度が過ぎていると思った直後、俺は暗い穴の中ではなくどういうわけか空中に放り出され、そのまま地面へと落下していく。

 辛うじて視界に入ったのは、馬とその近くの地面に倒れていた金髪の美少年であった。

 『もしや落馬したのか?』などと少年の心配をしている場合ではなかった。

 落下中の俺はなにもできないまま、物理的法則に従って地面に倒れていた少年に激突してしまう。

 運悪く少年と激しく頭をぶつけ合った俺は激痛と同時に、目の前で火花が飛び散ったのが見えたような気がした。

 そして頭をぶつけ合った衝撃により、意識を失ってしまう。


「……はっ! ここは?」


 どれくらい意識を失っていたのだろうか?

 目を覚ました俺は、まずは自分の体の状態を確認し、激突した頭が痛い以外は異常がなさそうなので、まずは立ち上がって周囲の状況を確認する。

 すると、少年が落馬したため人が乗っていない馬が近くで草を食んでいた。

 どうやらかなり調教された馬のようで、その場から逃げ出さなかったようだ。

 かなり人に慣れている馬なのだろう。

 突然町の裏路地から、落馬して地面に倒れていた外国人の少年と頭をぶつけ合ってしまった。

 なんとも不思議な現象だが、まずはここがどこなのか確認しないと。

 周囲を見渡すと自然が多いので乗馬クラブのコースである可能性が高いが、どうして俺が突然そんな場所に移動してしまったのか……とにかく謎が多いな。


「俺が落ちた落とし穴も突然できたからな。どういうことなんだ?」


 色々と不思議なことがあるが、まずは現状把握だ。

 すぐに周囲の状況を確認すると、俺のすぐ横にスーツ姿の五十歳前後と思われる、白髪混じりの少しメタボなおじさんが倒れており、俺と激突した少年の姿が見当たらないのは不思議……。


「あれ? どうして俺によく似たくたびれたおじさんが、俺のすぐ横で倒れているんだ? 落馬して倒れていた少年は?」


 俺は目の前で倒れているのに、なぜか激突した少年の状態を心配している。

 このおかしな状況になかなか理解が追いつかないでいたが、しばらくしてようやく合点がいった。


「……俺が少年になっているのか?」


 落馬して倒れていた少年と頭をぶつけ合った際に、意識が入れ替わってしまったのか?

 まさか、そんなアニメみたいなこと……。

 でもそうでなければ、俺が倒れている俺を見れるわけがない。

 だとすると、勝手に人の体を乗っ取って悪いとは思うが、今はそうも言ってられない。

 倒れているオジさんは俺だから、そのスーツのポケットから、勝手知ったるスマホを取り出し、自由に使っても問題はないはずだ。

 スマホのカメラで自分の顔を確認すると、そこには十二~三歳ほどと思われる金髪の美少年が写っていた。

 この少年は落馬したらしく、馬の横で地面に倒れていたが、突然上空から落下してきた俺と激突し、可哀想にオジさん……俺のことだけど……はまったく動かない。

 スーツのポケットからスマホを取るついでに、倒れたまま目を覚まさないオジさん(俺)の状態を調べてみたがまったく息をしておらず、続けて心臓の鼓動と脈拍を調べてみたが、やはりこれも完全に止まっていた。

 その体に目立った外傷や出血はないが、オジさん……俺のことだが……は少年と頭をぶつけたショックで死んでしまった?

 いや、先ほどの状況を思い出すと、落馬した少年は倒れてピクリとも動かなかった。

 俺と激突する前に死んでいたか、今にも死にそうだったが、俺と頭をぶつけた際に少年の体に俺の意識が乗り移ることで生き返った?


「逆に俺の体には死んだ少年の意識が入り込み、俺の肉体は死んでしまったのか……」


 なんともややこしい推察だったが、ここはどこなのかも、俺の意識が乗り移った少年が何者なのかもわからず、それがわかったところでどうにもできないというのが現状だった。


「悪いことした? いや、少年は落馬して死んでいた、もしくは死ぬ寸前で俺の体に意識が乗り移ってしまったから、体が死んでしまった俺も被害者で……。俺はこれからどうすればいいんだ?」


 突然地面に開いた穴に落ちたと思ったら、よく知らない場所の空中に放り出され、落馬して死にかけていた少年と激突し、目を覚ましたらお互い入れ替わっていたなんて。

 しかも、俺の体に意識が移った少年は、俺の体と共に死んでしまった。

 蘇生させようにも周囲を見渡すと自然しかなく、さらにスマホで救急車で呼ぼうとしたら通信圏外だった。

 ネットも繋がらず、Wifiにも繋げず、今気がついたが、俺はとんでもない田舎にいるようだ。


「どうやって、通勤途中の町の裏路地から自然しかない田舎に? そもそもここは日本なのか?」


 俺の意識が乗り移った少年は金髪で、あきらかに日本人ではない。

 最初は日本に観光に来た外国人だと思ったのだが、どうやらここは日本ではないようだ。


「どうしよう……」


 目の前に倒れている自分の死体を目の当たりにし、これからどうすればいいのか考えがまとまらずその場に立ち尽くしていると、遠方から人を呼ぶような声が聞こえてきた。


「ダストン様ぁーーー! ご無事ですかぁーーー?!」


 声がした方を見ると、中年男性が馬を走らせてこちらに近づいてくる。

 やはり彼も西洋人によく似た特徴を持っており、だがもう一つ不思議なことが増えた。

 なんと彼は、とても流暢な日本語を話していたからだ。


「ダストン様、この黒い髪の男性は……もしや! 刺客なのですか?」


「……あの……。ダストンというのは、俺のことですか?」


 俺の意識が乗り移った金髪の少年の名前がダストンなのはわかったが、その他のことがまったくわからない。

 こうなったら、馬から落ちたショックで記憶を失ってしまったことにした方が、俺の正体がバレなさそうだ。


「ダストン様、もしや落馬した際に、強く頭を打たれたのですか? その男と激突してしまったのか!」


「みたいだな。でも俺は、なにも思い出せないんだ……」


 頭を抱えて苦悩する芝居をして、記憶喪失が事実であるかのように見せる。


「そっ、そんな……。ああ、お館様にどう説明すればいいのか……。ええい! この痴れ者が!」


 ダストン少年の従者と思われる中年男性は、死んでいる俺の体を蹴り始めた。

 俺……冴島誠一のせいで、ダストン少年が記憶喪失になってしまったことにしているので、お館様とやらに叱られてしまうからであろう。


「(しかしながらお館様? 侍? 西洋人っぽいから貴族かな? ダストンは貴族の息子なのか?)」


「このような男は、バルザーク伯爵領には住んでいません。どうやら、ご一族の方々を狙った刺客である可能性が高いようです」


「そうなんだ。じゃあ、俺は運がいいんだな。殺されずに済んで」


 俺が暗殺者だなんてあり得ないのだけど、変に庇うと怪しまれる。

 そういうことにしておいた方が都合よさそうだ。


「ところで先ほどから、俺……ですか? これまでは自分のことを僕とおっしゃっていらっしゃったのに……。どうやら本当にダストン様は記憶喪失のようですな」


「俺はバルザーク伯爵家の人間なの?」


「はい。ダストン様は、このバルザーク伯爵領を治めるお館様の跡取りでございます。そうだ! ダストン様はこの刺客のせいで落馬をし、頭を打たれたのでしたね。すぐに医者を呼んで参ります。この場から動かず、しばらくお待ちを」


 従者と思しき男性は、俺を置いて医者を呼びに行ってしまった。

 もし他にも刺客がいたらどうするんだろうと思いつつ、当然そんなものは存在しないので、俺は従者が戻ってくるのを待つことにした。


「しかし、これからどうしたものか……」


 とは言いつつも、今は記憶喪失になったバルザーク伯爵家の嫡男ダストンのフリをするしかない。

 しかしながら、会社に通勤しようと思ったら突然異世界に飛ばされてしまい、さらに他人と入れ替わってしまうなんて……。

 俺が絶対無敵ロボ アポロンカイザーのみならず、WEBに大量に掲載されている異世界系作品も嗜んでいなかったら、絶対に事情が飲み込めずに混乱していたはずだ。


「俺、呆気なく死んでしまったなぁ……」


 いや、正確には俺は死んでいないのか。

 俺と意識が入れ替わってしまったダストンが死んでしまったのだ。


「考えようによっては体も若くなったし、イケメンだし、貴族の跡取りと体が入れ替わったので悪くはないんだけど……」


 運悪く、俺と意識が入れ替わったばかりに、冴島誠一の体で死んでしまったダストン少年に悪い気がしてしまうのだ。

 とはいえ、彼は元から落馬していて死は避けられなかったようだし、いきなり地面に開いた穴に落下して異世界に飛ばされ、第一異世界人であるダストン少年と頭をぶつけて体が入れ替わるだなんて。

 不可抗力としか言いようがなかった。


「とにかく、ダストンが記憶喪失になったという嘘は信じてもらえたようだ。この世界の情報は、ダストンとして生活しつつ追々覚えていくしかない。その前に……」


 俺は自分の死体から、サイフ、腕時計も回収して懐に仕舞った。

 ダストン少年や従者の姿格好を見ると、これらの品が世間に普及しているほど発展している世界には見えなかったからだ。

 なにより、この死体の正体がわからない方が刺客に見えるというのがあった。


「(どうせスマホは、電池が切れればただの板になるし、財布も日本のお札が使えるわけでもない。会話が日本語だから免許証や社員証の情報を読まれてしまうかもしれないし、カバンは……」


 カバンを懐にしまうのは難しいが、どうせ安物だし、中には一生懸命作ったプレゼンの資料だけ……ああ、せっかく苦労して作ったのに、会議で発表する前に死んでしまうとは……。


「ダストン様ぁーーー!」


 それからすぐに、先ほどの従者の男性が数名の応援を連れて戻ってきた。


「この男、着ている服が少し変わっていますね。そして、身分を特定できそうなものは持っていないようです」


 しがないサラリーマンなので安物のスーツだけど、彼らは初めて見たようで、だからこそ俺をよそ者だと断定したみたいだ。


「(それはそうだ。俺が全部回収しちゃったから)」


「カバンに入っている紙ですが、随分と白くて綺麗ですね。こちらの紙はツルツルしていて、随分と沢山の色を使って印刷されています。これほどまでに高度な印刷技術となると、他国がこのバルザーク伯爵を混乱させようと刺客を送り込んだことは明白です。これらの紙にはビッシリと文字が書いてあるのですが、これまで一度も見たこともない文字です。これは高度な暗号でしょう」


 俺が持っていたカバンの中身を従者たちが確認し始める。

 それにしても不思議なのは、会話は日本語が通じるのに、俺が苦労して作り上げたプレゼンの資料と、うちの会社で取り扱っている商品が印刷されたパンフレットに書かれた日本語を彼らは読めないという点だ。

 高品質の紙を珍しがり、高度な印刷技術に驚き、そこに書かれた謎の文字日本語は暗号書なのだと勝手に誤解してくれた。

 そしてそのことでわかったのは、ここは日本ではないということだ。


「この男の死体は、あとで無縁墓地に埋めてしまおう。ダストン様、私の前に乗ってください。ハミルトンは、ダストン様の馬を屋敷まで連れて帰ってくれ」


「わかりました」


「さあ、お屋敷に戻りましょう」


 こうして、体はバルザーク伯爵家嫡男ダストン、中身は現代日本のアラフィフ独身サラリーマン冴島誠一である俺は、記憶喪失のフリをしてお屋敷へと向かうのであった。





「確かに頭を強く打たれたようですが、これといって特に異常はありません。念のため二~三日安静にして様子を見ましょう」


「そうか、ダストンが無事でよかった」


「ですが旦那様、ダストンは記憶喪失になってしまいました。まさか、母親である私のことまで忘れてしまうなんて……」


「これから徐々に記憶が戻るはずだと、先生も仰っているではないか」


「はぁ……。本当に大丈夫なのでしょうか? 来年ダストンは、『成人の儀』を執り行わないといけないのに……」


「記憶喪失になったところで、授けられるスキルに違いが出るわけではない。ダストン、しばらくは体を安静にするのだぞ」


「わかりました、父上」


 バルザーク伯爵家の豪華なお屋敷に戻った俺は、わかりやすく貴族の格好をした中年男性と中年女性に心配されつつ、この二人がダストンの両親なのだと理解した。

 父が呼んだ医者に打った頭部の診察をしてもらうが、あれだけの勢いで頭をぶつけ合ったにしては、小さなタンコブができているだけで、他にも体の異常はまったく見られなかった。

 一方、冴島誠一は死んでしまったので、この世界の人間は現代日本人よりも体が頑丈なのだろう。

 もしくはこれまでの激務のせいで、オジさんである俺の体は弱ってきたのかもしれない。

 幸いというか、記憶喪失を装ったおかげでダストンの両親は中身が俺に入れ替わったことに気がついていなかった。

 残念ながら俺の体はダストンごと死んでしまい、さらに俺はダストンを殺そうとした刺客だと認定されたので、服を剥ぎ取られてそのまま無縁墓地に埋められてしまった。

 自分の体が墓に埋められる光景を想像すると気分はよくないが、ダストンと体が入れ替わってしまった以上、これからの人生はダストンとして生きていかなければならない。

 運がよかったのは、俺がこの世界やダストンのことをなにも知らなくても記憶喪失だと思われているので不自然に思われないし、ダストンの実家は伯爵家で、さらにその跡取りだそうだ。


「(来年、ダストンは成人するのか。まだ十二歳だというのに随分と早いんだな。とにかく今は、記憶を取り戻すフリをしつつ、真面目に勉学や鍛錬に励むとしよう)」


 お屋敷までの道すがら、領内の家屋や畑を目撃したが中世ヨーロッパ風の風景だったので、元現代日本人である俺からしたら、生活はかなり厳しくなるはずだ。

 それならダストンとして、次のバルザーク伯爵になった方が安全に暮らせるというもの。

 成人の儀式でスキルを授けられる……まるでRPGみたいだが、一年経つまでに呆れられて廃嫡されないよう、真面目に生きていかないと。

 しかしながら、どうして俺は突然異世界に飛ばされてしまったのか。

 若いダストンの体で第二の人生を歩むことができると考えるのは悪くないのかもしれないが、やはり未練が残る。

 昨晩途中まで見ていた絶対無敵ロボ アポロンカイザーの限定版特典付きブルーレイディスク。

 最終話まで見ておけばよかった。






「ダストン! お前は我がバルザーク伯爵家の恥さらしだ! 今すぐ出て行け!」


「わかりました」


「今日中に荷物をまとめるのだな。貴族局にはお前の廃嫡届けを出しておく。バルザーク伯爵家の跡取りは、次男のフリッツに交代だ! こんなわけのわからない『スキル』など……我が家は代々『火魔法』と決まっているのだ!」


 ダストンとして生活を始めてから一年後、俺はいきなり父から出て行けと言われてしまった。

 突然西洋ファンタジー風な異世界に飛ばされ、ダストンという名のバルザーク伯爵家の嫡男と体が入れ替わってしまった俺だったが、十三歳の誕生日に行われる『成人の儀』でおかしなスキルを出してしまったからだ。

 この世界の人間は全員例外なく、成人と同時に教会で『成人の儀』を行う。

 すると、神様がなにかしらのスキルを授けてくれるのだ。

 俺はどこにでもいる独身アラフィフサラリーマンだったのに、通勤で近道である裏路地を通ろうとしたら、突然地面に穴が開いて落下し、異世界へと飛ばされてしまった身だ。

 さらに運悪く、たまたま俺の落下地点で馬から落馬して倒れていた、バルザーク伯爵家の嫡男ダストンと激突して強く頭を打ってしまい、目を覚ましたら体が入れ替わってしまった。

 さらに不幸なことに、俺の体に意識が移り変わったダストンは、俺、冴島誠一の体ごと死んでしまう。

 まさか死体に戻るわけにもいかず、さらにダストンの実家であるバルザーク伯爵家の人たちに、実はダストンの中身は俺だとバレるわけにもいかず。

 俺はこの一年間、十二歳だったダストンという名の金髪碧眼のイケメン少年として過ごし、十三歳になると行われる成人の儀式に無事に参加することができた。

 冴島誠一の体が無縁墓地に埋められてしまった以上他に選択肢がなく、俺はバルザーク伯爵家の嫡男ダストンとして生きることになったわけだが、これまで平凡な人生を考えればそう悪くないかもとも思っていた。

 ただ、今のところ俺はバルザーク伯爵家の嫡男だが、あまりに無能だと廃嫡されるかもしれない。

 そうでなくても、記憶喪失になったと誤魔化しているが、俺はこの世界の知識や常識に疎いのだから。

 そこでこの一年、俺は伯爵の跡取りとして恥ずかしくない努力を重ねた。

 幸いというか、ダストンの脳味噌と体の性能は大分いいようで、さらに脳味噌に死ぬ前までの知識が残っていたようで、知識や武芸の習得は早かったので助かった。

 こうして俺は、中身が入れ替わったことを家族に気がつかれないまま、無事成人の儀を迎えることができたのだ。

 朝、馬車で教会に向かうと大聖堂に通され、そこで神官が神様に祈り、俺のスキルを『神託』で聞き出したわけだが、そのスキルを聞いて俺以外はみんな首を傾げてしまう。

 神官は、過去に出たスキルがすべて記載された本で懸命に調べている。

 それを見ながら、成人の儀に同行した父はしかめっ面を崩さなかった。

 なぜなら、スキルとはかなり遺伝の要素が強いからだ。

 バルザーク伯爵家一族は、代々ほぼ全員が『火魔法』のスキルに目覚める。

 正確には、『火魔法(中)』か『火魔法(大)』なのだけど、父は自分が『火魔法(中)』であったため、跡取りである俺が『火魔法(大)』であってくれと願ってのこの結果。

 父の怒りは相当なもので、俺はすぐに廃嫡されることが決まり、領地から出て行けと言われてしまったのだ。

 一年前、記憶喪失を装った俺にとても優しかったのに、成人の儀で望まぬ結果が出た途端、手の平返しをされてしまう。

 またも人生の大どんでん返しだ。


「父上、大変お世話になりました」


 追い出されるのにお礼を言うのかと思われそうだが、俺も実はダストンの中身が別人なのを隠し、この一年間、衣食住で世話になっていた。

 お礼くらい述べるのが、人間として正しい道だと思う。


「ダストン、一秒でも早く領地から出ていくのだ! いつまでも領内に留まっていたら……」


 魔法を放つポーズをしながら怒りで我を忘れた父に、なにを言っても無駄であろう。

 俺はすぐに荷物をまとめ、急ぎバルザーク伯爵家の屋敷を出た。


「まったく、なんのためにお腹を痛めて生んだのか……あなたのような恥さらしは、魔獣にでも食われて死ねばいいのです!」


「こんな奴、これまで兄さん扱いして損したな」


 これまでは仲良く暮らしていたのに、この世界における『スキル』とは俺が思っている以上に大切なもののようだ。

 やはりこれまで優しかった、母と弟のフリッツにまで悪態を突かれてしまった。

 バルザーグ伯爵家の当主や跡取りが『火魔法』でない事実は、予想以上に深刻だったわけだ。

 わずか一年間のつき合いでよかった。

 これがもし本当の家族なら、俺は大きなショックを受けたであろうから。


「お世話になりました」


「おい! 待てよ!」


 昨日までは『お兄様』だったのに、スキルが火魔法でなかっただけでこのあり様。

 なかなかに世知辛く、もし中身がダストンならショックで自殺していたかもな。


「(……もし俺とダストンの意識が入れ替わらなければ、彼のスキルは『火魔法』であった可能性が高いのか?)」


 だがそのダストンは、元々落馬して死にかけていたせいか、俺の体に入っても生き残れなかった。

 俺のせいではないとはいえ、それなりに罪悪感は覚えていたが、こうも手酷く追い出されるとなると、その気持ちも薄れてくるな。


「その服も、剣も、防具も俺様が貰ってやる。お金も結構あるじゃないか」


「これは路銀なので……」


「うるさい! 父上はかなりのシブチンで小遣いが足りないんだよ、寄越せ!」


 フリッツは、俺の荷物や武器や防具。

 さらには、これまで貯めていたすべてのお金を強引に奪い取った。

 一年前、俺の死体から回収したスマホ、財布、腕時計は別の場所に隠しておいて正解だったな。

 すでにスマホの電源も切れていたが、腕時計はまだ動いていたし、サイフも使い道がないわけでもない。

 なにより、現代日本から持ち込まれた大切な品なので、フリッツに奪われずに済んでよかった。


「生まれてこない方がよかったお前に、お似合いの末路ね。そのまま野垂れ死ねばいいのよ。あっでも、バルサーク伯爵領内では死なないでちょうだい。死体の処理が面倒だから」


 生みの母親ですら、この言い草とは……。

 そんなわけで俺には、少しボロい旅人風の服と、水とわずかな食料のみが残された。

 まさか、剣まで奪われてしまうとはなぁ……。

 『スキル』って怖い、としか言いようがない。


「ほら、早く出て行けよ! クズが!」


「一秒でも早く、私の視界から消えなさい」


 屋敷から出て街道に向かおうとする俺に対し、石を投げてくる母親と弟。

 幼稚な人たちだなと思いつつ、俺はそれをすべてかわして二人の視界から姿を消したのであった。

 この一年でこの世界のことはよくわかったので、これからは自分一人の力で生きていかなければ。

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